Mensis uirum

≪聞いた? 『新型』がまた配属されるって≫
≪あ、それ初耳だよ。此処へ来て『新型』ラッシュだね≫
≪ロシア支部から支部長が連れて来たらしいよ……≫
≪……あ。噂をすれば、かな≫



「新型……? 私と新型くんの他に?」

 エントランスのソファーに膝立ち状態になり、階下の様子を見下ろしていたムツミは特に驚く素振りも無く今日配属される予定の新型の話題に耳を傾ける。
 しかし、気味が悪い程の大盤振る舞いだ。新型は貴重で希少な人材だ。何故この極東に、と聞いて「極東は全支部の中でも激戦区だから」と言われればそれまでだが、こうもポンと一つの支部に数人も配属するとは―

「リンドウさんも言ってたけど、支部長が意図的に集めてる様な気がしてならないんだよねー……」

 ちゃんと椅子に座り直し、うんうんと唸りだしたムツミ
 と、エレベーターがエントランスに着き、中からバインダーを小脇に抱えてるツバキが降りてきた。ツバキの隣には、赤と黒のチェックを基調にした服に身を包んだ銀髪の少女が立っている。腕輪を填めている辺り、同じ神機使いなのだというのが分かる。

「第一部隊、揃っているか?」

 凛とした声にムツミは慌てて立ち上がり、ツバキの前に整列する。他の第一部隊の面々も倣って並んだ。全員が並んだのを確認するとツバキは隣の少女に目をやった。

「紹介するぞ。今日からお前達の仲間になる新型の適合者だ」

 少女が軽く会釈をする。

「初めまして、アリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します。本日一二00付けでロシア支部から此方の配属になりました、宜しくお願いします」

 凛とした声音は些か冷たさを帯びており、まるで綺麗に研がれたナイフのようでもあった。コウタが身を乗り出し、喜色満面と言った様子で話しかける。

「女の子なら何時でも大歓迎だよ!」

 じろり、とアリサはコウタを睨めつける。それは明らかに敵意が込められていて。

「……よくそんな浮ついた考えで、此処まで生き長らえて来ましたね」

「……へ?」

 コウタ自身もそんな答えが返って来るとは思ってなかったのだろう。コウタは目を真ん丸見開き、ぽかんと口を半開きにさせている。これにはムツミ達もも少なからず驚いているようだ。

「彼女は実践経験こそ少ないが、演習では抜群の成績を残している……追い抜かれぬ様、精進するんだな」

「りょ……了解です」

 気不味そうにコウタはぼそりと返事する。それを見届け、ツバキは続けた。

「アリサは以後、リンドウについて行動する様に。良いな?」

「了解しました」

「リンドウ、資料等の引き継ぎをするので私と来る様に。その他の者は持ち場に戻れ。以上だ」

 ツバキはリンドウを引き連れエレベーターへと入って行く。そして二人の姿が完全に見えなくなるとエントランスは俄かにザワめき始め、その内何人かがアリサに質問をし始めた。

「……ね、ねぇ君、ロシアから来たの? あそこってすげぇ寒いんでしょ?あ、でも最近異常気象で温度が高くなって来たとか言ってたっけ……」

明らかにアリサが呆れている。半ば独り言になりつつあるコウタに代わってムツミが一歩踏み出した。アリサがムツミの方を向く。

「……あー。私、第一部隊の羽佐間ムツミ!君と同じ新型可変式の神機使いなんだけど、旧型から新型に適合したの。だから分からない事があったら聞いてね?こう見えて、古参に入る方だから」

「はい、宜しくお願いします」

 氷のような子だなと思いながら、ムツミはアリサと握手を交わした。


◆◆◆


「いよいよキナ臭くなって来たな……」

 自分達の歩く音と息遣い、更には遠くで咆哮するアラガミの鳴き声しか聞こえない様な不気味な程まで静まり返った『贖罪の街』で、リンドウを先頭に各々神機を携え、どんな位置から襲撃されても即座に対応出来るように耐えず緊張の糸を張り巡らせながらムツミとアリサも続く。
 不意にアリサが立ち止まって思案に耽るような素振りを見せ、リンドウも一旦立ち止まると後方にいるアリサを見やる。

