Goodbye To
Eternal Regression

Nightmare Memory

 第五階層都市イブキド。連合階層都市イカルガの中心部であり、かの『イカルガ内戦』中に大規模な『爆発事故』が起きて全てが瓦礫の山と化した土地でもある。
 現在は『イブキド跡地』と呼ばれており、その名の通り全くと言っていいほど復興が進んでいない。理由を問われれば、単に『イブキドが内乱における反乱軍の拠点だったから』としか答えられないだろう。故に統制機構は内戦後もイブキドの復興に消極的であり、今現在は生き残ったイカルガの民が細々と復興しているに過ぎないのが現状だ。
 そんな中。瓦礫の山の上に立つ姿があった。その人物――マキシマはちょっとした丘のようになっているその場からイブキドを一望する。

「此処が第五階層都市、イブキド……」

 ポツリと呟かれた言葉は、僅かな郷愁が含まれていて。
 自分が生まれた場所だというのは認識しているが、マキシマの記憶にはイブキドは内乱のせいで燃えていて、そこで運良く助け出された所しかない。つまるところ、望郷の念は皆無だと言っていいだろう。本当の親の顔も覚えていない。住んでいた場所も覚えていない。マキシマにとっての『家族』とは、その後に出会ったシスターとラグナ達だけだった。
 余分な考えを頭を振って捨て、マキシマはトリスアギオンを起動させると翼をはためかせる。そして瓦礫だらけの土地を避けるようにして低空飛行し、マキシマはある場所へと向かった。
 イブキド跡地の地下――壊れた筈の『窯』を目指して。
 そうしてなんとか地下へと続く入り口を発見し、トリスアギオンを解除してから足を踏み入れたマキシマは、足元で僅かに発光している壊れた非常灯を頼りに歩を進める。暫く進むと、目当てのモノが見えてきた。

「……まあ、此処の『窯』は壊れてて当然か」

 蓋をされた『窯』の側に寄ったマキシマは手を伸ばして『窯』に触れ、完全に沈黙している事が分かると僅かに安堵したように笑う。此処はとうの昔に壊滅していると知っていたからラグナと共に『窯』を破壊しには来なかったのだが、やはり実際目にしてみないと安心出来ない。
 完全に『窯』が壊れているのを確信したマキシマはソレから手を離すと振り返り、暗がりに向かって声を投げかけた。

「どうせ『観測』てるんでしょ。さっさと出てきたらどう?」

 するとコツリ、と硬質な床を叩くブーツの音がし、一体の人形を従えながらも静かにその男は姿を現した。

「貴様は……『翼刃』の使用者か」

 赤紫のマントを纏い、顔半分を覆う仮面を付けたその男は統制機構の技術大佐であり、マキシマの敵の一人でもあった。
 レリウス・クローバー。その姿を視認し、マキシマは腕を組むと鋭く睨みつける。

「あんたが帝……イザナミと繋がってる事は分かってるの。その上で聞くわ、アイツは何処に居るの?」

 しかしレリウスは答えず。顎に手を添えるとじっと仮面越しにマキシマへ視線を注ぐ。
 この男はそうだ。いつだって物を見るかのようにして人を見る。それかもしくは、実験動物の動きを観察する研究者のような素振りをする。
 ヒトをヒト扱いしないところ。そして何より『サヤ』を素体として幾つもの『次元境界接触用素体』を生み出した事。それだけで彼を敵と認識するには十分な理由となろう。
 どちらとも言葉を発さず、沈黙が場を支配する。痺れを切らしたマキシマが「その観察するような素振りを止めろ」と口にしかけた時、僅かにレリウスが口角を上げて呟いた。

「貴様……その『眼』はなんだ?」

「は…………?」

 『眼』、とは。自分の目がどうしたのか。中途半端に開いた口から風船が萎むような声が零れていく。訝しみながらマキシマは片目を伏せ、瞼の上から己の『眼』に触れてみた。別段、なんら変わらない、至って普通の目ではないのか。
 パチンとレリウスが指を鳴らす。しまった、とマキシマが警戒態勢になった時には既に遅かった。

