Goodbye To
Eternal Regression

Wheel turns

AD2200/01/02



「……ごめんくださぁい」

 下層のオリエントタウン内にある病院にマキシマはやって来ていて、恐る恐る扉をノックした後に少しだけ扉を開けて中を覗き見た。病院内は日中だからか明かりの類が消されていて少し薄暗く、人気が感じられない。
 いや、とマキシマは診察室であろう部屋に続く扉を見た。ややあってその扉の向こうから「はぁい」とくぐもった女性の声が聞こえ、ガチャリと扉が開く。

「ごめんなさい、奥で仕事をしていて……患者さん、かしら?」

 大きく胸元の開いた東方風の服に身を包み、艶やかな長い髪を一纏めにした女性だった。
 賢そうな瞳が眼鏡越しにマキシマを観察してきて。恐らくどういう症状や怪我でやって来たのか考えているのだろう。
 彼女があまりにも艶やかな美人だからだろうか。どうにも目が見れずに視線を院内に向けながら、もごもごとマキシマは口を動かす。

「あの、えっと……昨日の朝方に起きた爆発事故、で……足を怪我……しちゃって。診察、お願い出来ますか?」

 何故かこの人にじっと見られるのは苦手だ、と心中で呟きながら何とか説明をする。
 嘘は言っていないが本当の事も言ってなくて。こんな説明で大丈夫だろうかと不安になって彼女の顔を上目に見てみれば、女医は微笑して扉を大きく開いてマキシマを招き入れた。

「ええ、良いわ。奥の部屋に来てくれるかしら?」

「あっ、はい」

 促されるまま部屋に入り、座ってと促されたベッドに腰掛けた。そしてブーツを脱ぎ、患部を見せる。
 この二日間、下層で適当に取った宿屋で英気を養いながら足の怪我を術式で治療していたが、所詮は独学の術式だ。完治には至らず、ならばとやって来たのが『下層にあるのに腕が良い』と評判のこの病院だった。こんな掃き溜めのような場所にも関わらず丁寧な診察をしてくれるし薬だって安価。どんな人にも別け隔てなく笑顔で接し、さながらカグツチに舞い降りた天使だとは誰が言っていたか。
 女医はマキシマに背を向けて器具や薬を用意しながら言う。

「私はライチ=フェイ=リン、此処の医者よ。貴方は?」

マキシマ……です」

マキシマさんね。それじゃあ、患部に触れるわね」

 ライチは屈むとマキシマの足の患部に触れ、その傷口の状態に柳眉を寄せる。

「治癒術式で治した痕があるけれど……酷い怪我ね。どうしてこうなったの?」

「あー、えっと、落ちてきた瓦礫に足を挟まれて……それを無理やり引き抜こうとして」

 ふう、とライチが溜め息を吐く。

「それでこの裂傷ね……術式を掛けるわ。その後に処置をするわね」

「お願い、します」

 患部に手を翳すと淡く光り始め、徐々に傷口が塞がっていく。ライチの治療風景をぼんやりと見つめながら、マキシマは暇つぶしにと軽く室内を見回した。こぢんまりとしているものの、ある程度の設備や器具は整っているし、少し薬臭いけれど清潔な匂いがする。
 階層都市の下層に居を構える医者と言えば、大体は免許すら持っていないヤブ医者かぶれのような奴らばかりで。たまにちゃんとした医者はいるけれど、それもぼったくりのような金額の診察料だったり高価な薬を買わせてきたりと質が悪い。彼女のように下層の人々に寄り添ってくれる医者など、全階層都市を探したって片手で数えられる程度の人数しか居ないだろう。一体どのような人生を送ってくればこんな人徳者になれるのだろうか。
 治療をしてくれているライチに視線を向ける。高い位置で一つに括られた濡鴉色の髪をひしと抱えるように留めているパンダ型の髪留めが可愛い。麗しい美人なライチにしては随分と可愛い趣味をしているななんて思っていると――ふと、嗅ぎなれた匂いを感じ取ってマキシマは表情を強張らせた。
 その馴染みのある匂いは決して世界の表面にあってはならないモノ。
 『窯』を開けた『境界』の奥深くになければならない、危険な匂い。 
 どうして彼女の目を見るのが苦手だと思ったのか、喋っていて居心地が悪いのかも今ハッキリと理解した。
 
 ライチ=フェイ=リン――彼女からは常人ならば触れないであろう『蒼』を強く感じる。

「……ライチ先生」

「何かしら?」

 治療風景を見つめるマキシマの目が僅かに細められる。

「オリエントタウンで開業する前は何をしていたの?」

「…………、それは……」

「当ててあげようか。……第七機関かな。そんなに『蒼』に触れる機会なんて研究者ですら滅多にないもの」

 第七機関。術式を主とする統制機構とは逆に科学を主とし、「科学によって魔素・魔術を排する」事を目的とした組織。噂には天才科学者の『化け猫』や『赤鬼』が所属していると聞いたが……。
 しばしの沈黙。ライチは一旦治療を中断すると顔を上げ、マキシマを見つめて微笑んだ。

「……やっぱり、分かってしまうのかしら。『青の魔導書』を持つラグナ=ザ=ブラッドエッジの相棒さんは」

 べ、と舌を出しでマキシマはおどけてみせる。

「やっぱりバレてたか。まあ、ただ、ラグナと似たような匂いがしたから、先生からは」

「それで、どうするの?」

 どうする、とは。質問の意図が分からず小首を傾げる。

「私が何故『蒼』に触れたのか、理由を聞いたりしないの?」

「んー……別に」

 非常にあっけらかんとした答え。こればかりは予想できず、ライチは大きな瞳を更に大きくする。

「『蒼』に触れたからには、触れるだけの理由があるはず。それは人それぞれだから理由なんて千差万別。それを一々聞くのも面倒だし、そもそも私は『蒼の魔導書』の持ち主じゃない。だから関係無いと言えば関係無い話だから、それだけ」

 『蒼』は万能な力。手に入れれば世界の全てが手中に収まったとも言えるモノ。だからラグナのように力を求めて手を伸ばす者もいれば、富や名声の為、病気や怪我を抱えている家族の為と色々だ。
 求める人の数だけ、『蒼』を求める理由がある。

「ラグナ=ザ=ブラッドエッジが狙われてると言うのに?」

「ラグナなら並みの『蒼』を狙う奴を返り討ちにするだろうからなぁ」

「……信頼しあってるのね」

「そうなのかなぁ」

 ライチは再び術式を掛け始めた。
 そんな会話が終わってから十分弱もしただろうか。ライチは手を翳すのを止め、軟膏を塗って包帯を巻くと立ち上がる。「どうかしら?」と言われてマキシマは足を動かしてみた。痛みは消え、傷口も完全に塞がっている。動くのに十分だと言えよう。

「……大丈夫です、有難うございました。ライチ先生」

 ブーツを履き直し、椅子から立って治療費を渡したマキシマは扉の前まで歩いていくと、振り返ってぺこりと頭を下げた。そして扉を開け、病院を後にする。

「……あれが『死神』ブラッドエッジの相棒……『首狩り』グリムリーパー……」

 その背中をじっと見つめながら、ライチは小さく呟いた。

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