Illusion that arrives
「ったく、も~~……」
カザモツの街を重い足取りで歩きながら、マキシマは深く溜め息を吐いた。雲一つない晴天の下に吐き出されたソレは、魔素を含んでいる空気に容易く吸い込まれてしまう。
「ノエルに会えたかと思えば友達を探すって言って居なくなるし……」
ガシガシと頭を掻き、マキシマは前方を歩いている少女に目をやった。
目に映るもの全てが新鮮で堪らないとでも言うようにしきりに周囲を見回しては目を輝かせているその様子は、石畳で蹴躓いて転んでしまわないかと見ている此方が心配になってくる位だ。
少女は踊るように両手を広げ、僅かに頬を上気させながら振り向く。
「わ~っ! 凄いよマキシマちゃん、沢山お店があるんだね!」
「ちょっとセリカ、前見て歩きなさいって。転ぶよ」
「平気だよ~……わっ、とと……」
「ああもう言ったそばから!」
石畳の隙間に靴のつま先を引っ掛けてしまい、よろけたセリカを心配するようにマキシマは駆け出し、フラつくセリカの腕を取る。
照れ笑いを浮かべながらセリカはマキシマの肩と腕を掴んでしっかりと石畳に足を付けた。そのままマキシマの隣に並んで歩き始めた彼女の顔を盗み見て、マキシマはひっそりとまた溜め息を吐いた。
「ココノエにはよく分からない子の世話を押し付けられるし……」
ココノエに「こいつの世話を任せた」と押し付けられたのが数時間前の出来事だった。
渋々了承したが彼女の事は何も知らない。知っているのはセリカという名前と、ココノエが保護している事と、彼女が極度の方向音痴な事くらいだ。
マキシマが世話役を命じられたのも恐らくセリカが迷うからだろう。事実、少しでも目を離すととんでもない方角に足を向けようとしているのだ。気が気でない。
もう一度、溜め息を吐く。得体の知れない者と半強制的に行動を共にするのは、未知の生物に接しているかのようだった。
「……あっ! 見て、あそこにケーキ屋さんがある。少しお茶していかない?」
「別に、いいけど……」
「やったあ!」
マキシマの手を引き、嬉しそうにセリカはケーキ屋へと駆け出す。
ケーキ屋までやってくるとセリカは迷わずテラス席を選び、お洒落な円形状の机が用意された席へ通されれば上機嫌で渡されたメニューを開く。
机に頬杖を付いてその様子を眺めながら、マキシマもメニューを開いて適当にケーキと紅茶を注文した。ケーキかタルトのどちらにしようかと散々悩んだ後にセリカは紅茶と苺のタルトを注文し、ようやくだと息を吐いたマキシマは椅子に深く座り込んで背もたれに寄りかかった。
ぼうっとしながら待っていると、暫くしてケーキとタルトが運ばれてきた。セリカは両手を合わせて目を輝かせ、マキシマは待っていましたというように背もたれから背を離す。
置かれた紅茶を一口含み、マキシマはやって来たケーキにフォークを入れた。マキシマが選んだのは無難な苺のショートケーキだ。口に運び、咀嚼したマキシマは少し笑みをこぼす。
「あ、美味しい」
「タルトもすっごく美味しい!」
セリカもタルトを食べ、幸せそうな笑顔を浮かべる。
それから二人は時々紅茶を飲みながら食べ進め、あっという間に完食してしまう。残っていた紅茶を飲み干し、マキシマは満足そうに息を吐いた。
「あー、美味しかった。この店、ハズレじゃなかったね」
「うん。お店はお洒落だし、雰囲気も良いし……ふふっ」
「ん?」
小さく笑ったセリカにマキシマは首を傾げた。セリカは片手をパタパタと振る。
「あ、そのね。マキシマちゃんの笑った顔見れたなぁって思ったら、えへへ」
「……そんなにずっと怖い顔してた?」
「ううーん……何か考え込んでるみたいに難しい顔をしてたかな?」
小首を傾げ、セリカは苦笑する。彼女に指摘される程自分はそんなに怖い顔をしていたのか、と難しい顔でマキシマは己の頬を摘んでみる。それが百面相のように見えたのかセリカはまた笑った。
「まあ……色々ね」
「それって、ココノエ博士やカグラさんが話してる事?」
「そう」
「……『クシナダの楔』」
そっと呟かれたその単語にマキシマは目を見開き、机に片手をつくとガタンと勢い良く立ち上がった。周囲が騒然とし、数多の目がマキシマに向けられる。
