Goodbye To
Eternal Regression

Blue pyroxene

AD2200/01/06


「はあ……」

「はあ……」

 とぼとぼと、途方に暮れた様子でノエルは人気のない道を歩いていた。白と青を基調とした制服はあちこちが破け、汚れが目立つ。特に大きく破れている胸元を隠しつつ、ノエルは深くため息を吐いた。
 年が明けた後にラグナとマキシマと別れ、仲間であるマコト=ナナヤと束の間の再会を果たして情報交換をし、オリエントタウンのライチ女医に治療してもらったまでは良かった。その後ライチについて行って訪れたカカ族の村で負傷したラグナと再会し、『アラクネ』と呼ばれる魔素の怪物と戦った後か。大きく破れたノエルの胸元を見て親しそうだったラグナの態度が一変して冷たい態度――まるで裏切られた事に対する怒りを覚えるかのような態度でノエルを突き放したのは。
 自分がラグナの気分を害してしまうような事をしてしまったのかと一瞬考えたが、ラグナはノエルの胸元を見た後に態度を変えた。言動に問題があると言うよりは……。
 ノエルはそっと己の胸元――両鎖骨の中間に触れ、なぞった。『十二』と、まるで人形に型番号を振ったかのように刻まれている黒い刻印を。
 そもそもこれが何の為の番号で、どういう意図があるのか、何故ノエルに付いているのか等と言った事がてんで分からない。分かるのはヴァーミリオン家に引き取られて養子になる前からノエルの胸元に刻まれているという事だけで。
 そんな事を考えながら歩を進めていると、ゾクリとした悪寒と共に鼻を突く異臭が漂ってきた。この臭いには覚えがある。カカ族の村でアラクネと対峙した時に嗅いだ異臭だ。
 つまり――

「っ……!」

 両手に事象兵器(アークエネミー)『魔銃・ベルヴェルグ』を召喚しながら、ノエルは気配を感じた方向に腕を振り、ベルヴェルグを乱射した。展開された術式がアラクネを覆う。

「ウ、ア、ガガガガ、ガ 蒼の気 が 蒼……ア ウ」

「そんな……どうしてまた!」

 先程ラグナと二人がかりで撃退したのに、こんな場所で遭遇するなんて。あちらも手負いのはずだが、それはノエルも同様だった。
 倒すのが無理でも、追い払う程度なら一人でも。油断なくベルヴェルグを構えているとアラクネが動いた。コールタールのような体内から異常に長い骨ばった手を繰り出し、ノエルを掴もうとする。それを冷静に見極めたノエルは宙を跳び、回転するが――

「蒼 我の ノ。ヨコ 。 越せ 蒼、蒼オオオオオオオ!」

 ぐいんと伸びてきた手に片足を掴まれてしまった。まずい、このままでは引き摺り込まれるか、地面に叩きつけられるかの二択だ。咄嗟にノエルは防御姿勢を取って衝撃に備える。
 その刹那、文字通り『横槍』が飛んできた。

「きゃっ!?」

 アラクネの腕が飛んできた『何か』によって切り落とされ、掴まれてたノエルはべちゃっと地面に落っこちた。ノエルは強かに打った臀部を摩るが、未だに片足にアラクネの腕がくっついたままだったので慌ててそれを外して遠くに投げた。そうして自由になったノエルは素早く立ち上がると、ベルヴェルグを構えて再び撃つ姿勢を取る。
 アラクネは今の攻撃が効いたのかブルブルと小刻みに体を震わせている。けれど未だ『蒼』は諦めていないようだった。ノイズが走るラジオのようにブツブツと譫言を繰り返している。
 しかし――

「――逃がすかあっ!」

 よく通る、力強い女性の声。
 ノエルが次弾を放とうとしてトリガーに掛かる指に力を込めた時、突風のようにノエルの脇を通り抜けていく姿があった。そしてノエルは目を疑う。
 いや、あれは『通り抜けて』いるのではなく、僅かに浮かんで『飛んで』いる。飛んで来た人物はそのままの速さでアラクネに肉薄し、直前でその人物は飛ぶのに使用していた『それ』を一対の両手剣に換えると、勢いを乗せた一撃をアラクネに見舞った。
 大きく体を震わすアラクネに休む間も与えんと言った様子で、その人物は流れるように連撃を繰り出していく。コールタールのような体すらも豆腐か何かのように斬り裂いていき、堪らず絶叫したアラクネは満身創痍の体を引きずるようにして建物の隙間にずるりと入り込んで逃げていってしまった。
 去った脅威に安堵し、ノエルはベルヴェルグをその手から消す。そして助けてくれた人に一言言おうとして大きく目を見開いた。

