Memento vivere

「あいたたた……流石にずっとヘリ移動は身体が痛くなるなあ……」

 巨大な装甲壁に覆われ、家屋が密集する外部居住区と呼ばれる街のその中心。摩天楼のようにそびえ立つ巨大な建物を見上げたポニーテールの女性はヒュウっと軽やかに口笛を吹いた。

「何年振りだっけ? ロシアの掃討戦以降だから……ひいふう……ええと……六年振りか!」

 体勢を戻し、指折り数える。
 彼女は六年間、アメリカ支部で防衛班に所属していた。そんなに長くアメリカ支部に異動していたのだなと思うと彼女の胸中に一種の感慨深さが込み上げてくる。極東に居た頃はまだ新人から抜け出したばかりの若芽だったと言ってもいいだろう。戦術も、理論も、技術も、何もかもが足りなくて。守りたいものが指の間からいつも零れていくような毎日で。
 でも、と彼女は足元に置いてあった神機の収納ケースを見やる。
 今は違う。必死に勉強して戦術も防衛理論も戦闘技術も、どうやったら多くの人々が救えるのかという術も学んだ。射撃の腕や、精度だって磨いた。だけどそれだけじゃない。

「私が新型の更新に通ったなんて知ったら驚かれるかなー!」

 驚く顔がみたいと言わんばかりにワクワクした声音で言い、彼女は神機のケースを持ち上げた。これが彼女の今の最大の力と呼んでも差し障りが無く、アメリカ支部からこの極東支部に呼び戻された最大理由と呼んでも良かった。
 ――新型神機。『旧型』と呼ばれるようになった元来の剣形態の神機と銃形態の神機、その二つの形態を兼ね備えている文字通り『新しい』形の神機。しかしその汎用さの反面で旧型神機よりも封雑性の高い新型神機は旧型よりも適合試験が厳しく、適合者が極めて少ない。故に新型の神機使いは運用開始からまだ日が浅い事実もあって彼女含めて三人しか居らず、その三人全てがこの極東に集められていた。一人は彼女、もう一人は最近配属されたばかりの新人、最後の一人はロシア支部所属で追って配属されるとか。
 そうして意気揚々と彼女は大きな扉を潜り、エントランスホールを目指した。


◆◆◆


「――……本日一二〇〇付けでアメリカ支部より此方極東支部に配属になりました羽佐間ムツミです。数年振りの極東支部なので何分至らない所があると思いますが、宜しくお願いします!」

 エントランスの中央でビシリと敬礼し、その場に集まった神機使いの面々から拍手が沸き起こる。気恥ずかしいやら何やらで照れ笑いを浮かべつつそそくさとホールの端に寄ればそんなムツミに声を掛ける姿があった。赤いジャケットを着込んだ青年はひらりと片手を上げる。

「おっす、ムツミ。久し振りだな」

「あ、タツミさん! 久し振りー!」

 大森タツミ。極東支部防衛班の班長を勤めている青年だ。タツミの方がムツミより一つ年上だが、共に六三年に入隊した同期である。
 タツミはムツミの隣に並び、柵に寄りかかってエントランスを一望しながら切り出した。

「どうだった? あっちの支部は」

「いやー、忙しさは断然極東かなあって。でもあっちはあっちで独自の防衛理論を築いたりしてたから勉強にはなったけど――」

 頬を掻き、眉を下げて笑いながらムツミは続ける。

「それにしても、ほんと人減っちゃったねー。私が居た頃の顔ぶれってタツミさんとリンドウさんとソーマ位だよ」

「逝く奴もいりゃあ来る奴もいいる。今日も極東は異常なし、ってな」

 冗談混じりにタツミが肩を竦めればムツミはクスクスと笑う。
 神機使いと言う職業柄、長生きして無事退役出来る人はそう多くない。殆んどが退役を迎える前に亡くなってしまう。そう言う仕事をしているのだから、と考えても簡単に割り切れる物ではない。
 さて、とムツミはタツミから一歩離れる。

