Goodbye To
Eternal Regression

Black Aggression

「うー……さっむ」

 連合階層都市・アキツ市街のスノータウンの只中で、マキシマ息を吐いた。
 空中に吐き出された温かい息は直ぐに冷やされて白い煙となり、昇っていく。目深に被った外套を更に目深に被り直し、ザクザクと足跡のない綺麗な雪を踏んでいく。
 普通、階層都市と言えば術式による気候調節によって温暖な気候が保たれているのだが、このアキツはこのように雪が吹き荒ぶ街へと成り果てている。何でだっけ、と寒さでぼんやりとしている頭で考え、数秒思考した後に気付いた、と言うか思い出した。

「あー……前、此処に来たんだったよね」

 カグツチに向かう前の事だ。階層都市と言う事は当然最上層には統制機構の支部があり。マキシマとラグナはこのアキツの統制機構を襲い、『窯』を破壊していたのだった。既に幾つもの支部を壊滅に追い込んでいるから忘れていたわ、とマキシマは頬を掻く。
 取り敢えず目下の目的の『イカルガ連合に到着する』というのは達成できた。後は此処から出ているロープウェイなり徒歩なりで中央政府の敷かれているヤビコへ向かい、地道に情報収集をすればいい。ノエルの事、『帝』の事、『楔』の事を。
 ああ、どうせだったらカグツチでノエルと別れる時にイカルガの何処かで会おうと約束していたらなあ、と思っていると――唐突にマキシマは手の内に剣形態のトリスアギオンを呼び出し、柄を掴むと大きく体を捻った。雪と外套が舞い、振り回しざまに飛んできた剣戟をトリスアギオンで弾く。弾いた剣はくるくると弧を描いて離れた雪原に刺さり、そこで改めてマキシマはその剣を観察した。
 マキシマの身長を悠々と越すほど大きな剣だ。漆黒の大剣は非常にシンプルな形をしており、それだけで如何に『戦闘向き』かというのが察せられる。
 じっとトリスアギオンを構えて臨戦態勢でいると、ややあって姿を現した男の姿があった。
 男は大剣のところまで来ると易々と雪から引き抜き、肩に背負う。そしてマキシマの姿を見てヒュウ、と軽やかに口笛を吹いた。

「殺気を極限まで減らした俺の一撃を返したか。流石は幾つもの支部を壊滅に追い込んだ『首狩り』マキシマちゃんだな」

「……人を初対面でちゃん付けするの止めてくれない?」

 そんな可愛い敬称を付けてもらって喜ぶような年頃でもない。寧ろ怖気が走った。
 黒髪に、意志の強そうな光を宿す紫目をした偉丈夫だ。黒いマントに刻まれたその『模様』と口ぶりは。
 寒さの他に、顔を見られない為の対策として纏っていた外套の一端を掴んだマキシマは一気に脱ぎ捨てると剣先を男に向ける。

「『黒騎士』カグラ=ムツキ……統制機構の最高司令官様がわざわざ出張って来るなんてね。悪いけど、統制機構に捕まってる暇なんてないの。此処は無理矢理にでも、」

 マキシマが弾丸もかくやの勢いで駆け出し、蹴られて散った雪がまるでジェット噴射の煙のように宙に舞う。
 高く跳躍し、マキシマは剣を振りかぶった。

「――突破する!」

 瞬く間に間合いを詰めたマキシマは『黒騎士』カグラに斬りかかる。勢いを乗せた渾身の一撃は必殺だ。普通の衛士ならばその一撃だけで打ち負かされていただろう。

「おっと! 激しい子は嫌いじゃねぇけどな――」

 ――そう、普通の衛士なら。

「ちっ……!」

 余裕の笑みで防がれ、マキシマは舌を打ちながら連撃に切り替える。雨あられのように絶え間なく剣を振り下ろし、或いは刺突する。しかしどれもがカグラに防がれ、躱され、またしてもマキシマは舌を打った。
 その合間を縫うようにして黒い大剣が突き出され、身体を逸らしてマキシマは避ける。
 そのまま雪原に手を付いて側転し、カグラの顔目掛けて蹴りを放った。パアン、と高い音がしたがどうも感触が鈍い。防がれたか、と感じながら着地して体勢を立て直すと、今度はカグラが攻撃を仕掛けてきた。
 正面から鍔迫り合いになるが膂力の違いか、グッとマキシマが後ろに押される。マキシマが険しい顔をすると、反対にカグラは不敵な笑みを浮かべた。

「ま、及第点ってトコか」

「ごちゃごちゃとうるっさい!」

 下半身に力を込めて踏ん張るが、ジリジリと押されていく一方だ。
 埒が明かないと踏んだマキシマは横へ思い切って身体を滑らせる。真横で大剣が振り下ろされていく気配を肌で感じながら、トリスアギオンで掬うように斬りかかった。斬った感覚がしたが、それでも浅い。マキシマは後方に跳んで距離をとった。
 圧倒的に踏んだ場数と超えた戦場の数が違うというのが嫌でも分かる。彼は『黒騎士』の名に違わない実力の持ち主だ。
 どうするか、とマキシマは思案をする。このまま追撃するか、それとも尻尾を巻いて逃げるか。
 正直な話、勝機は低い。皆無と言っても大差ないだろう。仮にラグナが居たとして、二対一でも勝てるかどうか怪しい。
 そんな事を考えていると、カグラが構えを解いて大剣を傍らの雪面に突き刺した。何事かとマキシマは警戒を強めるが、カグラはニッと笑うだけで。

