Goodbye To
Eternal Regression

CONTINUUM SHIFT

AD2200/01/06


「…………」

 持ち主不在となったオリエントタウンのとある診療所の入り口扉の前。そこで膝を抱えて座り込んで佇む女性の姿があった。女性はぼんやりと朝焼けの空を見上げ、何やら思案に耽っている様子だ。
 しかしその女性は体のあちこちに包帯を巻いていたり、ガーゼを当てていたりと満身創痍の体でもあり。女性は同じ体勢を長時間続けた事による体の凝りを解そうとして大きく伸びをし、「いたたたた」と大きな独り言を言いながら元の姿勢に戻った。
 痛みを逃がすように息を吐き、女性――マキシマは昨日の出来事を思い出す。

 ラグナが『イデア機関』を使って、黄金の粒子に飲まれた後の事だ。
 ソレによってミューは『ノエル』としての自我を取り戻し――後から聞いた話によれば、イデア機関によって境界に落ちかけていたノエルの魂を、ラグナが引っ張り上げた事によって元に戻ったらしい――ノエルがラグナをまた馬鹿馬鹿と泣きながら罵り、満身創痍でヘロヘロの姿で誰もが乗り越えた困難に安堵の表情を浮かべていたその時――軽い拍手の音が木霊し、瓦礫に塗れた頭上のステージに一人の男が姿を現したのだった。
 諸悪の根源とも言うべきマキシマ達の仇敵、ユウキ=テルミ。そしてテルミは語りだした。自身はタカマガハラと呼ばれるシステムに『観測』されて現代に存在を定着させていたが、現在は同等、もしくはそれ以上の存在によって『観測』されている為、タカマガハラの『観測』が必要無くなったと。
 誰もが訝しむ。一体それは何なんだと。そして『その存在』は恭しいテルミの一礼によってゆっくりと奥から歩いて来、姿を現した。
 濃い紫髪を束ね、古めかしい装束に身を包んだ少女。少女はテルミに『帝』と呼ばれ、冷ややかに階下のマキシマ達を一瞥した。
 その少女を見、ラグナ・マキシマは愕然とする。
 厳かで、全てを否定し、拒絶をするような雰囲気は全くと言っていい程ほど似つかない。髪色だって、目の色だって異なっている。けれどどうしようもなくその顔立ちだけは面影を残していて。二人は確信を持って呟いた。
 ――『サヤ』と。失われた日溜まりの少女の名を。

「ふわ……あ……。あー、ラグナの修理ってまだ終わんないのかな……」

 大あくびをし、目尻に浮かんだ涙を袖で拭いながらマキシマはひとりごちる。
 修理という言葉はどうかと思ったが、ノエルの魂を引っ張り上げた際に代償として失くした左腕をココノエがどうにかするという話なのだから、まあ強ち間違っていないだろうとマキシマは一人結論づける。
 と、ゴツンとマキシマが背もたれにしている扉が振動で震えた。即ち院内の誰かが扉を開けようとしているのだろう。マキシマは立ち上がろうと体勢を変える。しかし開けようとしている人物は急かすように扉をガタガタとさせ、その衝撃がガンガンとマキシマの背中に当たる。

「む? 何だ、立て付けが悪いのか?」

「ちょっ、まっ、痛い! 痛いから!」

 容赦ない攻撃にマキシマは慌ててその場を退く。やっとつっかえが無くなった扉を開け、院内から出てきた人物は地面に転がっているマキシマをじろりと睥睨し、不機嫌そうに背後で揺らめく二股の尾を振った。

「おい、マキシマ=ジ=グリムリーパー。何故そんな所で転がっている? 邪魔だ」

「……もう……理不尽な物言いには慣れたよ……」

 どうして自分の周りにはこうも我が強い人物しか居ないのか。
 諦念したような顔でマキシマはのそりと起き上がり、服に付いた埃を払いながら立ち上がる。
 マキシマが立ち上がれば――亜人の彼女、ココノエよりも背がある事もあって彼女を見下ろす形となる。マキシマは髪を掻きながら問うた。

「で、あんたが出てきたって事は、ラグナの腕の修理は終わったって事?」

 ココノエは上着のポケットからポップキャンディーを取り出し、包みを開けると口へ放り込む。コロコロと口の中で転がしながら踵を返し、肩越しに振り返った。どうやら付いて来いと言う事らしい。

