Goodbye To
Eternal Regression

Amphitheatre fight

「全世界の皆様、長らくお待たせしました! いよいよ今日! 『バトル・オブ・ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』が開幕しようとしています!」

 大音量の声がコロシアム中に響き渡る。
 その声に呼応するように舞台を囲む観客席が震え、観客席に紛れて座っているマキシマは少々辟易したようにため息を吐いた。熱気が凄すぎる。

「統制機構が主催する今回の格闘大会! あの『死神』ラグナ=ザ=ブラッドエッジに賭けられた賞金を手にするのは一体誰なのか!? その賞金は何と、九千プラチナダラー!! 格闘大会としては史上最高額のこの賞金を狙って、世界中から百三十もの強者が集まりました!」

「私も参加すればよかったかな……」

 ストローでジュースを飲みながらマキシマは独りごちる。
 合法的にラグナをボコれる。賞金も手に入る。ラグナと共に行動しているとは言えあまりマキシマ自身は周りに顔が割られていないし、名前さえ変えれば問題なく出場出来たかも知れない。
 惜しい事したかなあと思いながらマキシマは持参したポップコーンを食べ始めた。

『おい、マキシマ

「ココノエ?」

 咀嚼していると何処からともなくココノエの凛とした声が聞こえて、マキシマは辺りを見回した。待機しているラグナやセリカ達とは離れて座っているので、周りに見知った顔は誰一人としていない。なのにココノエの声が聞こえるとは。
 耳に手を当ててみる。まるで脳内に直接語りかけられているみたいで少し気持ち悪い。

『ハザマの『碧』の反応が全く感じられない』

「何? それっていい事じゃないの? あいつ、来てないし来れない筈でしょ?」

 きちんと声があちらに届くのか不安で、気持ち大声になってマキシマが答える。通信の向こうでココノエが納得いかなさそうに唸った。

『『碧』を探知出来ないというのがどうも腑に落ちん。……此方よりも重要な何かがあるのか、それとも何か別の理由か』

「まあハザマが来ないなら来ないで私は楽出来るけど。何かあったら知らせて。すぐ動く」

『分かっている。お前も警戒を怠るなよ。私は現場の確認ができん』

「はいはい」

 そう言うとそれっきりココノエの声は聞こえなくなって、マキシマはじっと息を潜めると周囲の気配を探ってみせた。
 じわじわとその範囲を広げていき、トリスアギオンの能力も使ってコロシアム全体に意識を広げる。確かに、コロシアムの中にハザマの『碧』の気配を感じない。まさかと思ってコロシアムの周囲にも範囲を広げてみたが結果は同じだった。
 これほどの騒ぎなのにハザマがやってこないとは。楽だとは言ったものの逆に薄気味悪くなってくる。

「それでは予選第一試合を開始致します!」

「おっ」

 警戒を解いたマキシマはポップコーンを頬張り、会場の前で売られていたパンフレットを取り出して読み始める。百三十人にも及ぶ出場者の簡易プロフィールから今回の大会の見所まで書いてある。意外に面白くてついつい読み耽ってしまう。


 そうこうしている内に試合は進み、最終予選となっていて。片方の門から出てきたのはバレットという名の女だった。階上にいるラグナを親の敵かとでも言うほど睨んでいる。
 気の強そうな女だなあなんて思っていると、司会者が突然素っ頓狂な声を上げた。何やら寄ってきたスタッフに耳打ちされ、手渡されたカンペの紙を訝しみながら読み上げる。

「え~……ただいま入りました情報によりますと『ボブ選手』は出場不可能となりましたので……特別ルールにより……。『代理選手』が試合をするそう……です?」

 司会者自身もよく分かっていないのか、不思議そうに首を捻っている。観客もザワザワとざわめいて何事かと囁きあっている。
 特別ルール。そんなものが存在していたのか。

「では……え~と、選手名は……なっ! ア、ア、ア……アズラエル!?」

「はあ!?」

 マキシマが思わず腰を上げた。会場のざわめきが一瞬で不穏と畏怖に染まる。
 反対側の門から悠々と入場してきた青髪の偉丈夫を睨め付け、マキシマは舌打ちをする。

 ――幾らなんでも早すぎる!

