Militiae species amor est
「あー、本日も仕事日和だ。無事生きて帰ってくる様に、以上」
乾いた砂埃の舞う『贖罪の街』で男女が数人、高台に立ちながら周囲を窺っていて。各々の手には自身の神機がしっかりと握り込まれている。
少し緊迫した空気の中、リンドウのあまりにも短すぎる命令にやる気満々だったコウタは早々に出鼻を挫かれた。
「え、それだけ?」
「いちいちツッコんでると、身が持たないわよ」
「だよねー。毎回毎回ツッコんでたらキリが無いんじゃないかな」
リンドウの命令がこんなに短くて適当に聞こえるのは毎回の事だ。もっと頼れる様な事が言われると期待していた分肩透かしを食らったコウタにサクヤとムツミは慣れた感じで返す。
「下らん……」
「一人を除いて心が一つになっている様で何よりだ」
何時もの様に任務開始早々単独行動を取ろうとするソーマにリンドウが軽口を叩き、それがしっかりと耳に届いていたソーマは舌打ちをした。剣呑な雰囲気を察知した新型の少年がしょんぼりと眉を下げ、リンドウが小さく吹き出す。
「ハハッ、冗談だ。そんな悲しい顔すんな。……この面子では初の四人任務だが……まぁ何時も通りやれって事で」
「あれ? そう言えばリンドウさん達は?」
四人、それは即ちリンドウとムツミを頭数に含めていない訳で。コウタは不思議そうに問う。
「俺達はこの後ちょいとお忍びのWデートにに誘われているんでな。今から働くのはお前らだけ……っと、連絡か?」
「うん。早く来ないと拗ねて帰っちゃうってさ……せっかちな人だねー」
通信端末を取り出し、画面に視線を落とすリンドウとムツミ。内容に目を通して懐に収めた頃、隣に立つムツミも丁度携帯端末に送られてきた内容を読み終わった所のようだった。
さて、とリンドウが皆を見回す。
「俺達はそろそろ行く。命令はいつも通り『死ぬな、必ず生きて戻れ』だ」
「自分で出した命令だ……精々アンタも守るんだな……」
「リンドウもムツミもあまり遅くならないように……ね」
「だいじょーぶだよ! そう簡単に私はくたばらないから!」
にっこりと笑顔でそう言い切ったムツミは地面に突き刺していた神機を抜き、今来た道を引き返していく。それに続いてリンドウは崖の下へと飛び降りて行った。
「さぁ、行きましょ!」
パン、とサクヤは両手を叩いて自身に注目を向かせ、最後の簡単な打ち合わせを済ませた後第一部隊の面々は崖下へと降り、贖罪の街へと駆けていった。
「――……そうむくれるな、次の時に上手く立ち回りゃ良い話だろ?」
「……でもさ、あんなんで怪我するなんて……はぁ」
「先に帰ってたのね、お疲れ様」
任務を終えたサクヤ達が神機をリッカに預けエントランスへと踏み入れると、既にリンドウとムツミは帰投していた。リンドウは既にビール缶を空けていたり、ムツミは頭や剥き出しの腕にグルグルと包帯を巻いているのだが。
「ああ、何とか早めに切り上げられた。そっちはどうだった?」
「お前らのご命令に従って『いつも通り』だ」
「俺達四人の華麗な連係プレイを見せたかったよ!」
「お前そんなに役立ってたか?」
「なっ!?」
今にもコウタがソーマにキレそうな流れ。素早く新型の少年がそう言えば、と話題をすり替えた。ムツミの腕や頭、そこに巻かれている包帯を指差す。
「あ、あー……彼ったら怒りっぽくてさぁー。暴れてる所止めようとしたらこの様だよ……」
新型の質問にやや答えづらそうにしながら、巻かれた包帯の上から右腕をさするムツミ。ぎこちなく笑い、それ以上は追求しないでくれという空気を出していた。
「まぁ、お前が平気そうならこっちももう少しデートの回数を増やしても良さそうだな。な? ムツミ」
「勘弁してよー……」
面白そうに口角を僅かに上げるリンドウに対し、深く溜め息を吐き出すムツミ。すると見計らったかの様に一つの放送がエントランスに流れた。
≪業務連絡。本日第七部隊がウロヴォロスとスサノヲのコアの剥離に成功。技術部員は第五開発室に集合して下さい。繰り返します――≫
『ウロヴォロスとスサノヲ! 何処のチームが仕留めたんだ?』
『しかもコア剥離に成功かよ……ボーナス凄ぇんだろうな』
『おい、奢って貰おうぜ』
『止めときなさいよ、みっともない……』
俄かにエントランスがざわめき始め、階下からはそんな他の部隊の神機使い達の囁き声が耳届く。
唯一、コウタだけがきょとんとしていた。
「ウロヴォロスとスサノオ……って何? 強いの?」
「ターミナルを調べりゃ出て来る。たまには自分で調べろ」
本気で知らない様子のコウタの質問をソーマはバッサリと正面から切り捨てた。
