Fleeting rest
「ほんっと信じられない! 馬鹿じゃないの!」
「い、痛いよ姉さん」
「無茶するから怪我するんでしょ!」
ジンを椅子に座らせ、その対面に座ったマキシマは医務室の一角を借りて手当をしていく。その光景は先程セリカがラグナにやったのとまるで同じで。
脱脂綿にアルコールの消毒液を含ませ、ジンの怪我をした箇所に当てていく。その上から絆創膏を貼り、或いは包帯を巻いていく。マキシマ自身、よくラグナの手当をしたり自分で治療したりしているので比較的手際は良かったと言えるだろう。
結界の中の様子は外からでは窺い知れなかったが、ノエルから聞いた限りでは随分と無茶をしたらしい。何でも絶対に死なない保証と確信があったとは言え、ツバキの剣に貫かれただとか何とか。
全く。肩を怒らせながらマキシマはジンの手当を終えると立ち上がり、使った道具を片し始める。
先程からマキシマの怒りは一向に収まりを見せない。ガチャガチャと音を立てる器具が怒りの強さを表している。
と、棚に器具をしまっていたマキシマが唐突にピタリと固まると勢い良く扉の方を振り返った。その表情は強ばっている。
「姉さん、どうしたんだい?」
「ちょっと待ってて」
鋭い声で制し、残った医療品を適当に棚に押し込んだマキシマは足早に医務室を出ていく。
何か、何か嫌な予感がする。……いや、これは『予感』なんかではない。明確に『気配』がする。
早足だったの足は次第に駆け出していて。気配のする方向へ向かってマキシマは通路を曲がり、駆け抜けていく。
幾つかの角を曲がった先。確かな『蒼』の気配を感じてマキシマはトリスアギオンを起動させた。最後の角の曲がる間際、剣形態にさせたトリスアギオンを勢い良く投擲する。弧を描いて飛んでいくトリスアギオンは、しかして『そいつ』に躱されて遠くの床に突き刺さる。
舌打ちをし、トリスアギオンを翼形態にしながらマキシマは通路の向こうに居る男を睨みつけた。
「まさか今更になってのこのこ現れるなんてね。パーティーは終わった後に来るのが趣味?」
「おーおー、一丁前の口聞くようになりやがって。俺様にボロクソにされたのはもう忘れたってか? 威勢だけは良いじゃねぇか」
哄笑を撒き散らす男など、この世に一人で十分だ。
『ハザマ』のものである黒いスーツに身を包み、緑髪をオールバックにしているテルミはケタケタと腹を抱えて笑う。
その傍らで剣を床に突き立て、片膝を付いているボロボロのラグナが振り返って苦い顔をした。
「てめっ……! マキシマ、てめぇは下がってろ、こいつは俺の――」
「はあ? そんなボロボロな姿でまだ戦うわけ? ばっかじゃないの?」
息も絶えだえな様子のラグナを鼻で笑って一蹴する。
「それにね、テルミは私の敵でもある事を忘れてない? 出遅れたけど、テルミを排除する役目も請け負ってるの。だから、」
フッとマキシマの姿が掻き消える。次にラグナがマキシマの姿を視認した時、マキシマは宙を跳んでいた。天井を蹴り、爆発的な速さを生んでテルミへと肉薄する。
「――此処で排除する!」
速度を乗せた一蹴はテルミの頭を粉砕する勢いで振り下ろされる。
しかし虚空から現れたウロボロスで防がれてしまい、反動で下がったマキシマは着地するや否や蹴りを放つ。それをテルミはナイフを滑らせていなし、そのままナイフでマキシマを裂こうと迫る。
喉元に迫った凶刃を片翼で払い、刺のように羽根を発射して攻撃を仕掛けた。ウロボロスに弾かれ、マキシマは大きく後ろに跳びながら舌を打つ。
片手でナイフを放り投げてはキャッチをし、手遊びをしながらテルミが嗤う。
「おいおいおい、これじゃあ前回の二の舞じゃねーか! テメェの力はそんなもんか!?」
「調子に乗ってると死ぬよ、あんた」
体勢を低くしながらマキシマは駆け出す。
両の眼でテルミを捉えた瞬間、マキシマの頭の中でカチリと何かが嵌まるような感覚がした。
パズルの最後の一ピースを当てはめた時のような感覚。脳内が冴え渡り、解を得た時のような感覚。
頭を動かすよりも早く体が動く。テルミの回し蹴りを躱し、懐に入り込んだマキシマはトリスアギオンを振るった。
――そうだ、『此処』を斬れば『テルミ』を絶てる。
全てを、断てる。
頭がそう理解した時には、トリスアギオンのセラミック製の翼はウロボロスの鎖ごとテルミの胴を深く割いていた。
血の溢れる胴を押さえ、テルミがよろめく。何をされたのか理解できないと言いたげなテルミの顔が目に映った。
トドメに斬った箇所を思い切り蹴飛ばし、マキシマはテルミと距離を取った。
呼吸すらも忘れていた。ハ、と息を吸って滞っていた酸素を肺と脳に送る。
今、何が起きた?
