Quartet
「わ、すご……」
カグラに集合しろと呼び掛けられ、ジンやラグナ達とぞろぞろと食堂に向かえば、出迎えたのは目移りしてしまう程の種類がある豪華な料理の数々だった。
長机に並べられたソレはどれもこれもが一流ホテルで出そうな程美しく、また美味しそうであり。
明日の『作戦』に備えての決起会とは聞いていたが、まさかこれほど豪勢にやるとは。思わずマキシマは感嘆のため息を漏らす。ノエルやセリカ達といった女性陣も嬉しそうにしている。
「今日の料理はヒビキのお手製だ。美味いぞこいつのは」
「皆さんに喜んで自分も嬉しいです。『今日は』料理の味を分かっていただける方こんなにも居て。『口に入れれば何でも同じ』とかぬかす方に作っても楽しくありませんから」
「……おめぇはいつも一言多いよ」
一言ひと言強調し、これ見よがしにため息を吐くヒビキにカグラは頬を引き攣らせる。
早速着席したノエルは箸を持って料理に手を伸ばす。口に運び、わっと歓声を上げた。
「これ、本当に美味しいです!」
ノエルの隣にいそいそと腰掛けたマコトも手近な肉料理に手を伸ばし、豪快にかぶり付く。口に入れた瞬間パアッとその表情が輝いた。
「ヤバっ、これほんとに美味しい!」
「へえ~、どれも美味しそうで目移りしちゃうなぁ」
マコトらの反対側の席に着いたマキシマも箸を取る。その右隣にラグナがいつものようにどかっと座ると、左反対にはジンが静かに着席した。何だかやけに近い。主に左側が。
しかし空腹である事は変わらないし、早くしないとタオカカに全て食べられてしまう。
マキシマはまず目につけたハンバーグを皿によそった。箸で切った瞬間から肉汁が零れだし、噛むと旨みと肉の持つ甘みが口中に広がっていく。あまりの美味しさにマキシマはうち震えた。
カザモツのお洒落で美味しい料理も、カグツチのオリエンタルな料理もとても美味しかったが、ヒビキの作る料理はそれらを上回っていると思った。三ツ星シェフってこんな感じなんじゃなかろうか。そんな事を考えながらマキシマはどんどんと料理をよそっては胃に収めていく。
どんどんと食べ進めていくマキシマだが、隣のジンの箸が進んでいない事に気付いた。誰かに野菜炒めを皿に入れられたのだろう。肉を箸で避け、野菜だけを摘んで食べている。
「ほら、ジン」
見かねたマキシマが自分のハンバーグを一口大に切り分け、フォークで刺して差し出した。
「口開けて」
「……姉さん」
ジンが苦い顔になる。それは今から肉を食わねばならぬと知ってしまったからか、はたまた衆目の集まる場でするような事ではないだろうからか。
しかし見てしまった以上指摘せねばなるまい。それも姉の務めだ。
「少しは肉も食べなさい」
ピシャリと、そう言い切ればジンの渋い顔により一層濃い皺が刻まれていく。しかし野菜ばかり食べていれば必要な栄養は取れない。戦いに向いた体など到底作れない。それは理解しているが、それで尚口にしたくないという様子だ。
しかし――ジンはマキシマの手元に口を持っていくと一切れ分のハンバーグをぱくりと食べた。微妙そうな表情で咀嚼し、すぐに水で流し込む。
「……肉は嫌いだ」
「好き嫌いしたら駄目でしょ。……ってか」
ハンバーグを食べながらマキシマはチラリ、と横目で同じ列の離れた席を見やった。そこにはいつの間にかレイチェルが座っていて優雅に子羊のローストを口に運んでおり。いつの間にやってきていたのだろうか。本当に神出鬼没だ。
少し離れた席からセリカの楽しそうな声が飛んでくる。
「ラグナ! これ美味しいよ! ほらほら食べてみて食べてみて! あ~ん」
「ちょ、やめろセリカ。一人で食える」
「だってラグナ右腕、動かないし。それにさっきから零してばっかだよ」
言われてマキシマは隣のラグナを見やる。そう言えば此処でラグナと合流してからと言うもの、ラグナの右目は閉じられ、蒼の魔道書を積んだ右腕もピクリとも動いていなかった。蒼の魔道書の不調かと聞いたもののそうでもないらしく、実に不思議な事で。
利き手ではない左手で箸を器用に動かすのは早々に諦めたのだろう。レンゲでチャーハンを掻き込んでいる様子だが、不器用にもポロポロと机に零している。それを見かねたセリカが対面の席から身を乗り出し、食べさせようとしているのだ。
ニヤニヤとしながらマキシマがフォークでラグナを指し示す。マナーがあまり宜しくない。
「あら~右腕が動かせなくて可哀想なラグナくんでちゅね~。隣の私が食べさせてあげましょうか~?」
「おいやめろ馬鹿。後ろ見てから物を言え」
「姉さん僕なんだかもっと食べたくなってきたなぁ」
「んん? そう?」
二つ隣の席から感じた吹雪の冷たさにラグナは顔を引き攣らせた。
