CENTRAL FICTION
眩むほどの閃光に目を固く閉じる。足の裏が硬質な床を踏む感覚を受け、マキシマは目を慣らすようにゆっくりと瞳を開けた。
「此処、は……」
つい、と顔を上げる。
何もない、真っ白な空間にぽつりとマキシマだけが立っている。そこは上下左右の概念があるのかと疑いたくなるほど、見渡せど見渡せど白い景色が続いてるばかりで。
いや――少しばかり意識して見上げてみれば、巨大なモノリスと、その真上で存在を放つ浮遊物を視認出来る。『門』とマスターユニットだ。
周囲を見回してみる。ラグナとジンと同時に窯……境界に突入したはずだが、二人の気配すら感じられない。あるのはただただ無機物だけで。
レイチェルが意図的に分断したのか、それとも外部から干渉があって分断させられたのか。それは分からないが少なくとも此処にはマキシマだけしか居なかった。
耳が痛いほどの静寂。色彩感覚が失われそうなほどの白。あまりにも何もなさすぎて、時間の概念すら忘れかけてしまう。
漠然と此処が『終点』という感覚はあった。それと同時に此処は『始点』だ。全てが終わり、全て此処から始まる。
だからきっと、此処で待っていれば二人が……いや、テルミからノエルを取り戻せば三人か。その三人が此処に来て、本当に……本当に全てが終わる。
ぼんやりと虚空を眺めていれば複数人の走る足音が聞こえてきて、音は確実にマキシマの居るところへと近づいてくる。やっと来たのか、と視線を動かせば見慣れた三人がそこに居て。彼らも此処にマキシマが居るとは思っていなかったのだろう。三人――ラグナ、ジン、ノエルは目を見開かせる。
「やーっと合流だよ」
「姉さん……?」
「姉さま!」
「ったく……居なくなったと思ったら、今までどこほっつき歩いてたんだよテメェ。こっちは大変だったっつーのによ」
「あはは、お疲れ様。まあ私は私でやる事あるんだって」
半笑いしながら手を振ってラグナを諌める。
『資格者』同士が近付きあうと認識出来るように、誰かが欠けても同様にに分かるのだろう。だから三人が此処に来るまでに誰が消滅したのかも分かっているし、イザナミの圧倒的な存在感が消え失せた事から彼女を撃破したのも理解している。ならば残っている大仕事は、あのマスターユニットをどうにかして『滅日』を止める事だけだ。
無事に四人で合流出来た事、無事である事に一先ず皆が安堵しかけるが――刹那、場の雰囲気にそぐわない金属音が鳴り響いた。驚愕の様子でノエルは口元を手で覆い、音の発信源を見やる。
「ね、姉さま!? どうして、兄さまに剣を……!」
「流石はラグナ。今の一撃を防ぐなんてね」
「おいおい、ウチの相棒様はちょっと見ない間に随分物騒になったみたいだな?」
――マキシマが、剣形態のトリスアギオンをラグナに向かって振り下ろしている。
傍目から見ていれば目にも止まらない一瞬の出来事のように見えたが、歴戦の死神の目は誤魔化せなかったのだろう。しっかりと反応したラグナは大剣でトリスアギオンを防いでいる。
唸るようにラグナが問う。
「……何のつもりだ、マキシマ。この状況で冗談が通じるとか思ってねぇよな?」
「まさか、思うわけないでしょ。大真面目だよ、こっち……はっ!」
力を込め、大剣ごとラグナを弾き飛ばす。両者が後退し、数メートルの距離が生まれる。
大剣を握り直す。対峙するマキシマの雰囲気は彼女の言う通り冗談なんかではなく、本気でラグナの首を獲りに行くと言わんばかりで。
獣兵衛に預けられてからこの方、何度も模擬戦や手合わせはしてきたが、ここまでありありと殺意と敵意を向けられたのはこれが初めてかも知れない。
「まあ良いぜ、『願望』を喰らう順番が変わっただけだ。マキシマ、俺が勝ったら大人しくおねんねして貰うぜ」
「どーぞ。でも私が勝ったら――『神の観る夢』を終わらせるのは、私だよ」
「……! 姉さん、まさか……!」
ジンが何か言いかけたその時、ラグナとマキシマは同時に床を蹴って激突した。先程よりも激しく、耳障りな金属音が響く。
半歩下がり、マキシマが回し蹴りを放つ。大剣でいなしたラグナが勢いを乗せたまま二度、三度と振り、それをマキシマは避け、トリスアギオンで薙いで躱す。
