Goodbye To
Eternal Regression

Moments of rest

AD2200/01/03


「……っ……此処、は……」

 ニルヴァーナに抉られた脇腹の痛みで意識が浮上し、ゆっくりと目を開ける。
 すると中層の道路の真ん中で倒れたはずなのに私はベッドに寝かされてて、薄汚れた天井が目に入った。病院、ではなさそうだけど……。

「い、った……」

 体を起こせばズキリ、と脇腹が痛む。あのクソガキめ、あんな過ぎた『モノ』を振り回しやがって。
 毒吐きながら脇腹に触れると変な感触がして眉を顰めた。包帯か何かを巻かれて治療された感触が服の上からする。どうやら此処に運んできてくれた人がやってくれたらしいけど……。
 傷の確認をしようと上の服によいしょと手を掛けた。腕を上げると傷が吊って痛い。
 傷に障らないように服を脱ぎながら、チラリと外の様子を窺ってみる。外は私が気を失った時よりも更に日が落ちているように見えたけど、体感時間はそれ以上のように感じる。……もしかして、丸々一日寝てた?
 けどそれも無理ないと思う。沢山歩いて疲労は溜まってただろうし、あんな怪我した上に失血してたんだから。

「……うーん、幾ら僕しか居ないと言っても、もうちょっと人目を気にかけた方が良いと思うよ?」

「別に、ラグナが居ても服着替える程度なら恥ずかしくない、し…………」

 ピタリ。まるで氷の術式でも喰らったように全ての行動が停止する。
 ちょっと待て。今、ラグナより声が高くなかったか? それでいて、とても聞き覚えのある声ではなかったか?
 ギギギ、と錆び付いた機械が動くような遅さで声のした方を見やる。ベッドは右側を壁にしているので、部屋が広がっている方向は必然と左になる。が、今時点での私の視界には人はいない。だから声のした――即ち左後方を見た。

「おはよう、姉さん。具合はどうだい?」

 なんて。椅子に腰掛けて優雅に足を組みながら手を振った奴の姿を確認して、

「なっ、んで、あんたが居るのおおおおおおおおおおおおおお!?」

 急いで前を隠しながら絶叫した。


◆◆◆


「……………………」

「……………………」

「…………姉さん?」

「……ふん」

 未だ椅子に座ったままのジンを、マキシマはベッドの上に座りながらジト目で睨む。……いや、睨みながら観察した。
 先日交戦した時感じたジンの――ユキアネサの狂気をどういう訳か殆ど感じ取れない。
 椅子に座って大人しくしているジンの瞳は狂気と狂喜で濁ってなんかいなく、元来の理知的な光を緑眼に宿している。どういう事かとマキシマは声を低くしながら問う。

「あんたこそ、何よ。こないだと全然違うじゃん」

 ジンは座ったままの体勢でユキアネサを喚び出し、マキシマは思わず身構える。が、ジンはユキアネサをマキシマに見えるように持つだけで抜刀してこない。

「僕は秩序の力を得、ユキアネサを制御する事が出来るようになった。殺せ殺せと囁いてきた声は聞こえなくなったけど、制御はまだ完全じゃない。僕は今、ユキアネサを起動する事が出来ない」

 つまり、ジンは正気に戻ったという事か。まだ完全にではないが、昔のような優しい子に。
 まだやらねば行けない事は山積みだが、それでも一つは解決しそうな気配が見えてきた。たったそれだけだが今まで頑張ってきた苦労が報われたような気持ちになり、マキシマは小さく笑う。

「……良かった、ジンが元に戻ってくれたみたいで」

 ふわり、と笑うマキシマを見、

「……でもやっぱり姉さんが大好きだって気持ちは変わらないよ!! ああ、笑った表情の姉さんも素敵だよ姉さああああああん!!」

「ぎゃあああ! ちょ、ばか! あんた、傷が開くって、いだだだだだ‼」




 どうにかジンを引き剥がし。さて、と気を取り直し。姿勢を正したマキシマは再び椅子に座ったジンと向き合う。

「あんたどうすんの、こっから先」

 穏やかな緑の目で見据え、ジンは口を開く。

「……僕は統制機構に踊らされている駒に過ぎなかった。知らない事、見つけなければならない事が見えていなかった。だけどやっと自分自身として、果たすべき事を見つけられそうなんだ。だから」

