CALAMITY TRIGGER
>「キャハハハハハハハ!」
耳障りな、甲高い狂った笑い声がフロアに木霊する。
発生源は八本の刃を従えた小柄な少女。そいつは私の相棒とも家族とも呼べる男と刃を交えていて、相棒の方が劣勢だった。目障りな少女は傷一つ負っていないのに男は……ラグナは剣も服もボロボロで血塗れだ。本当なら私も剣を握ってラグナの隣に立って、共闘してるはずだった。私の……。
私の――足が残っていたのなら。
「なんで……なんで……っ!」
本来あるべき両の足は、今ラグナと戦っている少女――ニューに『断ち切られた』。
故に私の体は無様にも冷たい床に転がっていた。足は太腿の真ん中辺りから下が無造作に床に落ちていて、傷口からは夥しいまでの血が溢れてきている。ニューの意識がラグナに向いた為、咄嗟に術式で止血したがこれでどこまで持つか。
何としても、あの忌々しい奴を倒さないと。腕を使って這いながら、投げ捨てられた私の事象兵器『翼刃・トリスアギオン』の剣の所まで行き、掴もうとしたところで私の耳に呻き声が聞こえてきた。続いて、恍惚に彩られた声。
「ラグナ……これでずっと一緒だよ……?」
顔を上げた私の視界に映ってきたのは、ラグナにしどけなく身を寄せるニューの姿。そして、ニューの背後でまるで蛇が頭を上げるようにして動く大剣。
その大剣の切っ先が真っ直ぐニューとラグナを見据える。
嘘、やだ、やめて。
そう声に出そうにも、出るのは呻き声だけで。
巨大な剣が、重なったニューとラグナの胴を一息に貫いた。剣は突き刺した勢いで二人の体を引き摺り、ぽっかりと大口を開けている『窯』へと誘う。
「やめて……やだ、行かない、で…………ラグナ……」
ズルズルと、見苦しく這って窯の入り口まで向かう私よりも早く、誰かが脇をすり抜けて走っていった。誰だ、と視線を移すと綺麗な金髪を振り乱して走っていく青年の姿を捉えた。
ああ、ジンか。あの子、昔っからラグナの後ろを追っかけていたもんな。
いやにぼうっとする頭で場違いな事を思いながら這い進んでいると、遂に二人の体が床から離れた。その二人に、追いついたジンが手を伸ばす。
「行くな、行っちゃ駄目だ、兄さん! それでは何も変わらない!」
何が駄目で、何が変わらないのか。
きっと問うてみても、誰も答えないのだろう。
「……悪い。ジン、マキシマ」
距離があるのに、その言葉だけは嫌にはっきり聞こえた。その直後、私の視界から二人が姿を消す。二人が姿を消した先はもう現し世ではない。『境界』と呼ばれる場所だ。
間に合わなかった、咄嗟に思い浮かんだ言葉に私は疑問を抱く。
――何がだ? ラグナを助けられなかった事? 確かにそれもあるが、本能が違うと警鐘を打つ。もっと何か取り返しのつかない何かをしでかしてしまったのじゃないかと言う意味での「間に合わなかった」。
「っぐ……ぅ……」
ようやく、私は窯の淵に辿り着く。ジンもラグナを追って身を投じたらしく、だだっ広いフロアには、私しか生きている人間はいない。
窯の淵を掴んで、改めて己の格好を見改めてみる。
ジンやシスターに綺麗だと褒められた金の髪は血みどろであちこちニューに切られてしまっているし、ラグナと揃いで買った服はボロボロで、体は言うまでもない。
私は残り少ない力を使って腕を伸ばす。三人が堕ちた『窯』へと。前方に体重を掛ければ、両足を失った私の体はいとも簡単にぐらついた。ずるりと引き摺り下ろされるようにして、私は『窯』へと落ちていく。
「……ラグナ……ジン……待ってて、ね」
地を揺るがすような振動に、私の声はいとも容易くかき消される。
そして、感覚という感覚が遠のいて行き――
「――――っ!」
バッと跳ね起き、マキシマは自分の足がしっかり付いているか確認する。
足に触れればブーツの皮の感触が返ってくる。足を動かせばちゃんと動く。現在地だって『窯』ではなく深い森の中だ。
良かった、と心の底から安堵したが、次に沸き起こってきたのは疑問だった。
今のリアル過ぎる『夢』はなんだったのか。足を斬られた時の感触も、窯に漂う異質な空気も、窯へ落ちていった浮遊感だって、現実に起きていたんじゃないかと錯覚するほど鮮やかに感じられて。
「おい、大丈夫かよ」
「……ちょっと夢見が悪かっただけ」
異変を感じたらしいラグナが声を掛けてくる。彼だって寝ていただろうに。起こしてしまって申し訳ない気持ちと――どうしようもない安堵感が込み上げてくる。
あれは所詮夢だ。そう言い聞かせてマキシマは汗を拭う。べったりと髪や服が肌に張り付いてしまって大変不快だ。朝になったら軽く水を浴びようと思っていれば、ポンと軽い調子で誰かに頭を撫でられた。
ヒトの手ではない、ふかふかとした感触。パッと顔を上げると、見慣れた顔が笑いかけていた。
「どうした、マキシマ。怖い夢でも見たか?」
「え……」
ラグナとマキシマが同時に声を上げる。
「お、お師匠!」
「師匠じゃねぇか!」
「ハハハ。元気そうだな、二人とも」
マキシマとラグナが師匠と呼んだその人――暗黒大戦をくぐり抜けた『六英雄』の一人、獣人の獣兵衛が快活に笑う。
『力』を求めたラグナとマキシマを叩き上げてくれた張本人。しかし師事してるとは言え彼は彼でやるべき事があるらしく、滅多な事では二人の前に姿を現す事はなくて。だからこうして現れた事が不思議で堪らない。
「何でお師匠がこんな深い森にいるの?」
「なぁに。偶然お前達を見かけてな。それにしても随分と暴れてるそうじゃないか――SS級犯罪者『死神』ラグナ=ザ=ブラッドエッジと、S級犯罪者『首狩り』マキシマ=ジ=グリムリーパー。賞金額が凄い事になってるぞ?」
「うっせぇよ、別に好きで額が上がってる訳じゃねぇ。統制機構をぶっ潰して回ってたらそうなってただけだ」
「いやー。私達すっかり人気者だよねぇ」
「主に咎追い共にな」
「相変わらずだな、お前ら。……さて、ラグナ、マキシマ」
二人のやり取り吹き出した獣兵衛は真面目な表情になり、彼が何を言わんとするか理解したマキシマはフッと笑う。
「『青の魔道書とトリスアギオンを自分の力と思うな』……でしょ? 分かってるよ、お師匠」
「ああ。ちゃんと分かってっから安心してくれ」
獣兵衛は微笑して頷くと、顎で森の先を指し示す。
「……なら良い。もう行け、時間も『あまり無い』んだろう?」
強調された意味に二人は頷く。まだ夜は明けていないが、目が覚めたのなら出立してもいい頃合いだろう。
そして獣兵衛に背を向けると歩き出す。
「そんじゃま、行きますか!」
「行くぞ、カグツチへ!」
ザクザクと草を踏み分けながら、一組の男女は騒がしくも森を進んでいった。