マキシマさん!?」

「あー、折角の賞金首が……って、ん?」

 『翼刃よくじん・トリスアギオン』を解除して残念そうに呟きながら頭を掻いていたマキシマは不思議そうにして振り向いて目を瞬かせたが、こちらに駆け寄ってきたノエルが涙目になっている事に気付いてぎょっとする。

マキシマさん……っ!」

「え、ちょ、何なに!?」

 マキシマに抱きつくとわんわんとノエルは泣き出してしまい、マキシマは狼狽えつつも取り敢えず彼女の頭を優しく撫でた。
 やはり似ているのだ、彼女は。血の繋がらないマキシマを『姉さま』と呼んで慕ってくれた、日溜まりの似合う少女に。


◆◆◆


「うぅ……ぐすっ、ほんと、すみません……」

「あー、いいって。落ち着いた?」

 陽の当たるベンチに並んで腰掛けながら、目元を擦ってノエルは僅かに頷いてみせた。
 一先ずノエルに持っていた外套を羽織らせて落ち着ける場所に移動したものの、今後どうするべきか。マキシマが考えているとぐぅ、と空気の抜けるような音が近くからし、マキシマは考え事を中断して音の原因を探った。と、隣でノエルが赤面しながらやや俯いている事に気付く。

「………………まさか……」

「あ、ああああのっ! 朝から殆ど食べないで来ちゃったのでっ、で、でもすっごくお腹空いてる訳じゃないんで!」

 ばたばたを顔の前で両手を振りながら弁解するノエルの目の前に、スっと何か差し出された。動きを止めてぽかんとしつつ見てみれば、それは携帯食用の固めに焼かれたパンで。隣に座るマキシマを見上げる。

「私の携帯食で良ければどうぞ」

「あ、有難うございます……」

 恐縮しつつ、ノエルは素直にパンを受け取って頬張った。携帯食らしく味が粗雑だが、それでも美味しいと思えたのはマキシマに親切にして貰っている為だろうか。
 マキシマも己の分のパンを取り出すと齧り始めた。二人で会話も特になく、黙々とパンを食べ進める。

「あ、あの……」

「ところでさ」

 食べ終わり、どちらともなく言葉を発して顔を見合わせた。ノエルが「マキシマさんからどうぞ」と言えば「じゃあ」と言ってマキシマは続ける。

「服、どうするの?」

 指を指されながらそう言われてノエルは己の胸元を見下ろし、そこではたと思い出した。だからマキシマに外套を借りて羽織り、服の損傷を隠すようにしているというのに。

「統制機構の支部に行けば替えの制服を支給して貰えるんですけど……」

「まだちょっと距離がありすぎない?」

「そうなんですよね……」

 がっくりと肩を落とすノエル。
 行こうと思えば行けなくもない距離にまで最上層の統制機構支部まで迫ってきているものの、やはり今のノエルの格好で移動となると人目が気になってしまう。どうしようかと悩んでいると、マキシマがポンと両手を打った。そしてノエルに向かって手のひらを上にした状態で手を差し出す。

「ノエル」

「は、はい」

「ちょっと服脱いで」

「はい…………、はいっ!?」

 バッと両腕で己の体を抱き、ベンチに座ったまま器用にマキシマと距離を取るノエルに「そういう意味じゃないって!」とマキシマは声を張り上げた。困惑したまま、ノエルはおずおずと元の位置に戻る。

