Goodbye To
Eternal Regression

Requiem Score

 明朝、朝食を食べ終えたのもそこそこに日本に転移するメンバーはカグラの総領主室へと集合していた。今から始まる転移と『レクイエム破壊』という任務にある者は緊張し、ある者は不安がり、ある者は必ず壊すと決意を固めている。そんな各々の気持ちが混ざり合い、総領主室内の空気は何処か張り詰めていて。
 マキシマはぐるりと部屋を見回す。どうやら転移メンバーはマキシマ・ジン・ラグナ・ノエル・セリカ・レイチェル・ココノエ・テイガーの八名のようだ。カグラも総領主室に来ているが、彼はこの場に残ってこの場を統治しなければならない。
 ココノエとテイガーは戦闘には参加しない。故にたったの六名での得体の知れない事象兵器(アークエネミー)の破壊となる。果たして出来るのだろうかと考えていると、マキシマの隣に並んでいたジンがこそりと声を掛けてきた。

「――ところで姉さん」

「何?」

「昨日、兄さんと寝たみたいだけど。どういう事なんだい?」

「なっ、ばっ、」

 カッと、瞬時にマキシマの顔に熱が集まるのを感じる。ジンの言い方ではまるで自分とラグナが一線を越えてしまったかのような言い振りではないか。
 ワナワナと肩を震わせ、マキシマはなんとか言葉を紡ぐ。

「~~っかじゃないの!? あれは私がただラグナの部屋で寝落ちしただけだしっ! ラグナはソファで寝たらしいし! なーーんも! なんもしてないから‼」

「おっマキシマちゃん。朝からジンジンと痴話喧嘩か?」

「うっさい! あんたは黙ってて!」

 マキシマは手近にあった、よく分からない機械のパーツを掴んで勢いよくカグラに向かって投擲する。渾身の一投だったのだが、それも難なくカグラは片手でキャッチしてしまい。
 チッと大きく舌打ちしたマキシマは二投目になりそうな手頃なパーツを探す。しかし目当ての物を見つけるよりも早く飛んできたのは、不機嫌そうなココノエの声だった。

「喧しいぞ『首狩り』。貴様のせいで座標を拗らせたらどう責任をとってくれるつもりだ?」

「…………チッ」

 流石にココノエの作業の邪魔になってレクイエムの元へ辿り着けないなんて愉快なオチは避けたいのか、ココノエのひと睨みでマキシマは押し黙った。納得いかなさそうに腕を組んでいると、隣から忍び笑いの声がする。
 さてはこの義弟、そんな事を一切していないのを分かっていて言ったな? じろりと横目で睨むと口元に手を当てて静かに笑っているジンが居て。

「……ジ~ン~?」

「フフッ……ごめんね、姉さん。兄さんの部屋で寝るなんてズルいなあって思ったから、少し」

「少し、じゃないっての馬鹿! もうっ!」

「首狩り」

 殺意の篭もった目で睨まれ、マキシマは今度こそ口を閉じて押し黙る。
 そうして暫くココノエが機械をいじっているのを眺め、まだ終わらないのかと焦りが生じてきた頃だろうか。ココノエが手を止め、転移するメンバーの方を見た。

「では、転移を開始するぞ」

「向こうに跳んだらくれぐれも注意しろよ。ナインのは勿論、イザナミの襲撃も考えられる。その時はそこが決戦の場だ」

 カグラの言う通りだ。ナインの工房に侵入し、レクイエムを破壊する。その過程が簡単に終わるとは到底思えない。魔法で侵入を感知され、ナインがやって来る可能性は十二分にあるし、イザナミの介入だって考えられない訳ではない。

「心配するな。そうなったら……俺が相手をする」

「お師匠!?」

「大丈夫かよ師匠、だって相手は――」

 獣兵衛の申し出に、弟子であるマキシマとラグナが真っ先に声を上げる。
 なんせナインは獣兵衛の妻だ。どういう理屈で、どういう原因で数十年前に亡くなった彼女が現世に顕れているのかは分からないが、どんな理由を並べ立てたって愛しい者である事に変わりはないのだ。なのに獣兵衛自らがナインを手に掛ける役目を引き受けるなんて。
 不安そうな、苦しそうな気持ちが顔に表れてしまっていたのだろう。マキシマの顔を見た獣兵衛は苦笑いをするとマキシマに歩み寄り、ポンと足を叩く。

