Goodbye To
Eternal Regression

Repaint of the Blue

 ナインは語る。生前の出来事を。
 凡そ百年前に起きた『暗黒大戦』。多くの犠牲を払い、『黒き獣』を滅ぼした事で人類が勝ち、平和を得た戦い。
 戦いが終わり、町が復興しだし、人々の体の傷や心の傷が癒え始めた頃、ふとナインは考えた。
 『黒き獣』とは? 何故あんな化物が存在しているのか? なぜアレは人々に敵意を持ち、殺すのか?
 ナインの疑問は尽きない。『黒き獣』の出現に呼応したかのように集った『六人の戦士』。そして本当に……本当に『都合良く』、彼女達の『時間』に現れた『ブラッドエッジ』を名乗る男。彼のお陰で生み出された『術式』。これらのピース、どれが欠けていても『黒き獣討伐』というパズルは完成しなかっただろう。
 まるで予め『ソレ』が決まっていたかのような事の運び。予定調和のような出来事。それが引っ掛かったナインは調べる。調べて、調べて、調べ尽くして――一つの出来事にたどり着いた。
 『遥か昔』に『魔素』を使用した戦い。『素体戦争』という真実に。


 そこから先は、マキシマが『何処かの世界』でイザナミから聞かされた話だった。それは、いつ彼女に聞かされた話だったか。そんな事を考えているとナインは一つ息を吐き、話を続ける。
「これが私の見た、世界の真実。そしてこの世界は……神様になった少女の醒めない『夢』は、何度も何度も同じ歴史を繰り返す仕組みになっている」

「……『カグツチ』までの事か……。ならば何故、同じ『時』を繰り返す?」

「第一素体の少女が自らの存在を何処に求めているかは知らないわ。……知りたくもない」

 憎々しげにナインが吐き捨てる。

「でも再構築された世界は、人に優しくなかった。少女は神の……『自分』の望まない結末が訪れる度に、世界が再び黒き獣の闇に飲まれる度に……世界をリセットしてやり直しを強要した。その度に、私達はあの戦争を迎えた。長くて苦しくて辛くて惨い『暗黒大戦』を、何度も何度も、繰り返し解決する事を求められた。全く……『天罰』のつもり? それとも『復讐』かしらね? 人間達が創り出した『黒き獣』を人間の手で『後始末』させるなんて」

 ナインが嘲笑う。そこに誰も口を挟む余裕などなく、ただただ魔女が紡ぐ世界の話に耳を傾ける。

「そして私達は何度もセリカを探しに日本まで行くのよ……。何度も術式を開発して、何度も事象兵器を造って。死んだ人は何度も死んで、裏切られた人は何度も裏切られて、奪われた人は何度だって奪われて。恐怖した人、嘆いた人、絶望した人、実際にその身に傷を負って苦しんだ人も、『絶対』に助ける事も救う事も出来ないで……。……何度もセリカは利用され、危険な目に遭って。そして何度も……炎の中で死んで行くのよ……」

 最初から最後まで、全てがシナリオ通りにしか進まない世界。そこに一切のイレギュラーは発生しない。決められた日に獣は現れ、人は戦い、あるいは死に、世界は二二〇〇年を迎えないままリセットされ、また最初に戻って全てを繰り返すのだ。
 必死に足掻いて生きてきた人生が予定調和だと知った時、どれほど絶望しただろうか。
 最愛の妹が炎に焼かれて死ぬのがシナリオ通りだと知った時、どれほど嘆きたかっただろうか。

「私はね……守りたかったの。世界なんかじゃない。人類なんかじゃない。私の大事な妹だとか、友達だとか、愛する人だとか……そういう人達を守りたかったの。その為に必死で戦ったのよ。でも、それが何!?」

 ナインが叫ぶ。

「蓋を開けてみればマスターユニットだか何だか知らないけど、ご大層な装置に乗り込んで呑気に寝てるお嬢さんの夢やら希望やらの為に馬鹿みたいに同じ事を繰り返して! 誰より守りたかった妹を、何度も何度も何度も同じ悲惨な死に追い込んでいただけじゃない! 何度も何度も何度も何度も何度も何度も!! ふざけんじゃないわよ!!」

