心像証明

「今日、お前の夢を見たんだ」
 
一騎がポツリと呟く。少し考え込み、その隣を同じ速度で歩いている灯架が訊ねる。

「私が、一騎の夢に?」

「お前が出てきたって言うよりは……お前の、心象風景の夢を見た」

「メディテーション訓練の」

「ああ」

 言葉で自分の表現をするのが不得意な二人らしい、少ない言葉で応酬する会話。
 何気ない会話をしながら、傾斜のある山道をすいすいと歩いている一騎と灯架だが、その実二人の目は共に赤く、数センチ先の物ですら見分けが付かないほど視力が低下している。先の戦いで己の体を顧みずに戦った代償だ。
 目が全く見えないのに常人のように、いや山道を歩き慣れてない人よりも上手に歩けるのは各々の『サヴァン症候群』のおかげだろう。一騎はその驚異的な身体能力によって転ぶということを知らないし、ちょっとした小石や木の根も明確に足の裏で感じ取り、ひょいひょいと避けてしまう。灯架は優れた空間認識能力で、視覚以外の感覚機能を使って平気で歩いて行ってしまう。
 反響した音で判別して歩いている、と聞いた時、一騎は真っ先に「イルカみたいだ」と思ったことがある。真っ青な海の中をすいすいと音の感覚だけで泳いでく姿は少し彼女に似ているかも知れない。

「私の海、どうだった?」

「どうって……」

 一騎が口ごもる。そう言われてもどう表現したらいいか分からない、という顔だ。
 今朝方夢で見た、灯架の海を思い返す。静かで波の無い、穏やかな夜の海。人の体温には些か冷たい海水は人付き合いな苦手な灯架らしいと感じる。
 ざぶざぶと泳いでいた一騎だが、ふと思い立って水中へ潜っていく。海底――深層意識はどうなっているのだろうかと思って。
 暗い海を潜っていく。夜の闇に飲まれた海の中はひどく視界が悪いが、自分の海よりも泳ぎごごちが良いなと一騎は思った。手足の凍るような冷たい海水ではなく、他者を拒絶する雰囲気も孤独さもない。
 随分と潜水し、海底が見えるところまでやって来る。そこは不思議なことにあるはずの海流がなく、水に揺蕩う藻も、動き回っている筈の魚達も全てが静止していて。
 ――静止した、不変の世界。そんな言葉が一騎の脳裏を過ぎる。
 全ての生物が死に絶えたわけではない、これはただ単に『止まっている』のだ。一秒重ねるごとに朽ちていく生を写真に収めたかのように。
 ただこの海の中がいつ再び動き出すかは分からない。それは一瞬後かも知れないし、灯架が死ぬまで永遠にこのままかも知れない。色褪せない代わりに変化は訪れないのだ、この海は。
 静かな夜の海に、不変の海底。彼女は永遠に変わらないことを望んでいるのだろうか。それを聞くのが少し怖くて、躊躇われて。視線を彷徨わせて数拍置いた後、言葉を選びながら一騎は口を開いた。

「……お前らしいと思ったよ。静かで波のない、夜の海は。あと泳ぎやすかった」

「泳ぎやすいんだ」

「波、ないしな。そんなに冷たくなかったし」

「へぇ」

 灯架はこくこくと何度か頷く。波が高い寒中水泳大会のことでも思い出しているのだろうか。

「見る人が違えば、違う感想が出てくるのかな」

「どうだろうな」

 まあ、そこは感性の違いだろう。例えば真矢が灯架の海を見たらどう思うのだろう。鋭い彼女のことだ、真相を突いた感想を言うのかもしれない。
 白黒に映る空を見つめながら、一騎はぼんやりと思う。
 ――総士だったら、何て言うんだろう。
 総士がフェストゥムの元に行ってから、なるべく理性で抑えて彼のことを思い出さないようにしていた。思い出せば辛くなってしまうから。現に今の一騎はどうしてそんなことを思ってしまったのか後悔していた。
 隣で歩く灯架が、ポツリと呟く。

「……総士だったら、何て言うかな」

 僅かな期待と、いつ帰って来るか分からないという不安の混じった声。どうやら灯架も同じことを考えていたらしい。

「……帰ったら聞いてみようぜ、二人で」

「そっか、そうだね」

 それがいつになるか、分からないけど。
 その言葉を飲み込んで精一杯繕った言葉を口にすれば、灯架が遠慮がちに笑った気がして。
 早く帰って来ないと忘れるぞ、この話題を、と心の中で投げながら一騎は山道を踏んだ。