Goodbye To
Eternal Regression

Fatal strike

 はあ、と長時間の坂道歩きで乱れた息を整えながらマキシマは天を仰ぐ。
 丁度この場所はカグツチの中間程だろうか。日も落ちかけてきていて、そろそろ寝床を検討しなければと思い始めた時。殺気を感じてマキシマはその場から大きく飛び退った。
 直後、鋭く尖った五本の爪のような物が飛来し、寸前までマキシマが居たレンガを敷き詰めた道路に穴を穿つ。
 着地した低い体勢のままトリスアギオンを起動させ、背後ではためかせながらマキシマは奇襲した相手を見据えた。しかし、物陰に隠れているのか気配は感じても肝心の姿が見当たらない。

「……誰? 出てきなさいよ」

「あはは。流石に気づかれてしまいますよね」

 殺気に見合わない、穏やかで子供っぽい声。スっと建物の陰から出てきた姿は二つで、マキシマはその人物達の奇妙さに目を細めた。
 片方はまだ子供と言っても差し支えがないだろう年の頃の少年。紫色のシルクハットを被って同色のマントとハーフパンツを身に纏い、丸眼鏡を掛けている。礼儀正しそうな雰囲気を含めればまるで只の貴族の坊ちゃんだ。しかし、もう片方の隣に控える『ソレ』が一際目を引いて少年の不気味さを際立たせている。
 青紫色のドレスを纏ったような、女性型の長身の人形。だらりと猫背のように立つそれはどう見ても愛玩用の人形とは程遠い。地面に付きそうな程長い両腕の先には鈍く光を反射する鋭い爪がついていて。あれが恐らく道路を破壊したのだろうと察する。
 じっと観察していると少年がシルクハットを外し、胸の前に持っていくと軽く会釈をした。

「初めまして、マキシマさん。僕はカルル=クローバーと申します。こう見えても『咎追い』でして」

 咎追いに年齢制限は無い。しかし一般的な咎追いは何らかの戦闘経験や武具の扱い方を少なからず積んだ者が多く、結果として若くても十代後半から二十歳前後で始める者が多い。故に、カルルと名乗った少年程の若い咎追いをマキシマ自身初めて見た。
 す、と手の平を上にしてカルルが隣を指し示す。

「こちらは僕の姉のエイダ=クローバーです」

 説明としては普通。よくある紹介の口上だ。けれどカルルが指し示したのがその人形だったのだから奇妙さを覚えてならない。
 その奇妙だと感じる気持ちが顔に出ていたのだろう。カルルが口元に手を当てて上品に苦笑する。

「少し事情があって姉さんはこう言った姿ですが、紛れもなく僕の姉さんなんです。けれど、別に貴方にその事情を説明する気はありませんし、理解してもらおうだなんて事も考えていません。最初から同情などを買って欲しくて、貴方の前に現れたのではありませんから」

 言葉の端々から見え隠れする、研がれた刃のような敵意と殺意。

「……狙いは『蒼の魔道書』か。だとしたら残念。見ての通り私は所持者じゃないし、所持者の奴は此処には居ない」

「ええ、存じてます。マキシマさんの武器はその事象兵器(アークエネミー)ですよね?」

 おどけるように大げさに肩を竦めてみせたが、カルルは微笑で返す。マキシマよりも年下なくせに何でも見透かしていますとでも言うような素振りが面白くなく、べっと舌を少し出してマキシマは言った。

「……ある程度こっちの調べは付いてるって訳、か」

 クスッと笑ったカルルはマキシマを招くかのように、手の平を上にして差し出す。

「ええ。貴方が素直にラグナ=ザ=ブラッドエッジの居場所を教えてくださると言うのなら僕も手荒な真似は致しません。ですが……」

 ギギ、とカルルの脇に控えていた人形がわずかに動く。マキシマは腰を少し落とし、いつでもトリスアギオンを扱える体勢を取る。
 暫しの沈黙の後、カルルは無言のマキシマを見て「そうですか」と短く言うと、横に軽く手を振るった。来る、と感知したマキシマは素早く左に大きく飛ぶ。人形の腕がグンと伸びるように動き、マキシマの体を穿とうとしたのだ。しかし凶悪な爪はマキシマを捕らえる事が出来ず、虚空を貫く。

「ちっ…………!」

 着地ざま背後で展開しているトリスアギオンを震わせる。羽根を模したセラミック製の刺が無数に放たれ、カルルを射抜かんとして――ほぼ全てが『何か』に弾き落とされ、残りは軌道を逸らされてしまった。見れば長い棒状の物を持っている。

「フラッグか……」

 旗。けれど普通の旗ではないのは一目瞭然で。あんな全体が機械じみた硬質の旗なんて見た事がない。カルルはあれを振るって防いだのだろう。
 旗をマントの裏に収納したのと同時に人形が動いた。
 とても人形とは思えない、滑らかで俊敏な動き。後退するか横に跳ぶか飛ぶか攻撃するか、人形への対処に考えを巡らせ、そしてそれが間違いだったと気づかされた。
 一秒ないし二秒掛かるか掛からないかの狭間の思考。たったそれだけの間で人形はマキシマとの距離を詰め、腕を伸ばそうとしていた。思考を止め、咄嗟に高く飛び上がる。しかし跳ね上がるようにして人形の腕が伸び、射程距離に居たマキシマの脇腹を深く抉った。
 衝撃で体勢が崩れ、背中から落下するマキシマ