「テ、メェ……その『力』は……」
「マキシマちゃん!!」
離れたところから聞き馴染んだセリカの声が聞こえ、ぼうっとしていたマキシマはハッと正気に戻る。
角を曲がり、セリカが姿を現す。ズリ、とテルミが後ずさった。
「おいおい……どういう事だよ……聞いてねぇよ、聞いてねぇって! このクソアマもあのアマも! ファントム! 今すぐ俺を転移しろ! おい急げ、急げって言ってんだろ!!」
切迫したようにテルミが叫ぶ。まるで『最悪の天敵』に出会ってしまったかのような焦り方だ。
その声に呼応するかのように音もなくテルミの傍らにファントムが現れ、佇む。
「ラグナ、マキシマちゃん! 大丈夫!?」
辿り着いたセリカが床に倒れ伏しているラグナの元に駆け寄って怪我の具合を診る。酷い怪我だ。すぐにセリカは傷口に手を翳し、治癒魔法をかけ始める。
今、テルミを斬った時のあの感覚は何だったのだろうか。思い出そうとしてもまるで逆上せた時のようにぼうっとしてしまう。
不確かな感覚に頭を押さえて、マキシマは視界の端でテルミが転移していくのを視認していた。
「ちょっと、レイチェル」
支部に戻ってきてテルミとの戦いで負った傷の手当をしてもらい、夕食を終えたマキシマは人の居なくなりつつある食堂で優雅に食後の紅茶を嗜んでいる少女の傍らに立った。
ちらり、とその紅い目でマキシマを見つめてくる。口に運んだカップを一度受け皿に置き、一つ息を吐いてからレイチェルは口を開いた。
「あら、この私に何か?」
「私の事象兵器について。……知ってたんでしょ、あの『力』の事も、私の力量じゃあそれが使えないって事も」
このトリスアギオンをマキシマに授けたのはレイチェルだった。ならば知っていたのだろう。百パーセントの力でトリスアギオンを振るう事が出来る術と、その内容を。
マキシマはレイチェルの対面の席に座り、片方の手で頬杖をつくとじっと見つめた。
赤と紅の目が交錯する。
「ええ、知っていたわ」
「なんで黙ってたわけ?」
予想通りの答えにいっそ怒りすら湧いてこない。まあそうだろうなと心の何処かで確信していた。
優美にくすりと笑い、レイチェルは紅茶を一口口に含む。
「あら、幼い貴方に教えたとして使いこなせていて?」
正論すぎてぐ、と声を喉で詰まらせてしまう。
強大な力を渡すという事は、無知な子供に爆弾を持たせる事と同義だ。使い方次第では自滅だって有り得る。だからレイチェルは敢えてトリスアギオンの真の力について触れなかったのだろうか。
「でも……そうね、頃合いかしら」
「頃合い……?」
カップを置き、涼やかな眼でレイチェルはマキシマを見眇める。
「貴方の事象兵器……『翼刃・トリスアギオン』の特殊効果を覚えているかしら?」
「ええと……トリスアギオンに触れた魔素を打ち消す。空を飛ぶ……とか?」
今まではこれしかトリスアギオンの力を使っていなかった。だから現状ではこの程度の知識しかマキシマは知らない。指折り数えているとレイチェルは言う。
「いいえ、それだけではないわ。『本来』のトリスアギオンならば『魔法・術式』すらも無効化し、魔素の塊すら断つ事が可能なのよ。つまりそれだけ、貴方はまだ事象兵器を使いこなせていない」
「で、でも!」
ガタリと席を立ってマキシマは捲し立てる。
「ニューの重力陣に弾かれた時とか、テルミにダメージを与えられたのは……!」
「貴方の力量が、心の強さが、トリスアギオンを振るうに価したのでしょう。だからその力の片鱗を見せた」
ウロボロスごと『テルミ』にダメージを負わせる事が出来たのも、この力のお陰なのだろう。そして、マキシマが力を付ける度に段階的にトリスアギオンの能力も解放されていくと。本来の姿に戻りつつあると。
