Phantom Of Labyrinth
ジンと別れ、マキシマはひたすらに階段を駆け上って最上層を目指していく。
途中何度か休憩を挟みながらも登っていけば、『前回』と同じ頃に支部の前にやって来る事が出来た。目算だが、日付変更まであと数時間といったところか。
ニューの精練が済んでしまい、ラグナはそんなニューを壊すべく戦う。その最中にマキシマがやってきて加勢するがマキシマは動きを封じられてしまい、ラグナはニューに敗れ、大剣でひと繋ぎになったニューと共に『窯』へ落ちようとする。
しかしそこにノエルが駆けつけ、落ちそうになったラグナの手を掴んだのだ。「諦めないで」と言って。
そうしてニューだけが『窯』に落ち、マキシマとノエルの二人掛かりでラグナを引き上げて『窯』の蓋をする。三人で笑って、泣いて、その後も色々あったが何とか日付を超えて無事に新しい年を迎える事が出来たのだった。
とても懐かしいと思う。日付的にはまだ三ヶ月も経っていないはずなのに、酷く昔の出来事のように感じられてしまう。それもこれも、きっとその後の三ヶ月間が目が回る程に忙しかったからだ。
死にそうな瞬間もあった。泣きたくなる時もあった。辛いと感じる事もあった。だけどそれ以上に楽しい事もあって、嬉しい事もあって、今では全ての記憶が愛おしいと思える程だ。
だからこそ、この異常な世界を知らなければならない。謎を暴かなくてはならない。そしてその上で、自分が出来る事をするのだ。
一度大きく深呼吸をし、マキシマは支部の巨大な扉の前に立つ。乱暴に開け放ったような荒々しい攻撃の跡なんて一切見当たらない、綺麗な扉だ。
扉に触れ、力を込めて開ける。少しだけ開いた箇所から顔を覗かせ、マキシマは中の様子を窺う。
「……人、居ないし」
前に来た時と同じような言葉が漏れ、シンと静まり返った支部の中に木霊する事なく吸収されていく。
中は一切明かりが灯されておらず薄暗く、人の気配は一切無い。まるで支部の衛士全員に休暇届を出しているようだ。確か『前』はテルミがカグツチ支部の衛士全員の魂を使ってミューを精練したのだったか。しかしどうして、今回も何故誰も居ないのか。
「まあ、居ないなら居ないでラッキーなんだけど」
無駄な戦闘は避けたい。力を温存出来るのなら何よりだ。楽観的な事を呟きながらマキシマは支部の中に入ると丁寧に扉を閉め、廊下を歩いていく。記憶が確かならこの先にホールがあり、地下へと続く昇降機があり、そこから『窯』に行ける筈だ。
暗い中を明かりの術式一つも使わずに進むと、マキシマの記憶通りの場所に昇降機は鎮座していた。念の為チェックしてみたが、人が居ないにも関わらず電力はきちんと回っているらしく、問題なく昇降機は動きそうだ。昇降機に取り付けられているパネルを操作し、やって来たカゴに乗り込む。もう一度パネルを操作し、昇降機はガタンと大きな音を立てながら降下を始めた。
ぼんやりとしながら昇降機が止まるのを待つ。ややああってゴトン、と大きく揺れて地下に到着した昇降機からマキシマは降り、ゆっくりと歩いて窯に近付きながら周囲を見回す。
「誰も……居ない?」
窯は開いているが、ニューが精練された様子はない。ラグナも居ない。ノエルも居ない。ハクメンや、テルミが居る気配もない。どういう事か、マキシマが一番乗りのようだった。
奇妙だとは思うが、誰も彼も記憶に改竄が見られる『この世界』の事だ。今更奇妙な事が一つ二つ起ころうが驚きもしない。
フロアをぐるりと見回してみたり、本当に誰も居ないかトリスアギオンを起動して気配を探ったりしたが一向に誰も来る気配がない。手持ち無沙汰になったマキシマは思いついたように『窯』に足を向け、その淵に立った。そこから煉獄のような底を見下ろす。