そうこうしているうちに皿は空になり、それぞれの腹は満たされて。周りを見回して頃合いだろうと思ったカグラは注目するように言うと切り出した。
「んじゃ、明日の作戦について簡単な概要を説明するぞ。
明日、コロシアムでラグナの懸賞金を懸けた闘技大会が行われる。これはあの『アズラエル』をおびき出すのが目的だ。細かい事は現地で説明するが……とにかくラグナ、お前はアズラエルまで負けるな。奴が出てきたら俺が戦(や)る。解ったな?」
「あいよ。どうせ今説明されても覚えてる自信ねぇ」
「ジン、マコト、ノエルちゃん。お前らは闘技大会に来るなよ。時間になったらコロシアムに集合だ。それまで此処で待機」
「ええ? 何でよ。あたしも見たいし!」
マコトが立ち上がって抗議の声をあげるが、カグラは呆れたように息を吐く。
「お前なぁ……ツバキも来るんだよ、ラグナを確認しに。そん時にお前らと会ったら気まずいだろうが」
「あ、そうか」
納得したマコトが着席する。
「モニターでも見てろ。で、ツバキなんだが。大会終了後、ラグナを引き取りに来る。そうしたら……ココノエ、頼むわ」
全員の視線が座っているココノエへと向かう。
「ラグナの引き取り場所は闘技場広場だ。ツバキが広場に入ったらテイガーが機関の全力運転を開始し、結界を形成する。なのでお前ら三人は広場で待機だ。この結界は『世界中の眼』が集まった『場』で形成される。帝の干渉だろうと、多少の事では『ぶれ』ないから安心して戦え。結界形成後、広場は『不可視領域(エクリプスフィールド)』となり、外界からの干渉が一切出来なくなる。無論内側からもだ。なので状況の推移はお前達にしか分からない。内側での判断は個々に任せる。良いな?」
「はい!」
「……分かりました!」
マコトとノエルがしっかりと頷く中、ジンだけが厳しい表情を浮かべていた。そして少し思考した後、密やかに呟く。
「……やはりこいつらは邪魔だ。僕一人でやる」
長机に肘を付きながらマキシマがため息を吐いた。ジンの言動に呆れたようにしながら彼を睥睨する。
「その子、イザナミに縛られてるんでしょ? 身も心も。あんた一人でどうこう出来る話じゃないと思うけど」
「……これは僕とツバキの問題だ。幾ら姉さんと言えど、口出しされる筋合いはないな」
「悪いけどイザナミの力は圧倒的よ。あんたの力を認めてないわけじゃないけど、保険は多いに越した事はない。素直に従っときなさいよ」
ジンは瞑目し、マキシマは目の前に置かれているジュースを乱雑に飲み干す。
ジンの外面が『こういうモノ』だというのは理解している。故に互いが互いの顔を見ようとせずに会話が進んでいくのだが、非常に空気が刺々しい。今にも殺気が溢れてもおかしくなさそうだ。
「マキシマちゃんの言う通りだぜ、ジンジン。いいか、ツバキには『お前達三人』の『想い』が必要なんだ。それに……お前も解ってるだろ、『帝』の呪縛陣の恐ろしさを。あのままじゃ『帝側』に引きずり込まれて確実に精神崩壊を起こす。だからツバキの『心』を『帝側』から引き戻さなきゃいけねぇんだよ。知ってんだろ? ツバキがお前を強く想ってる事を」
「…………」
マキシマは空になったグラスをひっくり返して氷を口に含み、ガリガリと噛み砕く。
ツバキとやら子とは面識がないが、どうやら話を聞く限りではジンと親しく、また好意を抱いているらしい。それが些か面白くない。ふんと鼻を鳴らすとジンが身を寄せてきて耳打ちしてきた。
「あれ? もしかして姉さん、妬いてる?」
チラリと横目でジンを見やれば、頬杖をついて上手く顔を隠しながらクスリと蠱惑的に笑っていて。んぐ、と変なところに氷が入りそうになったマキシマは盛大に咳き込むと勢い良く手を上げた。
「で!? カグラ! 私の役割は!?」
「あ? ああ、マキシマちゃんは結界内で待機だ。ハザマ……ユウキ=テルミは来ないと踏んでるし、来れないように細工がしてあるが万が一って事がある。マキシマちゃんはもしテルミが来た時にラグナを守ってやってくれ」
「了解」
ヒビキに新しくジュースを注いでもらい、それを飲んで落ち着いたマキシマは頷く。
「さて、話は終わりだ。明日に備えてとっとと寝ろ」
カグラの号令で皆は食堂を後にし、それぞれが客室で休養を取る事になった。
部屋に戻ってきて早々、ベッドに飛び込んだマキシマは仰向けに寝転がりながら思案に耽り始める。
明日の事、今後の事。
明日はハザマが……テルミが襲撃して来なければマキシマの仕事は無いようなものだ。不測の事態が起きない限りはのんびり観戦してゆったりと構えている事が出来る。
だけど、その『不測の事態』が起きたその時は――