「少し興味が湧いた。イグニス、ソレを確保しろ」

「! しまっ――」

 滑るような動作で瞬時にマキシマの背後に回り込んだイグニスは、マキシマがトリスアギオンを起動するよりも早く羽交い締めにしてマキシマをその場に膝を付かせた。マキシマはもがいてイグニスから逃れようとするが、事象兵器(アークエネミー)を起動出来ない状態では全く歯が立たない。
 びくともしないイグニスに歯噛み、マキシマは目の前まで歩み寄ってきたレリウスを睨めつける。殺意の篭もった視線すら無視をするようにレリウスはその場で片膝を付くと、マキシマの顎を掴んで持ち上げた。そうしてじっくりと、物珍しいモノを観察するようにマキシマの『眼』を見つめる。

「……ふむ……」

「っ、な、に……」

 時間にして数十秒程度だろうか。観察し終わったとでも言うようにレリウスはマキシマから手を離すと自身も離れ、イグニスも解放させた。警戒しながらもマキシマは立ち上がり、腰に手を当てると声を低くして問うた。

「……さっきから何? 私の『眼』をやたら見てくるのは」

 レリウスは己の顎に手を添え、少し思案するような素振りをする。

「『面白いモノ』を観測(み)させて貰った礼だ、答えてやろう。端的に言えば――貴様の『眼』は変質している」

「変、質……?」

 マキシマは己の『眼』に手を翳す。

「貴様の眼は事象兵器の影響を受けすぎている。……いや、本質を知ればこそ、事象兵器に『干渉』されたという所か」

 レリウスは口角を上げて皮肉げに嗤う。

「最近、視えはしなかったか? 何処を断てば其奴を『絶てる』と。その断つべき箇所が」

「……それってこの事象兵器の本来の力じゃないの?」

 二度、それもどちらもテルミと戦っている時に感じた事のある現象だ。頭で考えるよりも先に身体が動いて、ウロボロスごとテルミの身体を断ち切ったのだ。
 そして二度目の最中、マキシマはほぼ無意識に『ソレ』の名を叫んだのだ。『モード・エクテニア』と。
 きっとそれが『翼刃・トリスアギオン』の本質。本来引き出せる筈の力。そうなのだろうと思っていたのだが、レリウスの考えは違うようだった。

「確かに、それはナインが設計した内に入っている力だろう。しかし事象兵器は普通の兵器ではない。それぞれが意志を持ち、使い手を選ぶ。いい例がジン=キサラギだろう。未熟な精神で扱えば事象兵器に『干渉』され、その在り方が歪む」

 そうだ。ジンは『氷剣・ユキアネサ』からの『干渉』を受け、『秩序の力』に目覚めるまでずっとユキアネサの支配から逃れられずにいた。ならば今、マキシマ自身はトリスアギオンに支配されているという事なのだろうか?
 いいや、とマキシマは首を振る。これは己の意志で、マキシマの意志で振るっている剣だ。そこに事象兵器の思惑なんてない。いいや、挟ませない。

「貴様はナインの設計した通りの、百パーセントの力を引き出した。しかしソレによって貴様の眼は『変質』したのだ。ソレは払うべき代償でもあり、力でもある。モノの本質を見抜き、断つべき箇所を見極める『眼』……さしずめ魔眼、『死の魔眼』とでも言おうか」

「死の、魔眼……」

 これが事象兵器『翼刃・トリスアギオン』の能力の代償。コレを使った後にやって来たあの疲労感も、全身の麻痺も、きっとその内の一つなのだろう。使えば使う程自身の身を文字通り削っていく諸刃の剣。
 分かっている。理解している。それを承知の上でマキシマはこの道を選んだ。余人は破滅の道を進む愚か者だと蔑むだろう。けれどマキシマは、これが破滅の道だなんて思わない。これは『最高の結末』に向かう道だ。そう信じて。

