Heir of blue
人目に付かないように道を選びながら階層都市を登って行き、一番上ある統制機構の支部の前に着いた時にはあと二、三時間で日付が変わってしまう時間になってしまった。
マキシマは斬り付けて強引に開いた跡の残る重たい扉を開け中に入る。そしてその異様さに怪訝そうな表情をした。
「誰も……いない?」
入ってすぐの大きな廊下には衛士の姿が誰一人居なかったのだ。
見回りの衛士も、本来扉の近くに居るであろう警護の衛士すら見当たらない。今まで数々の支部をラグナと共に襲撃してきたマキシマだったが、これは初めての事だった。
一足先に襲撃したラグナが全員殺した? それにしては支部内が綺麗すぎる。
なら出払っている? それにしては人の気配が無さ過ぎる。
では誰かが人払いしたのか? 誰が、何の為に。
考えても考えても最適の答えは出てこない。
しかし『邪魔な衛士が居なくて手間が省けた』と楽観的に考えると、マキシマは静まり返った支部を進んでいく。
少し進むと眩しいばかりに視界が開けて天井が高い吹き抜けになり、円形の通路が一様に囲むのは、静かな笑みを湛えた荘厳な造りの女神像だった。支部の造りが同じならこの近くに階段があり、登った先のホールから地下にある『窯』へ続く昇降機があるはずだ。そう考えながら階段を探して周りを見回していると、微かに血の匂いがしてマキシマはその大元を探す。『それ』は案外近くに倒れていて、姿を視認するなりマキシマは駆け出した。
「ジン!?」
駆け寄り、膝を折ってうつ伏せに床に倒れていたジンを抱き起こす。抱き起こしてもジンは気を失っているのか微動だにせず、ぐったりとしている。ザッと見た感じでは結構な重傷を負っているらしい。マキシマで昨日あんなに苦戦したジンにここまで怪我を負わせた人物は一人しか思い浮かばない。仕方ないとは言え、些かやりすぎではないかと思う。
取り敢えず、支部の入り口付近に寝かせておけばいずれ誰かに気づいてもらえるだろう考えてとジンを動かそうとした時、僅かにジンが呻いて薄く目を開けた。
「……姉、さん?」
「あ」
しまった。気絶してるうちに動かしてしまおうと思っていたのに。
元々この場に倒れていたのだから、このまま投げておいては駄目だろうかとそんな考えが一瞬過ぎったが、それはジンが両腕を大きくマキシマの首に回してきた事によって阻まれてしまった。
「ちょ、ジン、何を――」
「ずっと、会いたかったんだ」
耳元でそう囁かれ、マキシマの体が硬直する。
小さく囁かれたそれは、愛の告白にも似ていた。ずっと秘めていた大事な本心を、そっと打ち明けるかのような。
「本当に、ずっと。どんな時だって姉さんを忘れた事なんてなかった。昔から、ずっと姉さんを想ってきた。ずっと探していた。だから、この先には行って欲しくないんだ……姉さんが行っても、『前』と同じように……」
そこでジンの台詞が途切れ、首に回されていた腕がだらりと落ち、マキシマの肩口に頭を乗せて体重を預けてくる。どうやら完全に気絶したみたいだった。
マキシマは重い溜め息を一つ吐くと、ジンの背中を優しく数回叩く。
「……探してたのも、想ってたのも、私も同じだよ。馬鹿」
応急手当てをしたジンを背負い、支部の外の入り口に置いてくるとマキシマは再び支部内に戻って廊下を進み、階段を上った先にある昇降機に乗り込んだ。
ガタン、と大きく揺れた昇降機は下に向かって動く。地下に着くまでに少し時間が掛かるだろう。
ふ、と気絶する間際のジンの言葉を思い出す。
(『前』? ジンに会ったのはテルミに襲撃されたあの時以来だし、カグツチに来るのも初めてなのに……何だろう、凄くモヤモヤする)
そう考えているうちにもどんどんと地下へ降りていき、マキシマの胸の内を支配する嫌な予感は増していく。
そしてまたガタン、と揺れて昇降機が止まった。『窯』のあるフロアに着いたのだろう。覚悟を決めて大きく息を吸い込み、マキシマは扉を開けてフロアへ降り立った。
上のフロアに比べて地下は薄暗く、所々に点在している照明だけが頼りだ。しかし、奥の方がやけにはっきりと見える。何故、と一瞬考えたマキシマだったが、その意味を理解するや否や駆け出した。
奥の光源の正体は間違いなく『窯』が開いたからだろう。それが意味する事、微かに聞こえてくる金属音。
まさか、まさか、
「ラグナ、やっとニューに会いに来てくれたんだねっ!」
窯の前にやってきたマキシマが見たのは、さも楽しそうに笑う、ぴったりとした白いボディスーツに機械的なパーツを付けた格好をしている白い少女――ニューだった。
