楽園宅配便

 コンコン、と研究室の扉がノックされ、パソコンに向かっていた総士は一度タイピングする手を止めると眼鏡の位置を直しながら振り返り、扉を見やる。

「入っていいぞ、鍵は開いている」

「はーい」

 扉がスライドして開き、入ってきた人物の姿を見て総士は僅かに表情を緩めた。

灯架か……どうした、今日は開発研究じゃなかったのか?」

「うん、非番。で、一騎のとこ行ったらコレ頼まれて」

 第二次蒼穹作戦を終え、灯架はファフナーの開発研究の道を選んでいた。いつか来るであろう、新たな戦いに備えて。次世代の搭乗者達がより生き残れるようにと。
 そして総士もアルベリヒド機関でフェストゥムの研究を行っていた。今しがたパソコンで操作していたものもそれに関するものなのだろう。
 入室した灯架は手に持っていたものを掲げて総士に見えるようにする。

「じゃーん。喫茶楽園からのお届け」

「一騎からか?」

 ダンボールを縦にしたような形状の、銀色の箱のようなもの。側面に『喫茶 楽園』と大きく書かれているソレは出前によく用いられる『岡持ち』であった。

「う、うん。まあ」

 どことなく歯切れが悪い。灯架は曖昧に頷きながら空いている机のスペースに岡持ちを乗せると蓋をスライドさせて開け、中から大きめの弁当箱と小さめの弁当箱の二つを取り出し、箸と水筒、コップも続けて出して机の上に並べた。最後に岡持ちを床に下ろし、空いている椅子を二つ引き寄せるとその片方に灯架は腰を掛ける。
 そこまでの一連の動作を見守り、総士は呆れたように眉を下げた。

「……用意周到だな、灯架

「総士と一緒に食べたかったんだけど、駄目……だった?」

 首を傾げた後、しょんぼりとした様子で灯架は肩を落とす。

「……此処の所、総士忙しそうだったし、私も結構バタバタしてて総士に会えなかったから……一緒に居たいな、って」

 そのまましょんぼりとしたまま俯く灯架。総士は一つ息を吐くとパソコンの電源を落とした後に席を立ち、灯架の隣の席に腰を下ろした。そして総士は目の前に置かれている大きめの弁当箱の包みを開け始める。
 灯架は顔を上げて総士を見上げた。

「総士?」

「別に、駄目だとは一言も言っていないだろう」

 弁当箱の蓋に手を掛け、「それに」と総士は小さく続ける。

「……たまには、こうやって二人きりで食事と言うのも悪くない」

「総士……!」

 パッと表情を明るくさせ、灯架も弁当の蓋に手を掛ける。その横顔を柔らかな表情で見、総士は弁当箱を開けた。
 そして、不思議そうに眉間に皺を寄せる。

「……これは一騎が作ったのか?」

「えっ」

 箸を握った灯架が、ぎくりと大仰に肩をびくつかせた。そろり、と灯架は総士の顔を伺う。

「……ど、どうしてそう思うの?」

 不思議そうな顔で弁当箱に詰められたおかずやご飯に視線を落としながら総士は答える。

「前に食べた弁当とは随分と中身が違う。いや、栄養を考えて作られているのは分かるんだが……」

 首を傾げる総士に灯架は小さく息を吐いた。

「……それ、私が作ったの」

灯架が?」

 この幼馴染がキッチンに立つとは。滅多にない光景だろうと考えて総士は少なからず驚いた様子だ。

「うん。……作ったこと少ないから、一騎に教えてもらいながら、なんだけど」

「ほう……」

 言われてみれば。灯架が作った弁当は一騎らしさと言うか、総士にも見慣れたおかずが入っている。しかしいつも見ている一騎の品々に比べたら、ところどころ焦げていたり形が歪だったりとしていて。

「一騎にも見て貰ったから……味は、大丈夫だと思うんだけど」

 自信なさげに、灯架は己の手元の弁当に視線を落とす。そんな灯架を後目に総士は箸を持つとおかずに手を付けた。無言でそれを口に運び、咀嚼する。
 その様子を固唾を飲んで見守りながら、灯架は総士の言葉を待つ。

「……六十点だな」

「うう……」

 手厳しい数字だ。
 まあ、殆ど料理をしてこなかったのだから、この点数なのも致し方ないだろう。しかし総士は箸を止めることはせず、黙々と食べ進めている。不思議に思い、灯架は首を傾げた。

「……美味しくなかったら残して良いんだよ、総士」

 総士は黙々と箸を口に運びながら答える。

「……誰も『不味い』とは言っていない。上手ではないと思うのなら、これから上達していけば良い」

「……つまり、」

 「また作って持ってきても良いの?」と問えば総士は僅かに頷き、灯架は嬉しそうに笑うと己の弁当箱の蓋を開けた。