「あんた……なんでそれを知って……」
まさかセリカの口から『楔』の話が出るなんて思っていなかった。ただのぽやぽやした少女だと。
驚愕に声を震わせながらマキシマは詰問する。紅茶のカップを持ちながら、セリカは申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい、隠してたわけじゃないの。ただ――」
「いい、謝らなくて」
セリカの言葉を遮り、冷静さを取り戻したマキシマは席に着いた。長く溜め息を吐き、ガシガシと頭を掻く。
ココノエが保護しているという時点で察するべきだったのかも知れない。ただの少女がこんな一大事にこの場所に居るなんて事を。大なり小なり計画の内容をカグラかココノエから聞いていたのだろう。それはマキシマが『楔』の知識を有しているように。
だから別にマキシマが驚く事でもないし、セリカが謝る事でもない。ただマキシマがセリカを勝手に計画の部外者だと決めつけ、『楔』に関しての情報を持っていないと思っていただけだ。要するにマキシマの勘違いという事で。
「そうだよね……あんた、ココノエのトコに居たんだもんね。ただの部外者、ただの助手ってわけじゃないか」
セリカが頷く。
「私は『切り札』なんだって、ココノエ博士が言ってた」
「切り札……」
「うん。私の『魂』が楔の『起動キー』なの。えっと……どこから説明すれば良いかな……」
マキシマが口元に手を当てる。
この間レイチェルと話した時、彼女は『楔を起動する術は失われている』と言っていた。
しかしセリカが起動キーだと言う話が真実ならば、矛盾が生じてしまっているのではないだろうか? けれどレイチェルが嘘を伝えるという事は有り得ないだろうし、セリカが嘘を吐いているというのも考えにくい。彼女が素直で人の良い性格をしているのは既に理解している事だ。
「えっと、私のお父さんが科学者でね」
お代わりの紅茶を頼み、やってきたそれに口をつけながらマキシマはセリカの話に耳を傾ける。
曰く。『クシナダの楔』は科学者である父親によって設計された物であり、その起動には特殊な力を持つセリカの『魂』が必要な事。本来の自分は暗黒大戦の時代を生きた人間であり、当の昔に死んでいる事。今ここに居るセリカはココノエが現代に喚んだ模造品である事。そして現代に喚ばれた理由は、現存する『楔』を動かす為との事。
そうして静かにセリカは語り終え、対面するマキシマの言葉をじっと待つ。
「……なる程ね」
返ってきたのはなんて事のない、肯定の言葉。マキシマは腕を組んで続ける。
「で、あんたの命が犠牲になる方法以外には手立てがないから、別の手段を探すってわけね」
「えっ?」
なんの冗談でもなく、真顔で発せられた言葉にセリカは目を見開いた。呆れたようにマキシマは眉を下げて笑う。
「あのねぇ、幾らS級の犯罪者だからってむやみやたらに人を殺す訳じゃないよ? 私だって出来れば犠牲は少ない方が断然良いし……」
「あ、あのね、そうじゃなくて」
セリカは慌てて両手を振る。
「ラグナと同じ事言うんだなあ、って」
「……は?」
ぽかん、とマキシマは間抜けた顔をしながら空気の漏れるような声を出す。
ラグナとは長い付き合いだが、『アレ』と似ていると言われるのは大分心外だとマキシマは思う。少なくともラグナよりは単細胞ではないし、理知的に動けている筈だ。恐らく。
……まあレイチェルに言わせれば「どっちもどっち」らしいが。
「私ってそんなラグナに似てる?」
「うん、似てるよ。優しいところとか、頼れるところとか、根は素直なところとか、後は――」
「あーはいはい! 分かった! 分かったから!」
ガタガタと席を立ち、自分の分の代金を机に半ば叩きつけるように置きながらマキシマは口角飛沫の勢いで捲し立てる。その頬は些か朱が差していて。後に続いて代金を置いて立ちながらセリカはマキシマの顔を見るように少し身を屈めた。
「ふふ、マキシマちゃんってば照れてる?」
「照れてない!」
肩を怒らせてカフェを出て行くマキシマの隣に並び、セリカは楽しげに笑った。