距離を詰めてトリスアギオンを振れば、ガン、と激しい音を立てて鍔迫り合いになる。離れ、様子を見、攻撃を仕掛ける。互いの動きと剣筋は体に馴染むほど知り尽くしているし、次に繰り出す攻撃も手に取るように分かる。ちょっとした足運びや視線の動かし方で分かってしまうものだ。ラグナは呆れたように心中で笑った。
大剣を振るう。闇を振るう。一対の剣を振るう。羽をはためかせる。何千、何万と受けた攻撃なら、此度の戦いを制するのはより強い想いを抱く方だろう。
ラグナが闇を纏わせた大剣を大きく振り下ろす。大振りな動きを見逃さず、素早く身を翻して回避したマキシマは、ぐるりと半回転してラグナの胴目掛けて蹴りを繰り出す。大剣を振り下ろしたままで動けないラグナの鳩尾に綺麗に当たり、体格の良いラグナをいともたやすく数メートルふっ飛ばしてしまった。衝撃で胸が潰され、上手く呼吸が出来ない。床に転がって激しく咳き込むラグナ目掛けてマキシマが迫って追撃しようとするが、逆手に大剣を持ち替えたラグナは起き上がりざまに振り、牽制する。
舌を打つマキシマとの距離を詰めるとラグナは闇を纏った右手を振りかぶった。それはマキシマの顎を的確に捉え、一瞬前とは逆に彼女を数メートル吹っ飛ばす。脳震盪を起こしたのだろう。少しの間マキシマの体は動かなかったが、やがてぴくりと動くとダルそうに体を起こし、立ち上がる。その間に息を整えたラグナもゆらりと立ち上がった。
調子を確かめるようにマキシマが頭に手を当て、軽く振る。
「~~っ、容赦ないなぁ!」
「それはテメェもだろうが」
ガン! とラグナ大剣を床に突き刺す。
「……どういう訳だ、マキシマ」
「…………」
「誰の差し金だ? ウサギか? それともアマネとか言う傍観者か?」
「……違う! これは私が決めたの。私なら出来るから、私がそうしたいからするの!」
癇癪を起こした子供のようにマキシマが叫ぶ。
「ね、姉さま……何を言って……」
「……姉さんは、兄さんの代わりに犠牲になって『滅日』を止めるつもりだ。全ての『願望』を肩代わりして、世界から消えようとしている」
「! そんな……!」
どうしてそんな事を選ぶのか分からない、と言いたげにノエルは首を横に振る。語るジンも、マキシマがしようとしている事を理解したくなかったのだろう。手袋に穴が開きそうな位、強く手を握り込んでいる。
マキシマは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めていたが、視線を数度彷徨わせると観念したようにため息を吐き、一度トリスアギオンを解除した。手ぶらになった手でガシガシと髪を乱す。
「……誰にも言ってないのに、なんで分かるかなぁ」
「分かるよ、姉さんの事だから」
柔和に微笑まれては何も言い返せない。もう一度息を吐いたマキシマは静かに語り出す。
先程突きつけられた、三つの選択を。
「――貴方に与えられた選択は三つ」
蒼すぎる双眸が、しっかりとマキシマを捉えて射抜く。
「一つ。『滅日』を受け入れるか。この選択を選んだ場合、貴方は『資格』を失い、速やかにバックアップされます。
二つ。『蒼』を求めるか。……しかし貴方は『蒼』を拒絶しており、此方を選ばないものと推測出来ます」
「その通り。私は『蒼』なんて要らない。誰かの願い通りになった世界なんて、そんなの本当の世界じゃないもの。だから私は否定出来るなら否定するし、世界を正しい形に戻したい」
紅い目と蒼い目が交錯する。こくり、とエスが僅かに頷いた。
「三つ目の選択――貴方のみに与えられているものは、貴方が『解放者』となるかです」
「解放者に……なる……?」
「解放者とは、この可能性の閉ざされた世界を拓く者。神の観る夢に終わりをもたらす者。その『眼』によって断つべき場所が視え、魔素を断つ事象兵器……翼刃・トリスアギオンを所持する貴方しかなりえないモノです」
「これが……」
マキシマは己の目の縁に指を這わせ、なぞる。いつかレリウスが『死の魔眼』と呼んでいたものだ。トリスアギオンだって、全てを失った『あの日』からずっと共にある相棒で。