「馬鹿弟子共め、余計な心配をするな。あいつがこうなったのは俺の責任でもある。それにずっと昔から決めていた事だ。その時が来るのであればあいつを『還す』事が俺の役目だとな」

「お師匠……」

 それも、一つの愛の形なのだろうか。それが正しい選択なのかと問われればマキシマはまだ分からないが、獣兵衛が『ソレ』を選んだのならば外野が文句を言うのはお門違いだろう。キュッと唇を結んだマキシマは静かに頷く。

「お喋りはその辺にしておけ、舌を噛むぞ。……準備はいいか、テイガー」

 ココノエが問い、傍らに控えているテイガーが答える。

「転移座標に問題はない。いつでもいいぞ」

「頼んだぜ、お前達」

 カグラの鼓舞に誰かは頷き、誰かは笑顔で返す。そうしてセリカが「いってきます」と口にした瞬間、マキシマの視界が暗転した。
 時間は一瞬だったかも知れない。本当に瞬きをした僅かな時間でマキシマ達は日本に転移し、視界には総領主室ではなく薄暗い空間が広がる。視力が機能した時、妙な浮遊感をマキシマは覚えた。そして内蔵が浮くような、嫌な感覚。もしやと思って下を見れば案の定地面は数メートル下にあり、よりによって体勢は仰向けで背中から落ちる姿勢であり。
 まずい、と思った時には既に遅く、体は重力に従って落下を始めていて。落ちながらマキシマは叫ぶ。

「なんで空中に転移してんのよーー!!」

 トリスアギオンの展開も間に合わない。体勢を立て直すのも難しい。だったらせめて激突時の衝撃を和らげようとマキシマは身を縮めて目を閉じた――が、想定していたような痛みはやってこない。
 そろりと目を開ける。すると至近距離にジンの顔があり、ジンはマキシマと目が合うとにこりと笑った。今度は別の意味で叫びそうになった。

「良かった、姉さんを受け止められて。大丈夫? 怪我はない?」

「だっ、大丈夫だから!! 大丈夫だから降ろして!!」

 ジンに横抱きされながらマキシマはジタバタと暴れる。そうしてジンに降ろしてもらうとサッと離れて距離を取り、バクバクと鳴る心臓を抑える為に深呼吸を繰り返す。
 そんなマキシマを傍目にレイチェルは優雅に降り立ち、肩に掛かった髪を払いのけると涼やかに口を開く。

「魔法以外で転移するのは初めてだったけれど、随分と感覚の違うものなのね……。それに、揺れが酷すぎるわ。もう少し上品に出来ないのかしら」

「贅沢を言うな。認識のズレがこの程度で済んだだけでも有り難く思うんだな。……だが、座標固定にはまだまだ調整が必要か」

 その近くに立つココノエがぶっきらぼうに返す。
 レイチェルの魔法での転移は前にも経験したが、あの時も空中に、しかも瓦礫の山の上に放り出されやしなかっただろうか? 今回の転移もレイチェルの転移もそこまで大差ないのではとマキシマは思ったが黙する。口にしたらレクイエム破壊の前にボロボロになりかねない。

「ま、全員揃って到着しただけでも上出来だろ。それにしても……これが例の窯か。でけぇな。今まで見てきた中でも群を抜いたデカさだ」

 周囲を見回し、目にした窯を見てラグナは零す。マキシマも倣ってそちらを見てみれば、確かに此処の窯は他の支部の地下で目にしてきた窯とは比べ物にならない程の大きさだった。
 境界の奥底へと通じる大穴が、まるで巨大な怪物の口のようにぱっくりと空いている。動いていない窯なのに、思わず背筋がぞくりとする。

「それだけ境界から流れ出る力も強い。だからこそナインは、この場所を自身の工房に選んだんだ」

「拠点にするには打って付けの場所って事か……。そういえば……ねえココノエ、ナインの工房ってのは何処にあるの? 扉みたいなのは見当たらないし、普通の窯のある地下にしか見えないんだけど」

