コールガール
「ええと……調整が必要な剣は……」
「ヒンメルさーん!」
「軽装備はこっちで……ん?」
薄暗い輸送隊の馬車の中でヒンメルが忙しなく動き回って準備を整えていると背後の幕が上がり、日の光と共に明るい声が飛び込んでくる。抱えていた荷物を下ろして声の主を確認してみると、荷台の柵に寄り掛かかり、笑顔で此方に手を振ってくるアズールの姿が。
「精が出ますね、ヒンメルさん。お仕事終わったら僕とお茶でもどうですか?」
「お茶? 飲みたいの?」
「ヒンメルさんと一緒にね! 僕、なかなか景色の良くて美味しいコーヒーがあるお店見つけたんですよ。だから是非ヒンメルさんと一緒に……って、あれ? おーい、ヒンメルさーん?」
「んー?」
ヒンメルはアズールに背を向けて作業の続きをしていた。話を聞いていたのかいなかったのか、上の空で返事をする。
「ぼ、僕の話聞いてました?」
「聞いてた聞いてた。お茶淹れてあげるから、ちょっとそこの槍あっちに立掛けて置いてくれる?」
「は、はぁ……」
ダメだ、話の七割は確実に聞き流していただろう。「お茶を一緒に飲む」の部分しか言っていない。
仕方ない。アズールは指さされた槍を抱えると指定された場所に立て掛けた。すると次から次へとヒンメルの指示が飛んでくる。
「ええと、じゃあ次はそっちのグレートナイト用の防具をそっちで、魔道書はそこの棚で――」
◆◆◆
「……ま、このくらいで良いかな?お疲れ様、アズール」
「ヒンメルさんって……人使い、荒いんですね……」
「そう?」
重い物をあっちこっちに運んだり置いたりし、ヒンメルが最後の荷物を運んだ時には疲れて立つのが億劫になる程疲労困憊していた。適当な木箱に座ってアズールがへばっていると何かを差し出される。温かい湯気が出てるソレと、淡いの包み紙に包まれたソレ。
「はい、お茶。それとお菓子」
「えっ?」
「私とお茶飲みたいって言ってたじゃん、アズール。だから、手伝いのお礼」
ヒンメルも空いたスペースに座り込んで早速お茶を口に運んだ。倣って、アズールも手渡されたお菓子であるクッキーを口に放った。サクサクとした軽い食感で、甘さも丁度良い。まるで売り物のような完成さだがこれが彼女の手作りなのは知っている。未来に居た頃もよく皆と遊んでいたら差し入れだと言ってくれた覚えがある。上手く踊れなくて城の片隅で一人泣いてる時にそっと渡して「男の子は簡単に泣いたら駄目なんだよ?これ食べて泣き止みなよ」言ってくれた事もあった。その時食べたのと変わらない出来栄えで、思わず頬が綻ぶ。
「? どうしたのアズール、一人でニヤニヤしちゃって」
「ニヤニヤって……酷いですよヒンメルさん。ただこのお菓子、懐かしいなって思って」
「懐かしい?」
「未来でヒンメルさんが生きてた時、クロエと遊んでる時とか上手く踊れなくてベソかいてる時に貰ったんですよ。いやー、懐かしいなぁ」
「へぇー……」
咀嚼しながらヒンメルは手元に残ってるクッキーに視線を落とす。そして紙を包み直すと「アズール!いっくよー!」とアズールが何の構えもしないうちにそれを投げ渡した。何とか落として崩す事無く受け止めるアズール。
「ちょ……! 危ないじゃないですかヒンメルさん!」
「いやー。アズールならちゃんと取れると思ったから」
悪びれる様子も無くカラカラをヒンメルは笑うと残ったお茶を飲み干し、カップを持って馬車から出ようとする。
「ヒンメルさん?」
投げ渡されたコレはどうするのか。そう聞く前にヒンメルは少し振り返る。
「あげる。食べてね。また作るからさ」
そしてヒラヒラと手を振ってヒンメルは馬車から降りる。マントを靡かせ、消えていく後ろ姿。
「……何というか……」
やはりどの世界でも彼女は変わらないなぁと。そう思いながら小さくなっていく背中をぼんやりとアズールは見つめた。
2013/09/24