ウロヴォロスとスサノヲの戦闘力、サクヤが口元に手を当て思案顔になる。
「そうね……私達四人じゃ、まだ無理じゃないかな…」
「マジでぇええ!? この面子でも!?」
「一人か二人は死人が出るだろ」
今日の四人のコンビネーションを持ってでも無理とは。
それ程その二体のアラガミは強大な相手なのだ。そんなアラガミを易々と倒した上コアを剥離した第七部隊と言うのは凄いな、と新型の少年は思う。
それっぽい人は今目の前にいるのだが。口外はしない。
「まぁアレだ。生き延びてればその内倒せるだろ……今は余計な事を考えず、兎に角死なない事だけを考えろ」
「その台詞、いい加減聞き飽きたぜ」
「……ああ、特にお前には何度でも言っとくわ。放っとくと一人で死に行っちまうような奴にはな」
「チッ……黙れ」
うざったそうに舌打ちしながらも、リンドウから視線を外そうとはしないソーマ。
はー、と溜息を吐いたムツミは机の上に置いた缶コーヒーに手を伸ばしながら嗜める。
「……リンドウさんもソーマも、そんな睨み合っちゃ駄目でしょーが。ほら、リンドウさんはご飯食べに行くって言ってたっしょ? 行くなら行く!」
「へいへい。さ、俺は次のデートに備えて精のつく物でも食ってくるかなー」
リンドウは相変わらず真意の読み取れない笑みを浮かべソーマを見ていたのだが、ムツミに促されソファーから立ち上がった。そしてエレベーターに乗り込んでいく。
「ところで……ムツミさんはは病室とかで安静にしてなくても良いんスか?」
「んー? だって全部掠り傷と軽い打撲程度だし? 全然へーき」
「それなら良いんスけど……」
足をブラブラとさせながら机に乗せられている書類の束に手を伸ばしてちょこちょこと書き込み始めるムツミ。見た限りではこの間出た任務の報告書を纏めているらしい。大げさなまでに大きく伸びをし、ムツミはあくびを漏らした。
「うーん、書類めんど………! ……ソーマ! ちょっとソレ貸して!!」
「はぁ? お前、何言ってやが……ってふざけんな!」
バタバタと移動用のエレベーターがある方向から慌ただしい足音が聞こえる。するとムツミはいきなり慌て出し、ソーマのコートを無理矢理引ったくって着ると机の下に潜り込み、小さく体を丸め出した。
ツバキ教官が来たのかと誰もが一瞬そう疑ったが、あの聞くだけでも震い上がってしまいそうになるヒールの音は聞こえない。聞こえるのは――そう。サンダルやパンプスのみたいなヒールの低い履き物で走る音。一体だれが来るのだろうと、皆が近くなって来る足音に視線を向けると、そこには走ったせいで息切れのした看護師が一人立っていた。息を整え、彼女はバッと顔を上げる。
「こっ、此処に羽佐間さんが来ませんでしたか!?」
「ムツミさん? ムツミさんなら……あだっ!!」
ムツミなら机の下に居る。コウタがそう告げようとすると「馬鹿っ!」とムツミに小声で怒鳴られながら脛を蹴られてしまい、言ってる最中で中断せざるを得なかった。幸いか、看護師の位置からは机の下に隠れてるムツミは死角だ。サクヤが出撃ゲートの方を指差す。
「ムツミならさっきあっちに行ったわよ?」
「神機の収納庫に……!? ああもう! 病室で絶対安静だってあれほど念を押したのに!」
そう一人ごちた看護師は手短にサクヤへお礼を言うと再びバタバタと収納庫へと走って行く。
「さて……ムツミ?」
「サ、サクヤ!? 笑ってるのに目が!! 目が笑ってないよ!?」
這 い出してきて立ち上がったムツミの方をゆっくりと振り向いたサクヤは表情こそ笑みを湛えているが、目だけが笑っていない。サクヤはそのままムツミの頬を摘むとむにーっと両側に引っ張り出す。
「いひゃいいひゃい! いひゃいよー!!」
頬を摘まれて呂律の回らない状態でムツミは必死の抵抗を試みるも全てが無駄に終わる。ややあって離され、涙目で赤くなった頬を摩るムツミ。
「……で、どうして病室を抜け出したのかな?」
「だって……退屈なんだもん、ずっと寝たまんまって。それにさっき言ったけど殆ど掠り傷だし……」
「頭の怪我は後から症状が出るって言うでしょ? だから看護師さんも安静にしてって言ってたんじゃない。ほら、分かったら病室に戻りなさい? 書類纏めるのは病室でも出来るでしょ?」
「うー……」
と、小さく唸ったムツミは大人しく書類の束を抱えるとエレベーターで病室へと戻って行く。
「はぁー……報告書纏めるの面倒だなぁー……」
ムツミはエレベーター特有の浮遊感を感じつつも壁に寄りかかり、手元にある書類の束を見詰めつつ一つ盛大に溜め息を吐いた。