「あぐっ……っ、ぁ……」

 強かに背中を打った痛みと裂傷に呻きながら上体を起こして傷口を押さえ、治癒の術式を唱える。けれどどういう訳か、想定よりも傷の治りが遅い。
 この感覚は何度か経験した事がある。この、傷に対して過剰なまでの痛みと術式の回りの悪さは。

「……事象兵、器……」

「……姉さんをそう呼ぶ人もいます。けれど……」

 再び人形が動き、道に倒れこむマキシマに爪を振るう。防御も避ける事も出来ないマキシマはまともに攻撃を受け、腕や足、胴体に新たな傷を作りながら吹っ飛ばされ、道路を何度も跳ね、数メートルそれが続いた所でようやく止まった。人形は静かにカルルの隣に戻る。

「姉さんはそんな名前じゃない!!」

 ヒステリックに叫ぶカルルの声が遠い。物理的にではなく、どうにも意識が朦朧としてきてうまく聞こえないのだ。

「っは……つ、ぅ」

「……ラグナ=ザ=ブラッドエッジの居場所を吐いてもらうだけの予定だったのに、なかなか強情ですね、貴方」

「……家族の情報を、やすやすと売るわけ……ない、でしょ」

 一番先に抉られた脇腹以外の傷は比較的浅い。なので捨て置いて、こうして会話して時間稼ぎをしつつ脇腹の出血を止めるべく治癒術式を全力で掛け続ける。

事象兵器アークエネミー…………機神、ニル、ヴァーナ」
 事象兵器アークエネミーで人形の形をしているモノなんてそれしか該当しない。呟いてみればカルルは不機嫌そうに唇を噛んだ。ご名答らしい。
 ニルヴァーナのスペックなんてものは知らない。間合いだってイマイチ把握しきれていない。けれど明確に分かっている事が一つだけある。
 
 ――此処で反撃しなければ、殺される。

 これ以上マキシマに攻撃をした所で有益な情報を引き出せない事は明白だ。それはカルルも理解している。だからそろそろ、利用価値の無いマキシマの息の根を止めようと必殺の一撃を放ってくるだろう。その時が、最大で最高のチャンス。

「僕にラグナ=ザ=ブラッドエッジの居場所を教える気は?」

「無いに、決まってんでしょ……しつこい……」

 マキシマの頑なさを呆れるように、カルルは溜め息を吐いてみせる。

「そうですか。交渉決裂、ですね。…………姉さん」

 優雅にお辞儀をしたカルルの隣でまた静かに音もなく、けれどとんでもない速さでニルヴァーナが動いてマキシマとの距離を詰め始めた。それを倒れながら見つめ、機会を伺う。
 マキシマとの距離がおおよそ二メートル程まで縮んだ時。ニルヴァーナがその凶悪な爪が付いた腕を引き、ドリルのように回転させながらマキシマを貫こうとし――

「……っ!」

 今だ、とマキシマは素早く道路を転がって横に避けると、トリスアギオンを全力で稼働させて飛び上がる。その動作に虚を突かれたのか、ニルヴァーナの爪は道路を穿つと爪が深く突き刺さりすぎて抜けないのか、数秒そのまま停止した。

「姉さんっ!?」

 ニルヴァーナを心配して焦ったようなカルルの声がするが、ニルヴァーナが爪を引き抜いて体勢を直してマキシマに追撃をするよりも、マキシマがカルルに一撃を喰らわす方が圧倒的に早い。

「――いい加減に」

 猛スピードで地面スレスレ飛び、カルルに迫る。そして、

「黙りなさいっての!!」

 勢いを加えた渾身の回し蹴りをカルルの脇腹に叩き込む。
 小さな体はいとも容易く吹っ飛び、壁に当たってずるりと力なく落下した。

「……う、あ……姉、さん……」

 ニルヴァーナに伸ばされるカルルの細い手。けれどその手がニルヴァーナに届くはずもなく、ぽとりとそれは道路に落ちた。
 決着は付いた。血の混じった痰を吐き出しながらマキシマはトリスアギオンを解除する。
 チラリとニルヴァーナの方を見てみれば、割れた道路に爪を突き刺した状態のまま静止していて。確かニルヴァーナは起動条件に『殺意』があったと記憶している。カルルが気を失った事によってソレが途切れたのだろう。

「ったく……手こずらせてくれちゃって、っつ……」

 いくら治療したといえど事象兵器(アークエネミー)で傷つけられたモノなので治癒術式の掛かりが悪く、しかも時間が無くて破れた血管を簡単に塞いだだけの『治療』は激しく動いたら傷が開いてしまうのも当然で。

