Hodie, non cras

「ううーん……」

 自分のミッション履歴だからとブリーフィング前にターミナルのノルンでここ最近の履歴を眺めていたのだが、先日行ったミッションの不可解さに気づいてムツミは唸っていた。
 丁度リンドウが行方不明扱いされた任務。それが無かった事にされているのだ。ムツミがリンドウとアリサと共に『贖罪の街』へ向かった任務の履歴が、ムツミのミッション履歴から消えている。まさか気のせいだと言うことはあるまい。なんせ『あんな事』があったのだから。つまり、このミッション履歴は誰かが意図的に消去したのだろう。誰が、一体何の目的で。
 疑念と不安は黒雲のようにムツミの中に広がっていく。ぼうっと考え込んでいるとムツミの背中に鋭い声が掛かった。

ムツミ、ブリーフィングを始めるぞ」

「あ、はい!」

 慌ててノルンを離れて既に並んでいたコウタ達に混ざって整列する。バインダーを抱えているツバキの隣には書類を持っているアリサが並んでおり。何でも新型の少年のお陰で大分体調が安定してきたらしい。まだ任務に出ることは叶わないが、こうしてツバキの補佐として仕事をこなせる程度には回復したらしい。
 ツバキはブリーフィングを終えてバインダーから顔を上げると、最後に第一部隊の面々の顔を見やる。

「説明は以上だ、何か質問はあるか?」

 恐る恐る、コウタが手を挙げる。

「あの……アリサを今回の任務に出してあげてほしいなー……なんて。ほら、最近彼女……その、頑張ってると思うんだ!」

「お前もか……他の者はどうだ?」

 コウタ『も』。既に誰かも同じ事をツバキに頼んでいたのだろう。皆から反対意見は出ない。ツバキが隣に立つアリサに視線を移した。

「だが、今回のターゲットは『アレ』と同型の個体だぞ。……大丈夫か?」

「……行きます、行かせて下さい……!!」

 抱えてた書類をぎゅっと抱きしめ、アリサはしっかりとした眼差しをツバキに向けながら今回の任務に参加する事を告げる。
 それを認め、ツバキは小さく笑みを零した。

「……宜しい。無理はするなよ」

「イエーイ! 俺が居るから大丈夫だよ! ねっ!!」

「はいはい、張り切りすぎちゃ駄目だよー」

 張り切るコウタの頭をポンと叩いてムツミは窘める。

「では第一部隊、準備が整い次第出撃だ!」

『はい!』

 見事なまでに揃った肯定の言葉がエントランスに響き渡った。


◆◆◆


「今だ!」

 ボロボロになったヴァジュラに最後の一撃を喰らわせようとムツミが神機を振りかぶった瞬間。悪足掻きをするかの様にヴァジュラは高く飛び上がって近くの建物を足場にし、別のエリアへと逃げて行く。

「逃がしちゃ駄目だ! 追うよ!」

「一つに固まってると狙われるわ、一旦散開して! ……皆、慎重にね」

「了解。コウタ、私とこっちから回るよ!」

 ヴァジュラが逃げて行ったのは教会をを挟んだ隣のエリアだ。その為一度、二手に分かれてからヴァジュラを挟み撃ちする形で集まる事となった。
 アリサも皆に続いてヴァジュラを追う。慎重に歩を進めながら別エリアに向かうとそこにはムツミ達の姿は無かった。更に奥のエリアを探しに行っているのか、まだ追いついていないのか。
 だからと言って警戒は怠れない。アリサが注意深く周りを見回していると――ビルの中で蠢く影を見つけた。その影はゆっくりと壊れた壁から姿を現す。間違いない、自分達の攻撃で傷つき、逃げたヴァジュラだ。