 今まで溜め込んできたモノを吐き出すかのような彼女の叫び声は、最早悲鳴に近かった。限界まで磨り減った魂が奏でる不協和音。

「お姉ちゃん、それは……っ」

「いいえ、いいえ! 誰がなんと言おうと、例えセリカが認めようと、これだけは許さない! たった『一人』の願望を叶える為だけに繰り返すだけの世界! それ以外の願望は、全て『生贄』として食い潰す世界! 私はこんな世界は認めない! 絶対に認めないわ! 私がこのふざけた世界を終わらせてあげる!!」


「……その為の骸葬=レクイエムってワケ?」

 トリスアギオンを構えたまま、警戒の色を示しながらマキシマが問う。
 一つ息を吸い、呼吸を整えて少し落ち着いた様子のナインが答えた。

「……ええ、そうよ。代わりに私が新しい『世界』を創ってあげるわ。誰かの意思や願望(ユメ)なんかじゃなく、あるべきものがあるべき姿で、あるべきように存在する……。誰の意識も介入させない、完璧なプログラムによって構成された世界を構築する。そして世界は再び『あの時代』に遡るわ。そこまで行って漸く私達は、私達の足で歴史を歩む事が出来る。偽りの神による偽りの世界からの解放を許されるのよ。誰もが『願望』を叶える事の出来る世界……それが、私の『願望』」

 崇高な願いだ、とマキシマは思った。
 確かにこの世界はたった一人の少女が作り出した無間地獄のようなモノだ。誰がどんなに祈ったところで定めの通り人は死に、来るべき時に厄災はやって来る。些細な願いですら否定され、踏みにじられてしまう。しかしナインはそれを壊し、誰もが自由に生きられる世界を創るのだ。生半可な気持ちと覚悟で出来る事ではない。
 そう、とても貴い願い。しかしどこか――何処かが狂っている。何かが決定的に崩壊しているように思えて。

「……さあ、これで私のお話はおしまいよ。理解できたかしら? 出来なくてもいいわ。どうせ……、皆ここで『終わる』のだから」

 落ち着いた様子だったナインの雰囲気が一転する。爆発的に溢れ出した殺気にレイチェルとジンが各々の武器を構えて臨戦態勢に移る。

「ナイン……つまり貴女も、今ある世界を否定するのね」

「ここまで話して、他の答えが必要かしら?」

「ならば、貴様は秩序を脅かす『悪』だ……。やはり貴様を倒す以外……先に進む選択肢は無さそうだな」

「ふふ、生意気。貴女もそう思うの? ココノエ?」

「……悪いが私は母様には賛同出来ん。今ある『私』の存在を否定する訳にはいかないのでな……。それに私が敬愛する母様は、遥か昔に……『死んだ』」

 素っ気ないココノエの返答に、僅かに肩を揺らしてナインは笑う。

「あら。悲しい事を言うのね、悪い子。全く……誰に似たのかしら」

 ブン、と剣を振るってマキシマは口を開く。

「親子喧嘩はもう済んだ? 結局、どんなご高説を述べたってあんたは私達の敵。過去にばっか囚われて未来なんか見ちゃいない。太古の亡霊なら亡霊らしくさっさと引き下がりなさいよ」

 ナインの周囲にチリ、と火の粉が舞う。彼女も臨戦態勢になったという事だろう。
 両者の間に緊張が走る。いつ戦いの火蓋が切って落とされてもおかしくない状況。
 そんな張り詰めた空気の中、一人の男が動いた。その人は一番前に出てナインと正面から向き合う。

「はいはい。んで、テメェの話はこれで終わりか? ナイン」

「ラグナ!」

 名を呼び、前に出てこようとするセリカをラグナは手で制す。

「聞きたいと『お願い』したのは貴方だった筈だけど? ラグナ=ザ=ブラッドエッジ。でも、あなたの頭では理解出来る話じゃなかったかしら? そもそも理解してもらおうなんて思っていないけど――」

 炎が舞う。咄嗟に大剣を引き抜いたラグナはそれを斬って霧散させた。霧散した火の粉がチリチリと空気を焦がす。

「っと、いきなり危ねぇな……」

「……やるわね。何か気が変わったのかしら? でも、今ので消し炭になってた方が後で苦しまずに済んだのに」

「あぁそうかい。だが消し炭はゴメンだ」

 一歩前に踏み出し、ラグナは後方へ鋭く声を投げる。

「下がってろ」

「……兄さん、一人じゃ無理だ」

「馬鹿、六英雄相手に何カッコつけてんの」

 ジンとマキシマが黙っている筈もなく。すぐに言葉を返すが、どこ吹く風と言った様子でラグナは大剣を構えた。

「ん? あぁそうだな。でも『元』だ」

 苛立たしげにナインがその柳眉を吊り上げる。

「威勢が良いのね。それともやっぱり本物の馬鹿なのかしら。無謀と勇気を履き違えいてるタイプ? 全員でかかってくれば『少し』は私を倒すチャンスがあるかも知れないわよ」

