Goodbye To
Eternal Regression

Etranger

 うとうとと船を漕ぐ。ここは午後にもなれば窓から差し込む日差しのお陰で暖かく、昼寝をするにはもってこいの場所だった。作業の合間のうたた寝ほど、気持ちいい事を彼女は知らなかった。
 ふらりふらりと揺れている頭がカクリと下を向く。陽に当たって煌めく金糸がさらりと肩から滑り落ちる。
 いよいよ夢の世界へと旅立たんとしたその時――古い木の床をブーツで叩く音が聞こえた。

「姉さま!」

「うわっ!?」

 夢の狭間から引き戻される。
 弾かれたように顔を上げたマキシマが慌てて音のした後方へ振り返れば、キッと眉を吊り上げて可愛らしく頬を膨らませている、修道服に身を包んだ少女が仁王立ちしてマキシマを睨んでいた。

「姉さまってば、また此処でサボってる! 夕食の下準備は終わったの? この礼拝堂のお掃除は? そろそろ洗濯物を取り込む時間だし――」

「ああ、もう、分かってるって。夕飯の仕込みは大体終わってるし、礼拝堂の掃除は……ちょっと休憩したらやろうとしてたし」

「……本当に?」

「本当だって」

 ほら、と傍らに用意していた箒やモップ、バケツを指差す。そう、やるつもりはあったのだ。……窓から差し込む日差しが心地よくて、少しうたた寝してしまっただけで。
 暫しじろりとマキシマを睨みつけていたが、彼女――サヤはややあって呆れたように眉を下げる。

「もう。今日はジン兄さまが帰ってくるんだから、気合い入れないと」

「わーかってるって! それでラグナは? そろそろ戻ってくる時間じゃない?」

 長椅子から立ち上がり、マキシマは大きく伸びをする。少し皺の付いたシャツと簡素な七分丈のパンツを正し、箒に手を伸ばした。
 えと、とサヤ口元に指を当てる。

「兄さまももう少しで帰ってくるんじゃないかな? ……兄さま、咎追いなんて仕事大丈夫かな……」

 不意に表情に影を落としたサヤはきゅ、と修道服の裾を握る。そんなサヤに歩み寄り、マキシマはぽんぽんとその頭を撫でた。

「大丈夫だって。ちょっと馬鹿で向こう見ずで無鉄砲だけど、ラグナってば頑丈さだけが取り柄みたいなとこあるし」

 暫く撫でていれば気分が晴れてきたのか、ふにゃりと表情を崩してサヤは安心したように笑った。

 優秀なジンは見事士官学校入りを果たし、統制機構の衛士に。
 じっとしているのが性分ではないラグナは、持ち前の腕っぷしで犯罪者を追う咎追いに。
 サヤはシスター亡き後の教会の管理者に。
 そしてマキシマも同じく咎追いとして賞金を稼ぎながらも、頻繁に教会に足を運んではサヤの手伝いをしていた。

 一人で管理するには、少しこの教会は広い。だからこうしてマキシマも掃除だったり補修をしたりするのだが、力の要る大掛かりな補修はラグナが捕まったタイミングでやったりする。
 そして今日は、あまり帰って来られないジンが教会に帰ってくる日でもあった。だからこうして気合いを入れて夕食を作り、教会も綺麗にしようとしていたところで。
 さて、とマキシマは箒で床を掃こうとする。その隣に並んだサヤがひょこりと顔を覗き込んできた。

「姉さまは楽しみ? ジン兄さまが帰ってくるの」

「ん? まあ、ね」

「ふふっ。姉さま、ジン兄さまの事大好きだもんね」

「だっ、誰が! ほら、サヤは早くシスターのお墓を綺麗にしてくる!」

「はぁい」

 肩を怒らせるマキシマから逃れるように、クスクスと笑いながらサヤは礼拝堂の大扉を抜けて外へと出ていった。
 さて、とマキシマも掃除をすべく箒を手に取った。いつまでも緩やかな午後のひとときを享受するわけにはいかない。

 夢のような時間に、終わりを告げる。
 
 










