Nocturnal light
中層部をフラフラし、たまたま見つけた飯店に寄って腹ごしらえをし、そこでテイクアウトした牛串焼きを頬張りながらまたフラフラとしながら今夜の寝床を探していたら既に太陽は沈み、煌々と輝くのは丸い月となっていた。
月を見るとどうしても昔の事を思い出す。マキシマの脳裏に浮かんだのは、だいたいの時間を一緒に過ごした小さな弟の姿だった。
賢くて大人しくて泣き虫で、いつもマキシマかラグナの後ろをついて回っていたっけか。そして「月が落ちてくる」と言って怖がっていたあの子。テルミに襲撃された際に連れ去られてしまい、後々獣兵衛からキサラギ家と言う十二宗家の一つに引き取られたと聞いたが、今頃彼はどうしているのだろうか。
噂ではキサラギ家で育った彼は統制機構の衛士となって『イカルガ内戦』に参加し、その功績を称えて師団長になったとか。
そんな事を考えながら進んでいると――不意に背後から僅かな風切り音がし、マキシマはトリスアギオンを起動させ、盾のように広げて展開させながら振り返った。ガギン! と硬質的な音と共に自分を狙った凶刃はトリスアギオンによって静止する。
思わず眉を顰めたくなる金属音を耳にしながらマキシマは凶刃の形状を注視して――そして目を疑った。
青褪めた長刀、氷のように底冷えする冷気、そして『ソレ』を握る人物の姿――まさか、彼は、
ギリ、とマキシマが奥歯を強く噛む。
「……ジン……!」
「ふ、ククク……まさか、兄さんより先に姉さんと会えるなんてなぁ」
至極嬉しそうな声。しかしその声音は狂喜に彩られていて。マキシマは大きくトリスアギオンを凪いでジンの長刀……事象兵器『氷剣・ユキアネサ』を弾き、跳んで後退する。
トリスアギオンを転換させ、虚空に二本の両手剣を出現させるとマキシマはそれを握って構えた。
こうして対面するのは何年振りだろうか。記憶の中の彼と比べればぐんと背が伸びて大人っぽくなっている。
成長した彼はもう落ちてくる月に怯えて泣く少年ではない。統制機構で衛士を束ね、第四師団長を務める少佐――ジン=キサラギ、その人であった。
元来なら美しく、澄んでいたであろう緑眼は『あの日』と変わらず狂気と狂喜で濁っている。油断なく構えながらマキシマは舌打ちをした。
「……やっぱり、あの時のままか」
「あの時? 何を言ってるんだい姉さん。僕は何も変わってなんかいないさ。そう、昔からずっと……」
ジンは地面を蹴って距離を詰める。マキシマは防御すべく二本の剣を目の前で交差して受け止めようとしたが――防御が間に合わず、剣を弾かれて仰け反ってしまう。
その隙を狙ってジンは勢いを乗せた回し蹴りを放ち、ものの見事にマキシマの懐に当たって彼女は吹っ飛ぶ。
宙を飛び、地面にぶつかって何度かバウンドして、転がった末に止まったマキシマはごほっと噎せながらゆっくりと起き上がった。
捕食者がいたぶりながら獲物を追い詰めるように、ゆっくりとした歩調でジンはマキシマへと歩み寄る。
「ほぅら、どうしたのさ姉さん。もっと本気で来てくれないと……楽しくないじゃないか!」
「あんたねぇ……!」
体勢を立て直す間を与えず、ジンが素早く踏み込んでユキアネサを振り下ろす。すんでのところで躱し、立ち上がったマキシマは後方に跳んで間合いを取ろうとする。しかしそれを許さないと言いたげにジンは逆に間合いを詰め、凶刃を振るう。
横に数回、斜めに二回。間を空けて逆の斜めに一回。それを見切りながら後退しつつ避け、最後は大きく仰け反って剣を持ったまま地面に手を付くと地面を蹴ってジンの顎を狙いつつ足を振り上げ、地面に触れていた手を突き放して跳びずさった。跳んで着地した後の低い体勢のままマキシマは地面を強く蹴って再度前方に跳び、ジンの懐に潜り込んで剣を横に薙ぎ、彼の胴体を斬りつけた。躱したのか斬った感覚が浅い。
ゆらりと数歩下がったジンの顔の浮かんでいたのは、恍惚の熱に浮かされた笑み。