「いや、お前如き俺一人で十分だよ……『元』英雄様」

 じろり、とナインが睨む。その殺意の篭もった視線は普通の人ならば見られただけで竦んでしまうだろう。しかしラグナは臆する事なくナインを見据える。

「……聞き捨てならない言い方ね。あんた、何様?」

「んじゃ、テメェは誰だ? 悪ぃが、俺の知ってるナインは『英雄様』なんかじゃねぇよ。口うるさくておっかねぇし、すぐ人に蹴りブチ込むけどよ……。めちゃくちゃ強いわ、俺との無茶な『約束』守るわ、そんで世界を救うわ……妹が胸張って『すげぇ』って誇れる……『勇者』だ」

 言葉選びは雑で荒いが、その口調には確かな信頼が込められていて。僅かに目を眇め、ラグナは問う。

「もう一回聞く……。テメェは『誰』だ?」

「……私は『ナイン』。それ以外の何者でもないわ」

「そうか。なら『最後』にひとつだけ言わせてくれ。……弟妹を持つ身として、俺はあんたを尊敬してるよ」

 ナインは応えない。
 するとセリカがラグナの傍までやって来て、彼の上着をぎゅっと掴んだ。そうして涙混じりの声で頼む。

「……ラグナ、お姉ちゃんを……お姉ちゃんをお願い」

「おう、任せておけ。…………マキシマ

「……うん」

 何を言わんとしたのかを察し、応えたマキシマはトリスアギオンを解除するとラグナのところまで向かい、セリカを連れて下がっていった。遠巻きにラグナの様子を窺いながら、今にも泣きそうなセリカの背をマキシマは撫でる。

「本当に……どこまでも不愉快な男ね……」

 苛立ちを隠さず、ナインが強く歯噛む。

「ナイン……テメェの『願望』はよく分かった。『痛い程』にな……。だからこそ、俺はテメェを止めなきゃならねぇ」

「大口を叩くじゃない、ラグナ=ザ=ブラッドエッジ! なら私の『願望』……終わらせてみなさい!!」
「上等だ! おら、掛かって来いよ『泣き虫姉ちゃん』。俺が……『助けてやる』!!」

 炎が舞い上がる。剣が振り上げられる。
 それが戦闘の合図だった。


◆◆◆

 
 炎が踊る。闇が喰らう。
 隙の少ないナインの魔法攻撃をラグナは剣や右腕のソウルイーターで凌ぎ、或いは攻撃していて。熾烈な攻防戦が繰り広げられている。
 その攻防戦を離れた位置から見守っていたのはマキシマだった。セリカを支えながら、二人の一挙一動、いや一呼吸すら見逃さまいといった様子で二人を見ている。
 見ながら、マキシマは考える。ラグナの口ぶりはまるで『ナイン』を――いや、『大魔導士ナイン』になる前の彼女を知っているかのような口ぶりで。
 どんな偉業を成した者でもその過程と言うのが必ずある。学者の頃、または学生の頃。
 ラグナはきっと、その『学生時代のナイン』を知っているのだ。『何故』は分からない。しかし『どうやって』なら分かる。窯だ。どういう理由かマキシマは知らないが、ラグナは『窯』を使って過去に戻り、そこでナインに会ったのだろう。だから彼女を知っているかのような台詞が吐ける。そして――『救ってやる』と堂々と言えるのだ。全く、たいした『きょうだい』だ。
 ナインが頭上に火球を展開させる。その巨大な火球は落ちればラグナはおろか、この場にいる全員が焼け死んでもおかしくはない質量を持っていて。
 火球を落とすその瞬間、僅かにナインの体が硬直したように見えた。そして何かを囁いたようにマキシマは見えたが、それを読み取る事は叶わずにいて。
 硬直の隙を見逃さず、ラグナは大剣をナインの体に深々と突き刺す。次いで右腕から吹き出した闇が龍の顎を象り、ナインを咥えると床へ思いっきり叩きつけた。

