穏やかな秋風が吹き抜ける中、重ねられた木箱に腰掛けながらエレオノールは籠に入っている林檎を一つ手に取っては悪い部分が無いか確認し、布巾で汚れを落として磨いてから別の籠に収めていく。地道とも言える作業だが、こうしたものは嫌いじゃない。成果を出しながらも無心で出来るところが気に入っている。
「おーい、エレオノール!」
名を呼ぶ快活な声に林檎を磨いていた手を止め、エレオノールは顔を上げる。
手を振りながらこちらに駆けて来るのは、そばかすを顔に散らした赤毛の女性。愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべるその子はアミーという名前で。
「アミー、どうしたの?」
「そろそろ休憩しない? お母さんが林檎のタルト焼いたんだ~」
「本当? おばさんのお菓子、大好きだから嬉しいな」
アミーが片手に持っている籠を軽く上げ、エレオノールは喜色の顔色を浮かべる。彼女の母親は手料理が上手で、どの料理もエレオノールは気に入っているのだ。それを知っているからアミーもこうして分けて持ってきてくれている。
アミーはエレオノールの隣の木箱にヒョイと腰掛け、持参した籠に掛かっている赤い布巾を外す。バターと小麦の香ばしい香りの中に甘酸っぱい林檎の香りが仄かにし、胸を躍らせながらエレオノールは布巾と林檎を傍らに置いた。
了承を得てエレオノールは既に切り分けられているタルトの一切れを取り出し、いただきますの挨拶もそこそこに大きく口を開けてかぶりついた。じゅわ、と広がる林檎の甘露煮の甘さに思わず身悶えしてしまう。
「アハハ! そんなに美味しい?」
「美味しいって! 知ってるでしょ? ファーガスって本当に味気ないご飯ばっかりだったから……。はぁ、本当に幸せ……」
「そんな大げさな……」
アミーは苦笑いを零す。エレオノールからこの話を聞くのはもう何度目だろうか。
此処──旧アドラステア帝国領南部より旧ファーガス領は遠く離れていて実際に土地を踏んだことはないが、エレオノールの口によってどんな場所なのかというのは聞き及んでいた。
皇帝エーデルガルトがフォドラを統一を成し遂げたことで『旧王国領』と言われるようになったファーガス。そこは冬が長く鎮座する場所であり、人が住むには厳しい土地なのだとエレオノールは語った。
故に食卓に並ぶのは貴族であっても清貧な……と言えば聞こえが良いが、言ってしまえば質素な物しか載らないらしかった。
なのでエレオノールはよく口にする──「こっちの食べ物は本当に美味しい」と。
アミーもタルトを齧り、咀嚼しながら空を見上げた。
季節の移り変わりによって様々な色合いを見せる大空。これもファーガスでは常に真っ白に染められているのだろうか。
「それにしても……エレオノールがこの村に来てから二年くらい? 経ったのかぁ」
「えぇ、もうそんなに経った?」
「経ったよぉ! ほんと、エレオノールがこの村に来てくれてから大助かりなんだからねこっちは! 読み書きだって出来るし、手先は器用だし、剣の腕だって立つし……」
指折り数えるアミーに今度はエレオノールが苦笑を零す。
二年前のある日、ふらりとエレオノールはやって来てこう言った。「此処に住まわせてほしい」と。
村人からしてみれば急な頼みであり、同時に得体の知れない人物を置くなんて……という躊躇いも生まれた。当時はフォドラが平定された直後であちこちが上を下への大騒ぎだったし、それに便乗するように盗賊たちが各地の村で暴れていたからだ。
無害そうな女に見えて、本当は凶悪な盗賊かも知れない。そんな疑念を村人たちが抱くのは当然だった。
しかし必死に頼み込むエレオノールが行き場を失った子供のように見えたのも事実であり。村人たちで協議した結果、問題を起こせばすぐ追い出すという約束の下で受け入れたのだ。
その結果、考えは杞憂だったなと胸を撫で下ろしたのだったが。