「裁縫道具程度なら持ってるし、繕いものも出来るから直してあげよっかって事!」

「あっ、なる程……」

「あんたが何想像したか知らないけど、私はちゃんと普通に男の人が好きだし……でなきゃジンを、」

「キサラギ少佐……?」

 突然上がった身内の人物の名前に首を傾げていると、マキシマは顔を赤くさせながらノエルの服に手を掛けた。

「っな、何でもない! 分かったんならさっさと脱ぐ!」

「え、ちょ、マキシマさん!? きゃあ! ひ、引っ張らないでください!」
 ぐいぐいと引っ張られ、これ以上破れるわけにはいかないと観念したノエルは外套を被ったまま制服を脱ぎ、マキシマに渡す。マキシマは荷物から小さな裁縫セットを取り出すと繕い始めた。ノエルはじっとその手元に視線を落とす。すいすいと縫っていく様はとても手慣れているようだった。

「あ、あの……マキシマさん」

「ん、何?」

 マキシマの作業を眺めていたノエルがおずおずと、聞くのが躊躇われるとでも言うように、控えめな声で問い掛ける。

「その……どうして此処まで良くしてくれるのかなって思って……」

「…………」

 縫う手は止めないまま、マキシマは暫し思案する。時折呻いている事から、どうやら適切な言葉を選んでいるようで。

「……そう、だなぁ」

 一度縫う手を止め、マキシマはノエルに視線を向ける。不思議そうにぱちくりと緑眼を瞬かせる彼女と目が合った。
 マキシマはポツリと呟く。

「……妹に、似てるからかなあ」

「妹、さん……?」

「血は繋がってないんだけどね。孤児として引き取られた先の教会で後から来て、私を『姉さま』って呼んで慕ってくれて……色々あって、離れ離れになっちゃってるんだけど……」

「その妹さんと私が、似てるんですか?」

「そう。大きくなってたら今はノエル位だろうし、見た目が凄くそっくりだから余計に。……っと、出来たよ」

 ビシッとノエルの制服を広げて、解れや縫い残しが無いかを確認する。この仕上がりならば当分は破けたりしないだろう。はい、とノエルに手渡す。

「ほら、着替えてきちゃいな」

「あっ、ありがとうございます! ……あっ、わっ!」

 受け取ろうとして慌てて立ち上がると、その拍子にずるりと外套がずり落ちそうになってしまう。咄嗟に外套を押さえて事なきを得るが、それでも肩や胸元は一瞬大きく露出してしまった。
 その瞬間、マキシマの視線がある一点に釘付けになる。一瞬しか見えなかったが、しっかりと目で捉えてしまった。その場所とはノエルの胸元の――

「十二……」

「っ!」

 両鎖骨の間にある、黒い刻印。ノエルは受け取った制服を胸に抱くと半歩後ずさった。まるでマキシマから距離を置くように。
 ラグナはこれで表情を変えた。態度も変わった。マキシマにまで拒絶されてしまったらと思うと――怖くて仕方がない。
 聞こえてきたのはため息よりも軽い、息を吐く音。どういう事だろうかと思って恐る恐る顔を上げると、髪を掻いているマキシマが目に映った。

「――なるほど。そりゃ似てるって訳ね」

 十三器ある優秀な次元境界接触用素体のうち、十一、十二、十三は義妹であるサヤをベースに造られていると聞いている。だから十三番目であるニューは性格はさておいて容姿はサヤの生き写しのように似ていて。
 それは十二とて例外ではない。寧ろ白髪赤眼のニューと違って金髪緑眼のノエルは最早本人とも呼べる程似ている。『あの日』なんてなく、穏やかに過ごしていたら見れたであろうサヤの姿がそこにあるのだ。それも素体だからと分かれば納得しかない。

「……嫌じゃ、ないんですか?」

 話した自分でもびっくりする程の小さな声で、ノエルはマキシマに声を掛ける。吐かれた言葉は震えていて、次第に視界がじわりと歪んできた。
 ぼろぼろと溢れてくる涙を手の甲で拭い、しゃくりをあげる。その様子にマキシマは困惑している様子だった。