「……どうかしたか?」

「い、いえ、問題ありません。側面、クリアです。ムツミさん、後方は異常ありませんか?」

 しかし当の本人は頭を振って何でも無いと返すと取り繕った風に報告をする。後方の担当するムツミも今の所異常が無い事を告げると、リンドウの合図で更に荒廃した街を奥へ進んで行った。
 特に会話する様な雰囲気でも無く、無言のまま三人が幾つか慎重に角を曲がったり道を歩いていると有り得ない事が起こった。視線の先には、見知った四人の顔ぶれ。

「……何?」

 真っ先に声を上げたのは人並み外れた視力を持つソーマだった。神機を担ぎ、歩を止めて怪訝そうな表情でリンドウ達を見やる。

「あれ? リンドウさん、何で此処に!?」

「どうして同一区画に二つのチームが……どういう事?」

 普通なら同一区画に二つのチームが同時間に送られる事はまず無い。よってサクヤの疑問は最もなのだが、リンドウとしては珍しく冗談の一つも言わずに真面目な表情でそれを遮るとテキパキと指示を飛ばし始めた。

「考えるのは後にしよう。さっさと仕事を終わらせて帰るぞ。俺達は中を確認、お前達は外を警戒……良いな?」

 ソーマ達四人が了承したのを確認して、三人は教会の中へと入って行く。残された四人は言われた通り、周りにアラガミが来ないか警戒態勢になる。
四人が警戒をしている頃――

「なっ、なんなのこいつ……!? 新種のアラガミ!?」

 教会の中に入って行った三人は、今まで遭遇のした事の無い新種のアラガミと対峙していた。
 全体的に白と青の二色で構成された体にヴァジュラ神種を連想させる四肢や鬣、尾。しかしその顔はヴァジュラに似ているモノではなく、瞳に光すら映さない――まるで石で彫られた女神像を彷彿させる代物だ。
 素早く戦闘態勢になったリンドウが叫ぶ。

「下がれ! アリサは後方支援を頼む! ムツミ、お前は側面から叩け!」

「分かった!!」

 そう言いながら、リンドウは白いアラガミに向かって強烈な一撃を叩き込んでみせた。しかし、アラガミの方はそれなりにダメージを負ったと思われるのに平気な顔をしてリンドウを食らわんと攻撃を仕掛ける。

「やらせるかっ!!」

 リンドウの指示通り、ムツミは側面に回って剣形態にした神機を振りかぶり、大きく斜めにアラガミを斬り裂く。
 二人が攻撃を仕掛ける。しかしアリサ一人だけがその場で呆然と立ち尽くしていた。

「アリサぁ! どうしたあ!!」

 アラガミの攻撃をいなしたり、ガードを展開して防いだりしている最中でリンドウはアリサに声を掛けるが、アリサはブツブツと何かを唱えたまま銃形態の照準を彷徨わせる。

「один……два……Три……」

 不思議な発音の言葉だ。そう考えつつムツミは心配してかアリサに視線を向かわせ――…そして息を飲んだ。アリサの神機の銃口が、あろう事かリンドウに向けられているではないか。

「アリサ!? どうしたの!?」

 ムツミの声にビクリと反応を示したアリサはまるで咄嗟の行動のように銃口を天井に向けると引き金を引いた。撃ち出されたエネルギー弾は元より脆かった教会の天井をいとも容易く破壊し、ガラガラと崩れ始めた。ムツミは立ち込める埃混じりの煙に噎せつつ、何時アラガミに攻撃されても対処出来るようにとガードを展開しておく。
 煙が落ち着いてきた頃。ムツミの視界に入ってきたのは外と教会内を繋ぐ唯一の通り道が瓦礫によって封鎖された光景だった。
 少しの間その光景を見て呆然としてしまったが、ハッと我に返るとムツミは二人の姿を探し始めた。

「アッ、アリサは!? リンドウさんは……!?」

 リンドウは離れたところで例のアラガミと交戦していて、姿を確認して安堵したところでアリサの姿が見当たらない事に、最悪の展開が脳裏を過ぎる。もしかしたら、あの瓦礫の下敷きに。と、壁の向こうからサクヤ達がアリサの無事を確認するような声が聞こえ、無事瓦礫の向こう側にいれたのだと漸く胸を撫で下ろした。