「お姉ちゃん……っ!!」

 セリカと獣兵衛が駆け寄っていく。それが戦闘終了の合図となり、マキシマは息を吐いた。
 倒れたナインの傍らに寄り添うセリカと獣兵衛。此処で自分までも向かうのは野暮だろうと考え、マキシマは壁に背を預けると腕を組み、三人の様子を見つめている。三人の『家族』はそれぞれが言葉を交わしていて。
 これで一つの難題を超えた。後はレクイエムを破壊すれば終わりだ。そう安堵しかけた瞬間――空間が揺らぐ気配を感じてマキシマは壁から背を離した。
 ぐにゃ、と歪んだ空間から嫌な気配を感じる。

「ならば余が送ってやろう……ファントム」

「――何ッ!?」

「なっ……!?」

 ラグナとジンが警戒した瞬間には既に遅かった。二人と傍に居たノエルを取り囲むように三機のユニットが放電しながら浮遊していて。
 暗がりからゆったりとした優雅な動作でイザナミが姿を現した。その姿はマキシマが以前見かけた十二単のような厳かな衣装ではなく、丈の短い巫女服のような衣装を身に纏っている。以前の服に比べて遥かに動きやすそうな服だ。
「ナイン=ザ=ファントムよ。情けない姿ではあるが……ご苦労であった。其方は此れまで余の為に、実によく働いてくれた。ならばこそ……余が直々に送ってやろう。だがな……其方の赴く所は冥府ではない……『虚無』だ」

「あんた……どうして此処に……!」

「何故と申したか、姉さまよ。決まっていよう? 余はその者に……完全なる『死』を与えに来たのだ。虚空なる、永遠なる無へとな」

 マキシマが剣形態のトリスアギオンを展開し、憎々しげに唸る。しかしイザナミはどこまでも優雅で、毅然とした様子でいて。

「駄目っ! そんな事させない!」

 立ち上がり、ナインの前に立ちふさがったセリカが両手を広げる。視線だけをマキシマから外し、セリカへ移したイザナミは侮蔑を込めた視線を投げる。

「其方は……ほう、『まだ』存在していたか。目障りな亡霊め」

「……ッ!」

「セリカ、下がって!」

 駆け出し、二人の間に割って入ったマキシマはイザナミからセリカを守るように立ち塞がった。しかしイザナミはさして気にした様子もなく、ゆるりと視線を奥のナインへ向ける。

「ファントムよ……。理の外に居ながら尚も資格を持つ其方なら、あの魔人をも倒し、新たな神を生み出すかと思っていたが……この程度の『者』に破れるとはな……ククク、ハハハハハハッ! やはり所詮は『人』か!」

 高笑いをし、一つ息を吐いたイザナミは展開させていたユニットを呼び戻す。

「無駄話が過ぎたな……さぁ逝くがよい、ファントム……否、六英雄ナインよ」

「貴女には……お姉ちゃんには指一本触れさせない!」

「ばっ……セリカ! 下がりなさいってば!」

 マキシマを押しのけ、セリカはイザナミの前に立つ。マキシマは焦った様子で彼女を背後へ戻そうとする。
 その時だった。背後で誰かが立つ気配がしたのは。その人物は痛みに耐えるように長く息を吐き、ゆらりと立ち上がる。先のラグナとの死闘で既にその体は死に体だろうに。それでも残った力を振り絞って彼女は両の足に力を込める。

「お姉ちゃん!?」

「ナイン!」

「……言ってくれるじゃない……冥王イザナミ」

 傷を庇いながらも立ち上がったナインはじろりとイザナミを睨みつける。

「ほう。流石は十聖。その傷で未だ立ち上がるか」

「『ここ』には……私が全てを懸けた『家族』がいるの。それは……私の世界、私の全て……『その為』に、ここまで来たのよ……」

「そうか……だが残念であるな。其方の『願望』も……此処で終わりだ」

「そう? でも生憎ね、こう見えても私……『諦め』が悪いの」

 ナインとイザナミの間でバチン、と光が弾けた。その光がまるで忌避すべき存在だと言うようにイザナミは顔を顰める。

「ほう……生なる者の命である『灯滅の輝とうめつのかがやき』か……。余の……最も忌むべき光であるな。実に不愉快だ。……だが余は寛大だ。無礼も許すぞ、ナイン。されど其方の命も此処まで。余の褒美……受け取るが良い」

