Goodbye To
Eternal Regression

The Requiem

 闇夜に包まれたヤビコの街を、当てもなくマキシマは歩き続ける。今日泊まる宿も考えておらず、夕食の事すら頭に入れず、只々歩きながらマキシマは思案していた。
 ずっと、昼にアマネから言われた言葉がぐるぐると反響している。


 ――今、この世界じゃ資格者とかいう御大層な奴らが『また』願望を……己の願望を押し付けようとしている。
 一体誰の為の願望だ? ……現在までを『否定』して、一体誰の『他力本願な』願望(ユメ)を叶えるんだ? それは只……逃げてるだけじゃねぇのか? 終わらない、先の見えない世界に、ただ一刻の願望を押し付けて何になる?

 ……駄目だ。

 それじゃ何も進まねぇ……何も変わらねぇ……。何も……『救えねぇ』。
 俺は『あの時』気付いたんだ。この世界は完全に可能性が閉じちまってる。だったら俺がその『可能性』に成れば良いってな。
 ……誰一人、願望は叶えさせねぇ。願望を……全ての資格者の願望を、俺が食い殺す!

 覚えておけ、『傍観者』……
 俺は……全ての、全世界の『敵』――

 ――死神『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』だ。


 ラグナは、アマネに向かってそう啖呵を切ったらしい。しかしラグナのこの作戦は言わば諸刃の剣そのものと言えよう。
 ソウルイーターに資格者の『願望(ユメ)』を喰らわせ、溜め込んでいく。それは少しでも気が抜けば、一瞬でもミスをすれば、ラグナは『黒き獣』ですらない、別の『何か』に成り果ててしまうだろう。逆に成功しても、世界の『可能性』となったラグナは『個』を消失してしまうと言う。
 要するに、成功しようがしまいが、結果としてこの世から『ラグナ』という存在は居なくなってしまう。ピタリと歩を止めたマキシマは固く拳を握り、僅かに俯くと心の底に溜まった澱を吐くように悪態を吐く。

「…………馬っ鹿じゃないの、本当に」

 そんな大事な事、どうして自分に相談してくれなかったのかだとか、なに一人で勝手に決めてるんだとか、そんな怒りが湧いてきて。呆れと、怒りと、悔しさがマキシマの胸中でグチャグチャと混ざり合い、なんとも言えない感情となってマキシマは更に拳を固く握り込む。握る力が強すぎて、指が白くうっ血してきている事なんて気付く事もなく。
 その時だった。僅かな敵意を感じたマキシマは億劫そうにトリスアギオンを起動させ、剣の柄を握ると無造作に振って飛来してきた『何か』を打ち払った。クルクルと弧を描いて飛んでいくのはこの闇夜よりももっと暗い、黒い大剣。
 見覚えのある剣、覚えのあるシチュエーション。飛んでいった大剣の先をジロリと見れば、黒衣のマントを羽織った偉丈夫が大剣を華麗にキャッチしていて。
 ああ、苛つく。マキシマは剣呑な視線をカグラに投げる。

「…………何の用? 統制機構の最高司令官様が、この私に」

 大剣を地面に突き刺し、そこに寄りかかったカグラは腕を組むとヒュウと軽く口笛を吹いた。ますます腹立たしい。ギリ、と奥歯を噛むマキシマに対し、軽いポーズは変わらないままカグラは話しかける。

「おーおー、おっかねぇ顔しやがって。そんなんじゃジンジンに嫌われっぞ」

「はぁ? 別にあんたには関係な――」

 そこでマキシマはハッとしたように目を見開き、カグラの元へ駆け寄っていく。そしてカグラの胸ぐらを掴み上げると、低い声で問うた。

「……あんた、もしかして記憶が、」

「ああ、あのマスターユニットがこの世界に出た時にな。バッチリ思い出したぜ。マキシマちゃんが俺の傘下に入った事、ジンジンとデー、ぐぼぁっ!?」

 マキシマの容赦ない膝蹴りがカグラの溝尾にくい込む。素っ頓狂な声を出してうずくまるカグラから手を離し、マキシマはゴミを見るような目でカグラを見下ろした。

「……次余計な事言ったら、グーで顔面狙うからね」

「~~ってぇ! そういう時々バイオレンスなとこも記憶通り……っつーか、マキシマ。お前どうした? 何をそんなに殺気立ってやがるんだ」

「……別に、殺気立ってないし」

 プイとカグラから顔を逸らし、マキシマは腕を組む。
 憎たらしいまでに早々にダメージから復帰したカグラはひょいと立ち上がると、マキシマの顔を覗き込んだ。マキシマの頬をツンツンとつつく。