『窯』とは『境界』に繋がっており、この世にある全ての平行世界の『情報』がある根源。その為『窯』の傍に立っているだけでもその余波を受けてしまい、並行世界での記憶が混ざって混濁してしまう事がある。
今のマキシマがまさにそうだった。淵に立って深淵を覗き込んだ事によって、幾つかの平行世界での出来事が断片的に脳裏に流れ込んでくる。
流れ込んでくる平行世界でのマキシマは、必ず何処かで死んでいた。
支部の中で遭遇したジンに殺されていた。ニューに敗れて殺されていた。『窯』に身を投げて死んでいた。
ループから抜け出せない世界では、必ずと言っていい程マキシマは誰かによって殺されていたのだ。
これが何十回も、何百回も、何千回も繰り返されてきた悪夢。ノエルがラグナを助け出し、『蒼の継承者』になった事でようやく世界は延々と廻るループから抜け出し、新しい未来へと向かう事が出来たのだ。それがマキシマが正しく認識している世界だった。
脳裏に流れ込んでくる悪夢を断ち切るようにマキシマは瞑目し、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
この世界は歪んでいる。間違っている。そして――間違っているのなら、誰かが正さねばならない。
「誰の意思だか知らないけど、胸糞悪い世界ったらありゃしない。だったら私が、この下らない世界を終わらせてやる」
そう呟いた瞬間。キン、とマキシマの頭に僅かな痛みが走った。『窯』の傍の居たせいだろうか。頭を押さえ、踵を返そうとすると――脳内に直接語りかけてくる声がした。
――そう、それが貴方の願望なのね。
「な、何……!?」
凛とした女性の声が脳内に響く。しかし当然周囲に人の気配は感じられない。
脳内に直接言葉を飛ばし、内密なやり取りが出来る術式が存在している事はマキシマも知っている。術式ではないが、ココノエに似たようなもので通信を受けた事だってある。咄嗟にこの『声』がその類のモノかと疑い、いいやと首を横に振った。
術式がちっぽけな力に感じる程の『何か』を感じる。もっと上位の力――そう、さながら魔法のような。
そう考えた瞬間。マキシマの居た『世界』は、ガラスを叩き割ったかのように甲高い音を響かせながら崩れた。
一瞬目が眩んだかと思ったら、次の瞬間にはマキシマの五感は正常を取り戻し、周囲の様子を鮮明に伝えてきた。
周囲をぐるりと岩壁が囲み、その岩肌の隙間からは湧水の如く溶岩が溢れ出し、大きな溶岩の池を形成していた。その溶岩の只中にある岩の中洲のような場所に、マキシマは立っている。
煉獄という場所が存在するのならば、もしかしたらこんな場所かも知れない。そんな事を考えていると、コツリとヒールで岩肌を叩くような音がした。警戒をしたマキシマはトリスアギオンを起動させ、前方をじっと睨み据える。
「懐かしい気配がしたと思ったら……ああ、貴女が『ソレ』の今の所有者なのね」
姿を現したのは、一言で言えば『魔女』だった。
グラマラスな体型に、それを見せつけるかのようなタイトで布面積の少ない衣装。そして何よりも、目の前の彼女を『魔女』だと思えたのがその頭に戴いている山高帽だった。
見た目だけ言えば御伽噺に出て来る魔女そのものだが――感じ取れる気配は非常に邪悪で、異質なモノで。
「アンタは……まさか……」
今の発言。出で立ち。そして共鳴するかのように俄かに振動する背後のトリスアギオン。
――導き出される答えは。
「ご機嫌よう、トリスアギオンの現・所有者。『資格者』にして世界に『弾かれた』者」
「六英雄の……ナイン……!?」
