Goodbye To
Eternal Regression

Nemesis confrontation

 ズズン、と重い地響きが聞こえ、意識を取り戻したマキシマは全身の痛みに耐えながら、ゆっくりと体を起こして辺りを見回した。

「いっ……た……」

 先程のテルミとの戦闘によって気を失い、そのまま屋上の床の上で放置されていたみたいだった。それ程まだ時間が経っていないのか、日はまだ完全に沈みきってはいない。
 どうやらテルミは自分に止めを刺さずに何処かへ向かったらしい。居なくならざるを得ない程の怪我を『誰か』によって負わされ、撤退したのか。それとも瀕死寸前のマキシマを放置せざるを得ない程の『何か』重要な事が起きたのか。
 だとすると。マキシマは顔を上げて黒いモノリスを見据えた。けれどそれはマキシマが意識を失う前と変わらず、静かに佇んでいて。コレに何かがあってそれの対応に追われた為にこの場を離れた、という事ではないみたいだ。

「テルミが……離れなきゃいけなくなるような……事情……」

 自身に治癒術式をかけながらマキシマは思案する。

 『クサナギの精練』
 『地下へ向かったμ―12』
 『地下に存在するカグツチの窯』
 『カグツチの窯は塞いだだけ。壊していない』
 『姉さんは地下に行ってはいけないんだ。何も変えられない』
 『蒼の力』
 『ハクメンとラグナの最終目的地は』

 マキシマの脳裏に幾つもの単語、台詞が浮かんでは消えていき、歯車の噛み合った機械のようにカチカチを音を立てて解へと向かって動き出す。
 つまり――この場にマキシマ以上の脅威がやって来たのだろう。それは窯が内包する『蒼』ごと窯を壊してしまえるような、テルミの計画にとって最大の邪魔であろう人物が此処に。だからそちらを潰してしまおうと、テルミは標的を変えたのだろう。
 首の皮一枚で繋がったかのような感覚。氷の橋の上を命綱無しで渡っているかのような錯覚。
 ザッと怪我を塞いだマキシマは立ち上がり、トリスアギオンを起動させた。バサリとセラミックの翼が背後ではためく。

「……よし、動ける」

 そのままふわりと浮き、マキシマはトリスアギオンを駆動させると来た時と同様に飛び、今度は地下へと向かっていく。
 一階のフロアまで戻り、地下へと続いていくエレベーターの前で一度トリスアギオンの駆動を止める。そしてエレベーターに乗り込み、『窯』のフロアにたどり着いたマキシマの目に飛び込んできたモノは――

「ッ、ジン!!」

 人ひとりを容易に飲み込めそうな程の大きさの光球が、満身創痍のジンへと迫っているではないか。
 マキシマは駆け出しながら背面で浮いているトリスアギオンの片翼を掴むと剣形態に瞬時に転換させ、ブーメランの要領で投げ飛ばす。
 トリスアギオンはジンの目前まで迫っていた光球を真っ二つにするとそのまま飛んでいき、遠くの床に落ちて滑り、静止した。
 床にユキアネサを突き立て、それを支えにして立ちながらもジンはエレベーターの方角を振り返る。たった今、光球を斬って目の前を横切って行った剣には見覚えがあり、その使い手はたった一人の義姉であり――

「姉、さん……!?」

 あれほど忠告したのに、どうしてこの場に彼女が。戸惑いと驚愕の表情を浮かべるが、直ぐにジンは苦しげな表情になるとその場に膝をついてしまった。慌ててマキシマが駆け寄る。

「来たら駄目だと……言ったじゃないか、姉さん……」

「傷だらけのあんたに言われても怖くもなんともないよ」

 ジンの傍らにしゃがんだマキシマは彼の背中と肩に手を回して支え、ジンは困ったようにしながらも嬉しそうに微笑する。
 と、離れた位置から男の声が飛んできた。それはジンにもマキシマにも聴き慣れた声で。

「丁度良いわ。マキシマ、そのままジン抱えて下がってろ」

「ラグナ?」

 声のした方に視線を動かせば、ミューと対峙しながらも首を動かしてマキシマ達を見ているラグナが居て。それだけ言うとラグナは視線を戻してミューを睨む。

「……この場はラグナに任せよ」

「姉さん!?」

 憤るジンを無視してジンの腕を肩に回して立ち上がったマキシマは、ラグナに言われた通りフロアの端へと移動する。

「私もあんたも、ボロボロなのに行って何が出来るの? あの第十二素体に殺されるか、ラグナの足引っ張るのが関の山だって分からない?」

「……、それは……」

 目線を下げ、ジンは黙り込む。マキシマの言葉が正論だと言うのが嫌でも分かってしまうからだろう。このままラグナに加勢したとして、最悪の場合は自分が足を引っ張ってラグナにまで要らぬダメージを与えてしまうのではないかと。
 端に移動し、ジンを床に座らせたところでマキシマも崩折れるようにして床に座り込んだ。あれだけジンに格好付けて言っておいてこの様とは、と自嘲気味に口角を僅かに上げる。
 そうして阻む者と乱入者が居なくなった事を確認し、ラグナは大剣を構えた。