 統制機構を目指す。そう、しっかりと言ったジンを見てマキシマは言いかけていた言葉を飲み込んだ。
 生半可な気持ちならばこの場で止めようと思っていたが、それもどうやら杞憂に終わったらしい。ふう、と息を吐くとマキシマは体勢を崩す。

「そんな顔で言われたら止められないじゃん……」

「それに、統制機構を目指す姉さんも止めたい」

「へっ?」

 まさかの続きに素っ頓狂な声を上げてしまう。まじまじとジンを見てみるも、やはり彼の表情はどこまでも真摯で、実直で。

「あそこに行っては駄目だ。姉さんが行っても何も変わらない。変えられやしない」

 それは年末、統制機構に乗り込んでジンと出会った際にも言われた言葉だ。
 振り返ってみると、確かに自分は何も出来なかった。無様にニューに敗れ、足止めされ、みすみすラグナを失いかける羽目になった。あの場に『蒼の継承者』が――ノエルが居なければ今頃は……とまで考えてマキシマは頭を振る。

「確かに私一人じゃ変えられなかった。でも『事象』は変わったの。ジンがその力を以て何を知ったかなんて私には分からない、けど言えるのは『志を同じくした人が居れば未来は書き換えられる』よ、っと」

 言い終わるやいなや、傷口を押さえながらマキシマは立ち上がり、別の部屋へ移動していく。

「姉さん、安静にしてないと駄目じゃないか」

「ただ寝てるだけじゃ鈍っちゃうでしょうが。それに何も食べないで過ごす気?」

 「窓の外見てみなさいよ」と顎をしゃくって示されたので目を向けてみれば、確かに外は真っ暗であり大分遅い時間だと気付かされた。
 ジンはどちらかと言えば少食で、しかも肉類が嫌いな為あまり食事に関心を示さない質だが、マキシマはそうではない。昔から肉も魚も野菜もよく食べ、ラグナと取り合ってはシスターに叱られていた。
 ぼんやりとした記憶を振り返っていると、マキシマは幾つかの缶詰を抱えて戻ってきた。ドサドサ、とそれをジンの近くにある机の上にぶちまける。

「ま、取り敢えずこの中から何か食べれそうなのを探して……って、そっか。ジン、あんた肉嫌いだったっけ」

 エネルギー重視なのだろうか、倉庫に置いてあった缶詰の大部分は肉類の加工品であった。
 確かに肉類は保存も良い。けれど机の上に無造作に転がっている缶詰のラベルに目を通したジンが眉を顰めるのを見て、納得したような声を上げた。
 ぽい、とマキシマは一つの缶詰をジンに向かって放った。しっかりキャッチしたジンはラベルを見る。するとどうやら豆を煮詰めた物の缶詰らしく。

「それなら食べられるでしょ?」

「……どうせなら姉さんに食べさせてもらいたいなぁ」

「ば、っかじゃないの!」

 どかっとベッドの端に腰を下ろして乱暴に肉の缶詰を開けながらマキシマは罵り、自棄食いのような勢いで中身を空にしていく。そして数個空けた所で満足したのか「寝る!」と言い残してベッドに転がり、頭まで毛布を被ってしまった。
 やっと空にした缶詰を机の端に置き、ジンはベッド上に出来た毛布の塊に視線をやって静かに口を開く。

「ねえ、姉さん」

「…………、何よ」

 ひょこりと頭だけだし、ジンに背を向けながらの気怠そうな、眠そうな声。決して好意的な気持ちなんて含まれてない声音だがジンの口元は緩まれている。

「やっぱり、姉さんは変わらないね。姉さんは僕が好きな姉さんのままだ」

 うぐ、とくぐもった声。それにクスクスと笑っていると更に不満げな声が飛んでくる。

「もういいからあんたも寝なさいっての!」

「姉さんってば照れ屋だなぁ」

「だ、ま、り、な、さ、い!」

 あははと笑いながらジンは逃げるように隣の部屋へ移っていく。そちらの部屋に置いてあるベッドで眠るつもりなのだろう。やっと煩いのが居なくなってせいせいしたと、マキシマはやっと目を閉じると眠気に身を任せ、意識を沈めた。