「――そう、最初の質問に答えようか。『イザナミは何処だ?』と」

 唐突に、レリウスが思い出したかのように呟いた。その瞬間、マキシマの周囲の景色が歪み始める。
 転移魔法だ。それもレイチェルのモノよりも強く、ナインのモノと引けを取らない強さを感じる。
 まさか、と思ってマキシマは口を開きかけるが、きっとそれは声となり音となるよりも早く彼女をこの場から攫ってしまうのだろう。
 歪む景色の中で、レリウスが嗤う。

「イザナミはアマテラスの袂――このイブキド跡地の真上に居る」

 その言葉が耳に届いた刹那、マキシマは転移魔法でその場から消え失せた。


◆◆◆


 転移先は空中であり、マキシマは上手く着地をすると辺りを見回した。
 ゴウ、と吹き付けてくる風は強く、見渡す眼下は綺麗な夕焼け空が広がっている。レリウスの言う通り、イブキド跡地の上空に転移されたのだろう。そしてマキシマは夕空から目を離すと、虚空に浮かぶ一際『異質なモノ』に目を向けた。
 『ソレ』は余りにも巨大すぎて全貌が視界に収まりきらない。しかし静かに漂う様子は一種の荘厳さすら感じさせ、否応なしにコレが圧倒的な力を秘めている事が分かる。マキシマはほぼ直感で、その名を呟いた。

「これが……マスターユニット・アマテラス……?」

 これが数多の世界を観測し続けている神だというのか。何千回も、何万回も、ひたすら同じ『悪夢』を観測し続けている、哀れな神だと。
 呆然と見上げているマキシマの背後から凛とした、それでいて威厳に満ちた声が掛かる。

「ほう……。一番に此処へ辿り着いたのは姉さまだったか」

 いつの間に背後に、なんて聞くのは野暮だろう。マキシマは驚く様子もなくゆっくりと振り返ると、腰に手を当てて眼前の少女を見据えた。

「その身体で私を姉だなんて言わないでくれる? 冥王・イザナミ」

 数メートル先に立つ、十二単のような和服に身を包んだ少女――いや、その身体を『器』としている『冥府の王』は口元に手を添えると、クツクツと優雅に笑ってみせる。

「釣れぬ態度よなあ、全く。しかし、よくぞ此処まで参った。余の前へ現れたと言う事は、姉さまも『蒼』を求めるのであろう?」

「私は『蒼』なんて要らない」

「ほう?」

 きっぱりと、毅然とマキシマは言い放つ。それが面白かったのか、イザナミは小首を傾げると口角をわずかに上げる。

「ならば何故余の前に現れた? 其方は『資格者』だ。このマスターユニット・アマテラスに認められたな。故に其方には『蒼』を手にし、『自らが望む世界』を構築する権利がある。だと言うに、『蒼』を不要と申すのか?」

「要らないって言ってんでしょ。一回言っただけじゃ分からない?」

 僅かに苛立ったようにマキシマは吐き捨て、事象兵器を展開させる。そして一対の両手剣へ形態を変えると柄をしっかりと持ち、片方の剣の切っ先をイザナミに向けた。

「私があんたに会おうとした理由はただ一つ。あんたを倒して、『元』の世界に戻させる。この歪んだ世界を壊しに来た、それだけよ」

「『元』の世界……元の世界、か。ク、フフ、ハハハハハ!」

「……何が可笑しいのよ」

 唸るように、声を低くしてマキシマは問う。しかしイザナミはマキシマから視線を外すと数歩歩き、虚空に佇むアマテラスを見上げた。警戒は解かずに、マキシマも頭だけ動かしてアマテラスを見上げる。

「のう、姉さまよ……『元』の世界とは何だ? 何を以て其方は其れをそう定義する?」

 マキシマを見ずに、イザナミはそんな質問を投げかける。その口調は静かで、どこか試すような素振りでもあった。
 剣先を下ろし、イザナミを見つめながらマキシマは口を開く。

