Goodbye To
Eternal Regression

Nightmare Memory

 第五階層都市イブキド。連合階層都市イカルガの中心部であり、かの『イカルガ内戦』中に大規模な『爆発事故』が起きて全てが瓦礫の山と化した土地でもある。
 現在は『イブキド跡地』と呼ばれており、その名の通り全くと言っていいほど復興が進んでいない。理由を問われれば、単に『イブキドが内乱における反乱軍の拠点だったから』としか答えられないだろう。故に統制機構は内戦後もイブキドの復興に消極的であり、今現在は生き残ったイカルガの民が細々と復興しているに過ぎないのが現状だ。
 そんな中。瓦礫の山の上に立つ姿があった。その人物――マキシマはちょっとした丘のようになっているその場からイブキドを一望する。

「此処が第五階層都市、イブキド……」

 ポツリと呟かれた言葉は、僅かな郷愁が含まれていて。
 自分が生まれた場所だというのは認識しているが、マキシマの記憶にはイブキドは内乱のせいで燃えていて、そこで運良く助け出された所しかない。つまるところ、望郷の念は皆無だと言っていいだろう。本当の親の顔も覚えていない。住んでいた場所も覚えていない。マキシマにとっての『家族』とは、その後に出会ったシスターとラグナ達だけだった。
 余分な考えを頭を振って捨て、マキシマはトリスアギオンを起動させると翼をはためかせる。そして瓦礫だらけの土地を避けるようにして低空飛行し、マキシマはある場所へと向かった。
 イブキド跡地の地下――壊れた筈の『窯』を目指して。
 そうしてなんとか地下へと続く入り口を発見し、トリスアギオンを解除してから足を踏み入れたマキシマは、足元で僅かに発光している壊れた非常灯を頼りに歩を進める。暫く進むと、目当てのモノが見えてきた。

「……まあ、此処の『窯』は壊れてて当然か」

 蓋をされた『窯』の側に寄ったマキシマは手を伸ばして『窯』に触れ、完全に沈黙している事が分かると僅かに安堵したように笑う。此処はとうの昔に壊滅していると知っていたからラグナと共に『窯』を破壊しには来なかったのだが、やはり実際目にしてみないと安心出来ない。
 完全に『窯』が壊れているのを確信したマキシマはソレから手を離すと振り返り、暗がりに向かって声を投げかけた。

「どうせ『観測』てるんでしょ。さっさと出てきたらどう?」

 するとコツリ、と硬質な床を叩くブーツの音がし、一体の人形を従えながらも静かにその男は姿を現した。

「貴様は……『翼刃』の使用者か」

 赤紫のマントを纏い、顔半分を覆う仮面を付けたその男は統制機構の技術大佐であり、マキシマの敵の一人でもあった。
 レリウス・クローバー。その姿を視認し、マキシマは腕を組むと鋭く睨みつける。

「あんたが帝……イザナミと繋がってる事は分かってるの。その上で聞くわ、アイツは何処に居るの?」

 しかしレリウスは答えず。顎に手を添えるとじっと仮面越しにマキシマへ視線を注ぐ。
 この男はそうだ。いつだって物を見るかのようにして人を見る。それかもしくは、実験動物の動きを観察する研究者のような素振りをする。
 ヒトをヒト扱いしないところ。そして何より『サヤ』を素体として幾つもの『次元境界接触用素体』を生み出した事。それだけで彼を敵と認識するには十分な理由となろう。
 どちらとも言葉を発さず、沈黙が場を支配する。痺れを切らしたマキシマが「その観察するような素振りを止めろ」と口にしかけた時、僅かにレリウスが口角を上げて呟いた。

「貴様……その『眼』はなんだ?」

「は…………?」

 『眼』、とは。自分の目がどうしたのか。中途半端に開いた口から風船が萎むような声が零れていく。訝しみながらマキシマは片目を伏せ、瞼の上から己の『眼』に触れてみた。別段、なんら変わらない、至って普通の目ではないのか。
 パチンとレリウスが指を鳴らす。しまった、とマキシマが警戒態勢になった時には既に遅かった。

