Omnes una manet nox
「――本日の任務を『当該地域のアラガミ一掃』に変更する。尚、検査中だったアリサは快方に向かいつつあるが……入院の為暫く前線を離れる事になるだろう」
出撃ゲート前での何時もと何ら変わりないブリーフィングがツバキによって進行されていく。しかしそれを聞く第一部隊員の表情は重く、そして暗く沈み込んでいる。
それもそうだろう。リンドウを捜索をしたいのに任務がアラガミの一掃とは。言外に『リンドウを諦めろ』と言っているようなものだ。
「最後に……本日をもって神機――及び適合者であるリンドウは消息不明・除隊として扱われる事になった……以上だ」
「そんな……まだ腕輪も神機も見付かって無いのに……」
愕然とムツミが呟く。しかしツバキは厳しい表情でムツミの言葉を遮ると毅然と告げる。
「上層部の決定だ。それに腕輪のビーコン、生体信号共に消失した事が確認された……未確認アラガミの活動が活性化している状況で、生きているかも分からない人間を探す余裕は無い」
それだけ言うとツバキは踵を返してエレベーターへ向かってしまう。
悔しさを顕にし、ムツミは下唇を噛むと拳を強く握る。捜索に行けない自分がもどかしい。指示に従うだけしか出来ない自分が悔しい。ムツミは暫し考え込むとエレベーターへと駆け出した。どうやらツバキは役員区画で降りたらしい。それを確認したムツミも役員区画へと上がり、降りると廊下を歩くツバキの姿を見つけて呼び止めた。立ち止まり、ツバキが振り向く。
「……私、やっぱり捜索の打ち切りだなんて納得出来ません」
呆れたようにツバキが息を吐く。
「またその話か……上層部の決定だ、覆る事は無い」
「だって、腕輪どころか神機すら見付からないなんて……。神機使いが任務中に行方不明になった場合、神機が回収されるまで捜索されるのが通例ですよね!?」
幾ら正規の捜索部隊が組まれ、リンドウを探していると言っても主戦力である第一部隊がその捜索から外され、広域のアラガミ討伐を命じられるのは不自然でもあった。通例である事が行われない、というだけでこんなにも胸がざわめくとは。まるで何かを隠蔽しようとしている様子でもある。
ツバキがふと遠くを見るように目元を緩める。
「……もうアイツが姿を消してから、一週間以上になるんだな。……生存の確率は限りなく0に近い。ましてや深手を負っていては……」
死んでいてもおかしくはない。そう続くであろう言葉は実姉ですら口にし難い言葉だろう。ムツミが異を唱えるように呟く。
「でも……こんな不自然な事態、まるで兄さんの時みたいな……」
それは一種の禁句だった。
ピクリと肩を震わせて反応を見せたツバキだったが、努めて冷静な声音を繕うと続ける。
「……羽佐間ナギサの事か…。あいつは、『事故』として処理されている」
「あれは事故なんかじゃないんです! ツバキさんだってその場に居たじゃないですか!! それに……私見てました、兄さんが沢山のアラガミに一気に襲われるところ! なのに……漸くゴッドイーターになってその時の事を調べたら『高所から誤って転落し死亡』って書かれてて……! こんなのおかしいじゃないですか!!」
深呼吸をして荒らげた息を整えながら、射抜くようにムツミは真っ直ぐツバキを見据える。
「だから……今回のリンドウさんの件も物凄く違和感があって……。兄さんの二の舞なんじゃないかって思えてしまって……」
ムツミの実兄の件はあからさまな隠蔽であった。多数のアラガミに襲われて亡くなった『事件』が『転落事故』にすり替わっているのは『事件』を公にされたくない、もしくは出来ないのどちらかだろう。もしかしたらあの事件は誰かが企んだ事かも知れない。『何か』を知ってしまったから消されてしまったのかも知れない。そうすると、今回のリンドウの件だってその『まさか』の可能性だって出てくる。そう疑ってしまう程にリンドウの件も兄の事件も不可解で不信だらけであった。
「……話は、それだけか?」
「っ……ツバキ教官……!!」
冷たく一言。それだけ返すとツバキは支部長質へと向かってしまった。
閉じられた扉を見つめながら、ムツミはボソリと呟く。
「……絶対、何かがある筈なんだよ。でなきゃ、こんな不自然な打ち切りも任務報告書の改竄も無い筈なんだ……」
ぐっと、拳を握りこんだ。
鼻歌を歌いながら、ムツミはラボや医務室の並ぶフロアの廊下を歩く。その手に下げられているのは袋にはいったクッキーだ。機嫌が良さそうににながらムツミは医務室に続くドアに触れると中に入る。