「……なんだお前、泣きそうなツラしてるぞ」

「してないし!」

 カグラの肩を叩く。しかしその叩く力はとても弱く、言外に彼女が精神的に相当参っている事が分かってしまう。カグラは笑うとマキシマの肩を引き寄せ、耳元で小さく囁いた。

「……このまま俺と一緒に支部に来い。そこにお前の探してる『奴』が居る」

「! それってまさか……」

「此処じゃあ誰かなんて言えねぇなぁ。『前』と同じくイザナミの観測下だろうし、加えて大魔道士ナインの観測もある。迂闊な事は……」

「言えない、ってワケね」

 カグラが離れ、マキシマの正面に向き直る。そうして片手を差し出した。
 場所は違うが、概ねシチュエーションもあの時と全く同じだ。上等だ。目を擦ったマキシマはフンと鼻を鳴らして笑い、差し出されたカグラの手をパチンと叩く。

「上等じゃん。またあんたの口車に乗ってやろうじゃないの」

 そうしてカグラにつられてヤビコ支部の総領主室へとマキシマが通された時には、すっかり時刻は深夜を回っていて。流石にこの状況下で酒盛りなどしていないのか、総領主室は整然さが保たれており、酒の臭いも全くしない。理想の司令官様の部屋と言えよう。
「ほらよ、これ飲んで少しは落ち着きな」
 マキシマが部屋のあちこちを眺めてチェックしていると、マキシマを部屋に案内したきり何処かへ行っていたカグラが戻ってきた。そして片手に持っていたマグカップを手渡される。
 渡されたままに受け取ったマキシマの鼻腔を甘く、少しほろ苦い匂いが掠めていく。まじまじとマグカップの中身を見てみると、それはどうやら淹れたてのホットココアのようで。
 ソファの端に座り、マキシマはちびちびとココアを飲み始める。それを見ながらカグラは執務机に向かい、椅子に腰掛けると話題を切り出した。

「……まず、だ。今此処のヤビコ支部にはラグナとノエルちゃん、そしてセリカの三人を匿っている。ヤビコ支部全体にはココノエの結界が張ってあるからな。イザナミやナインにも気付かれてねぇだろうし、念の為情報統制もしてある。あちらさんにはバレてねぇと踏んで良いだろう」

「……ラグナが、此処に……」

 ゆらゆらと揺れるココアの水面に視線を落とす。
 会った時、どんな顔をしていれば良いのか。何を話せば良いのか。まだ答えは出ていない。
 そもそも事前に言いたい事を纏めておいたとして、実際に会った瞬間その言いたい事全てを言えるかどうかも分からない。下手したら涙目になってしまうかも知れない。絶対泣いてやらないが。

「そして明朝、ラグナ達は日本に転移してある事象兵器を破壊してもらう」

「ある事象兵器……?」

「十二番目の事象兵器、『骸葬・レクイエム』だ」

「ちょ、ちょっと待って」

 マグカップを一度机に置き、カグラに向かって手のひらを向けて静止の合図をする。

「事象兵器って、全部で十器しか存在してないんじゃないの? 少なくとも私、お師匠にはそう教わったんだけど」

 マキシマは立てている手の人差し指以外を折る。

「まず、『巨人ハイランダー・タケミカヅチ』」

 続けて中指、薬指と立てていく。

「ジンの『氷剣・ユキアネサ』。ノエルの『魔銃・ベルヴェルク』」

 これでまず三器だ。更にマキシマは指を折り畳んでいく。

「カルルとかいう子供が持ってた『機神・ニルヴァーナ』。お師匠の『夢刀・六三四』」

 片方の手の指が全て折り畳まれる。次いで反対の手の指も一本ずつ立てていく。

「ハクメンの『斬魔・鳴神』。ルナとセナとかいう変なガキンチョが持ってる『雷轟・無兆鈴』。テルミの『蛇双・ウロボロス』。あと……バングが『基部』に打ち込んだ『鳳翼・烈天上』と、私の『翼刃・トリスアギオン』……。これで全部じゃない? 残りの二器は?」

「十一器目は設計こそナインだが、戦後に造られた事象兵器だ。お前も見た事あるだろ? 第十三素体の嬢ちゃんが持ってた『神輝・ムラクモ』をな」

「あっ……!」

 すっかり失念していた。そう言えば、あのムラクモユニットからは事象兵器(アークエネミー)に近い気配を感じた事がある。
 そしてカグラは両手を組むと、いつになく険しい表情で切り出した。