エレオノールは誰よりも仕事をこなそうとするし、手先が器用なので名産品作りなんかも任される。読み書きが出来るから子どもたちに教えることが出来るし、商人とのやり取りだって問題がない。
そして何より、そこら辺の傭兵よりも余程腕の立つ剣技。その腕で村の猟師たちと共に猟に向かえば、いつだって大量の獲物を抱えて戻ってくるのだ。
そんなエレオノールを信頼しない筈がない。お陰でこの二年ですっかりエレオノールは村に馴染み、快く一員として認められていた。
その一方で、腑に落ちないところもある。エレオノールの出生だ。
十分に行き届いた教養と武芸は貴族の子女らしさを覗かせる。しかし誰も『レライア』という家名に聞き覚えはなかったし、エレオノールも進んで明かそうとはしなかった。
だからアミーたち村人が知っているのはこれだけだ。「エレオノールはファーガスから来た」「教養は城のメイドとして働いていた母親から」「武芸は故郷を出る時に流れの傭兵から」。
それ以上聞き出してはいけないというのが村人たちの暗黙の了解になっていたし、知らなくても問題ない、というのが皆の見解だった。別にエレオノールが過去に貴族だったか傭兵だったかなんて誰ももう気にも留めないのだ。彼女の人の良さは、彼女がこの二年で示してくれたから。
そろそろ話題を変えようか。アミーがタルトを咀嚼する。
「……今日は午後どうするの? 作業の続き?」
「いや、もう少し作業やったら森に狩りに行く予定。そろそろ冬支度しないといけないしね」
「お肉は干して、毛皮は売って……。ね、良いお肉が狩れたらちょっとだけこっちに回してよ。お母さんに頼んでシチューにしてもらうからさ」
「あ、それ良いかも!」
こそりと呟かれた提案に名案だ、と楽しげな声を転がすエレオノール。これは狩りも気合を入れなければならない。
そんな話題もそこそこに今度は別の話題で盛り上がり始める。得てして女子とは話題が直ぐに飛躍しがちだ。
最近村で起きたこと、街に行った時見たこと、最近の情勢……。タルトを齧りつつ、或いは林檎を磨きつつ雑談で盛り上がっていれば「そう言えばさあ」とアミーが思い出したかのように話題を振る。
「今、城主様のところに貴族の方がいらっしゃってるんだって」
「へぇ~」
まあ、よくある話だ。この一帯を治めている領主はエレオノールたちの父親くらいの年の男で、他領の領主との仲も悪くないみたいなのでよく交流がある。街へ買い出しに向かえばお高そうな馬車が通っていく様子を見かけたことだって何度もある。
隣の領の領主でも来たのかと話半分に頷いていれば、その反応を待ってましたと言わんばかりにしたり顔になったアミーは「ちっちっちっ」と人差し指を横に振った。
「いつもの枯れたおじさんだとかお爺ちゃんが来てると思ってるんでしょ」
「こら、領主様なんでしょ」
「へへ。……それがね、若い上に格好良い人が来てるんだって!」
「へぇ……何処かの騎士様とかじゃなくて?」
若い男性というのなら何処ぞの騎士が書簡を持って来たと考えてもおかしくないだろう。しかしアミーの興奮は一向に収まらない。
「だと思うでしょ? それがファーガス領の領主様らしくてね、しかもこの村に視察に来るみたいなの!」
アミーが持参した水筒に伸びたエレオノールの手が止まる。しかし直ぐに水筒を手に取ると傾けて喉を潤し、何事もなかったかのように微笑んで見せた。
「ファーガス領から来たんだ。まあ随分遠いところから……」
「エレオノールの知ってる人だったりして」
ハハ、と呆れたようにエレオノールが笑う。
「まさか! お貴族様の事情なんてそんな詳しくないよ。というかいつ来るんだろう」
「うーん……昨日着いて今日来るかもとは聞いたけど……」
そこで林檎を磨き終えたエレオノールが布巾を置いて木箱から降りる。
「それじゃ、そろそろ狩りの支度して来るね。タルトご馳走様! おばさんにも宜しく言っておいて!」