「命令だ! アリサを連れてアナグラに戻れ!!」

「でも……!」

 壁越しにリンドウは指示を飛ばすが、中に閉じ込められたリンドウとムツミを見捨てる事に反対なのだろう。渋るサクヤの声が聞こえてくる。

「サクヤ! アリサを連れて早くアナグラに戻って! 此処は私達がなんとかするから!!」

「サクヤ、全員の統率! ソーマ、退路を開け!!」

「リンドウとムツミも早く!」

「悪ぃが俺達はちょっとこいつ等の相手して帰るわ……配給ビール、取って置いてくれよ」

 壁の向こうからサクヤの切羽詰まった声が飛んで来るがこんな状況では帰るに帰れない。先ずは、目の前のアラガミを葬ってからだ。
 サクヤの声は暫くの間聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった。リンドウの指示通り皆を率いてこの場を脱出したのだろう。アラガミを斬り付け、何処か安堵した様子でリンドウは呟く。

「あいつ等は……行ったか……」

 絶命した白いアラガミはリンドウとムツミの攻撃の甲斐あってか、今では光の失った目で虚ろに教会の壁を見つめている。
 そのせいか、今は耳が痛い程の静寂が二人を包む。いや、アラガミの骸の傍らでリンドウが煙草を吹かす為の呼吸音位しか聞こえない。

「……ムツミ、お前はあそこ潜ってサクヤ達と合流しろ」

「それなら! リンドウさんも一緒に……!」

 リンドウからそう離れていない場所で座り込み、項垂れていたムツミが顔を上げて息巻く。そして立ち上がるとリンドウに詰め寄り、今にも泣きそうだと言わんばかりに瞳に涙を浮かべていて。

「俺はもうちっと休憩したら合流する。だからさっさと行け」

 もうあのアラガミは倒したのだから一緒に帰投しても問題ない。しかし、リンドウは僅かに口角を上げるとムツミの頭をわしゃわしゃと撫でた。不服そうながらも、ムツミはジッとリンドウの顔を見つめた。

「……絶対、だからね」

「ああ」

 じっとリンドウの深い緑の瞳を見つめ、念を押すようにムツミは問う。
 ムツミは疲弊しきり、あちこちに傷を負った体に鞭を打って動かすとリンドウの示した場所――教会入り口の直線上にある瓦礫で埋まっている通路で、反対側のエリアと通じている筈の場所の前に立つと、ムツミは神機を先に瓦礫の隙間へ押し込む。
 そして、ムツミ自身も隙間に体をねじ込もうとした時だった。突然背中に氷水を流し込まれた様な、ゾッとする気配を感じたのは。一体何なのかと気配の正体を探ってる内に視界の端で何かが動きを見せた。

「はぁ……ちょっと位休憩させてくれよ。体が保たないぜ……」

 肺いっぱいに溜めた紫煙を深く吐き出し、フィルター部分だけになった煙草をリンドウが床に放り投げて神機を手に取ったのだ。
 そのまま立ち上がって壊れたステンドグラスに向かって行く。――そして、ムツミは先程のゾッとする気配の出した正体を視認することになった。

「なっ、何……あれ、は……」

 先程の白いアラガミが可愛く見える程の禍々しさを放つ『ソレ』はムツミには目も暮れず、真っ直ぐにリンドウだけを見据える。

ムツミ、早く行け!!」

 此処で渋ったら先程同じような事で叱咤したサクヤ達に合わせる顔が無い。そして何より、こんな状態の体で戦いに参加してもリンドウの足手まといになるだけだ。
 冷静に自分の状況を確認したムツミは自分の非力さに歯噛みしながらも大人しく、瓦礫の隙間を潜って別エリアに行った。

「リンドウさん! 帰って来なきゃ……私、怒るからね!!」

 返事は無い、無くても仕方無い。
 ムツミは被った埃にすら気を留めず、サクヤ達と合流するべく教会を後にする。

 ――これが、このリンドウを見た最後だった。