胸に刺さった『破裂の槍』を彼は引き抜き、その反動で私は雨や血でぬかるんだ地面へ仰向けに倒れる。人の最期くらい晴天であってほしいのに、今日はあいにく小雨日和らしく。
ポツポツと顔に当たる雨を感じながら目を瞑る。『破裂の槍』で深く深く斬りつけられた傷は痛みはなく、熱さだけが私の命の危険を知らせてくる。ここまま眠るように意識を手放せば誰かが首級として首を獲りに来るかもだし、運がよければ味方が見つけて先生の所まで運んでくれるかも知れない。残り少ない命の中でそんな事をぼうっと考えてると、体のすぐそばで鎧が動く音がして私は目を開ける。
「……エレオノール」
「なに、シルヴァン……首でも獲りに、来た?」
シルヴァンは無言で私の上半身を抱き抱える。なんなんだろう。
重くありつつ体を動かして彼を見れば、今にも泣きそうな程に顔が歪めれられてて。なんであんたがそんな顔をするの。私は反逆者で、あんたは王の騎士なんだから。敵を討ったのなら堂々と討ったぞって言わないとだめじゃん。
「どうして、ファーガスを裏切ったんだ」
「紋章が……嫌いだから、だよ」
子供の頃から何度もシルヴァンに話した話。紋章が嫌だと、今の貴族の体制が嫌いだと。
黒鷲の学級を受け持った先生は私に手を差し出してくれた。君の力があれば、この世界を変えられるだろうと。そして私は先生の手を取り、帝国側の人間として戦っていたんだ。けど負けてしまった今、どうなるんだろう。
シルヴァンが私の胸ぐらを掴みあげる。
「それだけか!? それだけでお前は帝国に下ったのかよ!!」
それ『だけ』? カチンときた私は死に体の体にムチを打って少し起き、逆にシルヴァンの肩を掴んで引き寄せる。
「私がっ、どれだけ紋章を疎んでたか知ってるでしょ!? 貴族の責務も、なにもかも!! それが嫌で仕方なかったの! あんただって紋章を嫌ってるでしょ!?」
「ああ、知ってるさ! だからこそお前と一緒に紋章の要らない社会を作りたいって思ってたんだよ!!」
シルヴァンの突然の告白に驚いた私は目を丸くし、乾いた笑いをしながらずるずると地面へ倒れた。再びシルヴァンに抱き起こされているような構図になる。
「……もっと早く、それを聞きたかったなあ……」
「俺も。早く言っとけばこんな風にはならなかった筈だ」
過去を憂いても時間が止まってくれるわけではない。じわじわと私の体から溢れた血だまりの大きさが、私の命の残量を教えてくれていて。
シルヴァンの手が、私の頬に触れる。弾いたりはしなかった。
「エレオノール、お前が好きだった」
「今、それ言う?」
クスクスと笑う。そうすればシルヴァンはバツの悪そうな顔をして、
「俺にも最適なタイミングってのがあるんだよ」
などという。その『最適なタイミング』とやらは完全に逃がしちゃったねと言えば静かに頷いたシルヴァンは私の体を抱きしめてきた。鎧でゴツゴツとしてるけど、まあいいか。
「──もし、次があるなら。俺は絶対エレオノールを手放さない。もう別の国になんていかせるもんか」
「あはは、そっかあ、次かあ……」
その『次』は祈りなのだろうか。それとも転生した別の私のことなのだろうか。
ああ、でも──もし叶うなら。
学生生活の中でシルヴァンの手を取っていたらなと、考え──
誰かの声が聞こえる。なんだろう、煉獄かな。煉獄ってこんな軍議の時みたいにザワザワしてるんだ。
「おい、エレオノール!!」
体を揺り動かされる。倒れてるのか、私。ゆっくりと目を開けると見慣れた橙の髪が見えてきて。
あれ? ここは煉獄じゃない? 学院の訓練場?
「シルヴァン……? なんで、痛っ!」
「あーあー無理すんなって。殿下の剣をモロに頭に食らってるんだからよ」
シルヴァンは見せてみろ、と私が押さえた位置の髪をまさぐって怪我の確認をしてくれる。その間周囲を見てみれば、少し離れた正面の場所にディミトリが申し訳なさそうに立っていた。私と目が合うとディミトリは傍まで来て膝を折る。
「すまない、エレオノール。稽古だからあまり力を入れないようにしていたんだが……熱が入ってしまってな……」
「フン、猪らしく頭に血が上ったか」
「もう、フェリクス!」
嫌味を言うフェリクス、それを嗜めるイングリット、しゅんとしているディミトリ、治癒魔法を掛けてくれてるメルセデス。それは五年前にあった学院生活の一部で。
ふと自分の体を見てみる。着ているのは制服で、ついさっきまできていた戦装束じゃない。
一体なにがなんだと困惑していると訓練場の扉が開く音がした。ディミトリが「先生!」と嬉しげに呼ぶ。ああ、ハンネマン先生が来たのかと顔を動かすと──
「え──」
呼吸を忘れる。こちらに歩いてきたのは初老の男性じゃなく、深緑の髪をした年若い女性──黒鷲の学級を受け持ってた筈のベレス先生で。
理解が追いつかない。だって青獅子の学級はハンネマン先生だったでしょ? どうしてベレス先生になってるの? というかそれ考え始めたらなんで私は五年前で生きてるんだって話になるし……。
「おーい、エレオノール?」
「ぅえっ!? な、なに、シルヴァン」
ぼうっとしてた。私の顔の前でひらひらとシルヴァンが手を振っている。
「傷、まだ痛むか? 痛むなら俺が丁寧にお姫様だっこで医務室まで運ぼうと思ってるんだが……」
「い、いいっ! 大丈夫! 大丈夫だけどお腹すいたからご飯食べに行こ!」
「うおっ!?」
立ち上がって強引にシルヴァンの手を引く。一瞬驚いたような顔をしたけどそのまま私についてきてくれて。
ぎゅっとシルヴァンの手を握る。暖かい。これはもしかしたら女神様がくれたチャンスなのかなと思いながら、私は食堂へと向かった。