『クシナダの楔』やノエルの件はレイチェルがラグナにも話を通していたらしく、相談した結果そちらはラグナに任せる事にした。『境界』が関わるのだ。『蒼の魔道書』を持っていて馴染みのあるラグナの方が適任だろう。
そんな事を考えていると部屋の扉がノックされ、ガチャリと開かれる。そう言えば鍵、掛けていなかったか。
目だけを動かして誰が入って来たか見てみれば、それは案の定とも言えるべき人で。
「姉さん、もう寝るところだった?」
「ん、いや……ちょっと考え事してた」
ごろりと寝返りをうって起き上がり、ベッドの端に座る。その隣にジンが腰を掛ければ二人分の重みの加わったベッドはギシリ、と大きく軋んだ音を立てた。
「テルミに対抗する力……それは私の事象兵器(アークエネミー)が持ってる能力を上手く使えって事なんだろうとは思ってるの。時々、無意識に使ってた『魔素を打ち消す能力』の事を」
「……不安、なんだね」
「……ん」
膝を抱えて座り直し、マキシマは苦笑する。
らしくない考えだとはマキシマ自身も思っている。自慢ではないがマキシマは大分気が強い方だ。どんな相手にも気後れする事はあまりないし、売られた喧嘩は倍の値段で買う主義だ。そうでなければこの世界で生き抜くのは些か辛いだろう。
しかし今回は事情が違う。運やタイミングが良くて振るえていた力を自分の意思で振るえと言うのだ。不安の一つや二つ、沸かない筈がない。
「上手くいけば術式だって斬れるかも知れない。そうなればテルミへの対抗策が増えて万々歳だけど……ほんとに、出来るのかなって」
本当にらしくない。こんな弱気になったのはいつ以来か。……いや、ジンと二人きりだからこそ弱音を吐けるのかも知れないが。
マキシマが膝に顎を乗せていると呆れたようなため息が飛んできた。じと、と横目でマキシマはジンを見やる。
「全く……姉さんは馬鹿だなぁ」
「なっ……人が真剣に悩んでるのに!」
馬鹿とはとんだ言い草だ。カッとなってマキシマは上体を起こした。
「だって」
ベッドに手を付き、薄く笑いながらジンは続ける。
「例え姉さんがミスを犯しても僕が居る。僕が姉さんを助けるよ。だから安心して姉さんはカグラの仕事をすれば良い」
「ジン……」
昔はマキシマがジンを保護してあげる立場だったのに、すっかり立場が逆転してしまっている。会えなかった月日の分だけ、彼も成長していたのだろう。その場に一緒に居られなかったのは残念だが、今こうして会えているのだから構わないだろう。
マキシマがぎゅっと己の胸元の服を握る。
「……ん、そうだよね。万が一失敗してもジンがいるから、大丈夫だよね」
心底安心したように柔らかな笑みを浮かべ、マキシマはジンに微笑みかける。
途端、何かが切れる音が聞こえた。ような気がして。
「……ジン?」
不安そうに彼の名を呼び、ジンの肩に触れる。するとジンの腕が伸びてきて、それはマキシマの腰をするりと撫でてきた。ひ、と声を漏らしてマキシマはくすぐったさに体を攀じる。
「……姉さん」
「な、なにっ、やっ、くすぐったい!」
「あんまり可愛い事を言うのは困るな。僕だって男だよ」
「あんた、何言っ、ちょっ、んっ……!」
ぐいとマキシマをベッドに押し倒し、マキシマの両手を彼女の頭上で一纏めにしてやる。
空いた片方の手でマキシマの上の服をはだけさせ、露出した腹を手で優しく撫でていく。その表情はひどく寂しそうで。
「姉さんが僕のモノになったのは嬉しい。だけどまだ不安でもあるんだ。突然、僕の前から消えていなくなりそうで……」
「怖いんだ」と続け、ジンはマキシマの胸元に唇を当てる。胸元に走る熱い感覚と、チクリと鋭い感覚。
ジンが体を起こすのを見計らってマキシマも上体を起こし、はだけた前を隠した。
「もう、何すんのよ!」
ぺたんとベッドの上に座るマキシマの顔は茹でダコ以上に真っ赤であり。
「ごめんね、姉さん。ちょっと『証』がほしくてね」
「証……?」
マキシマが胸元を見ると、鬱血痕が二、三ヶ所付けられていて。服を着ていれば見つからない位置に付いている事に関しては流石は策士だと褒めざるを得ない。
「私がジンの……か、彼女だっていう?」
「そう。流石に今日はこれ以上したいけど――保たないだろう? 明日が」
「ばっ」
手近にあった枕を引き寄せ、ジンに向かって思い切り投げつけた。ぼすん、とジンの体に当たって枕は彼の脇に落ちる。
「バカ! もうっ、知らない!」
慌ただしくベッドの中に潜り、マキシマはジンに背中を向けてしまった。前にも同じような事があった覚えがある。あの時もこうしてマキシマを怒らせて背中を向けさせただろうか。
「おやすみ、姉さん」
くすりと笑ってベッドに流れる金糸を一束手に取り、ジンは口付けを落とした。 Back