甘党盗賊と支援会話してみた-A
イーリス城の中、子供の頃にエメリナから当てられた自室でヒンメルはベッドに腰掛け、膝の上に本を乗せながら黙々と本を読んでいた。ノックされ、読みながら「どうぞ」と告げれば無遠慮な言葉を投げながらその人は入室してくる。
「珍しいな、お前が仕事してないなんて」
「まるで、いつも忙しそうみたいな言い方して……」
「事実だろ?」
声からしてガイアか。そう言われてみればそうかも知れない。言い返す言葉が見当たらなくて言葉が喉に詰まる。
クロムが正式に聖王になってからは自分に掛かる仕事の負担が大分減ったが、それは比較対象がフレデリクだからだろう。あの人は自分以上に働いている。故に自警団の面々から見れば、恐らく自分の仕事振りはまるで中毒患者のように映ってるだろう。しかしやらねばならない仕事は山とある。そう考えると今こうやってゆったりと本を読める時間が持てたのは随分珍しい事となる。ガイアに指摘されるのも頷けた。
ガイアはヒンメルの手元に視線を落とす。
「……ん? 何読んでんだ?」
「ルフレから借りた戦術書」
「……頭も休めろ頭も。菓子食え」
呆れられながら、開いてる本の上に乗せられたのは砂糖菓子入りの包み。礼を言って食べながらヒンメルは言おうと思っていた本題を口にした。
「そう言えば……何か用事でも?」
「ん? あー……そうだったな」
そっちから訪ねて来たのに忘れていたのか、と思わずツッコミそうになった時。グイと手首を掴まれて視界が反転し、背中にベッドの柔らかさが伝わってくる。「え?押し倒された?」と認識するよりも早く視界に映ったのはいつになく真面目な表情をしたガイアの顔と見慣れた天井で。バサリ、と膝に乗せていた本が滑って床に落ちた音がした。
「ど、どうしたの」
「前に言ったよな。盗賊は欲しい物は実力で奪い取るって」
そう言えば、前にそんな事を言われた覚えはある。痛いほど手首が握られ、ヒンメルは眉間に少し皺を寄せた。
「そういう訳だ。ヒンメル、お前を奪いに来た」
「奪いに、って……何から?」
「イーリスやクロム、お前を縛る立場から」
心に溜め込んでいた物を吐き出すように、何処か辛そうにしながらガイアは呟く。そうして、覆い被さってる状態から抱きしめられた。
何故こんなにも辛そうに彼が言うのか。分からない、が。ベッドに投げ出された状態だった腕は自然と伸びていた。そのままガイアの背中に腕を回す。
「……好きなんだ、ヒンメル。お前が欲しい」
耳元で囁かれ、くすぐったく感じる。身を捩ろうとしたら更にキツく抱きしめられ「動くな」と言われてしまった。
ボソボソとヒンメルは呟き始める。
「その……私もガイアは嫌いじゃないけど……」
「けど、なんだ?」
「……突然すぎて、頭が上手く回らない」
耳元で忍び笑いが聞こえてきた。「けど、」と続けるとガイアは起き上がって再びヒンメルに覆い被さるような形になり、少し顔の赤くなったヒンメルがガイアの視界に収まる。
「安心しろ。ヒンメルが俺に気を持ってるだなんて思ってない。付き合ってる内に惚れさせてやるからな、覚悟しておけ」
「……ガイア、顔赤いよ?」
「……煩い。俺だって余裕無えんだよ」
指摘すれば更に頬に赤みが差し、ふいと顔を背けられた。
「えーと、ガイア……」
「……何だ?」
ガイアの伺うような視線にクスクスと笑い、ヒンメルは続ける。
「その、戦いが終わったら……外に連れ出して欲しいな、なんて」
「――ああ、約束してやる」
「約束の証だ」と。握らされたのは鈍く光る銀の指輪だった。
「テンション高いねぇ」
城の厨房を少しの間だけ貸切にしてもらい、隣で材料を測ってるヒンメルは呆れ気味に意気込んでるガイアを見やる。
「で、何作るの?」