彼女が出現していると言う事は時間が間に合わなかったのだろう。彼女が精錬されるまでに『窯』を壊す時間が。物言わぬニューを壊す時間が。
そんなニューと対面するように立っているのがラグナだった。大分傷を負っている様子であり、腹にはニューの剣が一本突き刺さっている。
更にそんなラグナの後ろに、守られるようにしてへたり込んでいる一人の少女の姿があった。統制機構の服装に身を包んでいるが、酷く見覚えのある容姿をしている。
取り敢えず、言いたい事が多すぎて何から声を掛けたら良いのか分からない。視線を彷徨わせた後に一先ず、とマキシマは相棒である彼の名を呼んだ。
「ラグナ!」
「……マキシマ?」
その声に釣られてラグナはマキシマを見やる。ニューの方は現在ヘッドギアを外していて、その赤い目と、衛士の少女の緑の目もほぼ同時にマキシマに向けられた。瓜二つと表しても差支えのない顔に見つめられ、マキシマは助けを求めるようにラグナを見る。
「……ねえ、なにこの状況」
それに対してラグナは腹に突き刺さった剣を握り、抜きながら答える。
「俺が知るかよ。……おら、さっさとこいつぶっ壊して窯も塞ぐぞ」
「アハハ、二人がかりでニューを壊すの? 良いよ、おいでラグナ。ラグナはニューと一つにさせてあげる……でも」
くるくるとニューは周囲に八本の剣を浮かせて回しながら、ラグナを見つめる愛しげな視線から打って変わり、全てを拒絶するような昏い瞳でマキシマを見やる。
「おねえちゃんは嫌い。ニュー、嫌い。だって、いっつもラグナとニューの邪魔するんだもん。だから――」
「死んじゃえ」と言う冷たい一言と同時にニューは片腕を前に持ち上げ、それが合図だったようで。八本の剣がマキシマ目掛けて飛んでいく。
マキシマは床を転がって攻撃を避けていき、八本全てが床に突き刺さった頃にはラグナの隣にやって来ていた。油断なくニューから目を離さないようにしながら立つとトリスアギオンを展開させて二本の剣にした。そしてラグナと同時に突っ込んでいく。
「っらあ!」
ニューは回収した八本の剣をまた飛ばし、それをラグナが大剣で打ち払っていく。その脇をマキシマが低い体勢で走り抜け、ニューの胴に一太刀入れた。
「きゃあ!」
正確に胴を捉え、ニューの小柄な体が傾く。その隙を見逃さないとばかりに飛んできた剣を全部打ち落として間合いを詰めたラグナは大剣を振り上げ、彼女の首を落とそうと振り下ろした。
はずだった、のに。突如ラグナとマキシマの周囲の空気が重くなり、身動きができなくなる。
「な、何これ……!」
「くそっ! 重力場か!」
二人の足元に強力な重力場が発生していた。気を抜いてしまえば一瞬で床に叩き伏せられてしまいそうな程のもので、ラグナとマキシマは剣を床に突き立てて必死に抗う。
と、マキシマの耳元でジジジ、と何かの低い駆動音のようなモノが聞こえた。何だと思っているとフッ、と急に体が軽くなり、押し潰されそうな重力圧から解放されたマキシマは思いっきり前に転がる。どういう訳かマキシマに掛かる重力場だけが無効になったらしい。その証拠にラグナは未だ重力場に捉えられていて。
強かに打った鼻を押さえながら立ち上がろうとして、床に手を付いたところで首筋に薄ら寒いものを感じ、マキシマは素早く前転して床を転がる。
今さっき自分の居た場所に何本もの剣が突き刺さる音。立ち上がって確認してみると、やはりニューの放った剣が数本床に突き刺さっていた。
もしあの場にまだ居たら、両足をもぎ取られてしまっていたかも知れない。そう考えてマキシマは疑問符を浮かべた。
(今、何で『足が失くなる』って思ったんだろう? もしかしたら、とかそんな予想めいたものじゃなくて『確実にそうなる』と思った……まるで以前、それを体験していて、わかっていたから避けられた……そんな感じ)
まただ。また胸の内がモヤモヤとする。
記憶にあるようで無い、初めての体験なのに既知の体験であるかのような錯覚(デジヤヴ)はカグツチに足を踏み入れてから一層酷いような気がする。
考え込むマキシマの耳にクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「あー、なんで避けちゃうの? おねえちゃん、邪魔だから刺そうと思ったのに。でもいっか」
宙を舞うように飛んでニューはラグナの背後に回ると、そのしなやかな腕を彼の首に回し、唇を寄せてうっとりと囁く。
「もうニュー、待てない。早くラグナと一つになりたい。今すぐに……ずっと」
「させるか!」
ラグナからニューを引き離そうと駆け出した所でダン!と目の前に剣を突き立てられ、急停止する。止まった所で残りの剣がマキシマの進路を塞ぐようにして床に突き刺さった。