 ――早く、倒さないと。

 そう頭で分かっていても手足はどうしても震えてしまう。その証拠に、ヴァジュラに銃口を向けるがブレて狙いが定まらない。

「はぁっ……はっ……!」

 アリサの耳に自身の荒い息遣いが聞こえる。心音もドクドクとやたらと煩い。

≪ガアァァアアアアッ!!≫

「っ……!?」

 自分を傷付けた人間が目の前に居るのだから、幾らアラガミだろうと怒らない筈が無い。ヴァジュラは怒りに任せて一つ咆哮を上げるとアリサを睨み付ける。
 その反対にアリサはヴァジュラの咆哮に後込みしてしまい――あろうことか神機をその場に置いてしまった。
 今度こそ食べられてしまう。そんな覚悟をした矢先にアリサの前方から誰かがやって来る足音が聞こえた。その音を頼りに姿を探すと散開した筈のもう一人の新型が、自分の方に駆けて来ていた。
 パッと笑顔を浮かべてアリサの所へと急ぐが、その背後にはヴァジュラだ。しかもヴァジュラは今まさに彼目掛けて飛びかかろうとしており、少年本人は全く気付いていない。
このままでは少年がヴァジュラの餌になるのも時間の問題。そう思った刹那、アリサの体は自然と動き、神機を掴んで構えるとしっかりとヴァジュラに狙いを定める。

「避けてぇぇえぇぇぇえ!!」

 少年は咄嗟に前方へ飛び、その頭上をアリサが放ったエネルギー弾が飛んでいく。ヴァジュラ目掛けて飛んだエネルギー弾は狙いを外す事なく命中し、ヴァジュラは遂に絶命した。

「一体何なの……ってアリサ……!? 大丈夫!?」

 先程のヴァジュラ咆哮を聞いてか漸く駆けつけたムツミはアリサに近寄る。遅れて来たムツミ達は疾うに絶命しているヴァジュラとアリサの様子を見て理解した。このヴァジュラはアリサがやったのだと、トラウマを克服出来たのだと。

「私……私、ヴァジュラを……」

「よく頑張ったね、アリサ」

 アリサの傍らでムツミはしゃがみ、ポンポンと優しくアリサの頭を撫でた。


◆◆◆


 その日、第一部隊は招集が掛かって全員がエントランスに集まっていた。整列し、何が起こるのだろうとコウタが周りを見回す。

「……なぁ、急に集まれって呼ばれて来たけど、一体なんなの?」

「知らないです。知っていても貴方には教えませんけど。サクヤさん、何か知ってます?」

 アリサはコウタを冷たくあしらうとサクヤに訊ねるが、サクヤは静かに首を振る。

「何も聞いてないわ。それにしても全員招集ってのも珍しいわね……」

「……嫌なお話じゃなきゃ良いよねー」

 そのまま待機しているとややあってツバキがエレベーターから降りてきた。いつものようにヒールを鳴らして第一部隊の面々の前に立つと全員が揃っていることを確認して切り出した。

「どうやら全員居る様だな。……本日、執行部から正式な辞令が降りた。今回の任務の完了を以て、貴官をフェンリル極東支部・保守局第一部隊の隊長に任命する。これからはお前がリーダーだ……宜しく頼むぞ」

 一斉に視線が少年に向けられる。当の本人は現実味を帯びないのか暫しぽかんとしていたのだが、じわじわとその現実味が湧いて来たのかオロオロとしながら自身を指差す。
「す……凄ぇ! 出世じゃん! 大出世じゃん! こう言うの何て言うんだっけ? ……下剋上?」

「いやコウタ、それ下っ端が偉い人倒してるし」

「改めて……宜しくお願いします……。ね、サクヤさん!……サクヤ、さん?」

 笑顔でアリサは話しかけるがぼうっとしていたサクヤの反応は鈍く、二度目の呼びかけでハッとして笑顔を浮かべた。

「え……、えぇ、そうね。リーダーか……何だか随分頼もしくなっちゃったわね。君になら背中を預けられるよ、これからも宜しくね?」

 しかしツバキが鋭く制する。

「早とちりするな、正式に任命されるのは今回の任務完了後だ。それに……確かにリーダーともなれば相応の権限が与えられる。しかし、同等の重く大きな義務も負って貰う。神機使いとしての職分だけではない、チームの部隊員を無事に生きて帰還させるという義務、だ」

