CHRONO PHANTASMA
カツン、とブーツで床を踏む音はだだっ広いだけのフロアにやけに響く。足元で頼りなさげに光る誘導灯の明かりだけが頼りの薄暗く、人の気配のないその場は耳が痛いほどに静まり返っていた。
マキシマは黙々と歩を進めて目的の場所へと辿り着いた。それを見上げ、思わず感嘆の息が零れてしまう。
「綺麗……」
透き通った結晶で出来た『ソレ』は天を貫くように聳え立っている。さながら水晶の塔とも言うべきか。
薄暗い空間の中で仄かに発光しながら佇む『塔』は酷く魅惑的に目に映る。暫し見惚れていたが、マキシマはハッと正気に戻ると頭を振る。
駄目だ、これはただの綺麗な塔なんかではなくて『基部』だ。イザナミが世界中の窯を開いて世界中の人々の魂を錬成し、集約させたアマテラス顕現の為の『生贄』だ。
これを破壊しなければ『クシナダの楔』は打ち込めない。それは魔素を無効化してイザナミにダメージを与えられない事を示している。それでは意味がない。何の為にカグラの傘下に入って色々と根回しをしたのか。何の為にトリスアギオンの更なる力を求めたのか。それもこれも、全てはテルミを倒す為、イザナミを倒す為ではないか。
事が動いたのは数時間前だった。帝達が動き出し始め、『クシナダの楔』を顕現させる為にラグナがノエルとセリカを伴ってワダツミ城地下へ向かい、ジンはツバキと共に殿下……『天ノ矛坂 焔』の護衛を任され、マキシマは――
「顕れた『塔』の根本に?」
「ああ」
何かあった時の為にとヤビコ支部で待機していたのだが、それも今しがた終わりを告げたところだった。
執務机に寄り掛かり、腕を組んだカグラが厳しい表情で首肯する。
「恐らくあそこにハザマ……ユウキ=テルミは現れる。現状、あいつに太刀打ち出来るのはマキシマちゃんだけだ。良くて撃破、悪くて他の奴らが向かうまで足止めしてくれ。それから『基部』を破壊して、『楔』を打ち込める準備をする」
「了解」
そうしてココノエの転移装置を使って一瞬でイブキド跡地にやって来たマキシマは地下へと向かったのだった。
地下へと繋がる階段に足を掛ける直前、マキシマは懐に忍ばせていた『あるモノ』の存在を思い出して一度足を止めた。
懐から取り出したのは綺麗な小箱。それを開ければ、先日ジンに贈られた翠の石のイヤリングが鎮座している。
謂わば願掛けと、自分に気合いを入れる為だ。無事に終わるようにと。
耳に付ければ涼やかな音が聞こえていた。見えないが、動く度に太陽光に反射するイヤリングはきっとキラキラと光っていて綺麗なのだろう。
さあ、準備は整った。マキシマはぽっかりと口を開ける地への階段へと足を伸ばした。
そうして冒頭に戻る。
思考から意識を戻したマキシマは、『塔』の陰に一際濃い人影が潜んでいる事に気付いた。
すかさずマキシマは剣形態のトリスアギオンを召喚し、掴みながら暗がりを睨む。
「よう、テメェらが来たのか」
陰から現れたのは鮮やかな黄色のコートを身に纏い、フードを目深に被った痩身の男だった。にわかにマキシマが殺気立つ。
ユウキ=テルミ。マキシマにとっては因縁の深い男だ。全ての元凶。全ての因果が集約した男。
しかし、『テメェら』と来た。複数形とは一体どういう事だ。
訝しんでいると背後に気配を感じてマキシマは振り返った。感じた事のある清流のような清らさと、ある種懐かしさを感じさせる不思議な雰囲気は。
「ハクメン……!?」
『基部』の淡い光に照らし出されていたのは無貌の白武者・ハクメンであった。
ゆっくりと歩み寄ってくるハクメンの表情は当然伺えないが、横を通り過ぎる間際に一瞬、見られたような気がする。
ハクメンはテルミと対峙するように立つと、その背に背負っている大太刀に手を伸ばす。
「テルミか……何者かは居ると思っていたが、また残滓の相手をさせられるとはな……。否、何だこの『流れ』は……」
「ケッ……そうだよ、残滓じゃねぇよ」
吐き捨てるようにテルミは呟く。
