UTAKATA
病院を後にしたその足で、マキシマは同じ下層内にある飯店へと向かう。中に入ると見慣れた白髪頭が店の奥の方に居たので、了承を取る前に空いている席に座って勝手に相席した。
炒飯をかっ込んでいたラグナが怪訝そうに顔を上げた。しかし勝手に相席してきた相手がマキシマだと分かると炒飯を咀嚼し、カリカリに揚げられた春巻きへ箸を伸ばす。
「どう? そっちの首尾は」
「……ま、ぼちぼちってトコか」
通りがかった店員に幾つか料理を注文しながらマキシマは更に問う。
「……で、ラグナはどうすんの? この先」
「あの野郎を……テルミをぶっ潰す。ぶっ潰す為にまた統制機構を目指す、それだけだ。マキシマはどうすんだ?」
「私は……」
ラグナの答えは真っ直ぐで、迷いがなかった。
マキシマは視線を彷徨わせる。
「……私も、テルミを殺す為に統制機構を目指すよ。怪我も治ったし……って、あんたの怪我も治ってるけどどうしたの?」
「治したんだよ」
「それ説明になってないよ」
どこでどう治したのか聞きたかったのだが、と溜め息を吐いてマキシマはちょうどやって来た餡掛けの固焼き麺に箸を付けた。麺を食べ、咀嚼した後にマキシマは続ける。
「んぐ……まあ、これで当分の方針は決まったかな」
「だな。……俺とマキシマ、どっちが先に統制機構に行けるか勝負だ」
ラグナがにやりと笑い、マキシマも不敵な笑みを浮かべて応えた。
「ところで、ラグナ」
「あ?」
マキシマはある方向を指し示す。それはマキシマとラグナが使っている円卓の二人が使っていない席。そこにはカグツチ初日にラグナが踏んだカカ族の娘が勢い良く丼だの大皿だのを次々に掻き込んでいて、彼女の周囲には空になった皿が山のように積まれている。
「支払いどうすんの? これ」
「………………」
ジト目でラグナを見つめれば彼は思いっきり視線を逸らし、そして頭を抱えた。
支払いをラグナに任せ……否、押し付けてすたこらと飯店を後にしたマキシマは、再び統制機構を目指すべく上へ向かって歩き出す。道順はほぼ同じの予定だが、今回は統制機構に向かう目的が違ってくる。
『ユウキ=テルミ』をこの手で殺す。それが今回の目的。教会を襲われた時は為す術もなく一方的に嬲られたが、死に物狂いで戦う術を身に付けた。これなら最悪、テルミを殺せなくても一矢報いる事は出来るはずだ。グッと拳を握り締める。
「……よし」
気合いを入れ直し、マキシマは先ずはこの間泊まった中層のイカルガ式住居を目処にした。
どうやら今日はマキシマを『首狩り』だと追ってくる咎追いは居なさそうで。周囲に警戒しながらも比較的ゆったりとした歩調で坂を上っていく。
中層に登ると以前レイチェルと会った、花壇や公園等が設けられた開けた場所に出た。
相変わらず下層と打って変わって綺麗に整えられた場所だな、と思いつつ歩いていると、公園の近くに先日は見かけなかったモノを見かけてマキシマは立ち止まった。
疑問に思って視線を向けてみると、公園内に植えられた木の下に佇んでいたのは白い鎧武者。背中には野太刀を背負っていて、ただ腕を組んで立っているだけなのに全く隙がなく、油断して近付けば一刀両断されかねない雰囲気がある。物凄く特徴のある人物だ。ふと、先程ラグナと情報交換した際に気を付けろと注意された人物とやらが浮かぶ。
ラグナが愚痴混じりに話していた、物凄く強い『お面野郎』なのかも知れない。ラグナで太刀打ち出来なかったのだ、ならば自分だって敵わないだろう。敵意は感じられないし、此処は彼に構わず先に進む事が賢明な判断のはずだ。
けれど、
「…………あの、」
おずおずと、マキシマは鎧武者に歩み寄って声を掛けた。
本来顔がある部分は目鼻口に当たる部分がなく、『お面』のように真っ白でのっぺりとしている。だと言うのに彼が首を動かしてマキシマを見るような動作をすれば、ハッキリと『見られている』と分かる。
「……『首狩り』か」
「! 私の事知って……」
「貴様が黒き者と行動を共にし、事象兵器(アークエネミー)を扱う程度の知識しか有しておらぬ」
「……あんたは、一体……?」
そして、鎧武者は厳かに己の名を名乗る。
「我が名はハクメン」
「……六英雄の、ハクメン……?」
その名には聞き覚えがあった。
シスターが何度も話してくれた昔話に出てくる、黒き獣を倒す為に立ち上がった六人の英雄の、リーダーを務めた長い太刀を振るう剣士。目の前の人物が名前を騙っている可能性もあるが、不思議とそうとは思えなかった。この人物がハクメン本人であると、語らずとも雰囲気やさっきからひしひしと伝わってくる威圧感が物語ってくる。
ならば、浮かぶ疑問は一つだった。
「六英雄のハクメンともあろう人が、なんでカグツチに……?」
「私は私に従い、『悪』を滅し、『罪』を刈り取りに来たのみ」
つまるところ、彼も彼でまた『何か』に招かれ、カグツチにやって来たのだろう。
その『何か』が何だかはマキシマには分からない。人為的なソレなのか、もっと神懸かった……人智を超えたようなソレなのか。
「して、私に何用だ?」
「あ」
自分から話し掛けておいたと言うのに、その理由を言っていなかった。マキシマは己の口にパッと手を当てる。