「はぁ~~……」

 雑踏に紛れてトボトボと歩きながら、黒鉄ナオトは大きく深くため息を零した。
 黒鉄ナオトは何処にでも居るような、極々平凡な学生だ。
 否、学生『だった』。しかしひょんな事件からラケル=アルカードと名乗る少女と出会い、死んだところを彼女に蘇生されたり、切断された右腕を造り直して貰ったりとして、多くの事件に巻き込まれるようになり、『様々な事』を知ってしまったナオトは一般的な学生とはかけ離れた生活を送るようになってしまった。
 そして唐突に姿を消したラケルを探す為、彼女の残した言葉に従ってナオトは求めていた。
 ……『蒼』を。全ての根源に至ると言われるモノを。

「けど、探せって言ってもよ……手掛かりゼロじゃねぇか!」

 ナオトは元いた世界から転移し、この世界へとやって来ていた。つい先日カグツチで会ったセリカと言う少女の話を聞く限りでは『此処』はナオトが元いた世界とは全く異なる場所で、通貨も地名も何もかもが違うらしい。
 やっと事情を聞けそうな人に出会えたと喜んだのも束の間。そのセリカは途中ではぐれて別れてしまうし、そこに待っていましたと言わんばかりの強制転移。雑踏の中でキレるのも無理はない。
 取り敢えず近くの人を捕まえて、この場がイカルガ連邦と呼ばれる地方のカザモツという都市というのは分かった。それは分かったが、ラケルに繋がるヒントも『蒼』を探すヒントも見当たらない。
 いや――あったとすれば、先程聞こえた『声』か。『イザナミ』を殺せば『蒼』が手に入るという声が。だがその『イザナミ』とは何だ? 何処に居る? さっぱりだ。ナオトは苛立つように頭を掻く。

「マジでどうすれば……」

 雑に髪を乱すのを止め、文句を口にしながら雑踏の先を見やったナオトは一瞬――呼吸を止めた。
 人混みに紛れてちらりとだが、見えたものがある。髪だ。それも長くて綺麗な、金糸で編んだかのような金髪が。
 その金の髪が通りを曲がって行く。ハッと正気に戻ったナオトは人混みを掻き分けながらその名を呼んだ。

「ラケル! おい、ラケル!!」

 何度も肩や胴をすれ違う人達とぶつけながらもナオトは走り、ラケルと思わしき人物が曲がって行った方面へと向かっていく。今のが大通りだったのか、曲がった先は悠々と歩ける程のまばらな人気だ。金髪の人物も、数メートル先を歩いているのを直ぐに見付けられた。

「ラケルってば!」

 数メートルなんて距離は本気で走れば一瞬で。半ば怒鳴るようにその名を呼びながら、ナオトはその人物の腕を掴んでこちらに振り返らせようとした。
 振り返った人物が、驚いたように目を開く。そしてその『眼』を見たナオトもまた、呆気にとられたような表情をした。

「――ラグ、ナ……?」

「ラケル……じゃ、ない……?」


◆◆◆


 公園に置かれたベンチに腰掛ける姿が二つ。
 かたや申し訳なさそうに萎縮しながら両手でクレープを持っているナオトと、足を組みながら生クリームがたっぷりと乗せられたクレープにかぶりついているマキシマだ。
 もそもそとクレープを食べながら、ナオトは申し訳なさそうマキシマへ頭を下げる。

「いやほんと……すんませんでした……。人違いで呼び止めちゃった上にクレープまで奢ってもらって……」

「まあ、私も少し聞きたい事があったし」

 結果から言うと、ナオトが掴まえた人物はラケルではなくマキシマであった。クレープの生地の端を齧りながら、ナオトは隣に座ってクレープを食べているマキシマをちらりと盗み見る。
 ラケルと一致する点と言えば長い金髪という部分だけだろうか。年齢はナオトより少し上のような気がするし、まだ少し話しただけだったが、至って普通の倫理観を持っている女性のようでもある。そしてなにより、ラケルは金眼でマキシマは赤眼だ。ほぼ違う風貌だというのに振り返って眼を見るまで気づかないとは、自分は相当焦っているのかも知れないとナオトは心の中で反省をする。