「はーい! 行ってらっしゃい、エレオノール!」
手を振り、エレオノールは狩りの道具を取ってくるために自宅へと向かっていく。
アミーに背中を向けたその後。浮かべていた笑顔を消したエレオノールは何処か焦ったような素振りで足を進める。
まだ太陽が真上に鎮座している時間帯だ。今日視察に来るという情報が正しいのならこれから来ると考えて良いだろう。
──早く、早く森に行かないと。
逸る気持ちが足を早くする。
ただの旧ファーガス領領主だったらまだ良いが、よりにもよって『若い男の領主』だと言う。ならばやって来る人物は二人に絞られている。
フラルダリウス公のフェリクス、そしてエレオノールが最も顔を会わせたくない辺境伯の──
「頼むから鉢合わせしませんように……」
自宅に戻り、狩猟弓と愛用の剣、罠や携行食を入れた袋を携えて家を出る。村の入り口を抜けて森へ行こうと足早に向かっていれば、入り口のところで人集りが起きていることに気付いた。
──マズい。素早く近くの民家の壁に身を隠したエレオノールは隠れて様子を伺う。
何やら村長が出てきて誰かの応対をしているみたいだ。その向こうを見れば豪奢な馬車が停まっていて、そこに刻まれている紋章は──
「……っ」
身を翻し、近くの柵を乗り越えて森への最短距離を走っていく。
見えてしまった。見てしまった。一番見たくない紋章を。一番会いたくない男の姿を。息を切らしながらエレオノールは道なき道を走り、森へと駆け込む。手近な巨木に背を預けるとずるずると座り込み、ようやく一息吐けるのだった。
エレオノールは考え込むように両手で顔を覆う。
差し出されたベレスの手を掴み、エーデルガルトの覇道を築くために帝国へと渡り、帝国の一兵士として祖国であるファーガスを滅ぼした。神聖な蒼き祖国を侵略して広大な雪の地を紅く染め上げ、刃を向けた。
戦場で一度顔を会わせたとは言え、三度顔を合わせる度胸をエレオノールは持ち合わせていなかった。
戦場で対峙した時、恨み言は言われなかった。ただ「どうして」と理由を懇願され、悲しそうな瞳で見つめられた。まるで己の力量不足を悔やむように。引き止められなかったのは己のせいだと言うように。
違う、とエレオノールは叫びたかった。ディミトリもイングリットもフェリクスも、誰も悪くない。自分が先生の手を取ると決めたからなのだと。だからそんな顔しないでと。
故に誰が悪いかと聞かれたら、エレオノールは自分だと言うだろう。ファーガスを侵略したエーデルガルトが悪いわけではない。ベレスが悪いわけでもない。
──皆の信頼を裏切った、自分だ。
幾ら戦果を上げれど、エーデルガルトから言葉を賜っても何処か後ろめたさが付き纏っていたのはそういうことなのだろう。だから全てが片付いた時、《黒鷲遊撃軍》を離れて流れの傭兵となった。そうして誰も自分のことを知らない場所に流れ着いて住み着くようにしたのだ。
自分の過去を大地に埋めて。いつしか自分ですら過去を思い出せなくなったその時、『皆』も同様に忘れ去ってくれていることを願いながら。
それなのに、それなのに。
「どうして……」
過去は追い縋ってくる。地面に伸びる影のように。
その時。ガサリと草を踏む音がしてエレオノールは身を強張らせた。
獣か? 静かに体勢を整えたエレオノールは腰に下げている剣の柄に手を伸ばす。草を踏む音は次第に近寄って来ている。猪にしろ兎にしろ、剣の間合いに入って来たその瞬間に飛び出せば良い。
あと三歩分。剣の柄を握り込む。
あと一歩分。深く息を吸って呼吸を整える。
さあほら、剣の間合いに入った。足に力を込めて木の陰から飛び出し、剣を抜き払って──息を呑む。
「……シル、ヴァン」
眼の前に現れた橙に向かって、驚きの混ざった声音で呟く。対面した彼は困ったように眉を下げて笑ってみせた。
「よ。……元気そうで何よりだ」
「どうして……」
「お前に会いに来たんだよ」
「私は、」