「『元の世界』……それはあんたがエンブリオを構築する前の世界の事だよ。私が、ラグナが、ノエルが、皆が。必死に生きて、足掻いて、やっと未来に繋げる事の出来た大事な世界。少なくとも私は、そう捉えてる」

「そうか……其方は『小娘』の観る悪夢が、本当の世だと申すのだな?」

「え――」

 どういう意味だ、と口にしかけた瞬間。目の前にイザナミの顔があってマキシマは思わず声を呑んだ。それなりに距離があった筈なのに、どういう仕組みかマキシマが瞬きをするほんの刹那の瞬間に、彼女はマキシマの懐へ入り込んでしまったのだ。
 互いの呼吸音すら聞こえてしまうのはないかと錯覚してしまいそうになる程、極至近距離にイザナミの顔がある。それに驚いて固唾を飲んでいるとイザナミの白く細い腕が伸びてきて、手入れの行き届いた小さな両手がマキシマの頬を優しく包む。
 大事な物を扱うかのように、大事な家族に接するかのようにその手は優しく、柔らかい。その手を振り解けず、硬直したままのマキシマにイザナミは囁いた。

「実に愉快な事を仰る姉さまだ。……ならば教えてやろう、世界の真実を、真相を! それでも尚、余を倒して『元』の世界に戻すと言うのなら……そうだな、その勝負、受けて立とうではないか」

「あんた、何を言って――っ!」

 マキシマが叫んだその瞬間、イザナミの『眼』をしっかりと視てしまった。途端、身体がまるで石になったかのように動かなくなり、マキシマは半ば食い入るようにして呆然とイザナミの『眼』を見つめ続ける。
 ニタリ、とイザナミが口角を吊り上げた。

「余の眼の中に何が見える? その闇の中に、其方は何を観る?」

「あ…………」

 その囁きはまるで魔法のようで、一つのトリガーでもあって。虚ろな表情でマキシマはイザナミの『奥』を見つめる。
 白だ。真っ白で、何もない空間に一つだけポツリと『何か』が浮かんでいる。『ソレ』は繭のようにも見え、ある種の柩にも見える。そしてその表面には『MURAKUMO UNIT』を刻まれていて。
 ドクン、と心臓が脈動する音がする。マキシマは一瞬自身の鼓動の音かと思ったが、どうやらこれは別の誰かのものだとすぐに気付いた。自身の鼓動のタイミングと、音のタイミングがズレて聞こえてくる。それはつまりこの空間に……いや、このユニット内に『誰か』が居るという訳であり。

「『観測えた』ようだな……アマテラスが」

 姿は見えないが、耳元でイザナミの声がする。これが? とマキシマが疑問を抱いた瞬間、視界が暗転してユニット内に視点が変わった。
 そこに、一人の少女が居た。まるで磔刑に処された者のように、両手を杭のような物で打たれて壁に固定されている少女が。その身体は至る所にコードが繋がれ、或いは痛々しい縫合痕が何箇所も走っている。
 これがただの少女だったらマキシマとてそこまで気にはしないだろう、ただきっと可哀想にだとか、痛々しいなと思うだけで。
 だけど、彼女は――

「……冗談、でしょ……。違う、違う! あれは、あの子は――!!」

 少女を見つめながら、半狂乱するようにマキシマが叫ぶ。
 磔刑されている少女はマスターユニット・アマテラスなんかではない。彼女は――あの子は、

「例え姉さまが余をその事象兵器で倒したとしても、余は殺せぬ」

 再びイザナミの声が聞こえ、正気に戻ったマキシマは数度瞬きをした。目の前にあるのは磔刑にされた『あの子』ではなく、愉しげに笑うイザナミの顔で。
 楽しんでいるのだ、彼女は。この状況を。『この世界の一端』に敢えて触れさせ、どう足掻いても絶望と終焉しかないのだと見せつけて笑うのだ。お前の行いは全て徒労に終わるのだと。

「何故ならば余はあの娘……アマテラスの『ドライブ』。アマテラスが存在する限り、余は何度でも甦る。余はイザナミ。アマテラスの持つ創造の力『イザナギシステム』とは相反する存在……」

