Wing of Trisagion
「は~~~~……っ、つっかれたぁ~~……」
パンパンに詰まっているゴミ袋を廊下に置き、積み上がったゴミ袋の山を見てマキシマは疲れ混じりの声を上げた。その場に座り込み、俯いたマキシマは呻く。
「大体、犯罪者に総領主室を片付けさせるって普通有り得ないでしょ……」
普通ならば有り得ない事だが、その『有り得ない事』が現に起きている。カグラがマキシマに言いつけたのだ。部屋を片付けておいてくれと。
まあマキシマとしても、あの乱雑に物が転がる部屋など御免だったのだが。部屋は綺麗になる、マキシマには報酬が支払われて財布が潤う。一石二鳥だ。
暫く呻いたあとよろよろと立ち上がり、酒瓶や紙ゴミで一杯になったゴミ袋を数個、両手で掴むとカグラに教わった廃棄エリアへと向かっていった。ここ数日、支部内を歩き回って何処に何があるか確認して回った為、マキシマは迷う事なく廃棄エリアまで辿り着き、指定のカゴにゴミを放り投げる。
此処まで自由に支部内を歩けるのもどうやらカグラの根回しのお陰だとか。お陰で衛士とすれ違っても、犯罪者だと指を指されるどころか「ご苦労様です!」と敬礼されてしまう。この事については追い追いカグラ本人に聞かねばなるまい。何を吹き込んだのか、聞くのが恐ろしい気もするが。
「さーてと、ちょっと街にでも行こうかな」
パンパンと両手を叩き、マキシマは踵を返す。
イカルガに来てからというもの、こうして情報収集の為に街に出るのはマキシマの日課になりつつあった。しかし成果はあまり上がっておらず、ただ街をブラブラするだけになりつつあるのだが。
けれどまあ、こうして街をフラつくのは嫌いではない。寧ろ好きな部類だ。知らない街を知っていく感覚は楽しいし、その土地の名物を食べ歩きするのも好きだ。
そんな訳で、今日もマキシマはイカルガの街を闊歩する。今日はカザモツ方面だ。
カザモツは観光都市としても名高く、治安もなかなか悪くない。名物料理も多々有り、景観だって文句なしだ。大きな湖を見渡しながら食べる魚料理やパスタは絶品と言えよう。
気分良さそうに鼻歌を歌いながら、マキシマは人が行き交って賑わうカザモツの街を闊歩していく。途中でピザを買い、頬張りながら歩いていると慌ただしく走っていく衛士達とすれ違った。S級犯罪者として追われている性からマキシマはすれ違う衛士達にびくりとしたが、衛士達はマキシマに気付く事なく駆け抜けていく。
一体何だったのか。頬張っているピザのチーズを伸ばして咀嚼したマキシマは首を傾げ、走り行く衛士達を見送る。
彼らが『死神』を追っていたと知るのは、もう少し後だ。
大きな湖の近くまでやってきたマキシマは湖畔に生えている大きな木の下に座り、あぐらを掻くと思案に耽る。腕を組み、マキシマは瞑目した。
この間、教会跡地でレイチェルが去り際に放った言葉。『トリスアギオンが未完成』という言葉が引っかかっていた。
カグラは恐らく知らないのだろう。一言もそういう事を言ってこないし、指摘しないという事はマキシマのトリスアギオンがこれで全力なのだろうと考えている筈だ。
「未完成……未完成……」
マキシマは唸る。何がどう未完成なのだろうか。今までの戦いの数々を思い起こしながらマキシマはブツブツとひとりごちる。
「テルミと戦った時……は、負けた……いやでもこれは私の実力不足だって面も大きいし……ジンと戦った時……アラクネとかいう化物と戦った時……何か……とっかかりは……」
記憶はカグツチでニューと戦った時まで巻き戻っており。
あの時は間一髪だったなと思う。もし『間に合ってなかったら』今頃マキシマの両足はニューによって叩き斬られて――
「ん……?」
何かが、ひっかかった。
瞼を開け、口元に指を当ててマキシマは考える。
「ニューと戦った時……『重力場』に巻き込まれたけど……その時私だけ、何故か効果が突然切れた……」
そう、同時に重力場に囚われたラグナは加重力に押し潰されそうになったままだったが、マキシマだけは効果が長く及ばず、陣の外に転がり出た。あの後、直ぐにその場を退かなかったらマキシマの足は今頃無くなっていただろう。
あれも一種の術式だ。そしてトリスアギオンは魔素と魔素の効力をも打ち消す。もしかすると――
「トリスアギオンが、術式を打ち消した……?」
これまで、魔素の濃い森を進む時などにトリスアギオンで魔素を打ち消しながら進んだ事は何度かあった。しかし術式を打ち消した事はなく、あったのはこの時の一回きりで。
違いは何なのか、トリガーが何なのか。それを解明するのが当分の課題だろう。魔素で作られる術式すらも打ち消せるとなると大分変わってくる。その打ち消し能力が強まればよりテルミに対する有効打ともなるだろう。
「テルミへの攻撃手段が増える……」
それに気づくとニヤリと笑い、マキシマは立ち上がった。ザア、と湖から流れてくる涼やかな風がマキシマの身体を撫でていく。
「首洗って待ってなさい、ユウキ=テルミ……あんたはいつか、私が殺す」
ロープウェイを使ってヤビコの支部に戻ってくる頃には日も暮れ始めており、戻ってきたマキシマが自室に向かって歩いていると、派手に着飾った女性数人が立ち話している脇を通り過ぎた。うえっ、っと通り過ぎた後でマキシマは嫌そうに舌を出す。
またカグラが酒盛りか、と思うと大分うんざりする。あの部屋を片付ける仕事をするのは私なんだぞと。折角綺麗にした部屋をたった一夜で汚すのかと。