そうして魔女は――ナイン=ザ=ファントムはクツクツと肩を揺らして優雅に嗤う。
「そんなに警戒しなくても良いじゃない。私は貴女と戦う気なんてないわ。貴女も『ソレ』の使い手なら分かるでしょう?」
警戒は解かず、マキシマはその場で仁王立ちをすると不敵な笑みを浮かべる。
「六英雄ナインは魔法の使い手……。そして私の事象兵器は魔素・術式・魔法を打ち消す……。何? 単純に相性が悪いから戦いたくないってワケ? ハッ。かの大魔導師様だからって警戒してたけど、案外そうでもないんだ?」
マキシマの挑発を受け、俄かにナインが殺気立つ。ナインはその綺麗な美貌を歪めて苛立ちを顕わにするとマキシマに詰め寄った。
二人の距離がほんの数センチにまで狭まる。しかし間近でゾッとするような殺気を受けても、マキシマは不敵な様子を崩さない。
「……あまり調子に乗らない方が良いわよ、小娘風情が。確かに貴女の事象兵器と私は相性が悪いわ。でもね、私は『ソレ』の製作者なのよ? どうすれば壊れるかなんてのも理解しているの。だから何時だって……何なら今この瞬間、貴女程度の虫ケラなら一瞬で消し炭に出来るわよ。私が貴女を殺さないのは利害が一致しているから。……終わらせたいんでしょう? この下らない世界を」
世界を終わらせる。その一言にマキシマは僅かに目を見開いた。
「あんた……知ってるの? この世界の歪さを。この世界の……終わらせ方を」
「ええ、知ってるわ。貴女が『弾かれた』理由も」
僅かに離れたナインが口元に手を当て、わざとらしく笑う。
「貴女は『彼女』の世界に居なかった存在なの。だから誰一人として貴女を記憶していなかったでしょう? ああでも、『秩序の力』を持ったセリカなら分かるかしら。あの力は世界の均衡を保つ為の力だもの」
「『彼女』の世界……?」
誰の事を指しているのだろうか。しかし『マキシマ』という存在の痕跡が綺麗に消えた理由も、ジンが覚えていてくれた理由は分かった。その『世界』に一度『無い』と観測されてしまえば、それは有って無いも同然だ。
『誰』かが、自分を『認識』していない。それだけでこうも孤独感に苛まれるとは。
ナインは口元に当てていた手を頬に添え、首を傾げさせる。
「……でも変ね。貴女はそれ以外の願望(ユメ)も抱いている。本当の願いはどちらなのかしらね?」
本当の『願望』。
心を見透かしたかのようなナインの言葉にマキシマは一瞬肩を震わせるが、それでも脳裏に浮かんだ風景に頭を振り、強気にナインを睨みつける。
「さあ? あんたが何を言ってるのか分からないんだけど」
「あら、とぼける気? それとも気付かない振りかしら。……まあ良いわ。貴女はこのふざけた世界の終焉を望んでいる。呑気に寝ている神様の瞳を開かせようとしている。ならば強く望みなさい、その願望を。そして――」
その瞬間、マキシマの視界がノイズで埋め尽くされた。そして割れるような頭の痛み。『世界』がひび割れる酷い音。
その場に片膝を付き、頭を抱えながらもマキシマは叫んだ。
「事象干渉……!? しかもまた馬鹿デカイ……!! アンタ、何企んでるワケ!?」
見上げるナインの姿は遠く、視界がノイズに塗れてまともに見れたモノではない。しかしその中でも、ナインが口角を釣り上げて嗤うのをマキシマは見た。
「貴女はその事象兵器の影響で記憶の改竄は受け付けない。だからよくお聞きなさい、そして記憶するのよ」
終焉を望む魔女は告げる。
神が観る悪夢を終わらせる術を。この歪み捻れた世界を壊す方法を。
「世界が完全なる滅日を迎える前に、帝……いいえ――冥王イザナミを、その手で倒しなさい」
世界が、砕けた。 Back