 愉しげに笑いながら、イザナミはマキシマの頬を撫でる。

「世界は……『神』は、其方等の『願望』を拒絶する。この世界は、この娘の『願望』を映した鏡だ。故にその実像を消さぬ限り、世界はこの娘の願望を映し続ける。――覚める事のない『神の観る夢(セントラルフィクション)』を」

「ああ……それは、また随分ととんでもない『悪夢』ね」

 己の頬に触れているイザナミの手に触れ、握り締めたマキシマはまるで苦虫を噛み潰したかのように呟く。

「余がエンブリオを発動させた時点でこの世の『滅日』は確定しておる。既に終わっている世界だというのに……考えてもみよ、可能性の閉じられた世界に、どんな道がある?」

 クツクツと、イザナミは喉で笑って続ける。

「さあ、マキシマ=ジ=グリムリーパー。其方がこの絶望を目にしてでもまだ足掻くと言うのなら、まずはこの娘の『夢』を終わらせてみよ。この娘――オリジナル・ノエル=ヴァーミリオンの夢を」

 視界にノイズが走る。まさか、また事象干渉なのか。頭に走る痛みに顔を顰めながらもイザナミを睨みつける。

「ノエル……!? だったらさっきのは、やっぱり……!」

 視界がノイズに染まり、イザナミの姿も見えなくなってしまう。頭痛は酷くなるばかりで、もうロクな考えも出来やしない。
 それでもそんな中、マキシマは確かに――イザナミの最後の言葉を聞いた。

「果たして姉さまに『妹』が殺せるのか……余はそれを、楽しみに待っておるぞ」

 そうして< 永劫回帰にさよならを

Goodbye To
Eternal Regression

Recollection of the Origin

 夢を見る。
 願望ユメを観る。

 その世界は赤に染まっていた。黒が支配していた。
 辺りに漂うのは充満な死の気配と、様々なモノが焼け焦げた嫌な臭い。そしてそんな死の大地に転がっていたのは様々な武装をした人間達と、顔が全く同じの『ヒト』達だった。
 いいや、後者は『ヒト』ではない。人間が『神』に接触すべく生み出した人造人間とも呼べる存在。ただ『神』に触れる事だけを目的として生み出された哀れな人形。
 それを人間は――『次元境界接触用素体』と呼んでいた。

 この戦争は、自我を獲得してしまった素体達の『人間として、個として認めて欲しい』という願望に恐怖し、戦慄した人間達が仕掛けた戦争だった。いや、最初は虐殺だったと言っても過言ではないだろう。
 人間達は恐れた。只の『人形』が自我を持って認めて欲しいなどと宣う事が。
 素体達はただ認めて欲しかった。自分を、自分達を。自分達が生きる意味を。
 だから壊そうとした、だから抗った。その小さな争いは次第に大きな戦争となり――やがて、一つの世界が破滅を迎えた。
 それを良しとしないのが一人居た。それは素体として一番目に造られ、『神』と接触し、世界をも改変出来る力を得てしまったが故に目を潰され、境界へと廃棄されてしまった哀れな素体。その名は『第一接触用素体』。或る人物は彼女を『オリジナル・ノエル=ヴァーミリオン』とも称したが。
 彼女は消滅した世界を再構築した。それは何故か? それは戦争の終盤、最も信頼していた『兄』によって裏切られ、見捨てられてしまったからだ。
 故に彼女は『兄』の手による救済を願った。いつか、手を取って助け出してくれると信じて。
 境界の奥底で眠りながら、少女は夢を見始める。何度も何度も、それこそコレが本であったならページが擦り切れてしまう程に、何回も。

 終わる事のない悪夢の始点。神が夢を観始めた瞬間。『世界の可能性』が潰えた瞬間。
 彼女が夢を見続ける限り、願望(ユメ)を願い続ける限り、決してこの世界に未来は生まれない。だから言ったのだ、イザナミは。自分を殺したくば、まずこの彼女を殺せと。この少女が消えれば世界は変わる。
 だけど――どうやって? その手立てが見当たらない。どうすれば良いのだろう、と思いながら、マキシマは意識をゆっくりと沈めた。




