流れの中で
――娘が野党に拐われてしまったんです!剣士様、どうか娘を助けてください!!
「……って、頼まれて来たのは良いけど……」
瓦礫と化した壁の上から少し顔を出し、向こうの様子を伺う。村に来たのは二人と聞いていたから奇襲をかけて一人ずつ倒していこうと思っていたのだが――
「……多くない?」
ザッと見える範囲だけでこの廃墟を拠点としてる野党どもは十人以上は居る。自分一人で突っ込んでは確実に返り討ちされるのは目に見えている。
さて、どうするか。
壁に背を預けて座り込み、何とか突破口は作れないかと考えてみるも一向に考えは浮かんでこない。ならば考え方を少し変えてみよう。
――父様と母様ならどうするか。
どんなに不利でも、どんなに逆境に立たされても。きっと父様達は立ち向かって、本当に勝利を掴んでくるはずだ。
だったら、わたしだって出来る筈。わたしだって父様の子供だ。
腰に差した剣の柄を握り、壁から出て奇襲を掛けようと腰を浮かせた時。遠くから大人数が歩いてくる足音が聞こえて座り直した。まさか、敵の増援?静かに移動して物陰から様子を伺って見ると――
「村の娘が連れ去られたというのはこの場所か?」
「そうみたい。それと、剣士が一人先に来てるらしいけど……見当たらないね」
わたしと同じ深い青の髪、肩に刻まれた紋章。先頭を歩く堂々とした姿。
見間違えようのない、あれは……!
「と、とうさ」
ムグッ、と無意識に口から漏れた言葉を慌てて手で塞ぐ。危ない、何言ってるんだわたし。いきなり知らない人に父様とか言われたら普通引くだろうに。
父様達に会えたのはとても嬉しい。だが、今ここで本当の事など言っても荒唐無稽と笑われるのが関の山だろう。まずははぐれたままの姉様達と合流して段取りを決める必要がある。
その時、鋭く誰何する声が飛んできた。
「誰かそこにいるのか?」
僅かに敵意が込められた、わたしに向けられてる声。このまま隠れていても仕方ないだろう。壁から立ち上がり、姿を見せた。ゴホン、と喉の調子を整えて意図的に声を低く発するようにする。
「お前は……?」
「……村の娘を助けに来た者だ」
「ああ、貴方が!」
父様の後ろから顔を出したのは、間違いない。わたしの記憶の中の姿より若いが母様だ。母様はわたしの姿をジロジロ……とまではいかないが眺めてる。何処か変なところは無いと思うけど……。
「……貴方、名前は?」
「…アイクだ」
「アイク……蒼炎の勇者の名前ね」
仮面の裏でひやりとした汗が頬を伝う。多分、母様はわたしを訝しんでる。伝承に伝わるアイクの姿とはちょっと違うとか、なぜ仮面をつけてるのかとか。万が一指摘されたら何も言い返せなくなる。早々に話題を変えよう。
「イーリスのクロム王子と見受ける。何故此処に?」
「娘の救出を頼まれた」
簡潔で、迷いのない答え。ああ、やっぱり父様は父様だな。
父様は重ねて聞いてくる。
「敵の数は分かるか?」
「……正確な数は分からん。だが、少なくとも一四人は確認できる」
「十四か……」
いけるな? と父様が皆に声をかければ直ぐ様応と答えが返ってくる。
わたしも頷いて剣を抜き払った。
「行くぞ!」
「お母さん!!」
「ああっ!」
村まで降りてきて、助け出した子はひしと抱き合って母親と涙の再会を果たしていた。何度も何度も自警団の人達に頭を下げてくる二人。それを後目に、わたしはそっとその輪の中から抜け出した。
「……」
「もう行くのか?」
「ああ、やらなければいけない事があるからな」
静かに去ろうとしていたのに父様に捕まってしまった。少し振り向いて、顔を伺ってみる。仮面の隙間から見えた父様の表情は何か引っかかりを覚えるとでも言うような顔をしていて。
「その……なんだ」
頬を掻き、父様は言葉を選ぶように区切りながら言う。
「?」
「お前の剣術、それは誰に教わった?」
「ああ……」
剣の柄にそっと触れる。わたしの剣術の見覚えがあるのだろう。それも当然の話だ。何せ未来の世界の父様と母様に教わったのだから。
しかし教わったとは言え母様の剣術は王家の習うソレではないし、実戦を通して覚えた我流だって混ざってる。六割は我流混じりだろう。そう考えると、姉様はきちんと王家の剣術が身に付いていて羨ましく思える。
「殆どが我流だ。だが……両親に教わった」
「両親? ……まさかアイク、お前は……」
本当は今すぐ父様の名前を読んで仮面を外したい。
貴方の娘だと言いたい。
頑張ったな、と撫でてもらいたい。
抱きしめてもらいたい。
だが、今回の邂逅はただの偶然であり、不必要に干渉してしまえば後のツケが怖い。グッと言いたい事全てを飲み込み、代わりに口元に笑みを浮かべた。
「……失礼する。クロム王子」
マントを翻し、人の背程ある目の前の崖を颯爽と飛び降りて父様の前から姿を消した。素早く近くの雑木林に入って身を隠し、追ってきた父様から隠れる。
「居なくなってしまったか……」
「まあまあ、また会う機会があればその時にでもお礼を言えば良いんじゃない?」
「そう…だな」
「んじゃ戻ろ。この辺屍兵が出没するらしいからテント張る前に倒しておかないと」
戻るように促す母様の声がし、段々と足音が遠くなっていく。わたしは隠れてた木に寄りかかり、ズルズルと座り込んだ。
「名前を呼んで貰えないって、結構キツいなぁ……」
膝を抱え、呟かれた言葉は自分でも笑えるくらい小さく、情けなかった。