その二つが揃い、マキシマの手元にあり、未来を拓く鍵と成る。ひょっとしてこうなる事が運命だったのだろうか? そう問えばエスが首を横に振る。
「運命でも、必然でもありません。別の事象では、貴方は眼の力を引き出させず『解放者』なりえない存在でしたし、此処に辿り着くまでに亡くなっている事象は数多ありました。いま貴方が此処に居るのは『蒼の継承者』や『蒼の男』……そして貴方自身の選択の末です」
幾億に広がり、存在する事象世界の中で、たった一つの最適の道を選び取れたというのか。
――ならば、選ぶべき答えだって一つで。
マキシマは口を開きかけて、一度閉口する。今から言う事を確認してしまえば、それは後悔になってしまうかも知れないからだ。
――それでも、私は。
一度目を閉じて深呼吸し、マキシマは目を開ける。そこに迷いはなく、覚悟を決めた強い眼差しだけがあった。
「……勿論、何の代償も無しになれるってわけじゃないんでしょ?」
「解放者となった貴方は、マスターユニットの中にて拓かれた世界を管理する義務を負う事になり、貴方という存在の痕跡の一切が消去されます」
「それってつまり、私に神になれって事? タカマガハラシステムや、レクイエムや、どこぞで寝ているあいつみたいに」
エスは緩やかに首を横に振る。
「その質問に対しては『ノー』と答えます。拓かれた世界では、世界はループを繰り返しません。既に道は一つなのですから。よって『観測』する事が不必要となり、新たな管理者となった貴方は夢を観ずにいられます」
世界に干渉せず、夢を観ず、ただ静かに繭の中で眠りにつく。誰からの記憶から『マキシマという女が存在した』という事実だけを連れて。
それが怖いと、寂しいと思うのは仕方ないだろう。ラグナの中から、ノエルの中から、レイチェルやカグラの中から自分が消えてしまう。此処に居たという痕跡が失せてしまう。
――ジンが、自分を忘れてしまう。
――だけど。
「……分かった。私は、新たなマスターユニットの管理者になる。夢を観ないまま、窯の奥底で眠りにつく」
――それでもジンが、ラグナが、ノエルが、みんなが笑って迎えられる明日が欲しいから。そう思えば、怖さは幾分か和らいでいく。
それが、幾億に広がる道から選び取った、マキシマの選択だった。
「そんなの……そんなの、僕が認めるわけないだろう!?」
事のあらましを聞いたジンが吠えた。ユキアネサを召喚してその柄を掴み、抜刀姿勢になる。
「姉さんが犠牲になって得る世界なんて要らない! それで僕や兄さん達が幸せになれると思っているのなら、姉さんは大馬鹿者だ! 僕達を何も理解していない! だったら姉さんを殺してでも僕は姉さんを止める!!」
「私がならなかったら、ラグナが犠牲になるだけだよ」
「兄さんが犠牲になるのだって許さない! 兄さんを最後に殺すのは僕の役目だ!!」
「言ってる事が支離滅裂だって。どっちも、なんてのは無い。許されないんだよ、ジン」
幼子を諌めるような、優しい声音でマキシマは諭す。
そう、二つに一つ。何の犠牲も払わずに平和な未来なんて、正しく神が観るような夢だろう。どちらかが成らないといけないのだ。世界の可能性に。
動いたのはほぼ同時だった。ラグナが右腕を持ち上げ、マキシマが翼形態にしたトリスアギオンを展開する。
――次の一撃で、勝負が決まる。その場にいた全員がその前触れを感じ取った。
「第666拘束期間解放、次元干渉虚数方陣展開! イデア機関接続!」
「事象兵器・トリスアギオン起動! 全力展開!」
闇が収縮する。光が凝縮されていく。
「蒼の魔導書、起動!」
「モード・エクテニア――!」
互いの全力を乗せた、最後の一撃が繰り出される。闇と光がぶつかり合い、その余波で離れた場所にいるノエルは立てなくなり、目を瞑りながらぐらりと揺れる。ジンもユキアネサを床に突き立てて余波を凌いでいた。
次第に余波が収まっていく。明瞭になっていく視界の中、立っている人影は一つしか視認出来なかった。
最後に立っていたのは―― Back