Goodbye To
Eternal Regression

Epilogue

 エンブリオから世界が解放され、『全てが元に』戻ってから数ヶ月。一時は混乱を極めた世界だったが、統制機構の最高司令官としてカグラが陣頭指揮に立ち、新しい帝としてホムラを据えた事もあって次第に落ち着きを取り戻していた。
 ジンはその功績を讃えられて中佐に昇進し、ノエルは再建された教会の管理をすべく統制機構を辞め、ラムダと共に暮らすようになっていた。ラグナは相変わらず世界をぶらついているようだが、時折教会に顔を出すようになった。ジンは立場的に忙しいのもあって教会には立ち寄らないが、ノエルと手紙でやり取りをするようになっていて。
 まだ歪で少し距離があるが、それでも兄妹仲良くやっていこうと双方歩み寄りを見せているらしい。こんな姿を見たら、『   』は笑うだろうか――そこまで考え、書類にペンを走らせていたジンはピタリとその手を止める。
 『また』だった。得も知れぬ違和感を覚えるのは。何気ない思考の中で『誰か』の事を考え、それが誰なのか、何故忘れてしまったかすら思い出せないまま、思考と焦燥感だけが日常に溶けていく。
 『誰か』が居た気がするのだ。ずっと側に。『その人』にはラグナに対する親愛や兄弟愛に近くて、だけど少し違う感情を抱いていた気がする。その感情の名前を知らないから、なんて表現したら良いか分からない。
 漠然と大切だった、というのは覚えている。大切で、手放したくなかった筈なのに、今現在それはジンの側にはない。その事を認識すると心の一部が欠けてしまったかのような錯覚に陥る。欠けて失せてしまった心が、痛む。ぎゅ、とジンは己の胸に爪を立てた。

「あの……キサラギ中佐、少しお疲れのようですが」

「ああ、いや……」

 傍らに控えていた秘書官がおずおずと進言してくる。傍から見れば、確かにジンは具合が悪そうに見えたかも知れない。大丈夫だ、と言いかけてジンは少し言いよどむ。
 先日、ノエルから送られてきた手紙の文面が脳裏をよぎる。「ツバキから聞きました。ジン兄さまがあまり休暇を取られていないと。忙しい立場なのは分かりますが、どうか体をご自愛ください」と、そんな事が書かれていて。
 確かに。色々とやらなければいけない事があると休暇を取得せず後に伸ばしていたが、たまには休まねばならないだろう。きっと『あの人』も、自分が休まず働いていると知れば怒るに違いない――とまで考え、ジンは小さく嘆息した。また、考えてしまっている。

「そうだな……。二、三日休暇を取る。カグラにもそう伝えておいてくれ」

「了解しました」

 秘書官が頭を下げる。


 そうして翌日、暫しの暇を得たジンは教会に顔を出すか、倉庫に預けているヴィンテージもののバイク達の手入れをするか悩み――ふと、ある場所が浮かんだ。そこに行ってみようという気になり、ジンは本部を離れてイカルガ連邦へと向かう。
 魔操船で降り立ったカザモツは、いつしかのように賑わいを見せている。その街中を歩いて抜け、ジンは湖が一望できる丘へとたどり着いた。
 ザワ、と涼やかな風が吹き抜けていく。少し前まではラグナを追ってカグツチへ赴いたり、イザナミを斃すべくイカルガの街を駆け回ったりしていたが、最近はめっきり外出する機会も失せてしまった。机で書類仕事をするか、本部の中を移動するかくらいで。久々に肌で感じる風は心地よい。ここで少し休んで行こうかと考えた時、またジンの中で違和感が引っかかった。
 此処にはいつ来た事があったのだろうか。イザナミを探している時に立ち寄ったのかも知れないし、何かの雑誌で見かけたのかも知れない。
 それか――『誰か』と来た事でもあるのか。だめだ。ここ最近、頻繁に『何か』が思考の邪魔をする。ユキアネサの精神汚染に近い感覚だが、あそこまで不快というわけではない。ただ、それについて考えようとすると思考が霧散し、掴もうとしても掴めなくなってしまう。
 本質にたどり着けないのだ。そして漠然とした焦燥感とやるせなさだけが残り、胸を掻きむしりたくなるほどの苦しさを覚える。
 どうしてそんな気持ちを抱いてしまうのか。『誰か』とは誰なのか。
 服の胸元をぐしゃりと握り、ジンは呟く。

「だから……必ず見つけてみせる」

 ――『貴方』を。
 その言葉は一際強く吹いた風に連れ去られていく。

 言葉は届くだろうか、遠くの貴方へ。

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