Goodbye To
Eternal Regression

Breath of Ghost

 事象干渉による強制的な転移を喰らい、何処かの地へと飛ばされたマキシマはクラクラとした目眩を覚えながらも着地する。踏んだ地面は柔らかく、手を付くと草の感触がした。何処かの草原に飛ばされたのだろうか。
 強制的な転移による目眩も頭痛も収まってきた頃、目を数度瞬かせたマキシマは立ち上がり、ゆっくりと周りを見回した。
 そこは小高い丘の上で、眼下に広がる大きな湖畔を一望する事が出来る。この場所に見覚えがあった。そう、此処は――

「カザモツの、郊外……?」

 ジンと二人きりで来た場所と同じ場所だった。つまり此処はイカルガであり、元の場所に戻ってきたという事なのだろうか?
 周囲をじっと観察しながらマキシマは思案する。しかし溜め息を吐き、諦めたように首を横に振った。

(『元』の……私が認識していた正しい世界に戻ったわけじゃなさそうね。奇妙な……べったりとした異質な気配みたいなのがカグツチと変わらない)

 此処はまだ、依然として歪な認識の世界の続きなのだろう。
 さて、とマキシマは腕を組む。
 ナインの言う通り記憶はハッキリしている。今までの事も、彼女の言葉も鮮明に覚えている。

「イザナミを倒して願望を叶えろ……ね」

 ならば、その為にはどう動けばいいのだろうか?
 最終目標としては当然イザナミを探し出し、戦う事。しかし今のマキシマの持つ情報ではイザナミが居る場所なんて皆目見当も付かずにいて。
 だとしたら、彼女の居場所を知っていそうな人物から情報を吐いてもらう事が当面の目標になるのだろうか。

「イザナミに関与してそうな人物……」

 ユウキ=テルミ。……いや、あいつはマキシマとハクメンであいつの『刻』を殺した。故にこの世界にも居ない……だろう。
 ハザマ。……居るとしたら統制機構の支部だろうか? しかしハザマは諜報部だ。何処かで暗躍しているかも知れない。探し出して会うのは難しいだろう。
 レリウス=クローバー。……接触出来れば何かしらの情報を得る事は出来そうだ。しかしこの中で一番関わりたくない人物でもある。あの得体の知れない気味悪さ。正直遭遇すらしたくない。

「あーもう! 手がかりもとっかかりもゼロとか⁉ 最悪なんですけど!」

 ガシガシと乱雑に頭を掻く。
 動こうにも情報が全く無さすぎる。どうすべきか。取り敢えずカザモツの街に戻るかと考えて踵を返そうとしたその時だった。頭に軽い痛みが走る。

「これって、まさか……!」

 二度目かと思った瞬間。やはり『あの時』のように脳裏に女の声が響いてきた。

『――さあ……世界の繭は動き出した。今、世界は切り拓かれた』

 六英雄・ナインの声が朗々と響く。

『全ての資格者達よ、聞きなさい。貴方達の『願望ユメ』……掛け替えのない『願望』。何にも譲れない、大切な『願望』……。叶える方法はただ一つ』

「資格者……?」

 以前、カグラが言っていたという事をセリカから伝え聞いた覚えがある。確か、人々が魔素化する中でも体が魔素化せず、今まで通り術式を使える者を指す言葉だったか。
 それならば、『資格者』というのはマキシマを含めたカグラやセリカ、ヒビキ、ココノエ、ツバキ、ジンといった彼らを示すのだろう。そして『資格者』は、今マキシマが知る人物以外にも複数人居る事となる。

『自らの、その手で『冥王イザナミ』を殺し、』

 イザナミを『殺す』?
 彼女は『死』そのものであり、殺す事は余程な手を使わない限り不可能といっても過言ではない。なのにそう促すのは何故なのか。
 マキシマの疑問は、次に放たれたナインの一言で氷解する事となる。