「少し興味が湧いた。イグニス、ソレを確保しろ」

「! しまっ――」

 滑るような動作で瞬時にマキシマの背後に回り込んだイグニスは、マキシマがトリスアギオンを起動するよりも早く羽交い締めにしてマキシマをその場に膝を付かせた。マキシマはもがいてイグニスから逃れようとするが、事象兵器(アークエネミー)を起動出来ない状態では全く歯が立たない。
 びくともしないイグニスに歯噛み、マキシマは目の前まで歩み寄ってきたレリウスを睨めつける。殺意の篭もった視線すら無視をするようにレリウスはその場で片膝を付くと、マキシマの顎を掴んで持ち上げた。そうしてじっくりと、物珍しいモノを観察するようにマキシマの『眼』を見つめる。

「……ふむ……」

「っ、な、に……」

 時間にして数十秒程度だろうか。観察し終わったとでも言うようにレリウスはマキシマから手を離すと自身も離れ、イグニスも解放させた。警戒しながらもマキシマは立ち上がり、腰に手を当てると声を低くして問うた。

「……さっきから何? 私の『眼』をやたら見てくるのは」

 レリウスは己の顎に手を添え、少し思案するような素振りをする。

「『面白いモノ』を観測(み)させて貰った礼だ、答えてやろう。端的に言えば――貴様の『眼』は変質している」

「変、質……?」

 マキシマは己の『眼』に手を翳す。

「貴様の眼は事象兵器の影響を受けすぎている。……いや、本質を知ればこそ、事象兵器に『干渉』されたという所か」

 レリウスは口角を上げて皮肉げに嗤う。

「最近、視えはしなかったか? 何処を断てば其奴を『絶てる』と。その断つべき箇所が」

「……それってこの事象兵器の本来の力じゃないの?」

 二度、それもどちらもテルミと戦っている時に感じた事のある現象だ。頭で考えるよりも先に身体が動いて、ウロボロスごとテルミの身体を断ち切ったのだ。
 そして二度目の最中、マキシマはほぼ無意識に『ソレ』の名を叫んだのだ。『モード・エクテニア』と。
 きっとそれが『翼刃・トリスアギオン』の本質。本来引き出せる筈の力。そうなのだろうと思っていたのだが、レリウスの考えは違うようだった。

「確かに、それはナインが設計した内に入っている力だろう。しかし事象兵器は普通の兵器ではない。それぞれが意志を持ち、使い手を選ぶ。いい例がジン=キサラギだろう。未熟な精神で扱えば事象兵器に『干渉』され、その在り方が歪む」

 そうだ。ジンは『氷剣・ユキアネサ』からの『干渉』を受け、『秩序の力』に目覚めるまでずっとユキアネサの支配から逃れられずにいた。ならば今、マキシマ自身はトリスアギオンに支配されているという事なのだろうか?
 いいや、とマキシマは首を振る。これは己の意志で、マキシマの意志で振るっている剣だ。そこに事象兵器の思惑なんてない。いいや、挟ませない。

「貴様はナインの設計した通りの、百パーセントの力を引き出した。しかしソレによって貴様の眼は『変質』したのだ。ソレは払うべき代償でもあり、力でもある。モノの本質を見抜き、断つべき箇所を見極める『眼』……さしずめ魔眼、『死の魔眼』とでも言おうか」

「死の、魔眼……」

 これが事象兵器『翼刃・トリスアギオン』の能力の代償。コレを使った後にやって来たあの疲労感も、全身の麻痺も、きっとその内の一つなのだろう。使えば使う程自身の身を文字通り削っていく諸刃の剣。
 分かっている。理解している。それを承知の上でマキシマはこの道を選んだ。余人は破滅の道を進む愚か者だと蔑むだろう。けれどマキシマは、これが破滅の道だなんて思わない。これは『最高の結末』に向かう道だ。そう信じて。

「――そう、最初の質問に答えようか。『イザナミは何処だ?』と」

 唐突に、レリウスが思い出したかのように呟いた。その瞬間、マキシマの周囲の景色が歪み始める。
 転移魔法だ。それもレイチェルのモノよりも強く、ナインのモノと引けを取らない強さを感じる。
 まさか、と思ってマキシマは口を開きかけるが、きっとそれは声となり音となるよりも早く彼女をこの場から攫ってしまうのだろう。
 歪む景色の中で、レリウスが嗤う。