 想定では本戦以降、遅くても決勝までには奴がやって来ると踏んでいたが、まさかこんなに早く乱入してくるなんて。
 アズラエル。その名は正しく『死の天使(アズラエル)』に相応しい男だ。
 ひと度戦場に放たれれば敵味方なく殺戮し、赤く染め上げた戦場に骸の山を築く。『狂犬』『死を運ぶ者』と恐れられたアズラエルはイカルガ内戦において何処かの誰かによって『封印』されたと聞いていたが、それが最近になって放たれたと聞く。
 先日カグラと対峙した時に「自分一人では敵わない」「ラグナが居ても勝てるかどうか」と感じたが――
 震える腕を押さえつける。
 ――アレに敵うかとか敵わないとか、そんな次元の話ではない。アレは『暴力』がヒトの形をした『怪物』だ。
 一体どう出るべきか。逡巡しているとバレットとアズラエルの戦闘が開始する。
 ……いや、それは果たして戦闘と言えたのだろうか。アズラエルがほぼ一方的にバレットを嬲る姿は正しく『虐殺』だった。

『動くなよ、『首狩り』。私が良いと言うまでそこで待機だ』

「ちょっと、なに言ってんのココノエ!」

 観客席の一番手前まで来たマキシマは手すりを強く掴む。こうしている内にもアズラエルはバレットの足を砕き、楽しげに笑っているのだ。うかうかしていると彼女が死んでしまう。

『奴の座標固定に手間取っている。あと五分は欲しい』

「座標固定?」

『アズラエルを完全に倒すのはカグラでも難しい。だから奴を機械式で『強制転移』させて『次元牢』……平たく言えば次元の狭間にブチ込むんだ。その為にも奴にはカグラをぶつけて時間を稼いでもらいたかったんだが……』

「御託も言い訳もいい! 誰も出ないなら私が――って」

 虚空に向かって叫んでいれば、観客席からひらりと飛び降りる赤が視界をチラついた。まさかと思って視線を動かせば――

「あんの大馬鹿!!」

 瀕死のバレットの前に立ち塞がるようにして、悠然とラグナが仁王立ちしていた。
 ややあって階段と通路を回ってきたであろうセリカもやって来てラグナの傍らに立ち、マキシマは頭痛を覚えたように頭を押さえた。
 ああもう、本当にラグナは自分勝手でメチャクチャだ。
 手すりから手を離し、パンフレットも何もかもを置いて駆け出す。
 もう試合は破綻したも同然だろう。現に司会者は避難勧告を出しているし、一部の観客は悲鳴を上げて逃げ出している。
 もういい。自分も加勢しに飛び降りよう。
 そう思ってトリスアギオンを起動させようとしたその瞬間、マキシマの背後から待ったの声が掛かった。
 振り返り、じろりとマキシマはその男を睨みつける。

「カグラ、あんた邪魔する気? レイチェルも」

「そうだ、と言ったら?」

「みすみすラグナを殺させるつもり? あいつ今、蒼の魔道書が使えないのよ?」

 アズラエルはラグナを殺す気だ。誰かが止めに入らねば、まんまとラグナは彼の『餌』となってしまうだろう。
 殺気すら放っているのではないかと思う程マキシマは鋭くカグラを睨む。今にもトリスアギオンを起動して喉元に突き立てそうだ。
 しかしカグラはその中でも平然としている。その傍らに居るレイチェルは我関せずといった様子で傘をクルリと回していて。

「まあ見てろって」

「は……?」

 何を言っているのか、この男は。カグラは親指を立てて舞台を指し示す。示された舞台にマキシマは怪訝そうな視線を投げた。

「! あいつ……」

 驚きに赤い瞳を大きくする。
 謂わば今は窮地だ。圧倒的な危機的状況だ。命を奪われかねない状況に置かれたのなら、いつも通りラグナは『蒼の魔道書』を起動させて対抗するだろう。それが使えない状況であったとしても。
 事実、マキシマが目を向けた時ラグナは蒼の魔道書を強引に起動させようとしていた。動かないものを無理やり動かすのだから、掛かる負荷は計り知れない。
 右腕にどす黒い闇を纏わせて呻くラグナ。
 しかしそれは一瞬の間を挟み、風に吹き散らかされたように霧散していった。
 ゼイゼイと肩で息をするラグナは、余裕だとアピールするようにニヤリと口角を持ち上げる。

「ざけんな……タコ! 誰が、テメェ……なんぞに……使うか……」

 ケッと毒吐いてラグナは己の右腕に触れる。
 そうだ。どうしてこんな奴ごときにこの『力』を使ってやらねばならない。
 『蒼の魔道書』を。

 ――『護る』為の力を!