「実力も申し分無し。気概も上等。そして何より……可愛い女の子!」

「…………は?」

 グッと握り拳を作って何やらカグラは感極まる。あまりの様子に流石のマキシマも拍子抜けし、間抜けた声を漏らした。
 カグラは握った拳を開き、マキシマに差し出す。

「つー訳で、だ。俺と一緒に来ないかい? マキシマちゃん」

「……あんたに付くメリットが見当たらない。そもそも統制機構の最高司令官様でしょ? こんな犯罪者に協力を申し出て良い訳?」

 有るとすれば。表沙汰に出来ない仕事を任せ、問題が発生した時に全てを押し付ける際の蜥蜴の尻尾切りの役目か。マキシマは目を細め、観察するようにカグラを睨む。
 カグラは口角を僅かに上げると切り出した。

「『帝』を倒す」

「『帝』を……?」

 死の具現とも言われたその存在の単語を耳にしてマキシマは反応を示す。しかし肩を竦めると鼻で笑い、

「アレは『死』そのものよ? 常人にはどうにも出来ない代物。殺せないのに手を出してどうする訳?」

 つい最近、レイチェルに告げられた事をそっくりそのまま口にした。

「それはまだ言えねえなぁ。……此処は帝の観測下だ。迂闊に喋ればバレる可能性がある。続きは……」

「あんたの仲間になってから、って訳ね」

「そう言うこった」

 フンと鼻を鳴らし、マキシマは歩き出すとトリスアギオンを解除して差し出されたカグラの手を握った。ニヤリと不敵に笑い、マキシマは続ける。

「上等。あんたの策に乗ってやろうじゃん」


◆◆◆


 そうしてカグラに案内されてマキシマが訪れたのは、ヤビコにある統制機構の支部――イカルガ中央政府であった。
 やはり設備の行き届いた統制機構なだけあってか、支部の中はきちんと空調が整っていて暖かかった。戦闘後に羽織り直した外套を今度こそ脱ぎ、纏わり付いている雪を払い落としてから腕に掛ける。人払いはしてあるとの事だし、顔を出しても問題ないだろう。

「此処が俺の家だ。ま、適当に座って寛いでくれや」

 総領主室に通されたマキシマは、部屋に入るなり顰めっ面をする。

「適当に座れたって……」

 本来ならば格式ある、それこそ総領主室の名にに相応しい内装の部屋なのだろう。
 しかし今はどうだろうか。足の踏み場が見当たらない程、床を埋め尽くす空いた酒瓶の数々。あちこちに散乱する使用済みの紙皿や割り箸。果てにはソファの背もたれに女性の下着らしきモノまで引っ掛かっている始末だ。
 明らかに執務をする部屋とは言い難い惨状。パーティーの終わった後の会場だと言われた方がまだ理解出来る。
 仕方なく、マキシマはまだ足の踏み場のある入ってきた扉の脇の壁に寄りかかった。カグラは窓の前に置かれている執務机の椅子に座り、机の上で手を組む。

「それで? 帝を倒すって話だっけ?」

「ああ。そして俺様が統制機構を手に入れる」

「謀反を起こしてトップになる訳?」

 存外野望の大きい男だなんて思いながらマキシマが腕を組めば、カグラは静かに首を横に振る。

「いや、トップになるのは俺じゃない。相応しい『御方』が居る」

「……ふーん。まあ良いけど。それで? 私はどう動けばいいの?」

「お前にはその事象兵器事象兵器アークエネミーの力を貸してもらう。魔素を無効化する力……それがあればハザマ……『ユウキ=テルミ』への対抗策になる。無論、帝へもな」

「対抗策……」

 腕を組みながら、マキシマは片手を動かして口元に添える。

「そうだ。今はテルミを追っている段階だが、時期が来れば動いてもらう事になる。勿論報酬だって払うぞ。っつー訳で……」

「……?」

 カグラは執務机の引き出しを開けて『何か』を探し、目当てのモノを引っ張り出すとマキシマに向かってヒョイと放り投げる。しっかりキャッチしたマキシマはチャリンと手の中で鳴るソレに視線を落とし、

「鍵?」

「この階にある客室の鍵だ。此処に居る間はその部屋を使え。ああ、あと街に繰り出すのも自由だぞ」

 「あんま遠くに行き過ぎるなよな」と続け、マキシマは話半分に聞き流しながらひらひらと手を振って総領主室を後にする。部屋を出る間際にチラリと総領主室の惨状を見、マキシマは思った。
 ――荷物置いてきたら、最初の仕事は部屋を片付ける事かな。

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