 マキシマが訊ねる。周囲を幾ら見渡せどそこにあるのは薄暗く、瓦礫が散乱した朽ち果てた地下空間だけだ。特別大きい窯がある以外にめぼしいものはない。
 するとココノエが一方を指差す。その方向を見、マキシマはぎょっと目を剥いた。

「あの中だ」

「あの中って……はあ!? 窯の中!?」

 ココノエが指差した先は紛れもなく窯だった。その周辺ではなく、真っ直ぐにぽっかりと空いた窯の穴を示す。なんととんでもない所に工房を形成したのか。

「成る程、考えたな。確かに境界内部であれば外からの干渉はまず不可能だ」

 その様子を見、ジンが納得する。そうしてココノエは窯に近づくとテイガーを呼びつけた。

「テイガー、中に入るぞ。窯を起動しろ」

「了解。起動後、制御システムの監視に移る」

 二人が窯の起動作業に入ると、ややあって薄暗い空間が少しずつ明るくなり始めた。その発光源はにわかに息をし始めた窯。
 呼吸するように、脈動するように動き始めた窯を見ながらマキシマは顔を顰め、両腕を摩った。何度経験しようと、窯が動いているのを見るのは嫌な気分になる。
 マキシマから少し離れたところに居るノエルも同じように気分が悪くなったのだろうか。一瞬ふらつき、近くに居たセリカが心配そうに声を掛ける。大丈夫とノエルは返していたが、その顔色はあまり優れない。

「んじゃ、とっとと行こうぜ。その十二番目の事象兵器をぶっ壊しによ」

「よし、じゃあまずは下がっていろ。六三四で入り口を作る」

 そう言うや否や獣兵衛は素早く窯の方に向かって跳び、虚空で六三四を振るった。一閃した獣兵衛はすぐさま身を翻して戻ってきて、ラグナ達に告げる。

「お前達は先に行っていろ。俺は万が一に備えて入り口を見張っておく」

「待てよ、万が一扉が開かなかった時はその刀でこじ開けるんじゃなかったのかよ? そう言ったのは師匠だろ?」

 作戦開始前にカグラから手短に説明されたが、どうやらナインの工房に入る為には幾つかの正しい手順が必要らしい。それがなんだったかは、覚える事が多すぎたマキシマはもう既に忘れかけているが。
 しかし確か、ラグナの言う通り最終手段として獣兵衛の事象兵器(アークエネミー)でこじ開けるとは聞いていた気がする。
 噛み付くラグナを他所に、獣兵衛は淡々と答える。

「心配するな、ココノエなら上手くやれる。あいつを信じてやれ」

「けどよ……」

 ラグナが言い淀む。するとジンの背後に幽霊のようなうっすらとした半透明の人影が現れ、柔らかな声でラグナを宥めた。

「大丈夫です、きっと開きますよ。ねえ、ココノエさん」

 そう言ったのは『プラチナ=ザ=トリニティ白金の錬金術師』だった。本来ならばルナとセナが持つ事象兵器『雷轟・無兆鈴』にその魂を宿している六英雄の一人。諸事情で今はジンのユキアネサに憑依しているとの事だったか。
 その言葉を受け、少し間を置いたココノエは苦い顔をしてポツリと呟く。

「…………。本人がそういってるんだ、好きにさせてやれ。それにこの窯が破壊されれば我々は出口を失う。どの道見張りが必要だ。だが……後で『必ず』合流しろ」

「……気をつけてね、獣兵衛さん」

 案ずるようにセリカが言う。獣兵衛は不敵に口角を上げた。

「心配するな。此処まで生き延びた俺だ、そう簡単にくたばりはせん。トリニティ、後は頼むぞ」

「はい。では……参りましょう。ココノエさん、セリカさんは先頭へお願いします。ジンさん、ノエルさん。ココノエさんが鍵の錬成を始めたら指示しますので術式でサポートをお願いします。時空の裂け目に入ったら、すぐに始まりますから」