「ああ、そうだ。まずは核となる部分を作り、ラムダを修復した再生槽にソレを放り込み――」

 待合室を突っ切って行くココノエに追従しながら、小難しい単語が飛び回る話を聞く。しかし科学なんぞマキシマにはちんぷんかんぷんで、複雑な呪文のようにしか聞こえない。
 適当に相槌を打ちながら進んでいくと、奥の診療室に通された。以前、マキシマがライチの治療を受けたその部屋だ。
 以前と違うところは――治療の道具がやや増えているところと、脇に置かれているベッドに腰掛けている、包帯をあちこちに巻いた半裸の大男が居るところだろうか。そいつは入室してきたマキシマ達を見やり、左腕を軽く上げる。

「よお、マキシマか」

「……なーんだ、元気そうじゃん」

「テメェこそピンピンしてんじゃねーか」

 互いに軽口を叩き合い、マキシマは空いていた近くの椅子に腰掛ける。

「ブラッドエッジのケガの治療も、左腕の再生も終わった」

 医者が座る方の椅子にどさりと腰掛け、その上で胡座を掻きながらココノエは目を眇める。

「お前達はどうする?」

 ラグナとマキシマは顔を見合わせ、互いに頷く。

「俺達はイカルガに行くつもりだ」

 立ち去る間際、帝は呟いた。
 イカルガ連邦。一度、マキシマとラグナが訪れて『窯』を破壊した地。そこにユウキ=テルミがいると、『あるもの』があると帝は示唆し、消えた。
 その『あるもの』が何なのかは現段階では到底理解出来ない。いや、理解出来るはずもない。だから確かめるのだ。あのイカルガに一体何が存在しているのかと。一体『何』が集約するのかと。

「まあでも。私もラグナもまだ完治してないから、もうちょいカグツチに居るつもりだけどね」

 椅子に座ったまま座席を回転させ、くるくると横回転しながらマキシマはあっけらかんと言う。そのまま回りながら、

「というかラグナ、あんたいつまでカカ族の村で世話になるつもり? もうカカ族の子になっちゃう?」

「ならねぇよ! つーかタオの奴が強引に勧めて来たんだからな!」

「あははー」

 笑いながら回り、満足したところでマキシマは回転を止める。

「私は下層の安宿で寝泊まり、ラグナはカカ族の村で寝泊まり……完治速度もラグナの方が早いだろうし、合流はあっちにする?」

 マキシマの提案にラグナは頷く。

「ああ、それで良いんじゃねーか? けどよ……」

「あー……」

 僅かに眉を顰めたラグナの顔を見、彼が何と言おうとしているのかが理解出来てしまった。この男とはつくづく思考が似通っているなと思いながらマキシマは言葉を引き継ぐ。

「何だ、真っ直ぐイカルガを目指さないのか?」

「うーん、まあ。その前にちょっと、寄る場所があるかなって」

 シスターへの報告と顔見せを兼ねて『あの場所』へ。
 ココノエは気だるげな表情でマキシマの声を聞きながらゆらりと尾を振り、徐に立ち上がる。

「……まあそこまで構う程の義理はない。私はそろそろラボに戻るぞ」

 しっし払うように手を振り、ココノエはそっけない言葉を残しつつ部屋を後にしようとする。その最中、肩ごしにチラリと振り返り、

「せいぜい大事にするんだな」

 ひらりと手を振り、今度こそココノエは診察室を後にした。その言葉の意味をマキシマは理解出来なかったが、きっとラグナには伝わっているのだろう。
 さて、とマキシマも立ち上がる。それをラグナは目で追い、

「何だ、もう行くのか?」

「体慣らしついでに小金稼ぎに行こうかなって。最近ずっと寝てて体鈍ってるんだもん。それに……」

「あ?」

「なっ……何でもない!」

 ブーツで荒々しく床を叩きながらマキシマは踵を返し、これまた荒々しい動作でマキシマは診療所を後にした。

「……なんだありゃ」

 意味がわからないと言いたげにラグナは眉を顰め、頭を掻きながらごろりと横になって目を閉じた。

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