確かに、見慣れない白い鎧武者が佇んでいたら気になって目に止めてしまうだろう。だが大半の人ならばその威圧感に気圧されて見なかった事にする筈だ。
しかしマキシマは、ほぼ無意識に声を掛けていた。掛けて、ハッとした。
言うのが憚れるが、どうやらハクメンは答を待っているらしい。ちら、と彼を見上げ、視線を外し、小さく溜め息を吐いたマキシマは呟いた。
「……すっごい失礼な気もするんだけど……言っていいの?」
無言。それを肯定と受け取り、マキシマは続ける。
「……さっき通りがかった時にあんたを見た時……気配と言うか、雰囲気……が、弟にそっくりだったの」
「……弟?」
「あ、育ちが同じってワケで血の繋がりは無いんだけど」
胸の高さで両手を小さく振ってマキシマは苦笑する。
しかし、ハクメンが弟についての話題に反応するとは思っていなかった。もっと人間離れした感性を持っているとマキシマは勝手に思っていた為、少々意外に感じる。
「……私にも、姉と呼べる存在が居た」
「え……?」
もっと意外だった。この伝説に語られる人物(もっとも、ヒトと呼んで良いのかも分からない)に『姉』に匹敵する人が居たとは。
顔が本来の場所にあったなら、恐らく遠くを見つめながら話したであろう声音でハクメンは言う。
「幼少の頃から姉として慕い、又恋慕も抱いていた。強く、凛々しい女性で……或る事情で離れ離れになり、再会した時に刃を向ける関係になった時も私を心配してくれたものだ」
「そんな人が……」
どんな女性か全く想像が出来ず、ただ単に凄いの一言しか感想が出てこない。
「……彼女の最期を、看取る事が出来なかった。故に謝る事も叶わなかった。愚かな私で済まなかったと」
ハクメンの脳裏に朧げで遠い昔の記憶が呼び起こされる。
此処ではない、何処か遠い世界。そこの『窯』と呼ばれるフロアで無惨にも両足を断たれ、床に倒れ込む『姉』の姿が。その脇を走り抜け、『境界』に落ち行く『兄』に手を伸ばしたかつて自分の行動が。
あの後、彼女はどうなったのか。そのまま冷たい床の上で息絶えたのか、自分と同じく『彼』を追って『窯』に身を投じたのか。それは先に落ちた自分には分からなかった。
けれど、とハクメンは思う。あの時、あの場所で、『兄』ではなく『姉』に手を伸ばしていたら、助けていたら何かが変わっていたのではないかと。
結末は変わらないのかも知れない。『あれ』は失敗した世界なのだから。ノエル=ヴァーミリオンが存在出来ず、兄は忌まわしい素体と共に窯に落ち、義姉はその素体によって致命傷を与えられていたのだから。伸ばす手の先を変えられたとしても、もうすぐ終わる世界だったのだから。
でも――少なくとも姉に手を差し伸べていれば、彼女の最期の言葉が聞けたかも知れない。手を握って大丈夫だよと声を掛け、束の間の安息を与えられていたのかも知れない。
ハクメンは心の中で嘲笑する。
今更過ぎた事を思っても仕方がない。『もしかして』の世界と可能性は、あの時彼自身が選んだ選択によって消えたというのに。
「ええと……ハクメン?」
今度はハクメンがぼんやりと考え込んでしまう番だった。
心配そうに顔の部分を覗き込んでくるマキシマの姿が映る。ハクメンが気付いた事を察したのだろう、マキシマが小さく笑う。
「私みたいな小娘が言うのもアレなんだけど……ずっとそのお姉さんに謝りたいって思って来たんでしょ? なら、お姉さん、許してくれるんじゃないかな」
「……そう思うか?」
「私がその人なら、っていう前提だけど。きっとその人もハクメンを弟のように可愛がったはずなんだから、百年以上も贖罪していたら許してるんじゃないかなって」
「あくまで私の意見なんだけど」と苦笑いするマキシマ。
その姿が遠い昔に見た、自分に笑いかける『彼女』と重なって映り。
ハクメンは眩しさから目を逸らすようにマキシマから目を背け、背中を向けた。
「…………、ええと……」
何か気に障る事でも言ってしまったかと、不安そうな気配が背中越しに伝わってくる。
ザ、と一歩踏み出しながらハクメンは呟いた。
「――有難う」
「……!」
何か言わねば、けれど適切な言葉が出てこず、喉のあたりでもどかしく突っかかる。
そうこうしている内に白い鎧武者は姿を消してしまっていた。彼もまた、この街でやるべき事があるのだろう。上層部の方面へ向かったハクメンを思いながらそう考えていると、はたと一つの事に気づいた。
この街の上層部はほぼ統制機構の施設しかない。そして最上部には統制機構の支部、そして『窯』が存在していて。
「……まさか、ね」
『悪を滅し、罪を刈り取る』
彼の言葉通りに受け取るなら彼の目的は――そこまで考えた所でマキシマは頭を振った。
所詮は憶測でしかない。考えを振り落とすとマキシマは上に聳える施設を見据える。
さあ、行かないと。マキシマはハクメンが選んだ道とは別の道を選んで歩き始めた。
「…………姉さん……」
今となっては、最も遠い場所にある単語。薄れ、欠けた記憶の底にある単語。口にすると、どうしようもなく愛しさが込み上げてくる単語。
傾斜のある道を登って行く白い鎧武者から静かに吐き出されたその単語は、本人が聞き取った以外には誰にも聞き取られる事なく、霧散して魔素の含まれた風にかき消されていった。 Back