The Beginning of the end
――私の持つ記憶の一番始めというのは覚えている。
そこは赤かった。紅かった、赫かった。あかあかかった。
ぱちぱちと爆ぜる火種のお陰で暗くはなく、幼い私は泣きながら焦げた道をよろよろと歩いていたのだ。
突然、『何か』が起きたのだ。そして一瞬で私の居た場所を焦土と化し、全てを奪った。
しかし何かのお陰で免れた私は身を守ってくれた『ソレ』の下から這い出ると、誰か生きている人がいないかと探し回っていた。時折黒くなった『ダレカ』が声を上げるが、それは聞こえなかった。
兎に角死にたくなかった。生きたかった。だからわんわん泣いて歩き回って、あっちから見付けてくれないかなと思っていた。
人が居た。おじさんだった。その人が私を見つけてくれて、抱えてくれると直ぐに安全な場所へと連れて行ってくれた。パンと水をくれた。幾つか言葉を投げて、頭を撫でてくれた。
そうしておじさんは私に教えてくれたんだ。「君は、イカルガ内戦で生き残ったんだ」と。
そのおじさんは私を養子として育てようとしてくれたらしいが、どうしても叶わない事情があったらしい。ならばと白羽の矢が立ったのが、後の私達のシスターになる彼女だった。
一人暮らしだし、辺鄙なところに住んでいるから人手があった方がいいだろうとの事らしかった。すぐに私はおじさんに連れられてシスターの元へと向かった。事情を話すとシスターは快く受け入れをしてくれると言ってくれて、私はその日からシスターと暮らす事になった。
「マキシマ」
シスターがしゃがみ、私と目線を合わせる。目が合うとにこりと笑って、私はなんだか気まずくて目線を逸らしてしまった。
だけどシスターは私の手を握ると、優しく語りかける。
「大丈夫、此処には怖いものなんて何もないから。あるのは森くらいなの」
「……ほんと、に?」
「ええ」
またあの熱いと赤いのが襲ってくるのが怖くて、嫌で。でも不思議とシスターの言葉は信じられた。心にストンと納まるように。
私が小さく頷くと、またにこりとシスターが笑う。
「それじゃ、お昼にしましょうか。マキシマ、サンドイッチを作るんだけど嫌いな野菜はある?」
「ううん」
立ち上がったシスターに手を引かれて私は教会へと向かう。
これが、私とシスターの暮らしの始まりだった。穏やかで、何もなくて、だけど何にも脅かされない平穏な日常。
しかしその静寂が打ち破られたのは、シスターと暮らして一年程経った頃合いだろうか。
その日は夜中にも関わらず騒々しかった。
寝ていた私は騒々しさで目を覚まし、むくりと起きるとベッドを抜け出す。騒がしいのは礼拝堂の方だ。私は静かに廊下を歩いて礼拝堂に向かう。
そろりと扉を開けて中の様子を伺い見ると、椅子に座っている小柄な『何か』に手当を施しているシスターの姿が見えて。
よく見ようと扉をもう少し開けようとした瞬間、その小柄な『何か』が振り向いた。
「誰だ?」
「っ!」
フードを被った猫。後の私のお師匠――獣兵衛は鋭く扉を睨む。萎縮してしまった私がびくりと肩を震わすと、窘めるようにシスターがお師匠の名を呼ぶ。
「獣兵衛さん」
「む。……すまない」
今思うとお師匠も気が立っていたのだろう。申し訳無さそうに三角の耳をしょんぼりとさせたお師匠は、大人しくシスターの手当を受け始めた。それを見て苦笑し、シスターは手招きをして私を呼ぶと傍らに立たせた。すると今まで見えなかった位置には私と同じ年くらいの男の子がいて、その傍らで眠っている小さな男の子と女の子を隠すように立ち塞がりながら、敵意をむき出しにして私を睨む。
「この子、イカルガ内戦の生き残りなの。……ほらラグナ、挨拶は?」