「お姉ちゃん!」

「クソッ……下がれ、私がイザナミの相手をする」

 ふらりと倒れそうになったナインをセリカが支え、代わるようにしてココノエが躍り出た。瀕死の重傷を負っている獣兵衛も前に出ようとする。

「くっ……ココノエ、下がれ……」

「親父は黙っていろ!」

 ココノエの怒号が飛ぶ。
 その様を眺めて楽しげに笑い、イザナミは片手をゆっくりと持ち上げた。それは蛇が鎌首をもたげる様子と似ていて。

「そう急くでない。直ぐに其方等も同じ場所へ送ってやる。……家族愛、実に不愉快だ。余に対する二度の無礼……ナインよ、最早其方を許す訳にはいかんな……逝ね」

 イザナミが手を振り下ろす。その動きに合わせて三機のユニットがナイン達へと向かって飛んでいった。
 立ち塞がっていたココノエやマキシマを押しのけ、ナインが前に飛び出す。飛来するユニットとナインが触れ合った瞬間、小規模な爆発が起きた。舞い上がる黒煙から逃れるようにイザナミは下がり、憎しみの混ざった低い声音で問う。

「――何をした」

「イザナミ……アンタが、此処に来る事を……私が……予測してなかったとでも思う? それに私は……最後にアンタを……」
 ぜいぜいと肩で息をしながら、それでもしっかりと立ちながらナインがきっぱりと告げる。

「『倒す』つもりでいたのよ」

 瞬間、世界がノイズで染まる。これはもう何度も経験したモノだ。激しい耳鳴りと気持ち悪さに耐えながらもマキシマはソレを口にする。

「これ、事象干渉……!? ナイン、あんたそんな状態で……!」

「下らんな……この程度の事象干渉で何が出来る?」

「出来る、ですって? いいえ、出来ないわ……『私は』ね……」

 含みのある言い方。それに呼応するかのように今まで沈黙を保っていた『骸葬・レクイエム』が雄叫びをあげた。地震が起きたかのようにフロア全体が揺れる。
 ハッとしたようにココノエはナインを見やった。

「この波動は……まさか母様!」

「レクイエムが……起動した……!?」

 それは赤子の泣き声だった。赤子が癇癪を起こして体を揺すっているようなモノだった。
 赤子を大事に抱き抱える母親の腕のような制御装置を壊そうとしながら――十二器目の事象兵器が、目覚める。

「暴走……している。皆さん、危険です! 直ぐに避難を!」

 トリニティが声を張り上げる。その最中でナインは術式の鎖を数多に精製し、イザナミをその場に固定した。自身を絡め取る鎖を見、イザナミはナインを一瞥する。

「クッ……何のつもりだ……ナイン=ザ=ファントム」

「特製の拘束陣よ……。いくら貴女でもそれを解くには……数分掛かるわ」

 フ、と鼻を鳴らしてイザナミは嗤う。

「本当に下らん……。それで? その後は未完成の『骸葬=レクイエムおもちゃ』で何を楽しませてくれるのだ?」

「そうね……『コレ』は未完成……。でも、アンタを『止める』には十分よ!」

 イザナミの顔から表情が消える。

「……ナイン、其方まさか」

「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ……時間が無いわ、黙って聞きなさい。いい? 『滅日』は……もう止められないわ」

「こんな時になんだよ!」

「聞けって言ってんでしょ!」

 一蹴し、ナインは続ける。

「『滅日』の核である『死』は、あの冥王イザナミの存在そのものなの。つまり……イザナミがこの世界に存在する限り……『滅日』を止める事は出来ない。そして……存在そのものが『死』であるイザナミを……『消滅』させる事は、不可能なのよ……。だから……今からイザナミの……『死』の『時間』を止めるわ。そうすれば……滅日も一時的にだけど……止める事が出来る」

「本当か!?」

「でもね……止められるのは、多分……『一週間』よ。その間に……なんとかしなさい」

 それは、遠い昔に『ある男』とナインが交わした約束に酷似していた。自分が『黒き獣』の活動を止めて時間を稼ぐから、お前は『黒き獣』への対策を考えろと告げたあの男と似ていた。
 期間は異なるが、状況は異なるが、告げる方と告げられる方の立場が異なるが。任せろと言って消えていった男を連想させるには十分過ぎる程ピースは揃っていて。
 全く――本当に嫌な男だと心中で呟き、ナインは告げる。