「私、新型くんに挨拶したらそのまま博士のトコ行ってメディカルチェックしてもらってくるね。それじゃまた後でねー」

「おう! 一段落したら飯でも食おうぜ」

 タツミは快活に笑い、ムツミは手を振るとサカキのラボを目指してエレベーターへと向かう。数年ぶりに会ったにも関わらず何も変わりの無いサカキに驚きつつも採血をしたり神機との適合率を測ったりと様々なデータを取られたムツミは若干の気だるさを感じながらも再びエントランスへと戻ってくる。
 と、エレベーターを降りてすぐの場所に高いヒールを履いた女性の姿があって思わずムツミは姿勢を正した。ピンと背筋を伸ばすと女性もムツミが降りてきた事に気づいたのか頭を動かす。

ムツミ、メディカルチェックは終わったのか」

「終わりました! ツバキさん!!」

 女性の正面まで素早く移動をするとキビキビと返事をする。最早習慣であり、それは此処での規律のようなものだった。
 雨宮ツバキ。神機使いの教練担当の教官であり、ムツミの大先輩にあたる。入隊したての頃はまだ彼女も現役の神機使いであり、共に任務に出たりした事もあった。しかし今は前線を退き、こうして日々神機使い達を指導している。彼女の指導は大変厳しく、歩く時に発せられるヒールの音を聞くだけで震え上がってしまう神機使いも居る程だ。
 ツバキは一つ頷くと、抱えているバインダーに目を通す。

「……さてムツミ。到着早々で悪いのだが、お前の神機の能力の計測を含めてアラガミ討伐に行ってもらう。場所は嘆きの平原。対象はヴァジュラ一体。新入り二人の面倒も頼んだ」
 
 新入りと言えば、先程挨拶を交わしたコウタという少年と、もう一人新型の少年の事だろうか。上目遣いでツバキを見やり、もごもごとムツミは口を動かす。

「新入り二人に気を配りながら大型種とか難し……いや何でも無いです」

 ギラリとツバキに睨めつけられ、言外に「文句を言いたいのなら言ってみろ」と言われているようで。ムツミは即座に口を閉じると背筋を伸ばした。

「分かったらさっさと行け!」

「はい!!!!」

 ツバキの怒声をバックに、大慌てで神機の格納庫へとムツミは走っていった。そこで待機していた新入り二人と落ち合い、神機を受け取ったムツミは装甲車の運転席へと乗り込む。この中ではムツミが一番年上だ。
 問題無く装甲車を運転して『嘆きの平原』まで到着する。ドーナツ状になっている平原のその中央はいつも渦が発生しており、そこから発生するパワーを求めてアラガミが集まるという。要するに格好の餌場なのだろう。
 装甲車を降り、ケースから神機を取り出したムツミは崖の前に立つとコウタと新入りを呼んだ。二人は神機を下げてムツミの前に並ぶ。

「じゃあ説明するよー。まず私がヴァジュラを引っ張ってくる。それを新入り二人が援護する!」

「……え、それだけっすか?」

 面食らった様子のコウタがぽかんとする。隣に立つ少年も目を丸くしている。それもそうだろう。きちんとした計画が練られていると思ったのに今のムツミの説明はたった二つしか工程が無い。呼んできて、殴る。たったそれだけだ。
 しかしあっけらかんした様子でムツミは説明を続ける。

「え? それだけだよ? 細かい指示はその都度出すから!」

 それだけ伝えるとムツミはさっさと崖下へ飛び降りてしまう。どうしようか、と残された二人は顔を見合わせると仕方ない、と言いたげに崖下へと降りた。降りた先にムツミの姿はない。ヴァジュラを引っ張りに行っているのだろうか。
 ややあって遠くから銃声が轟き、ズズンと重い足音も轟いてくる。そして、それは咆哮を上げながら姿を現した。

