総士ぬいが可愛いという話
用があってブルクにある灯架のデスクへ赴けば、そこに灯架本人の姿がない代わりに『とあるモノ』が目に入り、総士は眉根を寄せるとソレを凝視した。
「なんだ、これは……」
有り体に言えばソレはぬいぐるみだ。灯架のデスクの隅にちょこん、と行儀正しく鎮座している。
しかしそのぬいぐるみが薄い茶色の長い髪に色素の薄い目、可愛くデフォルメされたアルヴィスの制服という、何処かで見たことがあるような風貌をしているので「ちょっと待て」と制止の手を挙げたくなってしまうのだ。
そんな『総士ぬい』をまじまじと観察していれば、総士の背後から「あっ」と小さな声が聞こえ、総士は振り返った。
「灯架」
「総士、どうしたの? ……って」
総士の突然の訪問に小首を傾げていた灯架だったが、デスクの上に置いてあるモノの存在を思い出したのだろう。ハッとすると小走りで総士の脇を通り過ぎてデスクに寄り、総士のぬいぐるみを手に取った。そして後ろ手に隠しながら総士と向き直る。証拠隠滅にしてはお粗末過ぎる一連の流れに呆れを覚えながらも、総士は言及するために口を開いた。
「……その人形についての説明を求める」
「……えと……、」
灯架は視線を逸らし、もごもごと口籠る。
暫し迷った末。そろりとぬいぐるみを前に持ってきて大事そうに抱けば、灯架は小さな声でぽそぽそと語りだした。
「……総士が居なかった時、凄く寂しくて。そしたら芹が芹のお母さんに頼んで作ってくれたんだ」
総士がボレアリオスミールの下で体を再構築していた時の話か。
その期間、総士も灯架に会いたい気持ちは当然あったが、灯架の寂しさを推し量ることは難しい。それがどれ程かは分からないが、きっと傍目から見て心配になる程だったのだろう。だから芹の母親が善意で総士を模したぬいぐるみを作ってくれた。そういうことなのだろう。
そんな経緯を聞かされれば、責めることが出来なくなってしまうではないか。総士が次の言葉を探していれば、「それにね」と灯架が続けてくる。
「この総士のお腹を押すとね、喋るようにしたの」
と、言いながらぬいぐるみの背と腹を指で挟み、ぐっと押す。すると……。
《えー……真壁一騎くんが迷子になりました。真壁一騎くんをお見かけした方は、即、家に帰るようお伝え下さい》
「待て」
灯架の手の中からぬいぐるみが消失する。総士が奪い取ったのだ。あっ……と悲しげな表情をする灯架に一抹の罪悪感を抱いたが、ぐっと堪えて総士は心を鬼にする。
「なんだこの機能は」
「可愛いと……思って……」
「何処がだ」
灯架が返してもらうべく手を伸ばしてきたので、届かないように総士はぬいぐるみを高く持ち上げる。その最中にまじまじとぬいぐるみを観察してみたが、このぬいぐるみの可愛さというものがさっぱり分からないなと総士は思った。
ぬいぐるみや人形が可愛いものである、という認識はこういったものに馴染みのない総士も持ち合わせている。可愛くデフォルメされた動物や人に、ふわふわとした触り心地の良い生地。くりくりとした大きな目。子供や女子が愛でる理由も分かる。現に美羽もお気に入りのテディベアに名前を付け、何処へ行くにも持ち歩いたりしているのを見かけたことだってある。
だが、今掴んでいるこのぬいぐるみは別の話だ。己がデフォルメされている。これを可愛いかと問われれば反応に困るのが実情だった。
灯架が不満そうに眉を寄せる。
「総士、返して」
「駄目だ。容認出来ない」
「その子と一緒に寝たりしてるのに……」
「何だと……!?」
総士に驚愕が走る。一緒に寝るだと? 本物である自分だってまだ灯架と一緒に寝たことが無いのに……!
こんな布の塊に先を越されてしまったのかと思うと妬ましい気持ちが込み上げてくる。たかが布の塊だと思わなくもないが、それでも悔しいものは悔しい。
ぬいぐるみに手が届かないと諦めた灯架が総士の服の裾を掴む。そして上目で総士を見上げ、
「お願い……返して」
「ぐっ……!」
総士の口から呻き声が漏れる。最愛の恋人の上目遣いが効かない男など居るのだろうか。
しかし。総士はぬいぐるみを掴んでない方の手を口元に当て、ごほんと咳払いしてみせる。
「……此処に実物がいるだろう」
言えば、灯架は目をぱちくりとさせている。流石に恥ずかしい台詞だったかと総士が後悔していれば、そんな気持ちとは裏腹に灯架は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「……ふふ。うん、そうだね」
そのまま総士の背に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。嬉しそうな灯架を抱き締めながら総士は思案していた。
さて、どうやってこのぬいぐるみを灯架から遠ざけようか……。