「だって……っ! ラ、ラグナさんがコレを見たらいきなり態度が冷たくなっちゃって……だからマキシマさんにも、嫌われちゃうのかなと思って……!」

「あ? あー……」

 合点がいく。
 血の繋がった兄妹故という理由もあるのだろう。ラグナはマキシマより『素体』に憎悪を抱いていた。
 確かに可愛がっていた妹を連れ去られた挙げ句、好き勝手弄られて同じ顔のクローンを造られて、非人道的な実験に使われていると知れば誰だって怒りで腸が煮えくり返るだろう。ラグナほどではないが、マキシマだって気分が良いとは言えない。
 だから自分達は統制機構を襲撃する。
 だから自分達は研究施設を襲撃し――妹と同じ顔をした『ソレ』を打ち壊す。
 その理由に則れば当然ラグナとマキシマはこの第十二素体を壊さなければならない。しかしラグナがそうせずに拒絶したように、マキシマも彼女に攻撃を加える気は湧いてこなかった。
 どういうわけか、『第十二素体』は『ノエル=ヴァーミリオン』としてしっかりとした自我を獲得し、普通の少女のように笑って、泣いて、ころころと表情を変える。
 そしてなにより、ノエル個人に好感を持っている。もし彼女が何かしらあって素体として対峙して来ない限り……普通の『ノエル』として生きている限りは、何もせずにいようと決めた。
 ここで交わった縁は、どうせ長い人生における一瞬の出来事だ。このカグツチから離れれば二度と交わらないような。だって自分達は咎追いで彼女は統制機構の衛士なのだから。
 マキシマは言葉を考える。

「……あんたはさ、今まで普通に生きてきたんでしょ?」

 急に変わった話題に戸惑いつつも、涙を拭ったノエルは一つ一つ思い出を確認するように記憶を振り返る。
 記憶の始点は赤く染まるイブキドの空だ。

「え? あ……どうでしょう……。私、イブキドの事故でヴァーミリオン家に引き取られる前の記憶が無いんです。だからこの数字の意味も、何で私にあるのかも分からなくて……」

「引き取られて、それからは?」

「お義父さんとお義母さんは凄く優しくて、あんまり裕福じゃないのに私を統制機構の士官学校に入れてくれて……。私、人見知りが激しくて内向的なんですけど、そんな私でも友達になりたいって言ってくれた子も居たりして……」

 思い起こされるのは、常に寄り添ってくれていた数人の友人達。
 勉強がしんどくて泣きそうだった時も、教官に怒られた時も、どんな時だって励まし合い、笑い合ってどんな感情も共有した、大事な友達。その内一人とは卒業以降連絡が撮れていないが、彼女は今どうしているのだろうか。
 思い出を振り返って表情が和らいでいたのだろう。ノエルの顔を見たマキシマが小さく笑みを零す。

「そういう所。少なくても私はあんたが『ノエル』で居る限り、無闇に攻撃したりするつもりはないよ。……ほら、着替えて来ちゃいな」

「は、はいっ!」

 いつまでも半裸で居られないだろうと付け足せば足早にノエルは近くの建物の影に向かい、手早く着替えるとパタパタと小走りでマキシマのところまで戻ってくる。

マキシマさん!」

「どう? 変なとこはない?」

「はい、全然問題ないです。マキシマさん、本当にありがとうございます!」

「だから良いって。私が好きでやった事だし」

 綺麗に畳まれた外套を受け取ると、マキシマは払うように手を振る。別に対価や見返りがほしくてやったわけではないのだ。
 でも、とノエルが口ごもる。ここまでやってくれた上に親切にしてもらったのだ。何かしらで感謝の気持ちは表したい。
 えっとえっとと思案し、ノエルは閃く。

「じゃ、じゃあ!」

 マキシマに外套を返し、手の空いたノエルはマキシマの手を取ってギュッと握り締める。突然の事にマキシマは目を見開かせた。
 ノエルはしっかりとマキシマを見つめる。

「今度! 今度会ったら美味しいデザートの店を紹介します! 私、学生時代に友達とよく話してたんで色々お店知ってるんですっ! あっでも、マキシマさんもやる事沢山あるだろうし直ぐにって訳にはいかないよね……あ、あの! マキシマさんの都合が付いたらでいいんで……!」

 笑ったり落胆したり焦ったり、また笑ったり。コロコロと変わるノエルの表情を見てマキシマは僅かに破顔した。そして握られた手を組み替えて握手をする。

「……そうだね。機会があれば、是非」

 ノエルも破顔し、固く手を握った。

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