「ああ、楽しいよ姉さん……もっと遊ぼう? もっと殺し合おう? 僕らを邪魔する障害が来れば斬り捨てれば良い。兄さんが居ないのは少し残念だけど……今この場には僕らだけしかいない! 誰もいない! 姉さんは僕だけの姉さんなんだ! アハハハハ!」
喉を引き裂くようなジンの叫びは、酷い狂気の音がする。マキシマは顔を顰める。
「ハハ……そうだ、そうだよ……姉さんは僕だけの姉さんなんだ……大好きな姉さんを独り占めするのも、殺して良いのも僕だけなんだ……だから、僕が殺してあげるよぉ!」
昔の彼は、こんなのではなかった、もっと大人しくて、泣き虫で――そこまで考えた時、マキシマの視線はジンの持つユキアネサに注がれた。
教会が燃えた日、ジンの様子がおかしくなった時に彼が両手で大事そうに抱えていたのはユキアネサではなかったか? そして、事象兵器とは強大な精神力を持って漸く制御出来る『兵器』だ。
あの時の、幼いジンにそれを制御出来る程の精神力が無かったとしたら? だとすると自ずと結論は見えてくる。
ジンは――ユキアネサの狂気に染められているのではと。
「どこを見てるんだい?」
「! しまっ……!」
たった数歩の距離。大きく踏み出して長刀を払えば簡単に埋められてしまう。
ぼんやりしている内にほんの目と鼻の先にユキアネサの白刃が迫っていて、咄嗟に剣を自分とユキアネサの間に滑り込ませて防ぐ。弾いて余裕が生まれたところでトリスアギオンを転換させ、剣から一対の翼に換えて、バッと手を前方に突き出す。それが合図だったようで、バサっとはためいた翼から一斉に鋭く尖ったセラミック製の羽根が弾丸のように飛ばされる。それらはジンの肌を、服を裂いていき、何本かは彼の肩や太ももに突き刺さって停止する。
ぐらついた隙を逃す訳もなく、一息に距離を詰めたマキシマは翼でジンを殴り飛ばそうとしたが――突如として下方から轟いてきた爆音に二人はピタリと硬直した。そして同時にボソリと呟く。
「兄さん……?」
「……ラグナか」
ジンの方は勘か何かで察知したのだろうが、マキシマ方はそれがラグナだと確信しながら呟いた。僅かに感じたこの気配。これは間違いなく『蒼の魔道書』のモノだ。
大きな爆発音、もしかしたらそうとう派手な戦闘を繰り広げているのではないか。場合によっては加勢した方が良いかも知れない。
マキシマはジンと向き合いながら数歩下がり、そして中層の端へと駆けていく。
「! 待ってよ姉さん! っぐ……」
マキシマを追おうとして走り出そうとしたジンだが、肩や太腿に負った傷に呻いて立ち止まる。
「あんたと遊んでる場合じゃなくなったの! そーれっと!」
中層の端へ向かって行けば当然足場が無くなる。無くなる直前でマキシマは地面を蹴り、夜空に身を躍らせた。自由落下に任せて暫く落ちた後にトリスアギオンを動かし、体勢を整えつつ滞空する。そして『蒼』の残滓を辿りながら中層部に近い下層部へ行き、降り立って辺りを見回した。
ところどころにイカルガ様式の家屋が建つフロアだ。しかし人気が感じられない所を見ると廃屋なのだろうか。あちこちに破壊された跡があるのは当然戦闘があったからだろう。けれどフロアや廃屋を破壊した張本人は見当たらない。
「少し遅かったか……」
戦闘が終わったのか、場所を変えたのか。取り敢えず血痕が見つからないのでラグナが重傷を負っていると言うのはなさそうだろう。
マキシマは手近な廃屋に入ると中の状態を確認した。多少埃っぽいが寝れなくはないだろう。土足で部屋に上がったマキシマは散らばっている木片を適当に退かして寝床を確保すると家の奥へ引っ込んでいく。戻ってきた時にマキシマが抱えていたのは毛布だった。確保した寝床に横になるとそれを羽織る。
(……数年振りにジンに会ったけど、)
あの言動を含めなければ随分と格好良くなっていたな、と思ったところでマキシマは毛布をバッと頭まで被った。
(何考えてんだか! そんな事よりも、だ)
ジンの狂気に魅せられた言動がどうも引っかかる。それに明日の事もまた考えなければならない。そう言ったやらなければならない事を考えていると次第に瞼が重くなっていき、すぐにマキシマは規則正しい寝息に胸を上下させ始めた。