「……」
ひたすら睨んでくる。その態度が気に食わなくて、私は腕を伸ばすとラグナの頬を抓った。
「マキシマ!?」
「い、いひゃいな! なにすんらよ!」
「べーっだ!」
暴れるラグナの頬から手を離してやり、あっかんべーをしてそっぽを向く。
「もう、マキシマ。これから一緒に暮らすんだから仲良くしないと駄目じゃない」
「ええっ!?」
勢い良くシスターを見て私はラグナを指さす。
「こんなヤツと暮らすの⁉ 私やだよ!」
「俺だってやだよ!」
「二人とも、喧嘩しないの」
それからも私とラグナの言い合いは続いて、結局双方が疲れ果てるまでやっていた。
懐かしい。ラグナとは何かと言い争ったり取っ組み合いをする事が多くてシスターによく怒られたけど、何だかんだいって弟妹を抱える立場からか二人で率先して物事を進める事が多かった。
ジンはすぐに懐いてくれて、私の側に居る事が多かった。何かと姉さん、姉さんと呼んでは遊んでくれと言ったり、本を読んでくれと言う事がよくあって。
サヤは私を『ねえさま』と呼んで慕ってくれた。サヤは病弱だから森に入っても直ぐに体調を崩す事があって、そんなサヤをおんぶして教会に戻った事は数知れない。
本当に、懐かしい。あの日々は私にとってかけがえのない大切な思い出だ。
だからこそ――私は、戦わなくてはいけない。
ジンとサヤを守る為に。ラグナの味方であり続ける為に。
――この身が果てようとも、進み続ける。
「…………」
重たい瞼をゆっくりと開ける。マキシマの視界に映るのは、見慣れてきたヤビコ支部の個室の天井だった。
マキシマは一つ息を吐くと、己の手を動かそうと試みる。力を込めた腕はぴくりと僅かに動き、ゆっくりと覚束ない様子で腹の上に乗った。
はぁ、と神経をすり減らしたかのように長く息を吐いてマキシマは瞑目する。これが今の精一杯。少し回復して、このざまだ。
セリカに診てもらったところ、これはトリスアギオンの力を使ったが為の反動であり、全身の神経が一時的に麻痺している状態らしい。だからセリカの治癒魔法を管轄外で、ゆっくりと療養していれば時期に治るとの事だったが――
「そんな、悠長に待っていられるわけない……でしょ!」
麻痺の少なくなった腕を動かしてベッドの縁を掴み、体を引き摺る。足を床に置いてスリッパを履かせ、立ち上がろうとしたところでマキシマの体はガクンと傾き、そのまま倒れてしまった。体勢が悪く、騒々しい音が部屋に響く。
いや、今のはタイミングが悪かっただけだと切り替えてマキシマは起き上がると、ベッドの縁を掴んでもう一度立ち上がろうとする。しかし腰から下がゴムになったかのように反応が鈍く、動かない。
足を掴んで位置を調整し、片膝立ちのようにして立とうと決めて力を入れる。しかし足が動く事はなく、再びマキシマは床に倒れ込んだ。
「なんで……どうしてっ!」
ベッドを拳で叩き、込み上げる怒りを散らす。この怒りは自身の不甲斐なさに向けられた怒りだ。どうして、何故立てない。何の為の足なのかと。
「これじゃ……ラグナを探しに行けないじゃない!」
もう一度ベッドを叩く。激しくベッドが軋み、傍らのカーテンがふわりと揺れる。
その後も怒りをぶつけるように数度ベッドを叩き、息を整えたマキシマはぺたりと力なくその場に座った。
こんな様ではラグナを探しに行けない。二人を守れない。戦えない。歩けない。
どうすれば今すぐラグナを探しに行けるのか。それともこのまま、治るまで大人しく待たねばならないのか。そう考えていると――ふと顔を上げて見た部屋の景色が歪んで見えた。キン、と響く耳障りなノイズ音に思わず顔を顰めて片耳を押さえる。
