Nil mortalibus ardui est

「いぇーい! リーダー就任後初めての任務、無事コンプリートだねー!」

 討伐対象であるシユウに最後の一太刀を浴びせて完全に倒したのを見てムツミは少年とハイタッチを交わす。

「よーし、これ捕食して帰投準備に……」

 剣形態の神機を構えるとぐじゅ、とした音と共に神機の中心部分から捕食形態が姿を見せる。そして一気にシユウの亡骸に喰らい付かせようとしたその時、遠くから制止の声が飛んで来た。
 振り向けば、声の主はこの場に居る事が有り得ない人物で。

「博士……!? なんでこんな所に?」

 思わず皆で振り向けば、ソーマを引き連れてこちらに歩いてくる榊博士の姿があった。何でだと説明を要求するコウタに、榊は此処から物陰になる箇所を指差して「そのシユウを置いてこっちに」と呼ぶ。
 訳が分からないまま皆は榊に従って物陰に隠れて息を潜める。一体なんなんだと誰かが口にしようとした瞬間、榊が「来たよ!」と歓声を上げてしまいそちらに視線を向けた。
 何やら白いモノが、シユウの上に登って何かをしている……が、この位置からではよく見えない。もしかしたら新種のアラガミかも知れない、と言う考えが皆の頭の中を過ぎり、自然と皆で顔を見合わせて頷き合うと一斉に物影から飛び出し、シユウの亡骸を囲んで『白い何か』に神機の先を向ける。
 『白い何か』が、ゆらりと立ち上がった。

「オナカ……スイ、タ……」

 片言な言葉を紡ぎながら口元を拭う。辛うじて服と呼べそうな布切れの袖や手足に血が付着しているのを見ると、このシユウを食べていたのだろうか。

「……ヨ?」

「ひいいっ!?」

 くるりと前触れも無く突然皆の居る方へ振り返り、コウタは奇声を上げ慌てて神機の銃口を『白い何か』に合わせるが、ガタガタと銃口がブレている。
 ぱっと見は白い――いや、髪や服だけでなく肌まで白すぎる少女にしか見えないが油断は出来ない。何せあのアラガミを食べていたのだから。
 第一部隊と『少女』、両者共に見つめ合ったまま時間だけが只過ぎていく。しかし、その沈黙を打ち破ったのはその両者のどちらでもなかった。

「いやあ、ご苦労様! やっと姿を現してくれたね! ソーマも此処まで連れて来てくれて有り難う、君のお陰で此処に居合わせ事が出来たよ」

 明るい声色で両者の間に割って入った榊にソーマはあからさまな舌打ちをする。

「礼など良い、どう言う事か説明して貰おうか」

「いや、『彼女』がなかなか姿を見せてくれないから、暫くこの辺一帯の『餌』を根絶やしにしてみたのさ。どんな偏食家でも空腹には耐えられないだろう?」

「チッ……悪知恵だけは一流だな……」

「えぇーっと……博士……こっ、この子……は?」

 全く話の流れが見えないコウタが疑問符をを何個も浮かべながら問う。

「そうだね、立ち話も何だし私のラボで話すとしようか。……ずっとお預けにしていて済まなかった。君も、一緒に来てくれるね?」

「イタダキマス!」

「あぁ?」

 ソーマに睨まれ、『少女』は体をぐいんと横に傾ける。

「イタダキ……マシタ?」

「ねぇ、もしかして『はい』の意味なんじゃなーい? ……こらソーマ、睨まないの」

 ムツミはじろりと少女を睨みつけるソーマをそっと窘めつつも帰投する為、少女を連れて装甲車の方へと歩いて行った。




『えぇぇぇぇえぇぇ!?』

 よく分からない機械が場所を取り、お世辞にも広いとは言えない榊のラボにソーマを除いた第一部隊面々の驚きの声が響く。

「あの……今、何て……!?」

「ふむ、何度でも言おう……これはアラガミだよ」

 『コレ』――即ち先程連れて来た白い少女の事なのだが、少女はこの状況が理解出来ていないのか暇なのか、ユラユラと体を左右に揺り動かしながらこの様子を眺めている。

「ちょっ! まっ! あぶっ!!」

「えっ、あ……」

「うわ……っ」

 捕食されてしまうと思ったのかコウタとアリサ、ムツミは小さく悲鳴を上げるが、榊は「まあ落ち着きなよ」と言ってくつくつと笑い声を洩らす。

「これは君達を捕食したりはしない。知っての通り全てのアラガミはね『偏食』という特性を有しているんだ」

「アラガミが個体独自に持っている捕食の傾向……私達の神機にも利用されている性質ですね」

 アリサがスラスラと淀みなく答える。

「その通り。まぁ、君達神機使いにとっては常識だね」

「……知ってました?」

「えー? 知ってるよ? 装甲壁とかも『偏食』を使って作られてるじゃん」

 こっそりとコウタがムツミに耳打ちしたのだが、きょとんとした表情で当たり前だと言われてしまった。がっくりとコウタが肩を落とす。

「このアラガミの偏食はより高度なアラガミに対して向けられている様だね。つまり我々は既に食物の範疇に入っていないんだよ」

 ムツミはチラリと皆の顔を盗み見る。コウタが如何にも『分かりません』と言いたげな表情で榊の講義に耳を傾けていた。

「誤解されがちだがアラガミは他の生物の特徴を持って誕生するのでは無い。あれは捕食を通して凄まじいスピードで進化しているようなモノなのだ。結果として極短い期間に多種多様な進化の可能性が凝縮される……それがアラガミと言う存在だ」