 チュンチュンと鳥が囀る音がし、意識が浮上したマキシマは瞼を持ち上げた。日がまだ低い位置に見え、魔素で少し濁った青空に浮かぶ白い雲が視界に映る。ああ、外で寝ていたのか、と寝起きで回らない頭を動かして認識し、マキシマは上体を起こすと、欠伸をしながら大きく伸びをした。固い場所で寝たせいか、いやに体が強ばっているなと感じる。
 野宿をするのは慣れている。魔素だらけの森や山を越える為にその中で一晩を明かす事なんてこの数年で数え切れない程やってきた位だ。だから別段固い地面で寝ようが、柔らかい草原の上で寝ようが構わないと言えば構わない。宿屋のベッドで寝る、と言うのが理想形だが。そんな夢のよう
な事を考えながらマキシマは体をほぐす。

「ってか、此処どこ……」

 眠い目を擦りながら、そこで改めてマキシマは周囲を見回す。どうやら此処は何処かの都市の公園で、それも比較的上層に近い場所だと言うのが分かる。手入れの行き届いた植木、見事に花を咲かせている花壇、子供が楽しめそうな数々の遊具達。それらを見れば、此処が富裕層の子供達が集う場なのだと言うのが明らかになる。
 そしてマキシマがベッド代わりにしていたのはやたら凝ったデザインの木製のベンチであった。地面よりは柔らかいが、それでも木製のベンチだ。全身がバキバキしている。
 そもそも何故、自分はこんな場所で夜を明かしたのか。ベンチに腰掛けて暫しぼんやりと空に浮かぶ雲を見つめながら考えてみたが、答えは出なかった。というか、答えを出せる程頭が回らない。腹も減っている。
 暫くぼけーっとした後、重い動作で立ち上がったマキシマは一先ず公園内の水飲み場までやって来た。蛇口を捻り、手を皿にして水を掬う。そうして顔を洗って口内を濯いだりすれば、幾分か意識がシャッキリとしてきた。最後に手酌で水を飲んで喉を潤し、蛇口を捻る。
 その時だった。何処からか敵意と殺意の篭もった視線を感じ、背筋に悪寒が走ったのは。
 本能的にマズイと感じたマキシマは咄嗟に後方へ大きく飛び退る。すると何処らか八本の剣が飛来し、マキシマが今の今まで居た場所に突き刺さっていく。その内何本かが水飲み場に刺さって破壊し、無残な姿になってしまった水飲み場が噴水のように水を噴き上げた。
 八本の剣を操る人物なんて限られている。即座にトリスアギオンを起動し、剣形態に転換させたマキシマは臨戦態勢を取る。その姿を確認するように、数メートル離れた場所にゆっくりと降り立つ姿があった。

「回収対象、事象兵器『翼刃・トリスアギオン』を認識。適格者の存在も確認。……あー、まだ生きてたんだね、おねえちゃん」

 アンニュイな声と、機械質な声が混ざったような言葉。
 彼女は確か死んだ筈だ。ラグナと共に『窯』へ落ちようとしたから、ノエルと共にマキシマがラグナを支え、そうして一人で『窯』へと墜ちていった少女。義妹・サヤから造られた『次元境界接触用素体』の十三番目の素体。繰り返されたループの中ではマキシマに致命傷を与えた、因縁の相手。
 その少女を睨み据えながら、マキシマは彼女の名を呼んだ。