「……で、ラケルって子と『蒼』を探してるんだっけ?」

 横目でマキシマがナオトを見やり、視線が交わって慌てたナオトは視線を逸らすと咀嚼していたクレープを飲み込む。

「あっ、そ、そうなんです。マキシマさんと同じ金髪なんですけど黒いリボンで括ってて、それがウサギの耳みたいで、風の魔法を使って、性格は傲岸不遜って感じの奴なんですけど……」

「あー、別に敬語とか要らないから。楽に喋って。……それにしても『ラケル=アルカード』ねぇ……」

 クレープをあっと言う間に完食し、残った紙ゴミを近くのゴミ箱にマキシマは投げ捨てる。

「ラケルの事を何か知ってるんで……じゃなくて、何か……知ってるのか?」

 ヒラヒラと横にマキシマは手を振る。

「ああいや、ラケルって子自体は知らないんだけど、似たような奴は知っててね。それがレイチェルって言うんだけど……」

 マキシマは空中に術式で文字を書く。本来ならばそれで陣を書いたり術式を完成させたりするのだが、マキシマが空中に書いたのは『RACHEL』の文字だった。
 途中まで食べ進めたクレープを持ちながら、ナオトはその文字を見つめる。

「これってさ、レイチェルともラケルとも読めるでしょ? そんで私の知ってるレイチェルって奴は、金髪を黒いリボンで括ってて、それがウサギみたいで、風の魔法を操る事の出来る不遜なお姫様って感じで」

「……普通、そんなに一致するようなもんか……?」

 気味が悪いほどに一致する要素はあるのに、決定的に違っていて『他者』足り得る要素を持つ二人の少女。
 唸りながらマキシマは腕を組む。

「でもラケルは赤眼じゃないし、レイチェルは金眼じゃない。あいつに姉が居たって話も聞かないし……。ううーん……考える事は苦手なんだけどなぁ」

 困り果てたマキシマに助け舟を出すように、或いは思い出したかのようにナオトは問うた。

「そう言えばさっき、マキシマは俺を見てラグナ、って言ってたけど……ラグナって、誰なんだ?」

「ああー……うん……」

 今度は顎に手を持っていき、考え事を纏めているかのようにポツリポツリとマキシマは呟く。

「私の家族で相棒の男。白い髪でオッドアイなの。……なんて言うか、気配とか雰囲気がそっくり……というか、本人みたいで。だからナオトに掴まれた時、ラグナに会えたのかと思って驚いちゃって」

「そんなに似てるのか?」

「うん、まあ、見た目は全然違うけどね」

 少し歯切れの悪い、マキシマの返事。
 まさかナオトからラグナと全く同じ『黒き獣』の気配を感じるなど口が裂けても言えないし、言ったところでこの少年にはこの世界の歴史を一から説明せねばならなくなるだろう。
 ふむ、とマキシマは思案してみる。
 レイチェルと似たラケルという少女。ラグナと似たナオトという少年。マキシマの居るこの世界とは異なる世界。導き出される答えは――

「同一存在の別人物……?」

 ボソリと呟かれた言葉はナオトの耳に届く事はなく。聞こえなくて聞き返したナオトにマキシマは「何でもないよ」と言ってひらひらと手を振る。

「私は『傍観者』でもなければ『観測者』でもないし、何でも知ってるってワケじゃない。だから確実だって言い切れないし、違ってるかもだけど……ナオトは、この世界に必要だからいま此処に居るんじゃない?」

「俺が……必要?」

 己を指差すナオトにマキシマは首肯する。

「だから今、ナオトは此処に居る。そんでもって『資格者』に選ばれた」

「えっ!? なんで俺が資格者だって……」

 ラケルの事や、『蒼』を探しているという事、自分が別の世界からやって来た事は話したが『資格者』だとは一言も言っていない。思わず立ち上がったナオトに苦笑し、マキシマは座るように促す。

「なんかある程度近付けば分かるみたい。なんか、ああこいつも選ばれたんだなあ、みたいな」

 随分アバウトな感覚だ。妙に納得していないような表情をしつつもナオトは再びベンチに座り、残っているクレープを一気に食べてしまった。

「……じゃあ、マキシマは俺を倒して『イザナミ』の所へ行くのか?」

 表情を引き締め、しっかりと隣のマキシマを見ながらナオトは問う。マキシマの赤い眼が一瞬驚いたように見開かれたが、マキシマはすぐに表情を崩すと深く溜め息を吐いた。
 何か変な事を聞いてしまったかと、ナオトがきょとんとする。