「そんな訳の分かんねぇモンに成り下がりやがって……目を覚ましやがれ、ノエル!!」

 距離を詰め、ラグナが大剣を掲げて振り下ろせばミューは背後に展開している八本の剣を操り、大剣を流れるように受け流してしまう。続く蹴りや打撃も同じく受け流し、逆にミューは受け流しに使わなかった剣の数本でラグナに斬りかかる。

「ぐっ……!」

 素体と戦うのは何もこれが初めてではない。既に数度目だ。だと言うのにミューの攻撃はその一つ一つが重く、大剣でガードしたラグナは僅かに後ろへ押される。

「――――憎い」

 何も映さない蒼穹の瞳が不意に揺らめき、今まで頑なに閉ざしたままだったミューの口が開いて言葉が漏れた。それは離れているマキシマ達には届かなかったが、ラグナの耳にはしかと届いていて。

「憎い……憎い、憎い憎い憎い憎い憎い」

 それは世界全てを拒絶する言葉。全世界の憎しみを受けて漏れ出た言葉。
 ラグナは歯を食いしばり、大剣でミューの剣を押し返す。

「要らない……要らない。こんな世界、要らない……私は人形。造られた存在。偽りの存在……この世界は偽り、全ては虚構……だったら、そんな世界なんて……」

 『世界を消して私も消える』。
 そう機械じみた声色でミューは剣を操っていない方の手をすい、と動かした。動きに合わせて小型の球体が複数召喚され、それはラグナを取り囲む。
 一体何だと警戒していると、それは何の前触れもなく唐突に、一斉に閃光を撒き散らして爆散した。

「ぐあああああっ!」

 ごく至近距離から喰らった爆撃にラグナの意識は一瞬持って行かれそうになるが、何とか歯を食いしばって耐え込む。
 衝撃でミューから離してしまった大剣を床に突き立て、ラグナは体のあちこちから煙を上げながら大きく肩で息をする。

「人形の……何が悪い! テメェはノエル=ヴァーミリオンだろうが!!」

 ラグナのその叫びに弾かれたようにマキシマがミューを見、壁に手を付くと力を振り絞って立ち上がった。
 今の今まで戦闘に参加していなかった、全く無力の非戦闘員が自分に危害を加えるのだろうかと、素体としての危機を察知したらしいミューが無表情でマキシマを見やった。脅威となるか判断しているのだろう。

「そうだよ……あんたは確かに人形だよ。私の義妹から造られた『蒼』に至る為の道具で、その為だけに使われる存在。……だけどね!」

 マキシマの脳裏に先日出会った時のノエルの姿が浮かぶ。泣いて、笑って、照れて、食べて、ころころ表情が変わって、自分を慕ってくれる少女の姿が。
 嬉しそうに話してくれたではないか。イブキド崩壊で生き残った自分をヴァーミリオン夫妻は暖かく迎え入れてくれたと。士官学校では大事な友達が出来たと言っていたではないか。
 
 ――マキシマを美味しいカフェに連れて行ってお礼がしたいと、言ってくれたではないか。

 素体故に彼女の元となったサヤと似ていて、けれどサヤとは似ずにノエルらしい、日向に咲く花のような笑顔を思い浮かべながらマキシマは己を奮い立たせるように叫ぶ。

「何勝手に一人で世界に絶望してんのよ! 世界が要らない? 憎い? 自分も消える?
 あんたねぇ、そういうのは自分一人で生きてから言いなさいっての! あんたを育ててくれたヴァーミリオン家の人が居るんでしょ! 統制機構に大事な友達が居るんでしょ!? あんたを必要としてる人は幾らでも居る! 居て欲しいと願う人間は沢山居る! 現に私だって、ノエルが居てくれて良かったって思ってるもの! あんたが居なかったらラグナは助けられなかった、だから――」

 大剣の柄から手を離したラグナが床を駆ける。マキシマに意識を向けていたミューは咄嗟の事に動けず、蒼い瞳でラグナの動きを見守る事しか出来ずにいて。

「戻って来なさいよ! ノエル=ヴァーミリオン!!」

 その言葉と同時にラグナはミューに辿り着き、頭部を覆うヘッドギアに左手を伸ばすと鷲掴みにする。
 それは半ば思いつきだった。いや、大博打に近いかも知れない。けれどやってみるだけの価値はある、とラグナは思うと、もう何度口にしたのか分からない言葉を強く声に出した。

「第666拘束機関解放、次元干渉虚数方陣展開! 蒼の魔導書ブレイブルー、起動!」

 ヘッドギアを掴んでいない方、ラグナの右腕に闇色のオーラが纏い始める。本来ならば此処で完了だが――

「イデア機関、反転接続!」

「なっ……!?」

 それは傍目から見ているマキシマにも分かる程の劇的な変化だった。
 驚くマキシマの前で闇色に染まった『蒼の魔導書ブレイブルー』は色を失い、代わりに金色の粒子を帯び始める。
 綺麗だ、とマキシマが思うのも束の間、膨れ上がる黄金の粒子はあっと言う間にラグナを包み、ミューを包み、フロアの端に居たマキシマとジンすら包み込んで全てを埋めた。

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