「イザナミはアマテラスの袂――このイブキド跡地の真上に居る」

 その言葉が耳に届いた刹那、マキシマは転移魔法でその場から消え失せた。


◆◆◆


 転移先は空中であり、マキシマは上手く着地をすると辺りを見回した。
 ゴウ、と吹き付けてくる風は強く、見渡す眼下は綺麗な夕焼け空が広がっている。レリウスの言う通り、イブキド跡地の上空に転移されたのだろう。そしてマキシマは夕空から目を離すと、虚空に浮かぶ一際『異質なモノ』に目を向けた。
 『ソレ』は余りにも巨大すぎて全貌が視界に収まりきらない。しかし静かに漂う様子は一種の荘厳さすら感じさせ、否応なしにコレが圧倒的な力を秘めている事が分かる。マキシマはほぼ直感で、その名を呟いた。

「これが……マスターユニット・アマテラス……?」

 これが数多の世界を観測し続けている神だというのか。何千回も、何万回も、ひたすら同じ『悪夢』を観測し続けている、哀れな神だと。
 呆然と見上げているマキシマの背後から凛とした、それでいて威厳に満ちた声が掛かる。

「ほう……。一番に此処へ辿り着いたのは姉さまだったか」

 いつの間に背後に、なんて聞くのは野暮だろう。マキシマは驚く様子もなくゆっくりと振り返ると、腰に手を当てて眼前の少女を見据えた。

「その身体で私を姉だなんて言わないでくれる? 冥王・イザナミ」

 数メートル先に立つ、十二単のような和服に身を包んだ少女――いや、その身体を『器』としている『冥府の王』は口元に手を添えると、クツクツと優雅に笑ってみせる。

「釣れぬ態度よなあ、全く。しかし、よくぞ此処まで参った。余の前へ現れたと言う事は、姉さまも『蒼』を求めるのであろう?」

「私は『蒼』なんて要らない」

「ほう?」

 きっぱりと、毅然とマキシマは言い放つ。それが面白かったのか、イザナミは小首を傾げると口角をわずかに上げる。

「ならば何故余の前に現れた? 其方は『資格者』だ。このマスターユニット・アマテラスに認められたな。故に其方には『蒼』を手にし、『自らが望む世界』を構築する権利がある。だと言うに、『蒼』を不要と申すのか?」

「要らないって言ってんでしょ。一回言っただけじゃ分からない?」

 僅かに苛立ったようにマキシマは吐き捨て、事象兵器を展開させる。そして一対の両手剣へ形態を変えると柄をしっかりと持ち、片方の剣の切っ先をイザナミに向けた。

「私があんたに会おうとした理由はただ一つ。あんたを倒して、『元』の世界に戻させる。この歪んだ世界を壊しに来た、それだけよ」

「『元』の世界……元の世界、か。ク、フフ、ハハハハハ!」

「……何が可笑しいのよ」

 唸るように、声を低くしてマキシマは問う。しかしイザナミはマキシマから視線を外すと数歩歩き、虚空に佇むアマテラスを見上げた。警戒は解かずに、マキシマも頭だけ動かしてアマテラスを見上げる。

「のう、姉さまよ……『元』の世界とは何だ? 何を以て其方は其れをそう定義する?」

 マキシマを見ずに、イザナミはそんな質問を投げかける。その口調は静かで、どこか試すような素振りでもあった。
 剣先を下ろし、イザナミを見つめながらマキシマは口を開く。

「『元の世界』……それはあんたがエンブリオを構築する前の世界の事だよ。私が、ラグナが、ノエルが、皆が。必死に生きて、足掻いて、やっと未来に繋げる事の出来た大事な世界。少なくとも私は、そう捉えてる」

「そうか……其方は『小娘』の観る悪夢が、本当の世だと申すのだな?」

「え――」

 どういう意味だ、と口にしかけた瞬間。目の前にイザナミの顔があってマキシマは思わず声を呑んだ。それなりに距離があった筈なのに、どういう仕組みかマキシマが瞬きをするほんの刹那の瞬間に、彼女はマキシマの懐へ入り込んでしまったのだ。
 互いの呼吸音すら聞こえてしまうのはないかと錯覚してしまいそうになる程、極至近距離にイザナミの顔がある。それに驚いて固唾を飲んでいるとイザナミの白く細い腕が伸びてきて、手入れの行き届いた小さな両手がマキシマの頬を優しく包む。
 大事な物を扱うかのように、大事な家族に接するかのようにその手は優しく、柔らかい。その手を振り解けず、硬直したままのマキシマにイザナミは囁いた。

「実に愉快な事を仰る姉さまだ。……ならば教えてやろう、世界の真実を、真相を! それでも尚、余を倒して『元』の世界に戻すと言うのなら……そうだな、その勝負、受けて立とうではないか」