強い『何か』に引っ張られるような感覚。この不可思議な現象にマキシマは覚えがあった。
「事象干渉……!?」
それも相当大規模な干渉だ。相当力のある者が力を行使しているのか、それとも余程広範囲の及ぶものなのか。どちらにせよマキシマがこれまでに経験した事がないレベルだ。
不快なノイズから逃れるようにマキシマは両耳を塞ぐ。しかし耳障りなノイズも、目障りで目眩のする空間の歪みは酷くなってく一方であり――
ブツン、と。
ブレーカーを落とすように突然視界が消えた。
賑やかな喧騒が耳につく。香辛料や土埃、色々な匂いが混ざった魔素混じりの空気の匂いが鼻につく。その騒々しさに一瞬眉を寄せて目を開けると、見覚えのある光景がマキシマの目に飛び込んできた。
アジアの空気を思わせるオリエントな造りの建物や、人々の服。粗野で雑多な喧騒。漂ってくる香ばしい匂い。此処は――
「カグツチの……オリエントタウン……!?」
イカルガ連邦より遠く離れた第十四階層都市・カグツチ。その下層のオリエントタウンの只中にマキシマは立ち尽くしていた。
思わず頭を押さえてしまう。『認識』が正しければ、今の今まで自分はイカルガのヤビコに居たはずだ。
ヤビコからカグツチまではとんでもない距離がある。一瞬で転移させるなど、それこそ魔法でもなければ不可能だろう。
いや、とマキシマは頭から手を離すと軽く頭を振る。
先程大規模な事象干渉が起きていた。それで世界そのものが塗り替えられたとしたら?
それによって『今のマキシマ』が『カグツチに居る』という結果を生み出していたら?
それならば、今この瞬間にカグツチのオリエントタウンに居る事だってなんら不思議ではないだろう。動かなかった体が自由に動く事にだって説明がつく。
次に気になるのは今が何年の何日だという事だ。マキシマは近くを通った人を適当に捕まえて尋ねる。
「あの、すいません。今日って何年の何日ですか?」
「は? 今日って……二一九九年の十二月三十日だろ?」
尋ねられた若い男はマキシマを胡乱げな表情をくれた後、足早に歩き去ってしまった。
今が年末だとすれば、自分はカグツチの支部の『窯』を目指していた頃合いだ。そうしてニューとラグナが戦い、マキシマはその場に辿り付き、窯に落ちるラグナをノエルと共に助け出す。こうして世界はループから抜け出し、未来へと歩き出したのだ。
しかし此処で疑問が生ずる。一体この事象干渉を起こした本人は、何故この瞬間にまで巻き戻したのだろうか。
今までいた世界で何か不都合が生じたから? 結末を変えたかったから? 幾ら考えどマキシマはこの世の神ではない。答えなんて出てくる筈がなかった。
「取り敢えず……『前回』と同じようにすれば良いのかな……」
最上階の支部を目指して行動し、窯を目指せばいいのか。最上階のモノリスの前でテルミと対峙したのは年明けの事だ。
どうも『記憶』ははっきりとしている。先ほどまで居た場所も、前にカグツチで何をしたのかも明確に覚えている。事象干渉ならば記憶にも影響が出るのではないかと危惧していたが、どうやらそれも杞憂に終わったようだった。
しかし事象干渉が起きたという事は、何かしらが変わっている筈だ。現にマキシマは何の問題もなく動く事が出来るようになっている。身体の何処にも麻痺は残っていない。
取り敢えず年を越すまで時間があまりない。急がねばならないと気を引き締めたマキシマは、人ごみの合間を縫うようにして駆け出した。
「――おい、知ってるか?」
「なんだよ」
「今このカグツチに『死神』が来てるって噂」
そんな何気ない、咎追い達の話を風に聞きながら。 Back