 ツバキは一拍置き、

「『死ぬなよ、全員生きて帰れ』……これは命令だ。……さぁ、何をぼさっとしている! 任務に向かえ!」

 声を張り上げて、第一部隊の面々を出撃ゲートへ送り出した。皆は出撃ゲートを潜っていく。そのゲートを黒髪のポニーテールが潜ろうとした時、ツバキがソレを呼び止めた。

「ああ、それと……ムツミ

「はい?」

 ゲートを潜る直前で立ち止まったムツミは振り返ると首を傾げる。真面目な顔で見つめてくるツバキは珍しく、思わずムツミは息を飲んでしまう。

「お前、ちゃんと寝ているか?」

「もっちろん! ちゃんと寝てますよ?」

 それに対し、ツバキは軽く溜息を吐いた。

「……馬鹿なあの愚弟が心配なのは分かる……だがな、たまには休まないと身が持たないぞ。その事を忘れるな」

 ムツミが新人の頃から世話になっているのだ、見え見えの嘘など簡単に看破されてしまうだろう。そう、今のように。
 表情を一変させて気まずそうに、ムツミは頬を掻く。

「……あー……善処します」

「お前達羽佐間兄妹の『善処します』は昔からアテにならんからな……」

「いやー……そんな事は……」

 『無いとも限らないかも知れなくもないですよ!』と、よく分からない言葉を残し、ムツミは文字通り『脱兎の如く』先に行った第一部隊の面々の所へと駆けて行った。
 神機を受け取り、待機していた装甲車に乗り込む。席は後ろで、隣にコウタが座る。

「……駄目だなぁ、私」

 ゴツンと、窓ガラスに額を預ける。
 うっすらとガラスに反射して映った自分の表情は、なんとも情けない顔をしていた。


◆◆◆


「何かさー、最近支給品の質が目に見えて落ちてない?いや、贅沢言ってらんないのは分かるんだけどさー……プリンのレーションとかもろに体に悪そうな味でさ!あのザラッとした甘さ、耐えらんないんだよね……」

 作戦開始時刻まで後少し。コウタ・ムツミ・少年の三名は高台に置かれた廃屋の中で今か今かと時間になるのを待っていた。
 あ、とコウタが何かに気づいたように声を上げる。

「おい、ソーマ! 今度の休みに全員でコイツのリーダー就任祝いでもやろうかと思うんだけど、どう?」

「……断る」

 一人遅れて此処の作戦開始場所にやって来たソーマにコウタは話し掛けるが、短く拒絶の言葉を返される。

「えー……そう言わずにさぁ」

「馴れ合いたいなら、お友達同士で勝手にやれ」

 ソーマはそれでも引き下がらずに誘うコウタに冷たい物言いをすると神機を背負って廃屋から飛び降り、勝手に単独で任務を開始してしまった。
 ソーマの去った方向を見ながらコウタが叫ぶ。

「くっそー……ちょっと腕が立つからってエリート気取りかよ! 遅れて来て偉そうにすんなよな、バーカ! ったく……暗過ぎだろ、アイツ。ムツミさん!アイツ、昔っからああなんすか?」

「へ? あー……そうかと言われればそうだねー。けど」

「けど?」

 ムツミは人差し指を立て、クルクルと回しながら言う。

「あれがソーマだしねー。あ! ああだけどソーマって本当は仲間想いだし、何かと助けてくれるし……」

「ソ、ソーマが優しい…? 想像つかね……ああっと! 作戦開始時刻だ、行こうぜ!」

有 り得ない、と言いたげな表情をするも此処で作戦開始時刻になってしまった。話題を切り上げ、三人は高台から『鎮魂の廃寺』へと降りていった。
そのまま大きな問題も無く任務を終え、コアを回収したところでふとムツミは顔を上げて周囲を見回した。そして一人欠けている事に気付いて首を傾げる。

「おっかしいなぁー……」

「どうしたんすか? ムツミさん」

「ホラ、ソーマが居なくてさ……私捜してくるねー」

 幾ら帰投時間になっても集合場所にソーマは姿を現さない。これ以上戻らないと言うのはアラガミに襲われてしまう危険性も勿論あるが、何よりツバキのお説教と罰の山の様な報告書が待っている事態だけは何としてでも避けて通りたい。
 ムツミは単独でソーマを捜しに行こうとしたが、ここいら一帯にまだアラガミが残っていないとも言い切れない。それを危惧したコウタの提案で三人でソーマを捜す事になった。
 慎重に廃寺の敷地内を歩き回る事早数分。三人が一番高い坂の奥にある廃寺まで近付いた時、そこから声がするのを逃さなかった。三人で顔を見合わせる。

