花咲く笑顔と支援会話してみた-A
草木も眠る深夜過ぎ。今宵もアズールは天幕を張っているキャンプ場からほど近い森の中で息を潜めていた。今日は木の上に登って隠れている。
前回は見事に待ち伏せがバレてしまったが、これでも未来の世界やこの世界でクロム達に合流する前は何度も死線をくぐり抜けてきたのだ。前回がダメなら今回こそ上手くやればいい。そう思いながら息を潜めて何時間経っただろうか。遠くから誰かがやって来る気配を感じてアズールはじっと息を殺す。
間も無く薄暗闇の中から姿を合わしたのはクロエだった。前回のアズールの事があったからだろうか。いつになく周囲を見回して警戒しており、いつでも抜剣出来るように片手は剣に添えられている。
クロエがアズールの登っている木を通り過ぎた所で静かにアズールは木から降り、忍び足で彼女の背を追う。適度な距離を保ちながら、それでも見失わない程度に後ろ姿を尾行しながら。
暫く歩いた頃だろうか。クロエは森を抜け、廃墟のように朽ち果てた砦へとたどり着いた。こんな夜更けにこんな場所へ用事なのあるのだろうか? そう考えている間にもクロエはスタスタと砦の入口を潜っていってしまって。
まずい、建物の中に入られては後を追いづらくなる。少し急ぎ足になって砦を潜ったアズールは辺りを見回した。廃墟といえど防衛機構はまだ残っているのか、複雑に入り組んだ壁が入口から差し込む月明かりで伺うことが出来る。
クロエは何処に行ったのだろう。奥に進むか迷っていると暗闇の中からヌッと手が出てきて、それはアズールの口を押さえると暗闇へと一気に引きずり込んでいく。
「――っ!」
まさか、ここを根城にしている盗賊でも居たのか。バタバタともがいて抵抗していると耳元で誰かに囁かれた。囁く、と言っても限りなく声を潜めた怒鳴り声だったが。
「しーっ! わたし、わたしだってば!」
聞き馴染んだその声は、確かに。
抵抗をやめて背後を伺うと困ったような、呆れたような顔をしているクロエと目が合って。アズールを解放したクロエがため息を吐く。
「……今度は尾行? 趣味が悪いよ、アズール」
「そっ……それはクロエがこそこそ僕達に黙ってどこかに行くからだろ!? 水臭いじゃないか、一人で行動するなんて! ルキナに聞いても知らないって言うし、他の皆も知らないって言うし、気になって追いかけてみれば怒られるし!!」
今まで溜まっていた怒りや悲しみ、頼ってくれなかった悔しさが堰を切ったように溢れ出し、アズールの口から溢れていく。それを聞いていたクロエは眉を下げ、少し俯いてしまった。言いすぎてしまったか、とアズールが思っていると今度はクロエが口を開く。
「だって……言えるわけないでしょ。『こんな事』をしてるなんて姉様や……アズールに」
「……クロエ……?」
ぎゅっと己の上着の裾を掴んで俯いているクロエが不安になり、アズールはクロエに手を伸ばす。
その瞬間、『何か』に気づいた様子のクロエがバッと顔を上げ、弾かれるように駆け出すとアズールの脇をすり抜けていった。どうした、と思ったその刹那、水っぽいモノを断ち切る音と男の鈍い断末魔が背後から聞こえてきて。
恐る恐るアズールが振り返る。そこには胸を裂かれて絶命している野盗の男と、その返り血を浴びたクロエが佇んでいて。
剣に吐いた血を布で拭い、鞘に収めたクロエは振り返ると寂しげに笑う。それは今にも泣き出してしまいそうなのを堪えているかのような強ばった笑みで。
「……ね? こういう事。未来じゃ屍兵だけが敵だった。自我の無い、ただただ武器を振るう死した化物だけが。でもこの世界ではわたし達が守るべき対象だった『生きてる人間』も敵なの。盗賊、父様達に敵対している人間、ギムレー教団……ほんとに、色んな人が」
「でも……この人は此処にを根城にしてただけじゃ……?」
「こいつは父様達が寝静まった後、キャンプ地を襲おうとしてた」
顔から表情を消し、アズールの言葉に被せるようにクロエは鋭く告げた。
一つ息を吐き、普段の表情を取り戻すと静かに語る。
「父様達と合流してから……ずっとこうしてるの。野営地が決まったら下調べして、こういう盗賊とか悪いヤツが居ないか調べて……もし父様達に何かをしようとしてるヤツらだったら先手を打ってこうして……」
「だったら尚更だ! どうして僕達に相談してくれなかったんだよ!!」
「言えるわけないでしょ!! 『一緒に人を殺してくれ』だなんて! だったら……だったら、汚れ役を担うのはわたしだけで良い。わたしが引き受ける。それが……王族であるわたしの責務だと思うから」
「クロエ!!」
言い捨てるように告げたクロエはアズールの制止も無視し、マントを翻すと足早に砦を出て行った。
残されたアズールは拳を強く握り、悔しげに呟く。
「だったら……クロエを守りたい……助けたい僕はどうすれば良いんだよ……」