 冷静に、一つ一つ的確にトリニティは指示を出していく。

「ラグナさん、マキシマさんは最後についてきてください。先に行ってしまうと、鍵がきちんと開く前に境界に落ちて永遠に彷徨う事になるかも知れませんから」

「う……まじかよ。分かった、大人しくついていく」

「レクイエム壊す前に境界に落っこちて死ぬとか笑えないもんね……」

 頬を引き攣らせながらラグナは了承し、マキシマも乾いた笑みを浮かべて承諾する。
 各々が自分の役割と並び順を確認し、覚悟を決める。そうして獣兵衛に見守られながらマキシマ達は、六三四によって現れた時空の裂け目へ飛び込むのだった。
 暗闇を歩き進む。全てが黒で塗り潰された空間は人一人が通れる程の道幅しかないようにも思えるし、無限に広がっているようにも思える。先は見えず、やって来た道も見えない。唯一『確かに硬い床を踏んで歩いている』という感触と、それに反響する靴やブーツのコツコツという歩く音だけが今確かに自分が此処に居るという感覚を証明してくれていた。
 どれくらい歩いただろうか。前が立ち止まった気配がしてマキシマも足を止めた。パシュン、と機械的に扉が開く音がし、暗闇に慣れた目が扉の先の薄暗い空間を捉える。
 足を踏み入れると、そこはドーム状になっている空間だった。所狭しと機材が配置され、そこかしこに何十本ものコードが繋げられていては伸びていて、中央には天井から吊されている巨大な装置がある。魔法使いの工房というよりは研究室やラボに近い印象だ。

「工房ってよりは……何かの研究施設みたい……」

「広い、ですね……」

 辺りを見渡しながらマキシマとノエルが囁く。その声は工房に響く事なく、静かに薄闇の中へ吸収されていった。
 早速工房に入ったマキシマは手近なところから探し始めた。しかし目に付くのは停止した機械と、暗号めいた文が羅列している書類ばかりで。

「こんな施設が第七機関の地下に隠されていたとはな。統制機構も、流石に此処は情報の片鱗すら掴んでいなかっただろう。……歴史的資料の宝庫だ」

 感心したように、周囲を見ながらジンが呟く。

「発見出来ないのは当たり前だ。此処は境界と窯の狭間にある……母の固有領域だ」

「……つまり『場』のようなモノか。ならば此処を維持している『認識』はなんだ?」

「……すぐに分かる」

 ぶっきらぼうにココノエは返す。

「んで、そのレクイエムってのは何処にあるんだ? 大きさとか外見とか、何か分からねぇのかよ?」

 ラグナがきょろきょろと辺りを見回す。確かにレクイエムに関しては事象兵器であるという事以外の情報は渡されていなかった。『ベルヴェルク』のように比較的小型な武器の形をしているかも知れないし、『タケミカヅチ』のようにとてつもなく巨大な人型かも知れない。
 ラグナが探し回っているとその傍らに静かにレイチェルがやって来て、とある一方を指で指し示す。

「あら? ラグナ、アレじゃないかしら? 向こうの方の……そう、アレよ。取ってくれるかしら?」

「あぁ? 向こうのアレだ……ってどれだよ? ん? アレか……」

 ブツブツとボヤきながらも律儀にラグナはレイチェルの示した方向へ向かい、乱雑に置かれた機材を動かしたり裏側を探ったりしながらも探す。
 なんだか妙にレイチェルの声が優しい。不審に思ったマキシマは一度探す手を止め、離れた位置からラグナの様子を見守る。

「なんだよ、意外に小せぇ………………うあっ!?」

 ラグナが素っ頓狂な声を上げた瞬間だった。その場からラグナの姿が掻き消え、パッと直ぐに姿が現れたかと思えば数メートル上の空中で逆さになっていた。そのままラグナは機材の山に落ち、盛大な音を響かせる。

「ちょっ、ラグナ!? 大丈夫!?」

 マキシマはバタバタと走ってラグナの元へ向かった。そして機材の山に埋もれている彼をなんとか引っ張り出す。

「いってぇ! なんだよこれ!?」

「やはり、そういう仕掛けね……」

 瓦礫の山から抜け出す事の出来たラグナを見つめながら、確信を抱いたかのように静かに呟く。その声が聞こえていたのだろう、傍まで来たココノエも興味深げにラグナの方を見、腕を組んだ。