「ニュー……あんた、まだ生きてたワケ? それとも『窯』から引き揚げてくれた奇特な奴でも居たの?」

「そんなの、おねえちゃんには関係ない」

 地面に突き刺さっていた八本の剣を浮遊させて回収し、自身の周囲に展開させたニューは無機質な声で答える。そして緩やかな動作で右腕を持ち上げ、スッとマキシマを指差す。

「おねえちゃんは邪魔、要らない。いつもいつも、ニューとラグナの邪魔ばっかりしてきて嫌い。だから――」

 ニューが指を差したと同時に鎌首をもたげるようにして、八本の剣の切っ先がマキシマに狙いを定める。いつでも飛び出せるようにと、マキシマは足に力を込める。

「死んじゃえ、おねえちゃん。その事象兵器アークエネミーはニューが貰ってあげる」

「いやだね!」

 八本の剣が襲来するのと、マキシマが駆け出したのは同時だった。
 迫り来る剣を片っ端から二本の両手剣で叩き落としていき、ニューへと迫る。しかし自在に剣を操るニューは地面に落とされた剣を次々と浮かせ、四方八方からマキシマへと飛ばしていく。

「うざったい……!」

 幾ら躱しても、叩き落としてもニューの操る剣は何度も浮き上がってはマキシマに狙いを定めて飛来してくる。そこに加えてマキシマが手間取っているのをいい事に、ニューは虚空から巨大な剣を連続して出現させてはマキシマを殺そうとしてくる。
 ああ、非常にうざったい。幾ら剣を振るってもニューに近づけるどころか足止めをされ、追加攻撃されてしまう。
 飛んできた二本の剣を弾き飛ばし、そのままの勢いでトリスアギオンを剣形態から翼形態に転換させたマキシマは、迫る八本の剣を一対の翼で一薙ぎして払い、地面を滑るように飛んでいく。
 ニューが攻撃を仕掛けてくるがそれを掻い潜り、遂に目前にまで迫ったニューを視認するとマキシマは飛んでいる勢いは落とさないまま片足を振り上げ、ニューの胴体を蹴り飛ばして空中へと打ち上げた。

「ぐっ……!」

 そのまま追うようにして飛んだマキシマは、空中でニューの胸部や鳩尾を狙って拳や蹴りを連続で繰り出していく。そして最後は踵落としの要領で繰り出した重い一撃で彼女を地面へと叩き落とした。
 倒れたニューの前に着地したマキシマは、ニューのそのか細い首に手を伸ばすと遠慮なく掴み上げ、宙吊りにする。そうして空いている片手でトリスアギオンを転換させた剣の柄を掴むと、それを振り上げた。

「……一つ聞くけど、」

 ポツリ、とマキシマが呟く。

「あんたは何で私の……いや、事象兵器を集めて、何を企んでるワケ?」

 掠れた声で、ニューはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ニューは……事象兵器を集めて、ラグナと『真の融合』を果たすの……そうすれば、ニューはラグナと永遠に殺し合う事が出来るの……! フフフ、アハハハハ!」

「――そう、それがあんたの『願望』なのね」

 無機質にそういい告げ、マキシマは剣を振り下ろし――ニューを斬り裂く寸前で剣はピタリと止まった。
 目の前の彼女が磔刑にされている『あの子』と姿が重なったからだ。違う存在だと言い聞かせてしまえば彼女を斬り裂く事は容易だし、そもそも何十、何百体という素体に手をかけている。今更ニューを殺すのを躊躇って何になるというのか。
 けれど――それで本当に自分の『意義』を貫けるのか? そんな迷いが生まれ、マキシマはトリスアギオンを解除するとその場にニューを放り投げた。首を擦って噎せながら、傷だらけになりながらも殺意と憎悪を込めた目でニューはマキシマを見上げる。