「『二重の者』か……。其の割には流暢に口を利く」
「あのクソ眼鏡とクソ吸血鬼のせいだよ……クソクソのクソまみれって感じだ。ったくよ……」
「……どういう事?」
『二重の者』とは何か。初めて耳にする単語だ。
ハクメンが背負う野太刀に手を掛ける。
「あれは今、本体から別れて活動して居る。しかし本体より零れた残滓に非ず、分かたれた存在にも非ず。意識のみを分断させ操る……それが『二重の者(ドツペルゲンガー)』」
「へえ、なるほどね」
マキシマがトリスアギオンを持ち上げ、切っ先をテルミへと向ける。
「要するに、あのハザマと分離してるって解釈であながち間違ってないんでしょ? それで、兎に角斬ればあんたは死ぬ。それで良いんじゃない?」
「おーおー、粋がるねぇマキシマちゃん。けどよぉ、テメェに俺は殺せるか?」
「『手段』は手に入れた。後は私の使い方次第であんたを殺す。殺せなくたって地に這い蹲らせる。それが、今日まで生きてきた私の『願望』だよ」
上着のポケットに両手を突っ込み、ケタケタと細い肩を揺らしてテルミは嗤う。
ああ、不快だ。マキシマは奥歯を噛み締める。
「ヒッヒヒヒヒ! 最っ高だな、マキシマちゃんよぉ! だったら――」
テルミが虚空に手を翳し、『何か』を引っ張るように手を勢い良く振り下ろす。その瞬間をマキシマの眼は逃さなかった。ギャリギャリと耳障りな音を立てて宙を飛ぶのはテルミの事象兵器『蛇双・ウロボロス』であり。
「殺してみろよ、俺様をよォ!!」
「っ!」
蛇頭の鎖を躱し、マキシマは身を低くすると駆け出す。野太刀を抜いたハクメンもテルミに迫り、両者が交錯した。
マキシマが床を蹴り、ハクメンの背を越すほどに跳躍をするとトリスアギオンを振り下ろす。しかしウロボロスで防がれてしまいマキシマはぎりと歯噛んだ。
マキシマは着地をすると隙を作る事なく更に連撃を加えていく。
「どうしたどうしたァ! テメェは口だけか!?」
「こんのっ……!」
ハクメンと息を合わせて攻撃を繰り出しながらマキシマは顔を顰めた。
しかし不思議だ。一度もハクメンとは戦った事が無いと言うのに、彼の一挙一動が手に取るように分かってしまう。次の攻撃はどう繰り出すか、どういう風に踏み込むのかが呼吸をするように伝わってくる。どう攻撃を仕掛ければ彼が攻撃へ繋げやすいかが視えてくる。
本当に不思議だ。まるで――ジンと共に戦っているみたいで。
「貴様は『其の力』でテルミを攻撃しろ。兎に角時間を稼げ。留めは我が引き受けよう」
「……分かった!」
埒が明かないと踏んだのか、ハクメンが静かに語りかける。
首肯すると一度テルミから離れ、マキシマは息を整えるとハクメンと交戦しているテルミを見据えた。
激しく交戦している為に場所が入れ替わり立ち替わりしているが、一度『視て』しまえばそんなものは関係ない。
トリスアギオンを構え、意識して気持ちを切り替える。頭の中のスイッチを切り替えるように、暗から明に入れ替わるように。
そうしてマキシマは、厳かにその『名』を呟いた。
「トリスアギオン、全力解放。モード――」
いつかハザマを斬った時のように、カチリと意識が切り替わる。
駆け出し、テルミに肉薄してトリスアギオンを振りかぶった。
「『エクテニア』――!」
放たれたウロボロスの鎖を叩き斬り、トリスアギオンの刃がテルミに迫る。目を見開いたテルミが視界に映った、気がした。
トリスアギオンの刃がテルミの胴体を捉え、大きく袈裟斬りにする。
振り切った体勢でマキシマは振り返る。そこには胴を押さえ、体が大きく傾くテルミが居て。
「まじ……かよ……」
半笑いを口元に浮かべ、テルミは押さえた腹部に視線を落とす。斬り付けられた箇所は一切血が出ておらず、代わりにぽっかりと闇色が覗かせていた。
……魔素を集めて固めたかのような、昏い闇色。
「明鏡止水……我心よ、一振りの『刃』と化せ……。劫魔滅殺、虚空陣奥義……」
ハクメンが大太刀を構える。
「刻殺」
「なっ……!」