「兎に角……どっかで休んで、怪我の……」

 息をするだけであちこちが悲鳴を上げる体を動かすのは至難の業だ。歩こうと思って伸ばした足は震え、脇腹からは開いた傷からボタボタと血が流れ始めている。
 怪我の治療をしなければ、とマキシマの言葉は吐き出した熱い息に紛れて消え、どさりとその場に崩れ落ちた。


◆◆◆


「……血の、匂い……?」

 カグツチの頂点にある統制機構を目指して歩いていたジンがふと視線を上から外し、周囲に向かう。その深い緑の目には先日の狂気の色は伺えない。
 『秩序の力』に目覚め、ユキアネサを支配下に置いたジンは『やるべき事』を果たす為に統制機構を目指していた。けれど完全に『秩序の力』に覚醒してはおらず、その為かユキアネサは鞘から抜けず沈黙したまま。故に道中で起こった戦闘でも抜刀する事なく体術のみで切り抜けてきたが、それがこの先で通じるとは思えない。統制機構には――彼の目指す地下の『窯』には、きっと兄と姉が向かっているからだ。
 だからジンは足を動かす。彼らに会う為に、この何もかもが薄いベールで包まれたような不明瞭な世界の『真実』を知る為に。
 しかしジンはふと足を止めた。普段だったら多少血の匂いが漂ってきても無視しているというのに、どういう訳か胸騒ぎがする。足の向きを変え、進路を変えてやや歩くとジンは『あるもの』を見つけ、目を見開くと駆け出した。

「姉さん……!?」

 遠くでぐらりと傾ぐのは、つい先日見た愛しい姿。遠目から見ても一目で負傷していると分かるその様子になりふり構っていられず、ジンは駆け出した。その近くには気絶して倒れているカルルや停止したニルヴァーナがいるが、今のジンにその二つはどうでもよく、眼中にない。

「姉さん! 姉さんっ!!」

 倒れ込んだマキシマの傍まで行くとジンは彼女を抱き起こし、状態を確認する。
 顔や剥き出しの肌に軽い裂傷が見られ、腕や胴の傷はやや深い。一番酷かったのは脇腹の深く抉り取られたかのような裂傷だった。一度術式で治した痕が見られるが、傷が開いてしまっているらしい。こうしている内にもどんどん出血が進んでいて、マキシマの顔色もどんどん青白くなっていっている。
 確か、年の暮れに大怪我を負って統制機構の施設に運ばれた時。そこから逃亡する時に多少の医薬品を持っていなかったか。そう思ってジンが持ち物を探ると包帯や消毒液が出てきた。少々心許無いが、何もしないよりはマシだ、とジンは手早く脇腹の裂傷の手当を行った。
 これで一先ずは良いだろう。後はどこかでしっかりとした手当が出来れば。しかし此処は中層部の中でも上層部に近い上の方。あるのは統制機構の所有する研究施設だけで――

「研究施設……そうか」

 今現在も研究員が勤めて稼働している場所もあるが、既に廃棄された場所もなかったか。ジンはマキシマを抱き上げると人の気配のしない方を選んで歩いていく。
 何度か角を曲がった先にそれはあった。人気のない、打ち捨てられた研究所。
 念には念を入れて気配を殺して施設に足を踏み入れたが、どうやら寝床に困って侵入した咎追いの類も居ないらしい。ジンは書類が散乱した床を気にする事なく奥に進み、救護室に向かった。予想した通りベッドが置いてあり、比較的最近打ち捨てられたのか、今すぐ使える程度には手入れが行き届いていた。掃除をする手間が省けたのは幸いだ。
 ジンはマキシマをベッドに寝かせると、まだ使えそうな救護キットを探して持ってくる。清潔そうな布を適当な大きさに裂いてマキシマの口に突っ込むと、救護キットに入っている消毒済みの針と糸で一際酷い脇腹の傷を縫い始めた。
 麻酔は無い。縫う痛みでマキシマが起きて暴れる可能性も視野には入れていたが、激しい失血で意識すら戻らないのだろう。たまに苦しそうに呻くが、体を捩ったりするほどではなかった。
 処置が終わり、ジンは糸を切るとその上から消炎剤を塗って包帯を手早く巻く。後は適度に休息を取ればマキシマもそのうち目覚めるだろう。
 包帯の上から、そっと傷をなぞる。決して傷に障らないように。ヒビの入ったガラスに触れるように、柔らかな花の花弁に触れるかのように、優しく。
 忌々しかった。どこぞの誰かは知らないが、最愛の姉に傷を負わせた事が。
 きっとこの傷は痕になって残るだろう。統制機構で最新の治療を受ければ痕すら残さず治せるだろうが、彼女は統制機構に牙を剝く『首狩り』だ。それは難しい。
 腹立たしい。一体どいつが、僕の姉さんに。姉さんに傷を負わせていいのも、殺して良いのも僕だけなのに。
 その役目は誰にだって渡さない。たとえ兄さんだって――そこまで考えてジンは細く息を吐き、思考を切り替えた。自分だって休まず歩いてきて疲労を溜めている。
 ジンは近くの椅子に座ると自身も休息をしようと腕と足を組み、目を閉じた。

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