「……私、あんたと戦う気なんてこれっぽっちもないんだけど?」

「はあぁ!?」

 ナオトが叫ぶ。だって『資格者』同士はいわば敵同士だ。一人でも多くの『資格者』達を倒し、イザナミに会わねばならない。これは争奪戦なのだ。たった一つの『蒼』という賞品に手を伸ばす為の。
 しれっとした顔でマキシマは続ける。

「そもそも、殺すつもりだったら会った瞬間倒してるし。クレープ奢らないし」

「あっ……」

 それもそうか。納得したナオトは手元に残ったクレープを巻いていた紙に視線を落とす。それをぐしゃりと握りつぶし、近くにあるゴミ箱へと放り投げた。ゴミはきちんとゴミ箱に。それが社会のルールだ。
 するとマキシマが己の懐を探り、何やら財布のような物を取り出すと中から数枚、紙幣を取り出してナオトに差し出してきた。意味が分からず……いや、意味が分かってしまったからこそ、ナオトは紙幣とマキシマを交互に見やる。

「……あのー、マキシマさん? これって、もしかして……」

「此処の世界の通貨だけど? あんた、金ないんでしょ? ちょっとしか私も渡せないけど、これくらいあれば数日は宿屋に泊まれるから。そっからは自分でどうにか稼いでみて」

「いやいやいや、貰えないって!」

 差し出されたマキシマの手ごと押して紙幣を突き返す。流石に出会って間もない人からお金をもらうのは忍びない。しかしマキシマはナオトの手をべしんと叩いて落とすと、彼の服のポケットに無理やり紙幣をねじ込んだ。ああ、とナオトが頭を抱える。

「んじゃ、私は次行くところがあるから。もし次会う事があったら、なんかの形でソレを返してくれれば良いよ」

 それだけ言い、マキシマはベンチから立ち上がる。去りそうになるマキシマを呼び止め、ナオトは顔を上げてマキシマを見上げた。

「なんであんたは……こんなに俺を助けてくれるんだ?」

 歩き出しながら肩越しに振り返り、マキシマはニッと笑ってみせた。

「放っておけなかっただけ。言ったでしょ? あんたは私の家族に似てるって」

 それっきりマキシマは振り返らず、何処かへ歩き去ってしまう。
 もしも自分に姉が居たら、あんな感じなのだろうか。去っていく後ろ姿を消えるまで眺めながら、ナオトはぼんやりと考える。
 もしマキシマが姉として一緒に生活していたら、それはそれでまた賑やかな生活を送れていたかもしれない。そんな事を思って静かにナオトは苦笑する。
 今度、もし自分も彼女も無事な状態で会う事が出来たら必ずこの借りを返そう。拳をグッと握り、ナオトは一人決めた。






「黒鉄ナオトは『悪』よ」

 ナオトと別れ、暫く歩いた頃だろうか。日が傾きだして人気の失せた通りに可憐な、だけど棘の含んだ声が通る。マキシマは歩を止め、後方を振り返った。すると案の定、一瞬前まで誰も居なかった場所に一人の少女が立っている。
 レイチェル=アルカード。常夜の城の城主にしてアルカード家当主の吸血鬼。
 差している蝙蝠傘をくるりと回したレイチェルが、険のある声でマキシマに言葉を投げる。

「彼は『この世界』にとっての異分子。絶対に居てはいけない異邦人エトランジェ……貴女も感じたのではなくって? 『黒き獣』の気配を……ラグナの気配を」

「それは私も感じてた。けど絶対に居ちゃいけないってどういう事?」

「そのままの意味よ。彼はあまりにラグナに似過ぎている……いいえ、『同一存在』といっても良
いわ。だからこそ、黒鉄ナオトがこの世界での存在を大きくすると、逆にラグナの存在を薄くするの。全く……お人好しにも程があるわね。その場で殺しておかなければいけない存在をみすみす逃すなんて」