「っしゃ来た! 行くぞ!」

 コウタの号令で駆け出し、二人は銃形態の神機を構えると此方目掛けて疾走してくる巨体目掛けてエネルギー弾を撃った。
 力強く大地を蹴りながら疾走してくる大型種アラガミ・ヴァジュラ。その合間を掻い潜るようにしてムツミがヴァジュラの体を斬り付けている。

『二人ともその調子!』

 通信機越しにムツミの激励が飛んでくる。コウタはそのままムツミの指示に従って銃を撃ち、新型の少年は剣形態と銃形態を交互に駆使しながらヴァジュラに攻撃を繰り返す。
 そして暫くもしない内にヴァジュラは一際大きく鳴き、その巨体を地面に転がせ絶命した。コアを捕食し、素材を回収した所でムツミが通信機を取り出してオペレーターであるヒバリに通信を入れる。

「もしもしヒバリ? 目標のアラガミの討伐を完了、これより帰還しまーす。……二人ともお疲れー! 怪我とかない?」

「あ、大丈夫っす。ムツミさんもお疲れ様です!」

「二人とも動き良かったよ! 新型くんは流石新型くんっていうか、遠近両方で助けられちゃったし……よし、帰ろっか!」

 通信機をしまい、神機を担いだムツミは笑う。

「アナグラに着くまでが任務だからね!気を抜かないよーにっ!」

 何処かで耳にした様な、そんな先輩らしい言葉を二人に投げかけて。


◆◆◆


「――……成る程、今日戻って来たのか。私の予想よりも少し早いご到着の様だ」

 格式高い部屋の中央。綺麗に整頓されている執務机の上で両手を組み、男は静かに零すと机に広げられた資料の一部を手に取り視線を落とす。その資料に添付された写真にはムツミと、ムツミに似た青年が写っている。

「まさか『あの計画』を君に感づかれているとは思っても見なかった。警備は万全だった」

 吐き出す言葉こそ残念そうなものだが、その男の口角は楽しげに弧を描いていた。

「用意周到で慎重な『彼』の事だ、ああなる事を想定して『何か』を残しているだろう。まだそれを公にされるのはマズい。だから、万が一の事を考えてアメリカ支部に渡したのだが……彼女が旧型にも拘わらず新型に適合すると、誰が予想出来た?」

 部屋には男以外の姿は見えない。けれど男は両手を広げるとまるで目の前に居る何百、何万の人々に演説をするかの様な口振りで話を続ける。

「それにしても、兄君の事故は突然で、悲しい物だった……。羽佐間ナギサ、君は非常に優秀なゴッドイーターだった。君のような優秀な人材を亡くすとは、当時の極東支部では大きな損害だった」

 男は座っている椅子の背もたれに深く背中を預けた。

「そう、事故だったのだよ。任務で言い渡された数を遥かに上回るアラガミに囲まれ、そして兄を探しに来た妹君をその場から逃がす為自らを盾にして亡くなった……とても悲劇的な事故。偶然が偶然を招いた、ね」

 先程よりも男は笑みを深くする。
 ただの事故。言い切ってしまえばそれだけだった。偶然偵察班の報告にミスがあった。偶然ミスが気づかれることなく任務が発行されてしまった。偶然そこに一般人の妹が紛れ込んでしまった。偶然。全ては偶然が偶然を呼んでしまったが為の悲劇。

 ――本当に?

 しかしその問いに答える者はこの場に存在しない。

「だから二度とこの様な痛ましい事故が起きない様に、君は私の期待を裏切らないで貰いたいものだ。そうだろう? 羽佐間ムツミ君。君が兄君と同じ末路を辿らない事を私は望む。君が『あの計画』の事を知りさえしなければ、私の描く世界が創れるのだから」

 観客が誰ひとりとしていない、男の静かな演説は冷えた空気に溶けて行く。そう、これでいい。誰にも気付かれずに全ての事が運べば男が理想とする世界と成る。人類による人類の為の、荒ぶる神々が駆逐されたあるべき世界に。
 『計画』は刻々と進んでいく。