「空間を圧縮しているのか……」

「なにそれ、どういう事?」

 自分でこの現象を試しただろうとレイチェルに噛み付くラグナをどうどうと諌めつつ、マキシマはココノエに問う。

「認識と実際の広さが違っている。今のあいつを見ただろう、迂闊な行動をすれば別の位相に飛ばされかねん。気をつけろ、迷ったら永遠に出られないと思え」

「先に言えよ、洒落になんねぇだろ!」

 怒りが収まらないラグナが毒吐いていると、ひょこっとセリカがやって来てにこにこと笑顔を浮かべた。

「安心して。ラグナが迷子になったら、私が見つけてあげる!」

「いや不安しかないから!」

「お前が一番心配だよ!」

 マキシマとラグナが突っ込んだのはほぼ同じタイミングだった。
 ああもう、埒が明かない。苛立ちを隠すようにマキシマは髪を掻く。

「……で? 結局レクイエムは何処にあるの? 此処、少し探してみたけど出てくるのは動かない機械と書類だけなんだけど」

 尻尾をゆらゆらと揺らし、白衣のポケットからキャンディーを取り出して口に放ったココノエは説明していく。

「認識と実際の広さが異なっているという事は、隠された別の空間があると見て間違いないだろう。恐らく母は、そこにレクイエムを隠した」

「解除出来るの?」

「当然だ。今から『鍵』を探し出すから少し下がれ」

 それに従い、マキシマはセリカやラグナと共に何歩か後ずさった。流石にこれは彼女が得意とする科学では出来ないらしく、何やら術式を構築している。マキシマ達がじっと息を潜めて様子を窺っていると、唐突にココノエが大きな声を上げた。

「なっ……!?」

「な、なにココノエ! どうしたの!?」

「…………いや、鍵を見つけた」

 それにしてはココノエの声のトーンは低く、嬉しそうではない。マキシマ達が何事かと思っているとココノエは話を続ける。

「……それより急激な空間膨張が起きると思うから息を止めていろ。……それと、少しショックかも知れないぞ」

 何が、とかどういう事、と訊く前に『ソレ』はやって来た。
 転移にも事象干渉にも似た強制的な視界の暗転。暗闇は一瞬で、すぐに全ての五感が機能し始める。今度は空中に投げ出されたりもしていない。両の足は床をしっかり踏んでいる。
 そう思ったのも束の間。むせ返るような酷い臭いが鼻をつき、咄嗟にマキシマは手で鼻と口元を覆った。

「何これ……血の臭い?」

 何度か経験した事のある臭いだとは言え、唐突に嗅げば誰だって驚くだろう。顔を顰めながらマキシマは周囲を見回す。どうやら工房に居た者は全員この場に居るようだ。そして周囲を見回してしまったマキシマは、『ソレ』を見てしまった。
 端的に表せば、それは逆さ向きに安置されている黒い巨人だった。あまりに巨大すぎてマキシマの視界の範囲では首から下は見えない。それより下は天井の向こうにあるのか、それとも見ている部分しか存在しないのか。巨人は眠りについているのか、僅かに脈動している様子がある。
 周囲には血のような液体が入ったガラスの筒のようなものが幾つもチューブによって天井から吊されて、その全てが巨人へと向かっている。血の臭いの原因はこれかも知れない。
 あまりにも異質。圧倒的な異彩を放つソレに得体の知れない恐怖を覚え、背筋にぞわぞわと寒気が走る。
 誰もがその異質な巨人に言葉を失っていると、静かにココノエが切り出した。

「『骸葬・レクイエム』……十二番目の事象兵器だ」

「これはマスターユニット……。いや、タケミカヅチ……。まさか、この『場』を『認識』しているのはコイツなのか……?」

 ジンがレクイエムを見上げる。

「全く……ナインが造り出そうとしていたものをよく表しているわね。これは……」

「――生きてる」

 呆れたように吐き出されたレイチェルの言葉を、マキシマが引き継ぐ。その表情は有り得ないモノを見たかのように青褪めていて。
 そう、これは生きた事象兵器(アークエネミー)だ。タケミカヅチとも、ニルヴァーナとも違う。あくまでヒトガタを模している二器とは違い、目の前の事象兵器(アークエネミー)からは確かな命の脈動を感じる。