「トリスアギオンのその力は強大よ。上手く使えばテルミを倒せるかも知れない。イザナミにだって対抗出来るでしょうね。……けれど強大な力には代償が付き纏う。その力は使用すればする程貴方の魂を削り、肉体に負荷を掛けるでしょう。『貴方』という存在が喰われていくと言っても良いでしょうね。言わば諸刃の剣。それでも、貴方は使うのかしら?」
此方を試すように深紅の眼が細められる。その視線に射抜かれ、一度着席したマキシマは瞼を閉じ、深呼吸をした。
代償を支払う事などとうに承知だ。何もなしに全てが得られるなど思っていない。それを承知で今の今まで走り続けてきた。
これまでも、そしてこれからも。
瞼を持ち上げ、凛と言い放つ。
「代償無しに力が手に入るなんて思ってない。テルミを、イザナミを倒す為だったら私はトリスアギオンのその力を受け入れる」
「それは破滅への道を歩むという事よ。それでも貴方は進むと言うの?」
「勿論」
マキシマは己の胸に手を当てる。
「私はこれ以上何も奪われない為に戦う。サヤを取り戻す為、シスターとの約束を果たす為に戦う。私はそれを、破滅だなんて思わない。きっと未来は、ある筈なんだから」
沈黙。二人はじっと見つめ合う。
最初に空気を崩したのはレイチェルだった。口角を僅かに持ち上げて笑う。髪を結わえている黒い大きなリボンが揺れた。
「……良い眼をするようになったわね」
「そう? 実感ないけど……」
気まずそうにマキシマは頬を掻く。
絶望に打ちひしがれていた時の眼ではない。闇雲にテルミを追い求めていた時の眼でもない。強い意志の元で力を使うと覚悟を決めた眼をしている。
元々『守る』事に関しては人一倍強い意志を持っていたが、何か良いきっかけでもあったのかも知れない。そう、例えば側にいる何処かの誰かさんとか。
……その変化に彼女が気付いているのかは分からないが。
紅茶と共に用意されたクッキーの手を伸ばす。ヒビキが用意したのだろうか。口に運んで齧れば芳醇なバターと小麦の香りが鼻孔をくすぐるが、それは決して紅茶の風味は損なわせないもので。
「決めたのなら最後まで進みなさい。最後までラグナの味方でありながら、みっともなく生きなさい。これでも私、貴方に賭けているのだから」
「ふうん? っていうかレイチェル、あんた何時になく喋るわね。いつもならロクな助言なんてくれないくせに」
マキシマはカラカラと笑えば、レイチェルは瞳を伏せるとカップを口に運んだ。
「……もう『傍観者』で居られなくなったというだけだわ。私も舞台に上がる時が来たのよ」
「……レイチェル?」
何時もと違う雰囲気にマキシマは怪訝そうな顔をする。しかしレイチェルの表情に影が差したのも一瞬であり、すぐにいつもの綺麗なすまし顔になってしまった。
さて、とマキシマは席を立つ。
「私はそろそろ部屋に戻るけど。あんたもあんまり長居しないようにね」
「あら、この私に指図する気?」
べ、と舌を出してマキシマは食堂を後にしていく。廊下を歩いて客室のある方に向かっていると、自分の部屋の前に誰かが居る事に気づいた。歩を緩めて誰何する。
「ああ、姉さん。遅かったね」
「ジン?」
扉の前で待っていたのはジンだった。こんな時間に一体どういう用事なのだろうか。彼の近くまで行くとジンは小さく微笑む。
「あんたねぇ、今日散々暴れたんだから早く寝なさいよ」
呆れたようにマキシマは仁王立ちをするがジンはペースを崩さない。全く。とマキシマは息を吐く。
「用件を話したら直ぐ部屋に戻るよ」
「そうして。……で?」
「ああ、」
そうして彼は反応兵器級の爆弾を投げ入れるのだ。
「明日、姉さんとデートしようと思って」
「……はい?」 Back