入ってすぐの右斜め前のベッドに目当ての人物は上体を起こして離れた窓を見つめて外の風景を眺めており。入ってきたムツミの姿に気づくとびくりと体を強ばらせた。
「失礼しまーす! アリサ、調子はどう?」
「……ムツミ、さん……」
「あのね、お見舞いにはお花が良いってノルンに書いてあったんだけどこんなご時世で花なんか咲いてなくてさー。代わりにお菓子作ったんだけど……良かったら、はい」
曇った表情で何かを言い掛けたアリサを遮りつつ、入室したムツミは手に持っていたクッキーを差し出す。差し出されたアリサはソレを突っ跳ねる訳にはいかず、怖ず怖ずと受け取った。その様子がなんだか申し訳なくなって、ムツミは苦笑をする。
「あはは、怖がらないでよー。私別にアリサを咎めに来たわけでも、ましてや怒りに来たんでもないから。普通にお見舞い。仲間が入院したら行くでしょ?」
にこりと笑いかけ、ムツミはベッドの脇に置かれているパイプ椅子に腰掛ける。
「私、結構自炊はする方なんだけどお菓子はあんまり作った事が無くてさー。頑張ったんだけどカノンの作ったお菓子の方が見栄えも良いし味も良いかも、へへへ」
「いえ……」
おずおずと返事をしながらアリサは手渡されたクッキーに視線を落とす。決して綺麗な形のクッキーとは言えないが、手作りだと言う温かみが伝わってくる素朴なクッキーだと思う。割れてしまわないようにとアリサがサイドテーブルに置くとムツミはそのまま世間話を始めた。最近のアナグラの事情。最近のミッションで起きた事。タツミさんと話してる時に上がった面白い話題など。時折アリサが相槌を打ち、最初はぎこちなかった表情にも少しずつ笑みが溢れてくる。
それを見、不意にムツミは真面目な表情を作ると「思い出させるようで申し訳ないんだけど」と静かに切り出した。
「聞かせてくれるかな、アリサ。あの日、あの瞬間、アリサに起こった事を。……あの時、私から見ててアリサは明らかに様子がおかしかった。普通のアリサからは考えられない位に……。だから、知りたいの。その不可解さの原因を」
話そうと口を開こうとし、一旦閉じる。本当に話してもいいのだろうか、と言いたげに上目遣いで不安そうに見つめてくるアリサにムツミはそっと笑いかけ、彼女の手を握る。
意を決したように、アリサはゆっくりと語り始めた。
「……私が、定期的にメンタルケアを受けているのはご存知ですか?」
「メンタルケア……?」
「はい。両親を殺されてから数年間、私は精神不安定な状態で病院生活をしていました……。でもある日、フェンリルから『新型』の適応者候補として選ばれたと連絡が入って……それで、それまでの病院から無理矢理フェンリルの付属病院に移送されたんです」
「そうだったんだ……」
アリサがメンタルケアを行っていることも、フェンリルに入隊するまでの出来事も全く知らなかった。初耳だ。しかしアリサは首を横に振る。
「いえ、良いんです。新しい先生は良くしてくれたし、これで両親の仇を討てるって思ったから……。それからは、症状を薬で抑えながら敵の事……戦い方の事を、勉強しました。フェンリルに居た先生はとっても優しかったんです、この極東支部にも一緒に赴任して来てくれて……」
「最近赴任して来た医者だと……あの、頭にバンダナ巻いてるおじさんの先生?」
「……はい。オオグルマ先生って言うんです」
以前怪我をして医務室を訪れた際、医者にしては珍しい格好だったのが印象に残ったのかムツミは思い出しながらそう告げたが、どうやらその人物がオオグルマと言う医師で間違い無いようだった。医者というよりは研究者に近い風貌だなと思った覚えがある。
「メンタルケアを続けながら、先生が教えてくれた両親の仇のアラガミをずっと探してました……。極東支部エリアにそいつが出没するって言う情報を貰って、絶対に探し出してやるって思いながら赴任して……やっと見つけたと思ったのに……!! 何故か分からないけど! あの瞬間、私の中で『リンドウさん』がその仇になってて!! ムツミさんの声で気が付いたら、彼に向かって銃を…!!」
そこまで言うと精神的に限界を向かえたのか、はたまたその時の情景を思い出してしまったのか、アリサは頭を抱えて叫び出す。今日の時点でこれ以上情報を聞き出すことは難しそうだ。ムツミはアリサの背を撫でて宥める。
「……有り難うアリサ、無理をさせてごめんね?」
子供が親に縋るように、アリサはムツミの腕を掴む。
「私……どうしたら……!!」
「……まずは退院出来る位に回復するのが先。他の事はその後からでも遅くはない筈だよ」
己の腕を掴んできたアリサを落ち着かせるように優しげな口調で、そして彼女の背を撫でながらムツミは言った。