抜いた剣を降ろし、詰問するように鋭くエレオノールは遮る。
「シルヴァンとする話なんて、無い。放って置いてよ」
「何も言わずに国を出て敵対した挙げ句、また何も言わずにどっか行っちまった奴に積もる話は無いって思うか?」
「っ……」
滅多にない、凄むような低い声と厳しい表情にエレオノールはビクリと肩を震わせると僅かに俯いた。
言い返す言葉もない。こちらに話す意志は無くとも、向こうは山のようにあったって何ら不思議ではない筈だ。
強く出られる筈もなく、観念したように深く溜息を吐いたエレオノールは剣を収める。シルヴァンの横を通り過ぎて村へ向かいながら、チラリと彼に視線をやった。
「……長くなるでしょ。家、案内するから」
「……おう」
実に気まずい雰囲気だ。シルヴァンはエレオノールの案内で森を抜けて村に戻ってくる。村の近くまで戻ってくれば待っていたらしい村長が二人の姿を認めて声を掛けてきた。
村長は朗らかに笑いかける。
「おお、辺境伯様! ひょっとして探し人とは……」
「ええ、彼女です」
「そうですかそうですか! もし積もる話が御座いましたら、応接間をお貸しすることも可能ですが」
「ああ、大丈夫です村長。私が家に案内するので」
エレオノールがやんわりと断わりを入れれば「そうかそうか」と村長は頷き、二人は会釈をして村長と別れると村の中を進んでいく。
物珍しげな視線があちこちから注がれ、エレオノールは辟易したように小さく息を吐いた。こういう奇異なものを見る視線が嫌で素性を隠していたと言うのに。
「ほら、此処。私の家」
古びた木の扉を開け、中に入る。
学院時代に宛てられた部屋より少し大きい位の室内。しっかりと手入れのされた台所周りには数多くの調味料や香辛料の入った瓶がキチンと並べられていて、エレオノールの几帳面さが伺い知れる。棚には彼女が好みそうな本や小物、壁には果物や野菜、花が干されていて、小さい一軒家ながらも如何に満喫した生活を送っているのか分かる。
エレオノールが壁に剣と弓を立てかけ、奥へと入っていく。
「適当に座って。紅茶、何でも良い?」
「ああ」
適当に……と言われたので目に付いた食卓の椅子を引き、そこに腰掛ける。室内の様子を眺めながら暫く待っていればふわりと紅茶の芳しい香りが鼻孔を擽り、その香りに心当たりのあったシルヴァンは思わずエレオノールの方を向く。
セイロスティー──シルヴァンの好きな茶葉の香りだ。覚えていてくれたのだろうか。そう自惚れてしまう。
ややあってエレオノールが盆を持って戻って来る。シルヴァンの前とその対面側に紅茶の入ったカップを置き、カップを挟むようにしてクッキーの乗った皿を置く。焼いた甘い林檎の香りがした。
シルヴァンは早速紅茶を口に運ぶ。いつの日か淹れてもらった味と何ら変わりがなく、まるで学生時代に心が戻ったかのような心地になる。
「……それで、何の用?」
対面に腰掛けたエレオノールは切り出した。顔を上げて彼女を見やれば、机の上で手を組んだエレオノールは居心地が悪そうにシルヴァンから目を逸している。
「……さっきも言ったが、お前に会いに来たんだよ。お前を探してた、ずっと」
切なる願いのように、長年苦しんでたかのように眉を寄せてそっと呟かれる。
どれだけ時間を費やしたのだろう。どれだけ調べて、此処に辿り着いたのだろう。それはエレオノールには想像出来ないが、きっと簡単なことではなかった筈だ。只でさえ戦後の処理やスレンへの対策で忙しかったのだろうから。
エレオノールはカップを両手で包み、水面に視線を落とす。
「……私は、会いたくなかった。会いたくないから此処まで来たのに」
故郷のファーガスから遠く離れ、アドラステアの中でも端にある僻地の街へ。此処でひっそりと生きて静かに骨を埋めようと思っていたのに。
何故、そうさせてくれないのか。
責め立てるのなら早くして欲しい。断頭台に首が乗せられた罪人のような気持ちで次の言葉を待っていれば、降ってきたのは溜息だけだった。