 だから大胆不敵に笑って、ラグナはこう告げるのだ。

「バーカ!」

 息を整えたラグナは大剣を抜き、構える。

「オラ、来いよアズラエル! 俺はまだれるぜ」

「何とか抑えたみてぇだな」

「そうね……大した成長だわ」

 傍観していた二人が囁く。
 恐らく気付いていたのだろう。『蒼の魔道書』を奪う為に、抗う為に使うだけでは駄目だと。『護る』為に振るうのが重要なのだと。
 火蓋の落とされたラグナとアズラエルの戦いを見つめながら、マキシマは獣兵衛の言葉を思い出していた。それはいつだって口酸っぱく言われていた言葉。

「蒼の魔道書とトリスアギオンを己の力と思うな、か……」

 獣兵衛が告げたかったのは、こういう事なのかも知れない。
 静かに呟き、マキシマはカグラとバトンタッチしたラグナを迎えに行く為に階下へと向かうのだった。


◆◆◆


「もう、無茶ばっかりするんだから」

「いてて、仕方ねぇだろ……咄嗟の事だったんだから」

 扉一枚隔てた医務室から、嗜めるセリカの声と少し苦しそうなラグナの声が聞こえてくる。マキシマは扉の脇の壁に寄りかかって腕を組みながら、両者のその声を聞いていた。
 ラグナはどうやら腹を括ったらしい。奪い、喰らう為に使っていた蒼の魔道書を『護る』事に使うと決めたらしい。
 護る事。マキシマの脳裏に燃え盛る教会が映る。
 そうだ、ラグナと自分はあの日にすべてを奪われた。何もかもが踏み躙られた。圧倒的はまでの力の差を見せ付けられ、ただただ死を待つのが怖かった。
 だから、ラグナは『蒼の魔道書』を求めた。
 だから、マキシマは『トリスアギオン』に手を伸ばした。
 嫌だから、もうそれ以上奪われる事が嫌だったから、『護る』為、『失わない』為に力を求めた。
 それがマキシマ達が戦う理由の本質でもあった。いま一度それを噛み締める。
 そうしてマキシマは一つ息を吐くと壁から背を離し、舞台に繋がる通路を歩いて行く。薄暗い廊下を歩いていると三人組が話し合っており、マキシマの姿に気づくとその中の一人が手を振ってきた。

「あ、マキシマさん!」

「ん」

 ニコニコ手を振るマコトとノエルに対してマキシマは小さく控えめに手を振り返す。三人の側までやって来て、マキシマは告げる。

「ノエル、マコト、気負いすぎないようにね」

「うぅ……は、はい……!」

「頑張ります!」

「ジン……は、」

 視線を感じ、向き直るとジンと対面するような形になる。
 なんて声を掛けようか。開いた口を一度閉じ、言葉を選ぶようにもごもごと口を動かす。

「万が一の時は私が居る。役に立たないかも知れないけど……側に居るから、頑張って」
「ああ。姉さんが見守っていてくれるのなら嬉しいよ」

 昨日、誰かさんに言われたものと似たようなセリフを告げて。
 ジンの肩をぽんと叩いてマキシマは三人を見送り出した。負けるなと、願いを込めながら。
 そうして三人が舞台に上がり、反対側からツバキが舞台に上がった頃だろうか。ブウン、という電磁気のような音とともに、黒いドーム状の結界で舞台が覆い尽くされていく。
 マキシマは歩み寄り、ぺたりとその結界に触ってみた。冷たい。無機質だ。
 
 ――この中で、ジンが戦っている。

 結界に触れていた手を離して祈りの形に組み、マキシマは瞼を伏せる。
 どうか、ジンが無事に戻ってきますように。

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