「そして十二器目。暗黒大戦後にナインが密かに開発し、この時代まで起動されなかった最後の事象兵器。それが『骸葬・レクイエム』だ」

「レクイエム……」

 鎮魂曲の名を冠した十二器目の事象兵器。彼女は何を思って、何を願い、その名を付けたのだろうか。

「マスターユニットやノエルちゃんの話もあるが、まずはレクイエムを起動不可状態にまで追い込まねぇと先の話が出来ねぇ。なんせナインにとって『都合の悪い事象』は上書きされちまうんだからな。そして、そいつは今日本にある。だから明朝、ラグナを中心としたメンバーでレクイエムの破壊の為に日本へ飛んでもらう」

「ふぅん。私もそっちの部隊ってトコ?」

「おう。戦力は一人でも多い方が良いからな。だからさっさとそれ飲んで寝て、少しでも英気を養っとけよ」

 それじゃあな、と言ってカグラは隣接している私室へと引っ込んでいった。
 言われなくても分かっている、と言いたげに去りゆくカグラの背に向かってベッと舌を出したマキシマは少し温くなったココアを飲み干す。そしてそれを食堂のキッチンで洗ってから、マキシマは客室の並ぶフロアへと向かった。
 誰に言われなくとも分かる。マキシマは真っ直ぐに一つの部屋の前まで行くと、控えめにノックをする。

『……あ? 誰だ』

「ラグナ、私」

 すると扉の向こうからドタンバタンと騒々しい音がし、ややあって扉が開かれた。
 寝る直前だったのか、いつもの赤いジャケットを羽織っていない部分以外は何ら変わりのない――別れる前のラグナそのものだった。ラグナは扉を開け放った姿勢のまま、目の前に立つマキシマを驚いた様子で見つめる。

「本当に……マキシマなのか」

「何? なんか別の誰かが化けてるようにでも見える?」

 冗談交じりに笑いながらそう言えば、ラグナは悪戯を仕掛けた子供のようにニッと笑って返す。

「俺の記憶通りの、口が悪くて態度はデカくて、全っ然女らしさの欠片も無ぇ、俺の相棒サンだよ」

「そっちも。私の記憶通りの口が悪けりゃ人相も悪い、ついでに頭も残念で何処にでも突っ走る相棒サンなようで安心したよ」

 暫し二人で見つめ合い、どちらともなく吹き出して笑うとマキシマとラグナは拳を作ってコツン、とぶつけ合う。そうしてラグナはそのままマキシマを部屋に招き入れると、マキシマは何の遠慮もなくベッドにボスンと座った。全く、本当にこういう所は変わっていない。
 苦笑しながらラグナもマキシマの右隣に腰を掛けた。二人分の重さを受けてベッドがギシリと鳴る。
 ベッドに手を付き、マキシマは天井を見上げた。天井付近で照明として動いている術式が煌々と部屋を照らしている。

「……なーんかさ」

 照明の術式を見上げながら、ポツリとマキシマが呟く。

「『基部』を壊して、気ぃ失っちゃって、その後にセリカからラグナが行方不明だって聞かされて。エンブリオ内に飛ばされたと思ったらそこは誰もラグナなんて覚えてない世界だし、ラグナは見つからないし、意味分かんない世界で一人だったからすっごい心細くて、絶対ラグナを見つけたら文句の一つは言ってやろうと思ってたんだけど、」

 言葉を区切り、足元に視線を落としてマキシマはへにゃりと笑う。

「……ラグナが無事そうな姿見たらなんかホッとしちゃったというか、なんか……言葉が出てこなくなっちゃった」

マキシマ……」

 安心そうな笑顔を浮かべるマキシマを横目で見、対照的にラグナは言葉が詰まってしまう。膝の上で手を組み、一つ一つ言葉を選ぶようにしてラグナは口を開く。

「……悪かったな、心配掛けさせちまって」

「うわっ、珍しくラグナが殊勝だ……」

「テメェ、人が下手に出りゃ……」

 殴る振りをすればマキシマが笑いながら手を翳して防ごうとする。
 しかし手を下ろしたマキシマは不意に真剣な表情を作ると、真面目な声音で切り出した。

「――アマネとか言う『傍観者』から聞いたよ。あんたが、何を企んでるかを」

「――――」

 ラグナが息を飲み、目を見開く。そして殴る振りをしようとして上げた手で髪を乱暴に掻き乱し、バツが悪そうにマキシマから顔を背けた。

「ラグナはこのエンブリオで構築された世界に置いて唯一『資格者』じゃない。そして『蒼の魔導書』を用いて他の『資格者』の『願望』を喰らい、自身が世界を拓く『可能性』と成る……」