「違う、責めに来たんじゃない。……あー、その……」
シルヴァンはクッキーに手を伸ばし、紅茶で唇を湿らせる。そろりと顔を上げたエレオノールはじっと言葉を待っていた。
「……お前が居なくなってさ、初めて気付いたんだよ。お前が大事だったって。俺の隣に居てくれるのはお前じゃなきゃ駄目なんだって」
声は悔恨に滲んでいた。
『大事な物は失ってみないと分からない』と言うが、正しくその通りだなと思った。隣の陽だまりの欠落を覚えて、その温かみと大切さを知ったのだから。
エレオノールが国を出る前、その手を掴んで引き留められていたら。「俺が紋章も貴族も頼らない世を作る」と、もっと早く口に出来ていたら。
それが出来なかったのは、ひとえに臆病だったからだ。心地良い『幼馴染』という関係性を壊してしまうことが。
だから──もう迷わない。もう躊躇わない。
「俺と──結婚してくれないか、エレオノール」
正面からエレオノールを見つめる。呆けたように目を瞬かせていたエレオノールは言葉を噛み砕いて理解した後、困ったように笑みを零して紅茶を口に運んだ。
「分かってる。お前がこの暮らしを気に入ってることも、合わせる顔がなくて俺たちを避けていることも。……貴族としての責務や紋章による社会を嫌っていることも」
自分の側に置くということは、再びエレオノールをこの貴族社会に縛るということだ。鳥カゴから飛びだった鳥を、再び窮屈な世界に閉じ込める。
エレオノールの自由を奪いたくない。だけど側に居たい。二律背反の思いが滲む。
だから、これはシルヴァンの
シルヴァンは言葉を続ける。
「俺たちに……いや、俺に後ろめたい気持ちがあって、同情心や申し訳なさを覚えるから承諾するなら止めてくれ。だけど、これだけは覚えていて欲しい」
ソッと手を伸ばし、エレオノールの手に触れる。一瞬びくりと震えたが、振り解かれることはなかった。
「俺は、必ず貴族至上主義のこの世界を変える。紋章に縛られることもだ。必ず成し遂げるから、その時はエレオノールに隣で笑っていて欲しい」
「…………っ」
エレオノールが僅かに俯いた。肩に掛かっていた髪がサラリと零れ落ちる。
暫しの沈黙の間、じっとシルヴァンはエレオノールの言葉を待っていた。やああってエレオノールは俯いたまま、小さく口を開く。
「……私ね、昔から貴族の体制が好きじゃなかったし、自分の中に流れる血と紋章が嫌いだった。このせいで私は望んでもないのに縛られて、何処にも行けなかったから」
そう。子供の頃から時折交わしていた話。決められた道しか歩めない人生を疎ましく思っていた頃。
だから、シルヴァンは世界を変えようを槍を握った。
だから、エレオノールは先導者の手を握った。
「先生に『共に来ないか』って言われた時……本当はシルヴァンに言って貰いたかった」
自分一人では変えられなくても、動けなくても。誰かが手を差し伸べてくれるのなら立ち上がれるから。鳥カゴの鍵を開けてくれる『誰か』を望んでいた。
それがベレスだったというだけの話なのだが──心の奥底では、ずっと望んでいた。シルヴァンだったら良かったのに、と。
我ながら他力本願だな、と弱々しく笑う。しかしそんなエレオノールをシルヴァンは笑わず、真剣な表情をして話を聞いていてくれた。
触れられたシルヴァンの手に己の手を重ねる。少し驚いたような表情のシルヴァンと目が合い、エレオノールは小さく笑みを零す。
「シルヴァンから言われるなら、こんなに嬉しいことはないよ。……こんな私だけど、シルヴァンが選んでくれるのなら。私はお受けしたいと思います」
──後世にこんな話が伝わってる。
『ゴーティエの放蕩息子』と名高かった当時のゴーティエ辺境伯は、戦後行方知れずとなっていた元バスカヴィル伯の娘を数年掛けて探し出し、婚約を申し込んだ。
その後に差し出した花束の花は、夫婦が記念日に贈り合う花として広く愛されて行く事となる。