「なんで……どうして、ニューを殺さないの」

「あんたを殺してもどうせ『事象』は上書きされる。それに……あんたを『救う』のは、私の役目じゃない」

「……馬鹿みたい、ニューを救うなんて」

 冷めた目で見上げてくるニューに、マキシマは小さく苦笑を零す。

「ほんと、馬っ鹿みたい」

 自嘲を込めて笑いながら、マキシマは踵を返した。


◆◆◆


 適当に歩いていると、ここがヤビコの中層部だというのが分かった。
 ならどうするか。カグラ達に面会を申し込んでみるか? ラグナを探してみるか? それともノエルを探して――『あの子』に繋がる『何か』を探してみるか?
 悩みながら歩いていると、不意にひらりと何かがマキシマの目の前を掠めていった。何だろうと思い立ち止まって周囲を見回す。
 ひらり、ひらりと空から舞い踊るように桜の花弁が落ちてくる。マキシマは手を差し伸べて、一枚の花弁の手のひらに載せると摘んでみた。
 柔らかな感触。本物の桜の花びらだ。しかし一体何処から吹いてきたのだろうか。この周辺に桜の木は見当たらないし、桜が咲くには少し時期が早い。不思議に思っていると、何処からか声が掛かった。

「おっと、お前さん。風情が分かるクチかい?」

 飄々とした、軽い口調の男の声。その声のする方に肩越しに振り向くと、一際派手な装束の男が番傘を差しながら立っていた。
 ぱっと見の出で立ちは女のソレだが、服の隙間から見えるしっかりとした骨格やすらりとした筋肉、体格は男のモノで。
 不思議な人物だ、とマキシマは思う。そして見た覚えのない人だ。完全に初対面。

「風情、風情……ねぇ。よく分かんないけど、綺麗なモノを見て綺麗だと思えれば良いんじゃない?」

「ま、及第点ってとこだな」

 派手な装束の男は上品に口元に手を当てて笑う。マキシマは摘んでいた花びらを宙へ離し、男と向き合った。

「で、何の用? 『傍観者』」

 男は縁に紅を入れた目をパチパチと数度瞬かせると、イタズラがバレた子供のようににやっと笑ってみせる。

「流石はその『眼』の持ち主……ってとこかい? よく分かったねぇ、まだ名乗ってすらいないのに。ああ、俺はアマネ=ニシキってモンだ。旅一座を率いて舞を披露しててね」

「自己紹介どーも。あと、あんたが『傍観者』だって気づいたのはレイチェルと似た気配がしたからよ。その妙な雰囲気、そっくり」

 マキシマが腰に片手を当てて目を眇めると、アマネは納得したように首肯する。

「なる程、お前さんはレイチェル=アルカードの傍によく居たもんな。『こっち』の事に敏感になってるってワケか」

「で、その傍観者様が私に何の用事? 大体、傍観者って『こっち』に手出しは出来ないんでしょ?」

 そう、『傍観者』の役目は世界の成り行きを見守る事であり、『こちら側』の世界や『役者』に手出しは出来ないとされている。出してしまえば、その『傍観者』はもう舞台を眺める『観客』でなくなってしまうし、舞台に上がれる代わりに『代償』を支払わなければなくなると聞いた事がある。
 だからレイチェルは段々と力が弱まっていると聞いた。
 だから不審に思う。このアマネなる者がわざわざマキシマに接触を試みた事が。 
 その不信感が顔に出てしまっていたのだろうか、安心しなとでも言うようにアマネが片手を挙げる。

「そうさ、俺は『傍観者』だし、俺の信条は不可侵だ。けれどまぁ、ちっとばかしの小話程度なら大丈夫だろう。興味の湧く人物に話しかけないのは男が廃るってモンよ」

「ふーん。小話、ねえ」

 マキシマは腕を組む。

「『蒼の男』は腹を決めたよ」

 その一言にマキシマは目を見開き、駆け寄ってアマネとの距離を詰める。アマネの胸ぐらを掴み上げ、凄むような声と共に睨んで彼に問う。

「あんた――ラグナに、会ったの?」

「ああ、ちょいとね。そこで奴さんは言ってたぜ、自分が世界の『可能性』になる、ってな」

 凄むマキシマの視線と声ですら風に流れる柳のように受け流し、飄々とアマネは告げる。

 ある場所でラグナと話した内容を。
 『死神』が『資格者』全員の『願望』を喰らい尽くし、自らが『世界の可能性』となると宣戦布告した事を。
 そうしてその顛末を聞いたマキシマは――自らの役割を、立場を再認識する事となる。

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/span>の意識は、闇へと落ちていった。

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