翔空

 薬品の臭いと、規則正しい機械の音。医務室に運ばれたのだなと気付きながら、ゆっくりと灯架は意識を取り戻していく。
 フェストゥムを何体倒したんだっけか。島への被害は? 他の人は無事なのか? ――総士は、総士は無事なのか。
 ゆっくりと瞼を持ち上げる。戦闘のフィードバックか、体のあちこちが痛む。
 灯架は朧気な視界で周囲を見回す。すると傍らに誰かが座っていることに気付いた。何度か瞬きして明確な視界を取り戻せば、傍らに居たのは――

「……そう、し」

「……気付いたか」

 どこか思い詰めたような表情で考えごとをしていたらしい総士総士が、声に気付いて灯架に目を向ける。

「具合はどうだ」

「私は……いいの。島は……? 一騎は? 甲洋は?」

 自分の体よりも、機体よりも、大事なのは総士と島が無事であるかだった。その二つの安否確認が出来て、ようやく次に大事なことへ目を向けられるのだ。
 ぐ、と総士は奥歯を噛む。彼女をそういう風にさせてしまったのは勿論親の教育方針に依るものが大きいが、自分という存在もまた大きいというのは自覚している。

 ――僕が、灯架に犠牲を強いている。

 その事実にズキリと心と左目を走る傷が痛む。彼女が傷つく度、一騎たちが戦って疲弊する度に思ってしまうのだ。

 ――僕が、ファフナーに乗れていたら。

 だがそれは『左目の傷(アイデンティティー)』の否定に他ならない。この傷が、皆城総士を『皆城総士』と定義した。
 だから、これは総士が背負うべきものだ。だから、総士は皆の司令塔として全てを総べ、戦う。

「島への被害は軽微。一騎も甲洋も無事だ。……お前はお前の体の心配をするんだ」

「だって、」

 総士の制服の袖を掴む。少し驚いたように総士が目を見開かせた。

「私が……私が、守らなきゃ。総士を、島を、一騎を……。翔子と、約束したから」

 じわ、と灯架の目に涙が浮かぶ。それを灯架は反対の手でごしごしと拭った。
 総士の脳裏に浮かんだのは、高く高く飛んでいく白い機体。渡り鳥のように美しく飛んでいくソレは、鮮烈な光と共に消えていって。
 ――守りたいと願う気持ちは、総士も同じだというのに。想いが伝わらないというのは酷くもどかしいと感じてしまう。
 袖を掴む灯架の手を取り、ベッドに乗せながら総士が呟く。

「……あまりにも体力を消耗し過ぎている。今は体を休めることに専念するんだ」

「でも、」

「僕は、此処に居る。……少なくとも、灯架が眠るまではな」

 だから、と諭すように。
 暫し総士を見つめていた灯架だったが、その言葉で安心したのだろう。緩やかに瞼が落ち始める。
 眠りへの穏やかな誘いは、海の奥深くへゆっくり沈んでく感覚と似ていた。