『――『蒼』を、手に入れなさい』

「――! そうか、まさか……」

 彼女は『資格者』に争奪戦でもさせる気なのだろう。『蒼』という、全ての願いが叶う代物を餌としてチラつかせて。
 果たしてその目的はなんなのか。『資格者』同士を戦わせて潰させる? それともイザナミを誰かに倒させるつもりなのだろうか。
 その場に立ち尽くしてマキシマは暫く考え込んでいたが、埒が明かないと踏んだのか、今度こそカザモツの街を目指して歩き出す。街に着いて誰かしら『資格者』に会えば何か情報が得られるかも知れない。そう思いながら。
 そうしてやって来たカザモツは『以前』のように賑やかで活気に満ち溢れていた。
 昼も過ぎた頃合いだからか、恋人同士や子を連れた親達が大通りを行き交い、道の端で開いている露店の主が大きな声を張って呼び込みをしている。
 比較的整備が行き届いているせいか、カグツチのオリエントタウンと比べてしまうとどうしてもこちらの方が些か上品だなと思ってしまう。
 近くのピザ屋の匂いに惹かれるようにしてフラフラとピザ屋の前まで来たマキシマは、カザモツ名物の『濃厚チーズと厚切りベーコンのピザ』を二ピース購入して食べながら歩き始めた。適当にぶらつきながら、黙々とピザを食べ進める。
 一枚目を食べ終え、二枚目も半分食べ進めた頃だろうか。マキシマはカザモツが一望出来る高台にやって来ていた。欄干に寄りかかり、下方に広がる景色をぼんやりと見ながらマキシマは考える。
 まずカザモツを一通り周り、それでも何も情報が掴めなかったらヤビコにでも行こうか。それもダメだったならイブキド跡地にでも。
 そう考えていると、不意に背後から声が掛かった。

「おやおや。全世界に指名手配されている筈のS級賞金首の『首狩り』さんが、こんな所でどうしたんですか? あ、ひょっとして観光でも? 確かにこのカザモツは治安も良く、見所は沢山ありますしねぇ」

 飄々としたこの声。嫌でも聞き覚えがある。
 ピザを耳まで食べ終え、咀嚼して飲み込んだところでマキシマは肩越しに振り向いてみせた。

「どういうわけか、だぁれも私を捕まえに来ないからのんびりカザモツを一周してたところよ。で、統制機構・諜報部の大尉様がこんなところで何してるわけ?」

 体ごと振り返り、欄干に肘を掛けながらマキシマは前方に立つ黒スーツの青年を睨みつけた。マキシマの敵意に満ちた視線が面白かったのか、その男――ハザマは肩を揺らして笑う。

「嫌ですねぇ、そんな敵意を向けて。私、この通り非戦闘員でして。そして私は貴女の言う通り諜報部の大尉ですよ? ならこの場に居るのは諜報活動の為、そう考えるのが普通じゃありません?」

 のらりくらりとした回答。それに対しマキシマはハ、と鼻で笑う。

「へぇ? じゃあさ――なんで非戦闘員の諜報員が事象兵器なんて持ってるわけ?」

「――」

 一瞬、ハザマから表情が消える。
 ハザマから僅かに感じ取れる、事象兵器の気配。彼が持つ事象兵器と言えば一つしかないだろう。
 ピ、とハザマを指差し、立て続けにマキシマはハザマに問い質す。

「それにあんた……『資格者』でしょ。それも私やジンみたいに、記憶をきっちり保持したままで。だったら丁度良かった、聞きたい事が山ほどあんのよ」

「おや、統制機構の私が犯罪者の貴女に情報を流すと?」

「でしょうね。だから、」

 寄り掛かっていた欄干を蹴り、ハザマに猛烈な勢いで迫りながらマキシマはトリスアギオンを剣形態で起動させ、大きく振りかぶった。刹那。ガキンと硬質な音を響かせながらトリスアギオンはハザマの頭上数センチの所で止まった。……いや、止められた。
 マキシマの一撃を防いだのは間違いなく蛇頭の黒い鎖――『蛇双・ウロボロス』であり。