 あからさまに溜め息を吐いてみせるレイチェルに、マキシマは大仰に肩を竦めてみせる。

「お人好しで結構。私の目的はイザナミに会う事であって、敵意も持ってない『資格者』を倒す事じゃない。それにラグナがそう簡単に死ぬとでも?」

「私だって思ってないわ。昆虫並みのしぶとさを持った下等生物だもの。けれどね、『この世界』でのラグナとなれば話は別よ。本当にラグナという存在が消えかねない」

 その声音はいつになく真剣で、冗談の一つも挟む余地がない。マキシマが眉を顰める。

「……ねえ、レイチェル。あんたなら分かってるんでしょ。そう思うから聞くんだけど――『此処』は何?」

 一瞬の空白。赤眼と紅眼が交錯する。
 仕方ない、と言いたげにレイチェルがその花の蕾のような唇を開いた。

「貴女は見たかしら、冥王イザナミがタケミカヅチを使って作り出した黒球を」

 マキシマは首を横に振る。

「ううん……実物は見てないけどセリカから聞いた。『基部』に『楔』を打ち込んだ後、イブキド跡地の上空に出現したんでしょ? 確か……エンブリオとかいう、繭が」

「そう。そしてそのエンブリオが作り出した世界が『此処』よ」

 これで合点がいった。どうして人々に記憶の改竄が見られるのか、どうしてジンやマキシマなどの一部の人物だけは記憶を保持したままなのか。
 何故なら此処は巨大な事象干渉起こして改変した世界ではなく、一から作られた偽りの世界だからだ。
 偽りの世界には、偽りの世界に相応しい、偽りの記憶を。だからこの世界に順応してしまった人々はその記憶が正しいモノだと信じてしまっているし、『秩序の力』を持つジンやセリカ、事象兵器の効果で改竄を受け付けなかったマキシマだけが元の世界の記憶を持ったままで居られた。
 だったら、とマキシマは提案する。

「エンブリオから出られれば元の世界に戻れるんじゃないの?」

 しかしそんな提案をレイチェルはすげなく跳ね除けてしまう。どうしてだとマキシマが問うと、レイチェルは傘をくるりと回して呟いた。

「私達が元居た世界は、既に消滅してしまっているもの」

「…………は?」

 思わず思考が止まる。息をするのも忘れてしまう。
 今までの、自分達が必死に切り拓いて来た世界そのものが消滅してしまっている? 一体どういう意味か。呆けているマキシマを他所にレイチェルは続ける。

「言葉通り、そのままの意味よ。外の世界の人々や構成要素は全て、このエンブリオに吸収されてしまったの。エンブリオが発動した時点でイザナミの勝利は確定した……つまり、そういう事よ」

「じゃあ……『滅日』は……絶対に起きるって事?」

 口の中がカラカラになってしまったような錯覚さえ抱いてしまう。それでもなんとか言葉を紡ぎ、乾いた舌に乗せる。
 レイチェルがゆっくりと首を横に振った。

「全ての資格者がイザナミに敗れてしまったら、そうなるでしょうね。でも一つだけ、この世界を壊す事が可能な方法があるの」

 一拍置き、レイチェルが告げる。

「『新しい世界』を創る事の出来る、マスターユニット・アマテラスに認められた『資格者』がイザナミを倒し、蒼を手に入れる『可能性』を持つのよ。そうすればエンブリオは解放され、新たな世界が生まれるわ。……その『資格者の望む世界』が」

 『資格者』とはそういう事か、とマキシマは納得する。そしてナインが言っていた事も漸く理解に至る。

「それって実質、神様になるようなモノじゃん。自分の思い描いた好きな世界を好き勝手に創れる。そりゃみんな欲しがるわ」

 本当、今更ながらの話だった。
 『蒼』は手に入れた者の願望を叶える。だから『蒼の魔道書』を持っているラグナを皆血眼で追っていたと言うのに。
 マキシマはレイチェルに背を向け、歩き出す。行き先はもう、決まった。

「貴女は『蒼』に何を望むの?」

 柔らかな、それでいて確かめるようなレイチェルの声が背中に掛かる。それに振り返らず、歩き去りながらマキシマは答えた。

「私は『蒼』なんて要らない。私はただイザナミを倒す――それだけよ」

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