「くっ……!」
その内の数本がマキシマの片足にまとわり付くようにして床に刺さり、剣と剣の間にマキシマの足が挟まれてしまった。いくら足を抜こうとしてもびくともしない。
そうこうしている内にニューの背後でまるで蛇が頭を上げるようにして大剣が動く。
その大剣の切っ先が真っ直ぐニューとラグナを見据える。
「やだっ……やめて、やめて!」
マキシマの制止も願いも叶わず、無情な巨大な剣が、重なったニューとラグナの胴を一息に貫いた。剣は突き刺した勢いで二人の体を引き摺り、ぽっかりと大口を開けている『窯』へと誘う。
「さあラグナ、行こう。そしてふたりひとつに溶け合って……世界を壊そう」
甘美な誘惑を唄いながら、ニューは剣のような鋭いつま先で床を蹴った。ひと繋ぎになったラグナとニューの体が浮き、そして落ちていく。全てを飲み込む炎色が渦巻いている、境界の中へ。
(情けねぇ……)
失血で声を出す程の力も失ったラグナが心中で毒吐く。
窯を壊せず、ことごとく邪魔者が入り、素体の精錬が完了してしまい、挙句にその素体に刺されて死んでしまうのかと思うと、虚しくもあった。
何の為に力を付けたのか、何の為にあの時、『蒼の魔道書』を手に取ったのか。それは拐われた妹を助ける為ではなかったのか? 妹を元にして造られたこの素体を壊す為ではなかったのか? テルミに復讐する為ではなかったのか?
いくら考えど、全て終わりだった。ラグナは考えを放棄し、落ちる引力に身を委ねる。
それで、全てが終わるはずだった。
「……また……私は…………」
見ているだけなのか。目の前の惨状を、家族が喪われていく瞬間を、無様に床に転がって傍観しているだけなのか。
ギリ、と切れてしまうのでないかと思う程の力でマキシマは下唇を噛み、拳を握る。
何の為に力を付けたのか。右腕を落とされた彼を助ける為ではなかったか? 攫われた妹を助け出す為ではなかったか? 大切な思い出の詰まった全てを焼き払い、嘲笑った『緑の影』に復讐する為ではなかったか? そして何より――大切で、大好きな弟を取り戻す為ではなかったか?
けれどもう全て間に合わない。また無様にこうして転がり、また終わる。二人が落ちきってしまえばおぞましい『何か』が這い出てきて全てを、マキシマをも喰らってしまうだろう。
マキシマは諦めたように静かに瞼を伏せる。
それで、全てが終わるはずだった。
――諦めないで。
ラグナの耳元で、マキシマの耳元で、声が聞こえた。酷く懐かしい声が。
それは教会で過ごしていた時、いつも側で聞いていた柔らかな声だった。
懐かしい声に誘われて、ラグナは目を開く。そしてすぐ側に声の主を見つけ、気付いた。
「諦めないで!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶ、妹にそっくりの顔をした少女の姿があった。彼女は窯の縁にしがみついて、もう一方の腕をいっぱいに伸ばして必死にラグナの腕を捕まえて、喉が枯れる程に叫んでいる。
いま聞こえたのは彼女の声だというのが明白なのだが、まるで妹に窘められてしまったかのような感覚になる。するとマキシマの心中にぼう、と何かが灯り、脱力しきっていた体に活力が僅かに戻ってくる。『絶対に負けたくない』という気持ちを引っさげて。
マキシマは抜けない足を両手で強く引っ張って抜こうとする。皮膚がちぎれようが骨が折れようがなりふり構っていられない。早くしなければ三人とも『窯』に落ちてしまう。
「っつ……ぅ……!!」
ブチブチと嫌な音がしたが歯を食いしばって耐える。そして遂に足が剣の間から抜け、マキシマは翼形態に転換したトリスアギオンで飛んだ。
その時だった。
「え…………?」
ズルリ、とラグナとニューをひと繋ぎにしていた大剣がラグナの体内から抜け落ちる。刺さった時と同じ滑らかさで大剣は抜け――大剣は持ち主であるニューと一緒に落下に任せて窯へ落ちていく。
「ッ、ラグナ!」
彼女一人で大男のラグナを支えて持ち上げられるはずがない。咄嗟にラグナの下に飛んで回ったマキシマは彼の両足を抱え、上へ持ち上げる。
「さっさと縁掴んで! そっちのあんたも! 頑張って!」
「っは、はい!」
「せぇ、のっ!」
タイミングを合わせ、一気にラグナを窯の縁へ持ち上げる。
そして一瞬。窯の下に目を向けたマキシマが見たのは「理解できない」と言いたげな表情でこちらに腕を伸ばしたまま、ゴウと巻き上がった境界の炎色の中に呆気無く飲み込まれていくニューの姿だった。
それを見届けたマキシマは床にへたり込み、大きく息を吐く。
それで……今度こそ、終わりだった。 Back