不定形ビート
最近、クロエに避けられていると思う。
例えば軍の拠点で会った時、普段なら真っ先にあっちから挨拶してくる勢いなのに思いっきり顔を逸らされるか来た道を引き返されてしまう。食事の時間に集まった時に目が合えば逸らされてしまう。話しかけようとすると全速力で逃げられてしまう。何故だ、とアズールに意見を求めてみれば――
「うーん。ジェロームが知らないうちにクロエの嫌がることしたんじゃないの? ジェロームは恋愛経験ないからね。良かったら僕が一から色々教えてあげようか?」
と言われたので丁重に断った。しかしアズールの意見は参考になった。知らず知らずのうちにクロエの嫌がるような事をしていたのだろうか? 念の為、避けられる前の行動を振り返ってみたが思い当たる節が見当たらない。
どうするか、とジェロームが思案していると数メートル前方をクロエが横切っていた。今から屍兵の討伐でも無いのに剣を腰に下げているのを見ると訓練にでも行くのだろうか。おい、と声を掛けるとクロエはキョロキョロとした後に声の主であるジェロームの姿を見つけ、そして脱兎の如くその場から駆け出した。咄嗟にジェロームも駆け出してクロエを追跡する。普段なら追いかけないのに今日に限って。クロエの方もまさか追いかけて来るとは思わなかったのだろう、チラリと後ろを振り返ってギョッとすると更に速度を上げる。
「おい、待て! 何故逃げる!!」
「いっ、良いから! 来ないでよジェローム!!」
軍の拠点を抜け、丘を走り、森へと突入する。クロエ自身、体力には自身のある方だったが此処にきて男女の差が明らかになってしまったようだった。息が上がって速度の落ちかけたタイミングを見計らってジェロームは腕を伸ばし、クロエの肩を掴むと強引に近くにあった木へ押し付けた。背中を強く木の幹で打ちながらもクロエは慌てて離れようとするが、それを伸びてきたジェロームの腕が阻止する。俗に言う『壁ドン』状態になり、逃げる手段を絶たれたクロエ。
「……これで漸くお前を話せるな」
ため息混じりにそう言えばうぐ、とクロエの口から声が漏れた。どうやらジェロームを避けている事については自覚しているらしい。
「何故あそこまで露骨に私を避ける? 理由があるのならはっきり、この場で言え。正直不愉快だぞ、ああも避けられると」
「う、ご……ごめん……」
「……訳を聞こう」
ちら、とクロエはジェロームを見上げ、「聞いても笑わない?」と恐る恐るといった体で問うてきた。笑わない、と肯けば、じゃあ、とクロエは口を開いた。
「……この間、夢を見たの。それで、そこにジェロームが出てきてね……」
「私が?」
「うん……。それでね、その時私とジェロームが、その、キ……」
段々と語尾が小さくなっていったので聞き取りづらかったが、確かに「キスしてて」の下りが耳に届いた。
クロエの説明はそこで終わりのようだった。微妙な沈黙が訪れ、ジェロームは無言で彼女を見下ろす。クロエの顔はこれまで見た事が無い位、赤く染まっていて。
「……つまり、恥ずかしくて私と顔を合わせづらかったと?」
「そうだよ!! 恥ずかしくって避けてたの!!」
「悪い!?」と何故か逆ギレしだしたクロエの顎を持ち上げる。視界に広がるのはクロエの驚いたような顔。それを無視し、ジェロームはそのままクロエに口付けた。
「んっ……ふ、う、なっ、何するのジェローム!」
「恋人に口づけをして何が悪い?」
「う、あ、そう、だけど……」
パッと両手で赤面しきった顔を覆い、クロエはボソリと呟いた。
「……正夢になっちゃったじゃん」