「信じられない……あの魔女、何を考えてこんなモノを造ろうとしたの……?」

「『神』だ」

 嫌悪感を込めて呟かれたマキシマの問いに、ココノエが答える。

「『骸葬・レクイエム』はマスターユニットの模倣品だ。つまり母は自らの手で『マスターユニット』……即ち『神』を創造しようとしたのだ」

「『神』を……創る……」

 怯えたようにノエルは腕を擦る。

「ちょっと待て! それってとんでもねぇ事なんじゃねぇのか!?」

「勿論、とんでもない事よ。それに驕りも甚だしい。……だけど、それが出来てしまうのが彼女なの。しかもこの『骸葬・レクイエム』は、マスターユニットとほぼ同等の機能を持っている……。つまりコレは『大魔道士ナイン』によって創り出された、限りなく神に近い『神の模造品』と言うわけ」

「……頭が痛くなりそうだわ」

 マキシマが呻く。レイチェルの掻い摘んだ説明を聞いているだけで頭痛がしそうな内容だ。
 ただの人間が『神』を創る。彼女の言う通りとんでもない話だが、ナインはただの人間ではない。黒き獣の為に事象兵器を設計し、『神』に匹敵しうる模造品さえも創り出してしまう天才なのだ。
 それに、マスターユニットと同等の性能を持っているという事は世界を構築する力を持っているという意味にもなる。それを行使すれば、この世界なんて。
 そう考えていると、唐突に爆発音が響く。巻き上がる砂煙。咄嗟にマキシマが剣形態のトリスアギオンを構えると、薄くなりつつある砂煙の中に二つの人影がある事に気付いた。

「ぐ……う……っ」

「お師匠!?」

「獣兵衛さん、大丈夫!?」

「師匠、何があった!」

 小さく呻き、倒れた獣兵衛にラグナとセリカは駆け寄り、セリカは獣兵衛を抱き起こす。それとは対照的に獣兵衛に近寄らなかったマキシマとジンは彼らから少し離れた位置に立ち、各々の武器に手を掛けながらもう一つの人影に注意を払った。

「……姉さん」

 気をつけろという注意を孕んだジンの声。それとほぼ同じタイミングで工房を埋め尽くすかのように炎が舞い上がった。突然生まれた高熱がマキシマの頬を撫でていく。

「あら……随分と沢山のお客様がいらしてるみたいね」

「ナイン、テメェか!」

「母様……」

「お姉ちゃん!」

「ようこそ『我が工房』へ。……でも留守中に勝手に上がり込むのは、ちょっと感心しないわね」

 余裕綽々といった様子で砂煙の中から現れたのは、この工房の主であるナインその人だった。余裕たっぷりに腕を組み、大人数に囲まれても尚不敵な笑みを崩さないところはマキシマが何処かの世界であった、『あの時』のナインと何ら変わらない。

「……よく言う。わざわざ扉を開けて誘い込んだのはそちらだろう」

「ふふ、気付いていたの? 流石は私の娘ね」

「当然だ。大魔道士ナインの封印があの程度のわけがない」

「あら、随分と母を評価してくれるのね。嬉しいわ」

 ニコニコとナインは朗らかに笑う。その光景はまるで普通の母子の会話のようだ。時と場所と状況を除けばの話だが。

「皆、下がれ……! 彼女は、俺が……っ!」

「そんな、獣兵衛さん無理です! こんな酷い傷で!」

「放してくれ。俺が止めねばならんのだ……彼女だけは!」

 セリカの制止を振りほどき、よろよろと獣兵衛は立ち上がる。しかしその姿は誰が見ても満身創痍だと分かる程で。

「待てよ師匠! どう見てもまともに動ける状態じゃねぇだろ!」

「だ……黙れ! セリカ、少しだ、少しで良い。動けるようにしてくれ!」

「え、あ……」

「止めろセリカ!」

「駄目、セリカ!」

 治癒魔法を掛けるか迷って手を彷徨わせているセリカにラグナとマキシマが制止の声を上げ、オロオロとセリカは獣兵衛とラグナ・マキシマを交互に見やる。そう、治療したとて付け焼き刃なのは目に見えているのだ。