テルミの周囲が暗転する。その暗黒はテルミを捉え、引き摺り込もうとしていた。
「貴様の持つ『刻』を殺した……。終わりだ」
テルミが暗黒に飲み込まれ、消えていく。その姿が完全に消えた時、マキシマは床にトリスアギオンを突き刺して大きく息を吐いた。
「いや……まだだ」
その言葉にマキシマは顔を上げた。そうか、まだこれが残っている。
「『塔』……」
これを破壊しない事には、次に繋ぐ事が出来ない。
残った力を振り絞ってマキシマはトリスアギオンを抜くと構えた。先ほどの一撃でかなり消耗したのか、体が酷く重い。構えた手が震える。
「――此処は僕に任せて」
そのマキシマに声を掛ける姿があった。振り返るとそこには柔和な笑みを浮かべているジンが歩いて来ていて。
「ジン……」
「後は僕がやるから、姉さんは休んでて」
「ん…………」
その言葉で限界だったかのように、マキシマは目を閉じるとその場に崩れ落ちた。
床に倒れる前にジンが手を伸ばしてマキシマを抱き抱え、そのまま抱き締めた。規則正しい寝息が耳のすぐ近くで聞こえてくる。
ジンは一部始終を見ていたが、どうもこの姉は昔から無茶をする傾向がある。誰かが側にいないときっと彼女は限界まで己の力を使って、そして果てるのだろう。
その時側に居る『誰か』が自分であれば良いとは思う。自分ならマキシマに無理をさせない。彼女が犠牲になる世界なら要らないと言えるだろう。だってマキシマは、自分にとって唯一の存在なのだから。
「けど姉さんは……最後は兄さんを選ぶんだろうね」
マキシマの頬を優しく撫でる。
明確に言葉を聞いたわけではない。しかし薄々そうなのだろうとジンは感じていた。
マキシマにとってラグナは『世界の破壊者』であり、家族であり、相棒でもある。最悪の結末を選ばなければいけない時、マキシマはラグナの側に居る事を選び続けるのだろう。
恋人の自分ではなく、自身の兄を。
それが少し……いや、大分悔しい。最後にマキシマの隣に立てない事が。自分を選んでもらえない事が。
ならばせめて、マキシマが幸せになれる世界の手助けを。
ささやかな『願望』を願いながら、ジンはマキシマの体を床に横たえた。
「構えろ、ハクメン」
抜き払ったユキアネサが、冴え冴えと光に反射した。
「――……此処、は……」
「あ、気がついた?」
マキシマが目を開けると、真っ白で清潔な天井が見えた。それと同時に掛かる優しい声。
ひょこんと脇から顔を覗かせたのは、マキシマの思った通りセリカだった。その声に答えようとして上体を起こそうとすると、どういうわけか体が酷く重たい。
まるで全身に鉛を埋め込まれたようだ。仕方なく、首だけ動かしてセリカを見やる。
「此処は……統制機構の部屋?」
「うん、ヤビコ支部だよ。具合はどう? マキシマちゃん」
「……すごく体が重い。力が入らない」
「無理はしないでゆっくり休んでね。それじゃ私、ジンにマキシマちゃんが起きた事を伝えてくるから」
そう言い残してセリカは部屋を後にしようとする。
そうだ。マキシマは踵を返そうとするセリカを引き止めた。
「私……『塔』の破壊をする前までしか覚えてないの。ねえ、あの後どうなったの? ジンは? ラグナは?」
「マキシマちゃん……」
セリカはマキシマの傍まで戻るとしゃがみ、マキシマの手を取って両手で握る。慮るような、心配するような顔だ。マキシマも釣られて真面目な顔をする。
「……落ち着いて聞いてね、実は――」
そうしてマキシマは自身が気を失った後の顛末をセリカから聞く事になる。
ジンやバングの助力のお陰で『基部』に『楔』が打たれ、世界中の魔素の働きが停止した事。
『エンブリオ』と呼ばれる『繭』がイブキド跡地の上空に出現した事。
『資格者』と呼ばれる人々以外が魔素となってそのエンブリオに吸収されている事。
イザナミの手によってラグナの『黒き者』としての力が暴走し、ノエルとジンを襲った事。
全てを聞き――マキシマは己の運命を決める事となる。 Back