「あんた、何を言って――っ!」

 マキシマが叫んだその瞬間、イザナミの『眼』をしっかりと視てしまった。途端、身体がまるで石になったかのように動かなくなり、マキシマは半ば食い入るようにして呆然とイザナミの『眼』を見つめ続ける。
 ニタリ、とイザナミが口角を吊り上げた。

「余の眼の中に何が見える? その闇の中に、其方は何を観る?」

「あ…………」

 その囁きはまるで魔法のようで、一つのトリガーでもあって。虚ろな表情でマキシマはイザナミの『奥』を見つめる。
 白だ。真っ白で、何もない空間に一つだけポツリと『何か』が浮かんでいる。『ソレ』は繭のようにも見え、ある種の柩にも見える。そしてその表面には『MURAKUMO UNIT』を刻まれていて。
 ドクン、と心臓が脈動する音がする。マキシマは一瞬自身の鼓動の音かと思ったが、どうやらこれは別の誰かのものだとすぐに気付いた。自身の鼓動のタイミングと、音のタイミングがズレて聞こえてくる。それはつまりこの空間に……いや、このユニット内に『誰か』が居るという訳であり。

「『観測えた』ようだな……アマテラスが」

 姿は見えないが、耳元でイザナミの声がする。これが? とマキシマが疑問を抱いた瞬間、視界が暗転してユニット内に視点が変わった。
 そこに、一人の少女が居た。まるで磔刑に処された者のように、両手を杭のような物で打たれて壁に固定されている少女が。その身体は至る所にコードが繋がれ、或いは痛々しい縫合痕が何箇所も走っている。
 これがただの少女だったらマキシマとてそこまで気にはしないだろう、ただきっと可哀想にだとか、痛々しいなと思うだけで。
 だけど、彼女は――

「……冗談、でしょ……。違う、違う! あれは、あの子は――!!」

 少女を見つめながら、半狂乱するようにマキシマが叫ぶ。
 磔刑されている少女はマスターユニット・アマテラスなんかではない。彼女は――あの子は、

「例え姉さまが余をその事象兵器で倒したとしても、余は殺せぬ」

 再びイザナミの声が聞こえ、正気に戻ったマキシマは数度瞬きをした。目の前にあるのは磔刑にされた『あの子』ではなく、愉しげに笑うイザナミの顔で。
 楽しんでいるのだ、彼女は。この状況を。『この世界の一端』に敢えて触れさせ、どう足掻いても絶望と終焉しかないのだと見せつけて笑うのだ。お前の行いは全て徒労に終わるのだと。

「何故ならば余はあの娘……アマテラスの『ドライブ』。アマテラスが存在する限り、余は何度でも甦る。余はイザナミ。アマテラスの持つ創造の力『イザナギシステム』とは相反する存在……」

 愉しげに笑いながら、イザナミはマキシマの頬を撫でる。

「世界は……『神』は、其方等の『願望』を拒絶する。この世界は、この娘の『願望』を映した鏡だ。故にその実像を消さぬ限り、世界はこの娘の願望を映し続ける。――覚める事のない『神の観る夢(セントラルフィクション)』を」

「ああ……それは、また随分ととんでもない『悪夢』ね」

 己の頬に触れているイザナミの手に触れ、握り締めたマキシマはまるで苦虫を噛み潰したかのように呟く。

「余がエンブリオを発動させた時点でこの世の『滅日』は確定しておる。既に終わっている世界だというのに……考えてもみよ、可能性の閉じられた世界に、どんな道がある?」

 クツクツと、イザナミは喉で笑って続ける。

「さあ、マキシマ=ジ=グリムリーパー。其方がこの絶望を目にしてでもまだ足掻くと言うのなら、まずはこの娘の『夢』を終わらせてみよ。この娘――オリジナル・ノエル=ヴァーミリオンの夢を」

 視界にノイズが走る。まさか、また事象干渉なのか。頭に走る痛みに顔を顰めながらもイザナミを睨みつける。

「ノエル……!? だったらさっきのは、やっぱり……!」

 視界がノイズに染まり、イザナミの姿も見えなくなってしまう。頭痛は酷くなるばかりで、もうロクな考えも出来やしない。
 それでもそんな中、マキシマは確かに――イザナミの最後の言葉を聞いた。

「果たして姉さまに『妹』が殺せるのか……余はそれを、楽しみに待っておるぞ」

 そうしてマキシマの意識は、闇へと落ちていった。

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