釣り針に練り餌を付け、下から掬うように水面へ投擲する。チャプン、と言う音を聞きながらエレオノールは釣り竿を両手で持ち、ゆらゆら揺れる水面へ目を落とす。
釣りは精神統一と鍛錬に向いていると聞いたことがある。重量のある釣り竿を竿掛けを使わず長時間握っているのは中々に姿勢の維持や筋力が必要だし、精神統一に関しては水面を見ていれば確かに、という感想だった。揺れる水面と、その奥でちらちらと顔を覗かせる魚。それらをぼーっと眺めていれば心が洗われていくような心地になる。
魚が釣れれば食堂で調理してもらって腹を満たすことも出来る。一石三鳥のこの趣味も、なかなか悪くないなと思いながらエレオノールは隣に視線を向けた。
そこにはエレオノールと同じように釣り糸を垂らして欠伸しているリンハルトが居て。
「なんか最近、あんたとよく一緒に行動してる気がする」
「うん? まあ、側に居るようにしてるしねえ」
「……へ?」
当たり前のことを聞かれたから答えたかのような口ぶりにエレオノールは呆け、リンハルトの方を向く。相変わらず眠たそうなリンハルトは「ほら」と人差し指を立ててクルクルと回す。
「前に話しただろ? 側に居れば息抜きの仕方を学べるかもって」
「ああ……」
「僕はあれこれ教えるのは好きじゃないし、疲れるし。だからこうして側ついて実践してるところさ」
「な、なるほど」
確かにそんな話をした記憶はある。そうして此処最近、やたらリンハルトと遭遇して釣りだの昼寝だのに付き合わされていた理由に合点がいった。
リンハルトと行動を共にするのは嫌いではなかった。あれから家の事情に突っ込んでくる様子も無いし、言いふらす様子も無い。人によっては『怠けている』『だらしがない』と思う態度もエレオノールからして見れ『のんびりした人』だ。
食事をしながら寝たり、読書に耽りすぎて時間を忘れるものだから強引に連れ出すことは多々あったが、世話焼きなエレオノールの中では許容範囲の行動だった。
そこでクイ、と糸が引っ張られ、エレオノールは水面に向き直って釣り竿を引いた。なかなか大きなトータテスパイクだ。満足げにエレオノールは水を張った桶に放り込む。
欠伸を誘う、穏やかな時間。こみ上げてきた欠伸を噛み殺さず、くあとエレオノールは欠伸を漏らした。
──リンハルトの側は、居心地が良い。
「それに、君の側に居るのは嫌じゃないしね。あれしろこれしろって言わないから気が楽だし、世話焼きな君のこと好きだし」
「ああ、ありが…………へ!?」
いま、何か爆弾発言が聞こえはしなかっただろうか?
思わず竿を池に落としそうになり、しっかと掴んだエレオノールは勢いよく振り向く。
不思議そうに目を擦っているリンハルトと目が合う。
「うん? 何か驚くところあったかな?」
「わ、わわわ、私のこと、なんて?」
「好きだって言ったけど」
あまりにもあっけらかんとした言い方に二度聞いてしまったが、何度聞いても聞き間違いではないみたいだった。
その『好き』は、異性としての『好き』だろうか。リンハルトの調子がいつもと変わらないので全く読めない。人間としての『好き』という可能性もある。
それは、どっちの意味の好きなのだろうか。口を開きかけて、言葉が喉に引っかかって噤む。
「あ、はは、そっか、うん。まあ……私もあんたの隣は嫌いじゃないかな。世話のし甲斐もあるしね」
動揺を隠すように曖昧に笑う。
──答えを聞くのは、まだ後でも良いかもしれない。
「それは良かった。じゃあ戦後の計画でも立てようか。僕と君の昼寝計画を」
「ふふ、悠々自適に暮らしたいね」
終わりの見えない戦いのその向こうが、今は少しだけ楽しみになった。