「焼き菓子と氷菓子を一品ずつ。丁度良い氷を拝借出来たからな」
「拝借……まあ良いけど」
深くは追求しないぞと、ヒンメルは菓子を作るべく作業に取り掛かった。机に広げたレシピにヒンメルは目を落とす。
「えーと、レシピは……っと……へぇ、初めて見るお菓子だ」
「そうなのか? 何でも作れるように思えたが」
レシピに書かれている通りに材料を軽量しながらヒンメルは苦笑を零した。
「いやいや、買いかぶりすぎだって。確かにフレデリクさんに教わったから大抵のものは作れるけど、それでも作れるのってイーリスの料理だけだし」
言われると確かに納得だった。ヒンメルはクロム自警団に所属している数少ない兵士の一人だ。おいそれと他国に行けるような立場でも無いだろう。それに、現在イーリスはペレジアと対立関係でもある。
「へぇ。じゃあこの戦いが終わったら国を見て回るか?伊達に盗賊稼業やってないからな、案内できるぞ」
「ふふ、面白そうだね。検討してみるよ」
そうしたら俺に作ってくれよと念を押すのも忘れず。ヒンメルは苦笑しながらはいはいと聞き流し、次の作業に取り掛かった。
「よし、完成!」
「上出来だな」
大皿に盛られた焼き菓子の山と氷菓子を見て互いに満足そうな二人は席に着くとフォークを持ち、早速食べ始める。
「あ、美味しい」
「だろ? でももう少し甘みがあったほうが……」
「それだと甘すぎでしょうが」
あーだこーだ言いながらも食べ進めていく。大皿に盛られた菓子がどんどんと二人の胃の中に収められていき、あんなに大量にあった菓子が半分以下にまで減っている。恐ろしい程の消費の勢いだ。
減った菓子を見て、お茶で喉を潤したヒンメルがポツリと言う。
「……ん、余ったのはクロムのところに持っていこうかな。良い?」
「別に良いが……どうしてだ?」
「今ルフレと会議してて。そろそろ休憩し出す時間だし何か甘いものでも持ってって行こうかなって」
椅子から立ち上がるとヒンメルはトングを使って別の皿に幾つかの菓子を取り分ける。
その様子を机に頬杖をついて眺めながら、思いついたから言ったとでもいうような調子でガイアは問うた。
「へえ…………なぁ、ヒンメル」
「ん?」
ヒンメルがガイアの声に顔を上げる。見上げた先には菓子作りの最中でも見られないくらい真面目な表情をしているガイア。つられてヒンメルの表情もビシッと引き締まる。
「お前、クロムの事が好きなのか?」
「……へ?」
トングをポトリと落とし、引き締まった顔がぽかんとした表情に緩む。次いでヒンメルは顔を少し紅潮させながらブンブンと手を振った。
「や、ちが、そんな事ないよ! クロムは何というか……私の仕えるべき相手と言うか、危なっかしくて目が離せないってか、手の掛かる人みたいな感じで……!」
ヒンメルの必死の弁解を眺めていたガイアはややあって表情を緩め、プッと吹き出す。ヒンメルも弁解を止めガイアを見守っていると、彼は次第に肩を震わせて盛大に笑い出した。
「ぶっ、くくっ……お前、必死すぎだろ……!」
「わ、笑わないでよ! 普通否定するでしょ!?」
「まぁ、そうだな」
悪かったなとまだ少し笑いながらガイアは謝り、使った食器をシンクへ置きに立ち上がる。
「そうだ、これだけは覚えといてくれ」
「うん?」
扉に手を掛け、振り返ってガイアは言う。
分け終えた菓子を包み終えたヒンメルは目でガイアを追った。
「俺は盗賊だ。欲しいものは実力で奪い取るってな」
それだけ言い残してガイアは颯爽と部屋を後にした。
彼が盗賊だという事はとっくに知っている。どんな事をしてきたのかも。では、出る間際に何故あんな言葉を残したのか。
「……? うーん?」
皿に残っている焼き菓子を頬張りながらヒンメルは眉間に皺を寄せ、一人首を傾げていた。