「今の声って……」

「もしかして……」

 三人とも意見が一致し、頷き合うとその廃寺を目指す。入り口まで来た時、漸くソーマの姿が確認出来てコウタが声を掛けようとしたのだが――

「居るのは分かってるんだ!!」

「ちょっ、ちょっと待ったぁ! 俺だって!」

 ソーマにしては珍しく声を張り上げながら、肩に乗せていた神機を勢い良くコウタに向けた。神機を向けた先の人物の姿を認めると、舌打ちをしてソーマは神機を下ろす。

「チッ……何だ、お前か……」

「何だ、じゃねーよ! 帰投する時間を過ぎても戻ってこないから探しに来たんだぞ!」

「余計なお世話だ……俺は俺の好きにさせてもらう」

「俺ら同じ部隊の仲間だろうが! 勝手ばっかり言うなよ!」

 ソーマはコウタに向けていた神機を再び肩に乗せながら皮肉げに口角を上げる。

「……フッ…仲間か……。少し小突かれた位で死んじまう、おちおち背中も預けられない様な仲間なら……いない方がずっとマシだ」

 カッとなったコウタはその感情に任せたまま口を開く。最早売り言葉に買い言葉だ。

「……ああ分かったよ! アンタは『特別』だよ! 大した奴だよ! お高く止まりやがって……好きにしろよ、俺は先に帰るからな!?」

 言いたい事を思う存分ぶちまけて踵を返すと、ズンズンと大股でコウタは一人、帰投場所へと戻って行ってしまった。
 その背を見送ることなく、ソーマは少年へ視線を移す。

「……お前も、俺みたいな化け物に関わるな」

「あー、キミはコウタ追って! 多分帰投場所に行ったと思うから。ホラホラ早くー!」

 ムツミは返答に困っている少年の背中をグイグイ押してコウタの所へ行くように言い、少年もそれに従って帰投場所へと駆け足で向かって行く。
 少年の姿が見えなくなると、ムツミはくるりと振り返った。何時になく、真面目な表情でソーマと相対する。

「ソーマ」

「……何だ」

「どーせ誰かに『死神』だとか『ソーマのせいでリンドウさんが死んだ』とか言われたんじゃない?」

「……んな事ねぇよ」

 何時も通りな返答が返ってくるも、ムツミはその中にある僅かな反応を見逃す筈も無く、小さく溜め息を吐いた。

「……やっぱ言われたんでしょ。隠しても分かるよー、ソーマが新人の頃から何かと一緒に居るんだから」

「お前、最近までずっとアメリカ支部に行ってただろうが」

「分ーかーるーのー!!」

 ムツミは頭を掻き、気まずそうに視線を逸らしながらポツポツと呟く。

「……大体さぁ、ソーマが死神とか下らない冗談過ぎるって。そんな事言ってたら私なんてとっくの昔に死んでるよ? ……それに、リンドウさんの事は……ソーマ関係無いじゃん。完璧言い掛かりじゃん」

 だから、とソーマを見つめるとムツミは更に言葉を繋げる。

「ソーマが気にする必要無いよ。そんなの言いたい奴に言わせておけば良いんだから。だけどさ、そんな下らない言い掛かり付けてソーマの陰口叩く奴は私許さないから、今度そんな事言ってる奴見たら迷わずぶっ飛ばすね!!」

「……別にそこまでやってもらう義理はねぇよ」

「義理とかじゃ無いよ? 仲間だからに決まってるでしょ。だって仲間の悪口を言われるとか頭に来るじゃん!」

 ソーマは一瞬面喰らった様に目を見開かせて、

「お前……相変わらず馬鹿で変な奴だな」

 フッと、薄く笑みを浮かべた。

「もーっ! だから私馬鹿じゃないって!」

「十分馬鹿だろ。……帰んぞ」

「ちょっ、コラ! 話終わってないでしょ! 私馬鹿じゃないもん! ソーマ!!」

 一人でプンスカと怒り出すムツミは置いておき、ソーマはコウタ達の待つ帰投場所へと歩を向ける。
 ムツミは暫くブツブツとソーマに対する文句を呟いていたのだが、完璧に彼に置いて行かれると思ったのか、慌ててその後を追った。