うんざりした気持ちで廊下を歩いていると、向こうからやって来る人物を目に留めた。立ち止まり、マキシマは声を掛ける。
「カグラ」
「おー、マキシマちゃんか。どうだ? 情報収集は」
両手を肩の高さまで上げ、マキシマは肩を竦ませた。
「全然。今日も何も収穫が無かったわ。……そういえば、ココノエはまだ地下にいるの?」
「ああ、ココノエだったらテイガーの調整とやらでまだ篭もってるぜ。何だ、用事か?」
「ちょっとね。っていうかカグラ、私が綺麗にした部屋をまた汚す気? あの惨状をどうにかするのに私がどんだけ頑張ったと思ってるわけ?」
至極嫌そうに眉を顰めるマキシマに、カグラはカラカラと笑ってみせる。
そうして己とマキシマを交互に指差し、
「良いじゃねぇか。俺はカワイコちゃん達と騒げて楽しい、マキシマちゃんは仕事をして報酬が支払われる。WIN―WINだろ?」
「良くない! 何も良くない!」
地団駄を踏む勢いでマキシマは怒声を上げるが、一旦深く息を吐くと肩に掛かった髪を払い除け、カグラの脇を足早に過ぎ去っていった。
振り向き、カグラは去り行くマキシマに声を投げる。
「おい、どこに行くんだ?」
「ココノエのとこに決まってんでしょ!」
ズカズカと足音を立てながらマキシマはココノエが篭もっているであろう地下のラボへと足を運ぶ。
廊下を歩き、カグラの執務室まで行き、隣接している彼の私室へと向かう。つい数時間前に執務室共々大掃除したばかりなので、カグラの私室もモデルルーム並みにきちんと整っていた。
しかしまるでモデルルームのような一室の隅に、とても似つかわしくないモノが鎮座している。マキシマは臆する事なくソレに近づくと胸の高さほどにあるボタンを一つ押した。
ゴウン、と重たいものが動く音がする。
「それにしても、いつの間にこんなエレベーターなんて作ったのよ……」
チン、と軽やかな音と共にマキシマは開いた扉へと進んだ。
ココノエが「上の階とラボを行き来しやすくする為だ」と言って勝手に拵えたエレベーターに乗り込み、下へと向かうボタンを押す。何度かこの私室には掃除をする為に出入りはしたが、全く気づかない間にこのエレベーターは存在していたとマキシマは思う。あの博士は本当によく分からない人物だなあと心の中で呟きながら乗っていると、間もなくふわりと浮くような感覚と共にチン、とベルが鳴って目当ての階に到着した事を知らせる。
扉が開き、マキシマは薄暗いラボに足を踏み入れた。椅子に胡座を掻いて座り、その上にノートパソコンを乗っけて作業していたココノエが顔を上げてマキシマを見た。ココノエの正面には数々のコードが繋がれているテイガーが居る。
「何だ。私に何か用でもあるのか?」
「ちょっとトリスアギオンを調べてほしいの」
「お前の事象兵器を……?」
剣形態のトリスアギオンを喚び出してココノエに差し出し、マキシマは頷く。
差し出された事象兵器を一瞥し、ココノエはマキシマの顔を見上げた。
「どうせあんたの事だから、カグツチでの私の戦闘データも取ってるんでしょ。私の事象兵器の限界、みたいな……そういうの知りたいの」
面白くなさそうにココノエは一つ鼻を鳴らし、マキシマから顔を逸らすとノートパソコンのキーボードを叩く。ややあってココノエは手を止めると、パソコンの画面をマキシマに見えるように動かした。
「お前の事象兵器は要らん。その事象兵器のデータはもう手に入れてある」
「これは……?」
トリスアギオンを虚空に消す。
覗き込んだ画面にはトリスアギオンのものらしい様々な数値が並んでいるが、科学に疎いマキシマは数値の意味がさっぱりだ。パソコンの位置を戻し、画面を見ながらココノエは説明を続ける。
「貴様の戦闘データと他の現存する事象兵器(アークエネミー)を照らし合わせた結果、お前の事象兵器──『翼刃・トリスアギオン』の現出力は八十パーセント程と言っていいだろう。まだノエル=ヴァーミリオンやジン=キサラギの事象兵器の方が力を出している。まあ、どうやって力を引き出すかまでは私は分からんがな。私は只の科学者であり、事象兵器の製作者ではない」
「八十パーセント……」
腕を組み、マキシマは渋い顔をする。ココノエは上着からポップキャンディーを取り出し、口に入れたとたんガリガリを噛み始めた。
「何でもいい、お前は残りの二十パーセントを埋める方法を見つけ出せ。そこに、テルミ打倒のカギがある筈だ」
「……言われなくても」
吐き捨てるように告げ、ひらりと手を振ってマキシマはココノエのラボを後にする。
しかし――
「…………ん?」
エレベーターに乗る直前、マキシマは部屋の隅に水槽のような装置を見つけて一瞬立ち止まった。
筒を立てた状態のようなその装置の中に、一人の少女が揺蕩っている。培養槽とか再生槽とでも言うのだろうか。長めの濃い茶色の髪をしたその少女は目を伏せており、傍から見れば眠っているようにも見える。
「『ソレ』が気になるのか?」
エレベーターの前で立ち止まるマキシマに気づいたのだろう、ココノエが声を掛ける。
一度ココノエの方を振り返り、ぶっきらぼうにマキシマは答えた。
「いや……別に」
装置から視線を外し、それっきり興味が失せたようにマキシマはエレベーターに乗り込んだ。
――あの少女がどうしようもなく気になったのは何故かと自身に問いかけながら。 Back