「『約束』しなさい……私が、イザナミを……『滅日』を止めている間に……。貴方の……貴方の『妹』を倒す……いえ」

 だから――ナインは『ブラッドエッジあの時の男』へ託す。

「『助ける』方法を見つけると!」

「……分かった。『約束』する。必ずサヤを……妹を助ける方法を見つける」

 揺れが増していく。それはレクイエムが完全に目覚めるまで時間がない事を示していて。

「……もう時間が無い……セリカ達を連れて、早く行きなさい……早く!」

「……すまねぇ、ナイン」

 ラグナが踵を返そうとする。
 その時だった。甘ったるい声は飛んできたのは。

「あれぇ? 何処に行くの……ラグナ」

 どこからともなく姿を現したのは十三番目の次元接触用素体。ニューだった。
 イザナミの傍らにフワリと着地したニューはすかさずムラクモユニットを起動させる。

「なんだ……随分と遅かったな。我が剣よ」

「ニューはね、この玩具を取りに来たんだけど……。なにこのおばさん……邪魔だから死んで」

「チィッ!」

 八本の剣が一斉にナインに刃先を向け、四方八方から飛来する。まるで何処へ逃げようとも絶対に逃がさないとでも言うように。
 ラグナが即座に大剣を引き抜いて応戦しようとする。しかしラグナが大剣を振るうよりも早く、ニューの剣を叩き落とす姿があった。

「ムラクモの相手は俺がする! ラグナ、お前は早く行け!」

「師匠!」

「今のお前じゃコイツを抑えきれん! いいから行け!」

「あんただって立つのがやっとの状態じゃねぇか!」

「ラグナ!」

 マキシマがラグナの腕を掴む。

マキシマ! 早くこの馬鹿を連れて行け!」

 ニューの猛撃が獣兵衛を襲う。あちこちの傷から血を流しているものの、獣兵衛からその場を引く意志は見られない。目に闘志を宿し、毛を逆立てながら六三四を振るう。

「ナインは俺が護る! いや、護らせてくれ! ……だから早く行けこの馬鹿共!」

「師匠……クソッ。分かった、任せたぞ! 行くぞマキシマ!」

「お師匠、絶対に死んだらダメだからね!」

 後ろ髪を引かれながらもラグナとマキシマは踵を返し、窯を離れていく。その最中、聞こえない距離だというのにナインの囁き声が聞こえたような気がした。
 恐らくそれは『ナイン=ザ=ファントム』でもなく、『大魔導士ナイン』でもなく、ただの『コノエ=マーキュリー』としての言葉だったのかも知れない。何の肩書きも持たない、一人の女性としての言葉。最後の最後で愛すべき夫に護られながら逝ける事を夢のようだと、幸せそうに笑いながら消えていく泡沫の言葉。
 海中に漂う泡のようにその身を溶かして……ナインは現世から姿を消した。

「そんな、お姉ちゃん……いやだ……」

 その様子を目撃してしまったセリカの足が止まり、大きく目が見開かれる。

「――――やだぁああああああああ!!」

 セリカの叫びに呼応するように唸り声を上げるレクイエム。頭上を見、焦ったようにココノエは叫んだ。

「不味い、時間硬化が始まるぞ!」

「ココノエ、転移を!」

 普段の冷静な彼女らしくない、焦った様子でレイチェルはココノエを見やる。ココノエもココノエで焦りを浮かべた表情で術式を展開していて。

「とっくにやっている! くそ……レクイエムの暴走で空間が湾曲しているのか? これでは座標を固定出来ん!」

「如何した、転移出来ぬのか? クククッ……あの魔女の努力も無駄であったか。ならばだ、時間硬化が解けた後に……冥王イザナミの名において、其方らに確実なる『死』をくれてやろう」

 拘束されたまま、余裕綽々といった様子でイザナミは嗤う。
 すると落ち着きを取り戻したセリカがポツリと呟く。

「お姉ちゃんは……ラグナに『可能性』を託した……。私も、大切な人を守りたい……もう誰もなくしたくない……」

 キッと目を見開き、意を決したセリカはレイチェルへ手を伸ばす。その手は淡く光っていて。

「レイチェルさん! 『お願い』!」

「――な、」

 レイチェルは『何か』が自分の中に入ってくる感覚を捉える。しかしそれを知覚した時、既にその場にレイチェルやラグナ達の姿はなかった。転移したのだ。時間硬化に飲まれるイザナミと、その足止めをした獣兵衛を除いて。
 暴走するレクイエムの叫び声の中、静かにイザナミは呟く。その唇は楽しげに弧を描いていて。

「ほう……これは面白い。其方が可能性であると言うのならその力を余に示せ……ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」

 確実に始まる時間硬化の中、その言葉だけがやけに響き渡った。

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