憂鬱だ。華やかな会場には到底似合わない重苦しいため息を吐き、エレオノールは壁に寄りかかりながら足を組み替える。
星辰の節の終わり。それはガルグ=マク大修道院で舞踏会が催される時期であり、エレオノールが最も苦手とする行事だった。昔からどうしても踊りは好きになれない。白鷺杯のときだって代表に選ばれたらどうしようかとヒヤヒヤしたものだ。別の人が選ばれたときは、それはそれは内心で両拳を握ったが。
別に壊滅的に音感がなくて踊れないというわけではない。仮にも貴族なのだから家庭教師にみっちりと仕込まれている。ただ、そう――社交界の会場というのが嫌なのだ。
きらびやかな会場。豪華絢爛な装飾。ぎらぎらとした瞳で虎視眈々と独身の異性を狙う若人。上辺だけの薄っぺらい会話。そういうのにどうしても辟易してしまう。
一瞬の沈黙を挟み、ゆったりとした調子の曲が流れ始める。最初の曲だ。広間の中心に居た男女が手を取り合い、体を寄せ合ってステップを踏み始める。壁の花に徹しながらも同級生たちの様子を見てみれば、級長であるディミトリはエーデルガルトと踊り始めていたし、クロードはベレスを誘い出していた。
「よっ、麗しの君。こんなところで一人で黄昏れてどうしたんだい?」
「うわっ、白々しいのが来た」
見慣れた橙が側に寄ってきて手を振るので、エレオノールは煩い奴が来たと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。まあ、どちらも冗談だと承知の上での態度なのだが。
流れるように、定位置に着くようにシルヴァンはエレオノールの隣に向かうと壁に寄り掛かる。流石にこれは予想外で、エレオノールは少し驚いたように隣を見やった。
「良いの? こんなところで油売ってて。可愛い女の子はさっさと踊りに行っちゃうよ」
「おいおい、可愛い乙女なら此処にも一人いるじゃないか。壁に咲く、控えめながらも決して見劣りのしない可憐な花が、な……」
「ところでシルヴァン」
「って、お前なあ。人が口説いてるんだからもう少し反応ってものをだな……」
「私まで口説いてるところをイングリットが見たら、遂に見境が……って言われるのが目に見えてるんだけど」
「ははは! 絶対目を吊り上げて言うんだぜ、それ」
こんな風にな、と人差し指で己の目尻を吊り上げてみれば、それが面白かったのかクスクスと肩を揺らしてエレオノールは笑う。
ひとしきり笑った後、「それで?」とエレオノールは首を傾げて見せる。
「本当になんでこっちに来てるわけ? シルヴァンなら相手選び放題でしょ」
邪魔だとか一人で居たいとかそういう意味ではなく、純粋に疑問だった。彼が声を掛ければ……いや声を掛けずとも、踊りたいという女子は枚挙に暇がないだろう。シルヴァンとて壁の花を選ぶような性質でもないのに。
いやいや、とシルヴァンが手を振る。
「言ったろ? お前を誘いに来たって」
「私?」
己を指差す。ますます意外だった。
何度かこういった場に参加する経験はあるが、その時だって一度も二人で踊ったことなんてなかった。エレオノールは変わらず壁の花に徹するか時たまフェリクスやディミトリと踊るくらいだったし、シルヴァンも変わらず女性に声を掛けまくっていた。
だからこうして面と向かって踊りに誘われるのは初めてで。どういう風の吹き回しなのかと思わざるを得ない。
そういう反応が返ってくるのはシルヴァンも想定していたのだろう。少し気不味そうに橙の髪を掻き、目線を逸らす。
「まあ、そうなるわな。……俺がお前と踊りたいんだよ、駄目か?」
目線が合い、じ、と瞳を見つめられる。
女性の扱いに長けた彼にしては随分と安っぽくて不器用な言葉選びだが、エレオノールにしてみれば上等な誘い文句であった。
手のひらを上にして差し出す。肯定の代わりに差し出されたその手を見、シルヴァンは小さく笑みを零した。
「仕方ないなあ。その代わり、足踏んでも怒らないでよ?」
「へいへい。頑張って先導させてもらいますよ」
へらりと笑って手を取る。そうして一曲目が終わり、奏者たちが二曲目の準備をしだす頃。シルヴァンはエレオノールを連れて広間へと向かった。一曲目で様子見していた生徒たちもぞろぞろと相手を伴って広間に出てきており、それに紛れて二人も適当な場所まで向かう。
向かい合い、互いの手を取る。
一瞬の静寂。厳かながらも踊りやすい演奏が始まり、一つ息を吸った二人は同時に足を踏み出す。何度も練習したその歩調は、もう体に馴染んだも同然だった。
男が先導する形の踊り。試すようにシルヴァンはわざと歩幅を大きくしたり回転してみたりしたが、それでもエレオノールはしっかりとシルヴァンについて来ていた。
「何だよ、しっかり踊れるじゃねーか」
「もう、ふざけてないでちゃんと踊ってよ」
文句は言いながらもシルヴァンの足を踏み抜いたり、歩調を間違える素振りは一切見られない。その様子に笑みを落としながら――シルヴァンはエレオノールの肩越しに遠くを見るのだった。
エレオノールを見つめる時とは打って変わって、何処か冷めたような視線。それは壁の近くに居る、女生徒を誘えずに踊りあぶれてしまった男子生徒に注がれていて。
あそこに居るのは、エレオノールに声を掛けようとしていた奴だ。近くに居る友人らしき男子生徒と耳打ちをし、「あの子良いよな」「声掛けようぜ」と視線を送っていた先こそエレオノールだったのだ。
――気に食わない。
エレオノールにそういう視線を向ける奴も、他者からの視線や好意に疎いエレオノールも。きっと彼女は、シルヴァンがどんな思いを抱えて声を掛けたかなんて、知らないのだから。
くるりとエレオノールを回しながら思案する。
――この想いを、いつこいつにぶつけてやろうか。
彼女は恋愛事に疎いから、どんな顔をするか想像出来ない。
それが少しだけ、楽しみだ、なんて。