 そこで一旦区切ると、マキシマはこれみよがしに溜め息を吐いてみせる。

「……なーんで一人で決めて、何でも背負い込もうとしちゃうかなあ、あんたってヤツは」

 それに対してラグナはフンと鼻を鳴らして笑う。

「それはテメェも同じだろーが。一人で決めて、突っ走って行きやがる」

「でも一言位欲しいじゃん?」

「言って、はいそうですかって納得するタマかよ」

「いやー、そりゃそうだけどさ……」

 マキシマは足をブラブラとさせる。

「説明してくれたら、私だって覚悟出来るじゃん。私は――」

 脳裏にチラつく光景は、以前見た夢。黒と赤が支配する絶望の世界。死の気配だけが充満している終末の世界。世界の終わる音がする。
 焼け野原の只中で、マキシマは黒い人型の『ナニカ』を抱えていた。それはもうすぐその世界に破滅をもたらす存在。怪物が怪物として成り得なかった『なりそこない』。だけどマキシマにとっては唯一の家族であり、相棒である人物であった。
 そこでマキシマは吸血姫に言った。いいや、もしかしたらソレは啖呵に近かったかも知れない。
 『どんな姿になっても、世界の敵になろうとも、大事な家族だからずっと傍に居続ける。肯定し続ける』と。そう言い切ったのだ。
 愚かだ、と吸血姫は告げる。愚かだからこんな選択しか出来ないんだよとマキシマは泣きそうになりながらも笑う。
 そうして世界は終焉を迎え、呆気ない程あっさりとマキシマも死んでしまった。そうして夢は終わり、マキシマは目を覚ました。
 しかしこれは只の夢なんかではないと、今のマキシマなら言い切れる。これは何処か遠くの……とても遠い何処かで起きた事象の一つだ。起こりえた筈の結末。しかして未来に辿り着く事の出来なかった世界。
 だけど、とマキシマは思う。
 世界こそ違うが、事象こそ異なるが、その想いだけはどの事象でも変わらないのだと。そう、だから今だって――

「私は最期までラグナの味方をし続ける事が出来るなって」

「っ、テメェ……っ!」

 ガッとマキシマの肩を掴むが、逆にその手首をマキシマに掴まれてしまう。そうしてマキシマは不敵な笑みを浮かべてラグナを見やる。

「言ったでしょ? 私はあんたの家族。あんたの相棒。付き合うなら冥府の底だろうが煉獄だろうがついてってやるってね」

 苦虫を噛み潰したような声でラグナは呟く。

「……俺はテメェの『願望』も喰らう。テメェの願いを奪って、世界の『可能性』になるんだぞ? それでも味方で居続けるっつーのか?」

「当たり前じゃん」

 そう、当たり前の事。当然の話。鳥が空を飛ぶように、魚が海を泳ぐように、世界がそうであると定めた事のように同じ事。

「私の願望(ユメ)は『この下らない世界を終わらせる事』……つまり、エンブリオからの解放。ラグナの目的とほぼ一致してるもん。だから私は明日『骸葬・レクイエム』を壊しに行くし、あんたの味方であり続ける。私の願望を喰らうのは、その後でも問題ないでしょ?」

「……馬鹿なヤツ」

「そうだよ、私は馬鹿だからこんな事しか出来ない」

 呆れ混じりのラグナに、マキシマはニッと笑ってみせる。
 しかしそうこうしている内に既に時刻は深夜を回っており、なによりマキシマ自身、あちこちを走り回ってかなり疲弊している。その疲れが出てきたのだろう。ラグナの手首は掴んだまま、マキシマの瞼が徐々に落ち始める。

「だけど……ラグナが消えちゃうのは、やだなぁ……」

 ずり落ちるようにラグナの肩口に頭をもたれ掛けさせ、微睡んだ声音で縋るようにマキシマは呟く。

「何か別の方法、とか……あれば、いいのに…………」

 それが最後の言葉だったようで。ラグナの手首を掴んでいた手が彼の膝の上に落ち、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 全く、世話の掛かる『きょうだい』だ。ラグナは苦笑を一つ零し、マキシマの背中をポンポンと数度叩くと腰掛けていたベッドへ静かに横たわらせた。掛け布団を被せ、自身は毛布を持って対面にあるソファへと向かう。そしてゴロリと横になると部屋を消灯し、瞼を閉じた。

 ――自分が世界の『可能性』とならない以外にこの世界が拓く方法などないと、心の中で呟きながら。

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