夏の眩しさに目を細める

 ぱたぱたと、小走りで放課後の静まった廊下を走る少女の姿があった。少女は時々立ち止まり、窓の外を覗いてみたり近くの教室を覗いてみたりしては肩を落とす。それを繰り返しながら進んでいくと、すぐ近くの『生徒会室』の看板が下がった部屋の扉がガラリと開き、中から少年と老犬が共に出てくる。少女は立ち止まり、少年を見やった。

「……あ」

「お?」

 少年は微笑んで軽く手を挙げ、少女は彼に近づくとぺこりと頭を下げる。

「こんにちは、僚先輩」

「よ、似鳥。どうしたんだ?」

「総士……じゃなくて、皆城くん、を、探してて」

 慌てて言い直す。今でも彼のことは呼び捨てにしているが、それでも誰か人の目がある場所や、公共の場では少し戸惑われるようになってきた。何より会話相手は先輩で生徒会長の将陵僚だ。きちんとした呼び方をして畏まらないといけないだろう。それを言うと目の前の生徒会長様は一笑に付しそうだが。

「総士だったら少し前に帰ってたけど……何か用事か?」

 総士は優秀だ。それ故に誰かに勉強を教えていたり、頼られていたりする。僚たちが卒業した後は総士が次期生徒会長になるのではと噂される程だ。
 だから目の前の灯架も総士を頼って探しているのかと僚は思ったが、どうやら違うらしい。灯架は首を振る。

「一緒に帰ろうと思って、誘おうとしてたんですけど……そっか、帰っちゃったんだ」

 しゅん、と落胆してみせる灯架。その様子が微笑ましく思え、僚は僅かに口角を持ち上げた。

「総士のこと好きなんだな、似鳥は」

「えっ」

 驚いたように目を丸くし、灯架は己の頬に手を当てる。指の間から覗く頬にはわずかに朱が差している。

「そ、そんなに分かりやすいですか……?」

「俺でも分かるくらいだぞ? 祐未辺りが見れば一発なんじゃないか?」

「あ、あんまりからかわないでください……」

「ははっ、悪かったな。それじゃ」

 灯架の隣を通り抜きざまに頭をポンと軽く叩いて行き、手を振りながら僚は老犬と共に去っていく。
 灯架は少し考え、総士が帰ってしまったのなら自分も帰ろう、と己のバッグを取りに教室へ引き返していった。


◆◆◆

「ふう……」

 頬に伝う汗をハンカチで拭い、灯架は一度立ち止まると顔を横に向けて遠くを見る。
 自宅に向かうには遠見医院を経由した海沿いの通りが近い。もっと近い道はあるが、晴れた日にはこうして澄み渡る大海が拝めるため、灯架は好んでこの道を選んでいた。
 さて、家まではもう少しだ。暑いが頑張ろうと己を叱咤して歩き出した所で、向こうの木の下に座り込む姿を見つけて灯架は一瞬立ち止まった。目を細め、もっとよく見ようとする。

「あれって……僚先輩?」

 老犬の、僚の飼い犬であるプクを連れて木陰に座り込んでいるのは、灯架より一足先に学校を出て行った僚の他ならなかった。僚は辛そうな表情で木の幹に寄り掛かり、心臓の下付近に手を添えている。
 以前、小耳に挟んだ事がある。僚は灯架の同級生である羽佐間翔子と同じ遺伝性疾患を肝臓に抱えているとか。まさか――その発作が起きている?

「りょ、僚先輩……!」

 肩に掛けているバッグを落とさないように肩掛け紐を握りながら走り寄り、僚の前でしゃがむ。青ざめた顔でやって来た人物を目に止め、僚は力なく笑った。

似鳥か……そんな顔してどうしたんだ?」

「翔子と同じ病気だって、聞いてます」

 言葉を選んでいる暇はなかった。僚の目が僅かに見開かれる。

「直前まで何とも無くっても、ちょっとしたことで肝臓がすごく痛んで歩けなくなるって……」

 だから体調の安定しない翔子は学校を休みがちだ。翔子程ほどでは無いが、僚も結構な重病なのだろう。けれど僚は再び笑うと軽く手を横に振った。

「心配し過ぎだって。これはただの貧血」

「でも……」

 灯架の表情は曇ったままだ。何か出来ることは無いかと灯架が考えを張り巡らせていると、不意に背後から声が掛かった。

「どうしたんですか?」

 プクと僚が灯架の背後の人物を見ようとし、灯架は肩越しに振り返る。

「あ、一騎……」

 バッグを肩から下げ、不思議そうに二人と一匹を見下ろしていたのは灯架の幼馴染である少年、真壁一騎だった。

灯架、何があったんだ?」

「ええと、それが……先輩、具合悪くなったらしくて」

「だとしたら……遠見医院か?」

「だと、思う。一騎……運べる?」

「ああ。……灯架、荷物頼んだ」

「うん」

 一騎のバッグを預かり、背負いながら灯架はプクを呼ぶ。主が移動する事を察しているのか、プクは灯架の声に従って立ち上がると彼女へ寄って行った。利口な子だ、と灯架はプクの頭を撫でる。

「二人して世話焼きなんだな」

 一騎の肩を借りて立ち上がった僚は苦笑を零し、灯架と一騎は互いに顔を見合わせる。

「……そう、かな?」

「……そうか?」

 同じタイミングで首を傾け、いよいよ僚は吹き出した。