始まりへ沈んでいく

『ディミトリ!』
『ねぇ、ディミトリってば!』

 楽しげに笑いながら、彼の名を呼んで手を伸ばしてくるエレオノールの姿が脳裏に浮かぶ。
 五年前、まだ彼たちは学生だった。平和な頃の記憶が今更ながら浮かぶのはまだ未練を抱えているからか、それとも――
 ――エレオノールが死んだということを、受け入れられていないからか。

「……っ」

 頭を掻きむしる。随分と長くなった金の髪は泥や血で強ばっていて、体には自分の怪力を存分に振るえる強固な鎧を纏っている。瞳には世界を呪い殺さんかと思うほどに憎悪の光を宿している。そうして彼――ディミトリは獰猛な獣のよう重い息を吐き出した。廃墟となったガルグ=マク大修道院の最奥で体を休め、ひっそりと息を吐き出して心臓が脈動していることを確認して、やっとまだ生きているんだなと感じる。
 ――エレオノールもドゥドゥーも、もう居ないのにな。
 自嘲気味に笑い、浮いてきた思考に抗うことなく、ディミトリは暗い虚空を見ながら思う。
 五年前、ディミトリが無実の罪で投獄され、処刑されるあの日。処刑場にやってきたのはエレオノールとドゥドゥーだった。二人は全力を賭してディミトリを脱出させようとし、そして死んだと言われている。
 実際にディミトリが彼らの死体を見たわけでない、だからあくまで噂なのだ。だけど帝国兵に囲まれた中で彼らが無事生き残って脱出出来たかと思うと……やはり、難しいのではと思わざるを得ない。

「……だから俺は、背負うんだ」

 亡きもの達の意志を、夢を、頼みを。
 エレオノールの――

『私ね、紋章のない社会にしたいの』
『そうすれば、私やシルヴァンみたいに紋章があるが故に悩んだりする人が少なくなるでしょ?』

「……ああ、そうだな、エレオノール。紋章の不必要な世界を作るためにはまず……エーデルガルトの首を取らねばな……」

 宙に向かって独り言を繰りかえすディミトリ。その彼の耳に僅かな音だが、コツリと床を叩く音が届いて。異変を感じ取ったディミトリは近くに置いてあった槍には手を伸ばして直ぐに臨戦態勢に移る。
 コツ、コツ、と少しずつディミトリと近くなっていく距離。もう少し近づいてくればすぐさま飛びかかってその首をへし折れる範囲だ。
 最後の一歩が踏み出される。その瞬間目にも止まらぬ早さでディミトリの腕が足音の人物に伸び――その者の眼前でピタリと止まる。

「……嘘、だろう?」

 発した第一声はとても震えていて。しかしその人者は自分を殺そうとしたディミトリと手を両手でしっかりと握って降ろすと微笑んでみせた。

「うそに、見える?」

「ならばこれは俺の幻覚だ!!」

 掴まれた手を手酷く離す。その人物はそんなことをされたにも関わらず、たおやかな笑みを湛えていて。

「幻ならばその口を閉じてさっさと失せろ!!」

 下がるディミトリに対して、一歩進む。ディミトリが怯んだような、気がする。
 壁際まで追い詰められたディミトリにむかってゆっくりと、しかし姿勢の良い歩き方で向かい、ディミトリの前に立つ。

「お前は俺の幻影なんだ……!! 俺が処刑されるあの日、お前は俺のせいで死んだ!! 此処にいるはずが無いんだ!! なのに、何故っ……!」

「何故って、そりゃあ――」

 強引にディミトリの手を掴み、その人物は己の心臓に手を当てさせる。少し集中して聞こうとすれば、ドクン、ドクンと心臓が規則正しく動いている様子が伝わってきて。

「ほら。生きてるから、ディミトリを探して此処まで来たんだよ」

 そこでやっと、ディミトリはその人の顔を見る。
 成長してしまったが、面影はきちんとある。ああ、彼女は――

エレオノール……っ!!」

 ぐいと引き寄せて抱きしめる。温かい体温を感じる。生きていた。エレオノールが生きていた。大事だと思っていた、エレオノールが。
 もう離さない。なにがあろうとも。四肢がもがれても、彼女だけは離さない。




2019/10/09

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