◆◆◆


「……ん……」

 フッと意識が浮上してきてマキシマは目を開けると首を動かし、窓の外を見る。早朝なのかまだ日が高くなく、薄暗い。
 けれどそろそろ行動しないと、とマキシマは被っていた毛布を退けて支度を済ます。ついでに薬品の類と日持ちする食料を拝借しつつ。
 隣室で寝ているであろうジンを起こさないよう忍び足で施設の出入り口へと向かう。しかし扉に手を掛けたところで背後に人の気配を感じ、やれやれと思いながらマキシマは振り返った。
 まだ日光の差し込まない薄暗い廊下の先。そこにジンが静かに立っていて。

「……怪我も治ってないのに、どこにいくつもりだい?」

「あんたには関係ないでしょ」

 わざと突き放したような物言いを選ぶ。確かに傷は癒えていないし血が戻っていなくて万全ではないが、それでも進まなければならない。
 前へ――全て元凶であるユウキ=テルミを殺しに。
 じっとこちらを伺うようにしていたジンだが、その言葉を耳にすると小さく嘆息した。
 さぞ冷たい姉だと思ったのだろう。死に急いでいると思ったのだろう。だけどこれはやらねばならないのだ。自分が、ラグナが――
 小さく息を吐いたジンが一歩、踏み出す。コツ、とリノリウムの床を叩くブーツの音がやけに耳に届く。
 ぐいと腕を引かれ、突然の事に目を白黒とさせていると、体勢を崩したマキシマの体をジンは腕の中に閉じ込めた。
 昔はよくじゃれ合って抱き締めたりしていたが、その頃はマキシマの方が上背があり、ジンをすっぽりと抱き締める側だった。それが今ではどうだろうか。マキシマだって当然身長が伸びたが、それ以上に背が伸び、すらりとしなやかながらも『成人した男性』の体格を手に入れたジンの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
 
 ――もう『あの頃』のままではないのだ。ジンも、マキシマも。
 
 痛いほどに強く抱かれ、マキシマは痛みに眉を顰める。痛いと抗議の声をあげようとしたが、ジンが己の首筋に顔を埋めてきた事によってマキシマは息を飲んだ。
 こんなの、こんなの――まるで男女の逢瀬のようではないか。

「そうさ、姉さんを行かせたくない。『あんな奴』に僕の姉さんを殺させたくない。姉さんを死なせたくない。……姉さんが、姉さんが好きだから」

「……っ、ジン……」

 薄々分かっていた。気付いていた。ジンの気持ちも、己が抱いている気持ちも。それが言葉となって輪郭を得てしまえば、後はもうその気持ちと向き合うしかなくて。
 マキシマは震える声で名を呼び、ジンの背中に腕を回そうとして――その手をジンの胸に当て、軽く押した。

「姉さん……?」

 された行動を理解できず、不安を滲ませた声でジンはマキシマを見た。
 ずるい、とマキシマは思う。そんな声で、そんな表情で名前を呼ばれたら、どうしようもなく彼の手を取ってしまいそうになる。
 けれど、今は駄目だ。まだやらねばならない事、片付けなければいけない事がある。せめて、それが終わるまでは――

「その……少し、待っててくれる、かな……絶対、返事はするから」

 小さくなる声を精一杯張り上げ、ジンの胸元の服を掴みながら俯き気味にマキシマは言う。
 そこまで言って彼の反応が何も無い事に不安を抱き、マキシマは顔を上げようとした。
 すると額に掛かる髪を払われ、何か柔らかい物が触れる。

「っな、ジ、ジン!?」

 何をされたか理解した途端、顔にグッと血が集まって赤くなっていくのが分かった。
 マキシマは額を押さえながらジンから離れる。クスクスと笑っているジンを見てマキシマはジト目で彼を睨んだ。けれど顔が赤いせいで全く怖くない。

「待たされるんだから、少しくらいは許されるだろう?」

「~~っ、あー、もう……!」

 逃げるように、恥ずかしさを隠すようにバタバタとわざと足音を立てながら、マキシマは研究施設を後にした。
 顔に集まった熱は、なかなか引きそうにない。

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