「でも……獣兵衛さんが……」

「ガハッ……ナイン、もういい……退け! グッ……」

「師匠、いい加減にしろ!」

 血を吐いても尚倒れようとはせず、ふらふらとした足取りでナインの方へ向かおうとする獣兵衛にラグナが激高する。
 その姿を無慈悲に見下すのはナインだった。

「……可哀想ね。その傷を抱えたままでは如何に気持ちを奮わせようと、かつてのようには戦えないでしょうに。いつまで経っても変わらず無謀な人ね、あなたって。……本当に変わらないわ……」

「どうして? どうして、お姉ちゃん⁉ 獣兵衛さんとお姉ちゃん、あんなに仲が良かったのに、なんでこんな事!」

「決まっているでしょう。『相手』が誰だとか関係ないのよ……」

 今まで穏やかだったナインの語気が鋭くなる。

「私の前に立ち塞がる者、私の邪魔をする者……それらは全て敵よ。……例え『愛する』者だろうとね」

「そんな……」

「セリカ、下がって!」

 抑えていた殺気が膨れ上がり、破裂したような感覚。
 もうそこに『娘を想う母』も、『夫を想う妻』も居ない。居るのはただ、全てを殺戮せんとする『爆炎の魔女』だけだ。マキシマはセリカの前に躍り出、彼女を庇うように剣を構える。
 その隣に並び立つ姿があった。マキシマが目だけを動かして確認するとそれはラグナで。

「おい、ナイン。丁度テメェに聞きてぇ事があるんだ」

「何? 時間稼ぎのつもり? ……そうね、まあいいわ。あんたの質問にいちいち答えてやりたいとは思わないけど……聞くだけ聞いてあげる」

「十二番目の事象兵器……こんな仰々しいもんまで作って、一体テメェは何がしてぇんだ?」

「あぁ……そんな事」

 フンとナインは鼻で嘲笑う。幼稚な質問をされたと言いたげだ。

「『そんな』だと? テメェは暗黒大戦で世界を守った、それこそ命懸けでだ! その守った世界を、今になってなんで滅ぼそうとする⁉」

「滅ぼす? フフッ……馬鹿な事を言わないで頂戴。私がいつ『世界』を『滅ぼす』だなんて言ったのかしら?」

 クスクスと楽しげに笑い、ナインは続ける。

「この世界を『終わらせる』だけよ……。この下らない、嘘だらけの世界をね。……私はね、『世界を滅ぼそう』なんて少しも思ってないわ。今だって命懸けで戦っているのよ。本当に……『命懸け』でね。だって……世界には、私の掛け替えのないものが『たくさん』存在しているのだから」

「お姉ちゃん……」

「だ、だったら何故……!」

 ナインの瞳がノエルへ向かう。

「『お人形さん』。貴女にはよく分かってるんじゃない? いいえ、貴女だからこそ『解るはず』よ……。私が守った世界、私が守りたかった世界、そして守りたい世界……。だけどその『世界』が……その全てが欺瞞と虚構に満ちてい事を!!」

 ナインが叫ぶ。それは間違いなく魂からの叫び。心からの慟哭。
 似たような話を、どこかで聞いた事はなかっただろうか? それはカグツチで、支部の屋上で。青褪めた瞳の少女を侍らせた緑の蛇から。
 レイチェルが僅かに瞼を伏せ、そっと呟いた。

「貴女……見たのね」

「……ええ、見たわ。……観測て知ったわ……。愚かしくて下らない、この『ふざけた世界』の真実を! 『私達』が必死に……命を懸けて戦って、守ろうとしていたこの世界が、とんでもなく馬鹿馬鹿しい茶番劇だったって事をね!」

「ねえ……お姉ちゃん。何があったの? あの頃、暗黒大戦が終わって、世界が平和になって、ゆっくり町が元通りになろうとしてた。私は……『そこ』までしか知らないの。あの後、お姉ちゃんに何があって、お姉ちゃんが何を見て、何を知って……何に苦しんでるのかちゃんと教えて!」

「……ああ、その瞳……。セリカ、私の可愛いセリカ。貴女はどんな『魂』になっても……やっぱりセリカなのね……。……いいわ、貴女がそんなに知りたいのなら教えてあげる……。滑稽で不愉快な、昔話を聞かせてあげるわ……」

 そうしてナインは語り出す。彼女が見た世界の真実の一端を。
 彼女が観測た、『神様』になった『ひとりの少女』の物語を。

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