「――ぶっ飛ばしてから聞き出した方が手っ取り早いでしょ?」

「いやはや、全く。育ちが同じだと性質も似るんですかねぇ。まるで躾の行き届いていない獣のようだ」

 一瞬後退し、マキシマは再度ハザマへと突っ込んでいく。対してハザマは虚空を掴み、引っ張り出すようにして三本のウロボロスを喚ぶとマキシマ目掛けて飛ばした。
 ギャリギャリと嫌な音を立てながら宙を飛ぶウロボロス。しかし、しっかりとウロボロスを『視た』マキシマは的確に蛇頭の部分を剣で弾いて軌道を逸らし、更にハザマへと迫る。
 ハザマに肉薄し、トリスアギオンの剣で袈裟斬りにしてやろうとマキシマは振りかぶる。しかし大振りなモーションになってしまう所為か、その一撃はハザマが懐から取り出したバタフライナイフで防がれてしまった。
 舌打ちをし、マキシマは剣の柄を握り直すと今度は連撃へと切り替えた。五月雨の如く攻撃を喰らわす。しかしハザマは平然とその全ての攻撃をいなし、躱し、防いでしまう。
 今度は逆にハザマが攻撃を仕掛けてきた。蛇のようなしなやかで俊敏な動きで蹴りを放ち、マキシマは剣の腹でそれを弾く。
 その瞬間。強烈な違和感を抱いたマキシマは一瞬眉を顰めると後方に跳び、ハザマと距離を取った。臨戦態勢は解かず、鋭い声でハザマに問う。

「あんた――『テルミ』はどうしたの?」

 数度の打ち合いで抱いた違和感。それは目の前のハザマが何処か空虚に感じられたからだった。カグツチやイカルガで相対した時とは微妙に異なると言えばいいのか。
 例えば。『ハザマ』との戦いは必然的に彼を寄り代としている『テルミ』との戦いでもある。故に戦いになると慇懃無礼な『ハザマ』は鳴りを潜め、代わりに哄笑と暴言を撒き散らす『テルミ』が表層に出て来る。そして戦闘スタイルも若干変わってくるのだ。
 だが今はどうだ? ずっと口調は丁寧な『ハザマ』のモノだし、戦闘スタイルもウロボロスを使ってくるものの、いつものような苛烈さを感じない。
 クツクツと喉でハザマは笑い、その黒いスーツの上着を少しはだけさせるとその胴に手を這わせた。
 革手袋に包まれた手は、ゆっくりと痕跡をなぞるように動く。左上から右下へと。

「どうしたも何も、私と分離していたテルミさんを殺したのは貴女でしょう? その時に受けた貴女の傷が、トリニティ=グラスフィールから受けた傷が、私とテルミさんの融合を阻むんですよ。お陰で私まで『蒼』を探さなきゃいけない羽目になりまして。テルミさんは自分で探せと仰るものですから、私もこうして『蒼』を求めているのですよ」

「……あんたの口ぶりじゃあ、テルミはまるで生きてるように聞こえるんだけど。それとも幽霊にでもなっちゃった?」

 わざとおどけた様子で言ってみる。しかしそれに合わせるようにハザマも笑った。

「まあ、アレは幽霊と言っても良いんでしょうかね? 可哀想に、酷く弱々しくなってしまって……。だからこそ私に『蒼』を探せと仰ったし、『此処』で調整を受けてるんでしょうね」

「『此処』……?」

 此処とはどこを指しているのか。しかしハザマは今の言葉をうっかり漏らしてしまった様子らしく、上着を正すと「あらら」と言いながら口元を手で覆った。

「私とした事が、つい喋りすぎてしまいました。いけませんねぇ。これ以上の情報は貴女には渡せません」

 さて、と気を取り直したハザマはウロボロスを一本召喚すると、それで欄干の外の虚空を掴み、マキシマの脇を通り過ぎて中空に身を躍らせた。
 慌てて振り返る。

「ちょ、待ちなさ……!」

「それでは! 私は此処で失礼いたします。ま、せいぜい足掻いてくださいね、マキシマさん」

 欄干まで寄って身を乗り出し、下を確認する。
 しかし広がるのはカザモツの街並みだけであり、ハザマの姿はそれこそ煙のように消えてしまっていて。起動しているトリスアギオンで周囲にウロボロスの気配がないか探ってみても反応はなく。

「~~~~~~っ!!」

 悔しさと苛立ちをぶつけるように、マキシマは何度も欄干を蹴った。

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