クリームソーダとカスタードパイ
「何か、甘い匂いがする」
総士と共に楽園にやって来た灯架の開口一番。
興味深そうな様子でカウンターまで来た灯架は、その向こうで作業をしている一騎を見ながら流れるようにカウンター席に腰掛けた。二人が一乗りらしく、それ以外にはまだ誰も来ていない。
「何だ、新商品か?」
その隣に座った総士は一騎の手元に視線を落とす。一騎は棚を開けてナイフを取り出しながら苦笑で返した。
「いや、違うよ。仕込みが早く終わって暇だったから、つい」
そう言う一騎の目の前、まな板の上には焼き上がったばかりの様子で湯気と甘い香りを漂わせているパイ菓子があり。これはカスタードのパイだろうか。
手にしたナイフで手際良く切り分けた一騎は近くに重ねて置いた皿を取り、カスタードパイを乗せると総士と灯架の前に置いた。どういうことだと目を丸くしている二人を後目に一騎はカップとグラスを用意しながらはにかむ。
「いつも来てくれるから、サービス。……なんてな。今飲み物作るから待っててくれ。二人とも、いつもので良いだろ?」
「ああ、頼む」
「私、バニラアイス多め」
「はいはい」
テキパキと動いて一騎はあっという間に珈琲とクリームソーダを作ると総士と灯架の前に置く。一騎が作っている間にも灯架は待ちきれなかったらしく既に灯架の前のパイは半分程欠けていて。
「美味しいか?」
苦笑を零しながら問えば灯架はこくこくと縦に首を振って応える。
「うん。凄く美味しいよ、この一騎パイ」
「だから勝手に俺の名前付けるなよ……」
「そういうルールでしょ?」
「あれは勝手に溝口さんが付けただけだ」
一騎が作ったカレーを勝手に溝口が『一騎カレー』と名づけ、それから『一騎ランチ』『一騎プリン』だのと派生していき、今では『暉カレー』が出る程に浸透してしまっている事実だ。最近では『皆城シチュー』も出ていたか。
今更訂正するの、無理なんじゃないかなあと思いながら灯架はクリームソーダに口を付ける。
灯架が自分の分のパイを綺麗に食べ終えると、そこにスっと手を付けられてない状態のパイが横から差し出された。不思議そうに灯架は総士の顔を見やる。
「総士?」
「灯架が食べると良い。僕は珈琲だけで十分だ」
「でも、折角の一騎のサービスなのに」
「気持ちだけで十分だ」
「ダメ。せめて一口は食べてよ」
そう言うなり灯架はパイを一口大に切るとフォークで刺し、刺したのを総士の口元へと持っていった。ぎょっと驚く総士と、その光景を微笑ましげに見守りながら洗い物を始める一騎。
「だから、灯架。僕の分はお前が食べていいと」
「一騎が用意してくれたんだよ。食べないと申し訳ないよ」
そうだ。この幼馴染は素直だが、時として頑固に意見を聞き入れない時がある。例えば戦闘中に島が危機に陥った時だとか、今日のこのような時だとか。
長年の経験則から、こういった場合は自分が折れるか折衷案を出さないと永遠に意見が平行線を辿ることが判明している。仕方ない。幸いまだ客も居ないことだ、と腹を括った総士は差し出されたカスタードパイを食べた。咀嚼し、飲み込んでから珈琲を飲む。
「……悪くない味だった。ただ、僕の好みから言えばもう少し甘さが控えめだと嬉しいが」
「だからって珈琲で飲み下すなよ……。それにしても、凄くナチュラルにやってたな」
「何をだ?」
何を指しているのか理解できていないのか、二人揃って首を傾げる。気付いて無かったのか、と一騎は拍子抜けしてしまう。
「ほら、あーんってヤツ」
そこで初めて自分がしたことに気づいたのか、灯架は「ああ、そういえば」とでも言うように頷き、総士は誤魔化すように一気に珈琲を煽った。