「つまりこの子は……」

 サクヤの視線が『少女』に向けられる。榊は首肯し、少女を手で指し示した。

「うん、これは我々と同じ『取り敢えずの進化の袋小路』に迷い込んだモノ。ヒトに近しい進化を辿ったアラガミだよ」

「人間に近い……アラガミだと?」

 今まで黙っていたソーマは説明を聞くなり思いっきり眉を顰めた。そして嫌悪の表情で少女を見下ろす。

「そう、先程少し調べてみたのだが……頭部神経節に相当する部分がまるで人間の脳の様に機能しているみたいでね、学習能力もすこぶる高いと見える……実に興味深いね」

「先生!」

「はい、コウタ君」

 とても前の日本にあった『学校』で行われていた質疑応答の様にコウタはバッと手を挙げ、榊が指名する。

「大体の事は分かったと言うか……まぁ、あんまよく分からなかったんですけどー、コイツのゴハンー! とかイタダキマスー! とかって何なんですかね?」

「ゴハン!」

「コイツが言うと洒落にならないんですけど……」

 ビクッとしたコウタはすかさず少女と距離を取り、横に居たムツミやリーダーは呆れた様に溜め息を吐いたり苦笑したりした。

「言った通りアラガミの『偏食』の傾向の基本として、自らと似た様な形質のものは食べないんだ。ただ、そうは言ってもさっきみたいに本当にお腹が空いた時は不味かろうとなんでもガブリ! ……だろうけどね」

 『ガブリ!』の下りで又もソーマを除く面々は身を強ばらせる。榊は笑い、真面目な顔に戻ると話を続ける。

「……まあそれは例外さ。『アラガミ』って言うのは知っての通り彼らの俗称だけど、実際に幾つかの個体が我々人間がイメージする『神々』の意匠を取り込んでいる例が各地で報告されているんだ。一体彼らが何を考えてそんな生態をとっているのか、どんな過程で『神』を騙るに至ったのか……実に興味深いじゃないか。そんな中完全に『人』の形をしたその子は、更に貴重な一つのケースなのさ。……おっと、話が逸れちゃったね、勉強会はこれ位にしよう」

 長い長い講義がやっと終わりを向かえ、ムツミやコウタは大きく伸びをする。ついでに欠伸も。

「……最後に、この件は私と君達第一部隊だけの秘密にしておいて欲しい……良いね?」

 何人かは直ぐに頷いたのだが、サクヤだけはその承諾を渋った。

「ですが……教官と支部長には報告しなければ……」

 キラリ、と妖しげに榊の眼鏡が光る。そして榊はあっと言う間にサクヤとの距離を詰める。

「サクヤ君! ……君は天下に名だたる人類の守護者・ゴッドイーターが……その前線拠点であるアナグラに秘密裏にアラガミを連れ込んだと、そう報告するつもりなんだね?」

 そしてお決まりの如くずいっと顔を近付かせる。必然的にサクヤは仰け反って榊との距離を取った。

「それは……しかし、一体何の為に?」

 戸惑いからか、僅かに上擦った声でサクヤは問う。

「言っただろう? これは貴重なケースのサンプルなんだ。あくまで観察者としての私個人の調査研究対象さ。大丈夫、この部屋は他の区画とは通信インフラやセキュリティ関係も独立させてあるんだ」

 だから、と榊はサクヤの耳元に顔を近づけて耳打ちをする。

「……君だって、今やってる個人的な活動にも余計なツッコミを入れられたくは無いだろう?」

「……っ!?」

 ぼそりと囁かれた言葉に思わずサクヤは榊の顔を見上げる――が、相変わらず真意の読み取れない狐目の笑顔がサクヤを見つめ返すだけだった。
 サクヤ以外の皆にはその部分が聞こえなかったのだろう。サクヤの驚いた表情を不思議そうに眺めている。榊はサクヤからスっと離れると大仰に両手を広げた。

「そう! 我々は既に共犯なんだ、覚えておいてほしいね」

 にこやかにとんでもない事を言いのけ、榊はソーマを見やる。

「彼女とも仲良くしてやってくれ。ソーマ、君も……宜しく頼むよ」

 その瞬間、ソーマはいらただしげに壁を強く蹴った。派手な音に皆が一瞬怯む。

「ふざけるな! 人間の真似事をしていようと――バケモノはバケモノだ」

 榊に吐き捨てたソーマは荒々しく扉を開け放して出て行ってしまった。
シン、とラボが静まり返る。居た堪れなくなり、ムツミは小さく手を挙げると榊に声を掛ける。

「……じゃ、じゃあ私もそろそろ行きますねー」

「ああ、何度も言うけどくれぐれも口外しないようにね」

 ぞろぞろとムツミに続いて皆もラボを後にする。
 少女と自身しか居なくなった小さなラボで、榊は楽しそうにそう独りごちた。

「さて……人が神になるか、神が人になるか、競争の始まりだ」